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週刊READING LIFE vol,116

ストライキ中のパリを訪れた人は幸福である《週刊READING LIFE vol.116「人間万事塞翁が馬」》


2021/02/22/公開
記事:東ゆか(Reading life編集部ライターズ倶楽部)
 
 
フランスの旅行ガイドブックや旅行サイトを眺めていると、どこかしらに「急なストライキに注意!」ということが書かれている。これは主に旅行客が大きくダメージを受ける公共交通機関のストライキに関する警告だ。フランスではストライキがよく行われて、これは労働者の当然の権利らしい。王様の首を撥ねたお国柄、自分たちを脅かす権力には抗議するのは当然、という考え方だ。
 
「急なストライキに注意!」なんて、ただでさえ慣れない旅先について書かれていると「大丈夫なんだろうか?」と不安になるものである。
 
2019年12月5日から、フランスでは大規模なストライキが起こった。年金改革案に対する猛抗議で、鉄道はストップ、フランスが誇るパリ・オペラ座は公演縮小(ほぼ休演)、ゴミ収集もお休みで、路上には回収されないままのゴミバケツが溢れるという事態に陥った。
 
私は運悪く、そのさなかパリにいた。翌年1月末の帰国までストライキは継続ていて、滞在中のほとんどの期間はその影響を大なり小なり受けて生活していた。「大変なときに来てしまったね」なんて現地のフランス人や日本人に気の毒がられたが、結果的にはとても楽しかった。それはなぜだろうか。私流、ストライキの楽しみ方をご紹介したいと思う。
 
 
1、街を歩けば名所旧跡
 
パリの街は山手線の内側の1.3倍ぐらいの面積で、89.99km2。東京ほど大きな街ではない。そんな中にたくさんの名所旧跡がひしめき合っている。つまり街を歩けばなんらかの名所旧跡が現れるのだ。
 
私は滞在中に、買い物をするために度々オペラ地区に出向いていた。オペラ地区とは文字通りオペラ座があり、その周辺にはデパートのギャラリーラファイエット、ユニクロなどの衣料品店、フランス語ができなくてもなんとなく入りやすい世界で最も美しいスターバックスがあったりと、ブラブラと買い物をするには適した地区だ。
 
滞在先からオペラ地区に行くにはメトロを使えば15分。歩くと40分ぐらいかかる。都内に住んでいる私は、東京で40分も歩くなんてことは絶対にしない。度々行くサウナ付き銭湯までの道のりも同じく40分程度だが、正直歩いていくのが億劫なので、道筋的には遠回りでも電車を使ってしまっている。
 
しかし、ストライキによりメトロが動いていないことが多かったので、私はこの40分の道のりをよく歩いた。それがオスマン通りだった。
 
広い道路に並木道。頑丈で高級そうなアパルトマンが立ち並ぶこの通りは、人通りも多いため、パリ名物の犬のフンさえ踏まないように気をつけていれば、ぼーっと歩いていられる大通りだ。
 
何回目かの往来のときに、なんとなく一つのアパルトマンの外壁に目が止まった。
 
Marcel POUST
1871-1922
Habita cet immeuble
de 1907 à 1919
 
(マルセル・プルーストが1907から1919までこの建物で暮らしました)
 
「!!!!!!!!」
マルセル・プルーストといえば、20世紀を代表する世界的な傑作として知られている『失われた時を求めて』の著者である。プルーストの生涯を通して執筆された大長編であるので、きっとここでもプルーストが執筆したのだろう。思わず「ひゃ!」と声が出てしまった。
 
博物館にでもなっていなければ、パリのガイドブックを見ても作家の住んだ家の情報を得ることはできない。こりゃあメトロに乗らずに歩いていて良かったなということを思った。
 
ちなみに、なんとなく歩いている中でこの他にもいくつもの偉人の住居を見つけることができた。これはストライキの副産物ではないかもしれないが、家の近くに作曲家のサン・サーンスやドビュッシーの住居を見つけ、そのたびに「ひゃ!」っと悲鳴を上げていた。
 
ストライキ中にオスマン通りで見つけたのはプルーストの家だけではない。
 
通りの脇、建物が途切れ、緑に囲まれた石の回廊が見えた。これはなんだろうと入っていくと「もしもしマダム」と声をかけられた。「ここで入場料を払ってください」と言われるがままに入場料を払うと、パンプレットを渡された。
 
Chapelle expiatoire(贖罪礼拝堂)と書かれていた。その場でスマホで検索したところ、ここはフランス革命時にルイ16世とマリー・アントワネットをはじめ、ギロチンに処された人々の共同墓地だったらしい。革命後に整備されて礼拝堂になり、今では天使に迎えられるマリー・アントワネットとルイ16世の彫刻が展示されている。
 
国王夫妻にまつわる観光地といえば、処刑前に収監されていたコンシェルジュリーが有名だ。牢屋がそのまま展示室になっていて、アトラクション的な見方ができるため、いつでも行列ができている。しかし静かなオスマン通りの中にひっそりと佇む贖罪礼拝堂は、コンシェルジュリーにはない静謐と悲しみがある。単なる好奇心で訪れた場所だったのに、天上に向って手をのばす国王夫妻の彫刻を見てなんだかしんみりとしてしまった。
 
ちなみに、この礼拝堂はガイドブックや、旅行まとめサイトに載っていることは少ない。フランス革命をテーマにした旅程でも立てない限り、訪れることはなかったと思う。
 
このように、パリはメトロに乗らなくても何気なく歩いているだけで、名所旧跡と出会うことだできるのだ。
 
 
2、やむを得ずカフェに入るために歩く
 
パリと言えばカフェである。犬も歩けばパリではカフェに出くわす。パリに来たからにはカフェにふらりと入って「アン・カフェ・シルブプレ」なんて言ってみたいものである。
しかし、フランス語が話せない……お一人様だし……なんて考えてしまうと、どうしても立ち入る勇気が出ないものである。喉が渇いたら適当にコンビニにでも入って、飲み物を買えばいいじゃないかなんてことも考えてしまう。
 
しかしパリだけでなくフランスには日本でいうコンビニはないと思ってもらって間違いはない。スーパーマーケットはもちろんあるが、それでも日本のコンビニほど多くはない。
 
メトロに乗れば30分そこらで往復できる距離を1時間ほど歩いていると、どうしても喉が渇いてしまう。何か飲みたい……。ついでにトイレにも行きたい。そうなったらどうしても興味はあるのに言い訳をして避けていたカフェに入らざるを得なくなる。ちなみにパリにも公衆トイレはあるが有料だったり、壊れていたり、絶対に汚いのであまりオススメはしない。トイレを借りるとしたらカフェに入って、飲み物を頼むついでにトイレを借りるのが無難である(ちなみにカフェ内のトイレでも有料なところがあったり、清潔とはいい難いところもあるが、日本のトイレがキレイすぎるので、この辺りのトイレ事情については割愛する)。
 
寒さのなか、パリの左岸から右岸を移動していた。1時間以上の道のりを歩いて喉も渇き、トイレにも行きたくなった私は、コメディーフランセーズの裏手にあるカフェに入った。お客さんでひしめいていてもおかしくない場所にあったが、なんとかく目立たない作りだからなのか、たまたま私の入った時間のせいなのか、他にお客さんがいなかった。「意地悪されたらどうしよう」なんて不安に思っていたが、お店の人は親切だった。お腹が空きすぎて、コーヒー一杯では解消されない空腹を満たすために注文したクレープがまた美味しかった。
 
クレープと言えば生クリームやフルーツがトッピングされたものしか知らなかった私にとって、フランスの伝統的な、生地に砂糖をふりかけただけのクレープは、胃にも、寒さで凍える身体にも優しかった。
 
メトロが動いていないせいでひたすら歩くことを強いられなければ、あのお店には入ることもなたっただろうし、素朴なクレープとも出会えなかっただろう。
 
カフェに入る勇気がなければ、入らざるを得ない状況を作ることである。そして移動がほとんど徒歩になるストライキ中は、その機会を作るのにうってつけなのだ。
 
 
3、不便さを共有してみる
 
ストライキ中のメトロは、日によって気まぐれに動いていたり、止まっていたりしていた。しかもどういうわけだか、いくつかある出入り口のうち、開いている出口があったり閉鎖されている出入り口があったりした。
 
いい加減歩くのに疲れた私は、その日は動いているらしいメトロの路線の駅を発見した。改札までの階段を降りるとシャッターが降りており、入場することができなかった。
 
「なぜ?」という思いで立ち尽くしていると、私の入ってきた入り口からアフリカ系のマダムが降りてきた。
 
「どういうことかしらね?」
なんてマダムと顔を見合わせていると、さらにもう一人女性が現れ、立ち尽くしている私とマダムと、改札のシャッターを交互に見て言った。
 
「きっと道の反対側の出入り口から入るのよ」
 
と、きっとそんなようなことを言って、女性は階段を駆け上がっていった。私はやれやれとマダムと顔を見合わせて階段を登った。
 
「街に馴染む」とはどういうことかを考えたときに、それは地理を理解することだけでもなく、不便なく暮らすことだけでもない気がする。いささか図々しいかもしれないが、その土地の人と視線を合わせ、言葉を交わし、同じ気持ちを共有することで、なんだかちょっと街に受け入れてもらったように感じることができる。
 
そんな定義付けが許されるなら、私はこのストライキ中に街を歩くことで何人かの人と視線を合わせたり、ちょっとした会話をした。フランス語も十分に話すこともできないが、その度に街に少し馴染めたような気持ちにさせてくれた。
 
もしパリに旅行する機会があり、そのときにストライキに巻き込まれたら、それは運が良いと思ってほしい。観光地を効率よく巡るために、公共交通機関を駆使して街を表面的になぞるだけになってしまいがちな観光客が、自らの足で街を一歩一歩歩くことを強いられたのだ。そうすると観光地をポイントで訪れるだけでは見られないであろう風景発見したり、人との交流が生まれたりするはずだ。
 
ちなみにこの大規模ストライキの原因となった年金改革案は撤廃されていない。さすがにコロナ禍ではありえないと思うが、つまりいつでもストライキが再開される可能性があるのだ。世界中が元通りになって再びパリへ行く機会があったら、またストライキに巻き込まれてみたい、なんてことを思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
東ゆか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

湘南生まれの長野育ち。音楽大学を声楽専攻で卒業。フランスが大好き。書店アルバイト、美術館の受付、保育園の先生、ネットワークビジネスのカスタマーサポート、スタートアップ企業OL等を経て、現在はフリーライター、編集見習い。

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2021-02-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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