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週刊READING LIFE vol,117

土地を開墾、家も手作り。私の友人は「生き方の匠」だ。《週刊LEADING LIFE vol.117「自分が脇役の話」》


2021/03/01/公開
記事:白銀肇(LEADING LIFE編集部ライターズクラブ)
 
 
「この家って、いくらしたの?」
その家の造りを驚嘆の思いで見ながら私は尋ねる。
「うーん、160〜170万円ぐらいかな。200万は行ってないと思う」
彼はそう答えた。
 
サイズは小さいが、小洒落た家。
建築材はツーバイフォーが中心。
家の真横は、資材を置き場があり、ここの以外のほかの2面にウッドデッキが備わっている。
外観も炭焼きされた板が貼りめぐらされていた。
 
とある県の人家の少ない片田舎で彼は暮らしている。
そこを最初に訪れたのは昨年の9月だった。
私の友人の紹介がきっかけ。
 
父親から檜の生い茂った山林を譲り受けた彼は、檜を伐採し、土地をならし、そして家を建てた。
これだけの表現なら、まぁ、普通のことだ。
しかし、驚くべきことは、檜の伐採から家の建築まで、それを全て自分一人でやった、ということ。
 
最初にここを訪れたときは、本当に驚いた。
家とかって、人ひとりでここまでできるものなのか、と。
確かによく見れば手作り感があるものの、パッと見では住宅街にある物件と外観もなんら遜色はない。
見るもの、聞くこと、すべてが驚嘆だった。
全てのことをたったひとり。
彼の家にかかった費用の160〜170万円というのは、つまり建築材料費だけ、ということだ。
 
それだとしても、そんな費用で済むの? と思えてしまう。
いくら規模が小さいにしても、その仕上がりと費用のギャップは大きい。
 
家を建てる材料費は、短期労働や知り合いのところで働いては稼いだ、という。
必要なときに稼いで、それが貯まれば今度は自分の時間を創り出して、家の建築や、山の整地、耕作、と楽しくいそしみ、その営みにはいまもまだ続いている。

 

 

 

家の間取りは、10畳ほどの1Kのメインリビングと、3畳ほどの洗面場と風呂場。
いわゆるワンルームマンションみたいな間取りだが、天井は高い。
メインリビングの間取り1/3ほどのスペースにロフトが備わっているからだ。
天井がはるかに高いから、1Kといえども狭さや窮屈感というものは一向に感じない。
 
隣接されている資材置き場は、住居スペースと同じぐらいの広さだ。
木の皮が剥がされたままの無骨な丸太が、数本、柱としてトタンの屋根をガッチリとたくましく支えている。
資材置き場には、農機具、電動工具、建築材料、そしてその素材のごとく置いてある丸太、貯水タンク、などがところ狭しと並んでいる。
資材ごとに分類され、丈夫な棚に格納されているから整然としている。
 
農機具や電動工具は、知り合いからもらったものも多いそうだ。
一人で家を建てている、ということを聞いた知り合いの方々が、まだ使えるけど不要になった機具や工具を譲っていくらしい。
薪ストーブに使う薪は、近隣の製材工場から生み出される廃材。
造園に使うコンクリのブロックやレンガも、ちょっとキズついただけで製品化できなかった、というものを近隣の工場から譲り受けてくる。
ちなみに食べ物もそうだ。
野菜類は、近隣の農家で余ったものをいただくことも多い。
彼の持ち物の流れは、捨てたい者と欲しい者、見事にWin Winな関係を築いている。
 
実は、かくいう私も2ヶ月ほど前に彼から洗面台を「もらった」。
彼は、たまたま手伝いで働いていた先で、洗面台を3台もらった、という。
運搬中に傷がついてしまい、製品にならなくなったものらしい。
傷がついた、といってもほんのわずかなもので、洗面台としての機能を果たすには全く問題ないレベル。
それを廃棄する、というものだから、廃棄するなら引き取る、ということでもらってきた。
「そのうちの1台を自分で使ったから、2台余ってるねん」
ちょうど我が自宅の洗面台も替えたい、と思ってた矢先だ。
「余っているのだったら、1台もらえる??」
と聞いたら、快くOKしてくれた。
 
そんな彼の庭には、銀色に輝く怪しげな大きな筒が2本転がっている。
直径にして約30〜40センチ、長さが180センチぐらいだろうか。
これから発射台に搭載されることを待つミサイルのように横たわっている。
聞けば、これはステンレス製のタンクとのこと。
「これはね、解体屋から5,000円で譲ってもらった。なんかボイラーとか作れそうだなー、と思って」
その大きさといい、造りといい、こんなもん普通5,000円でなんて手に入らないだろう。
 
購入物は必要最低限。
欲しいものは「作る」が彼のポリシー。
別にケチ、とかいうわけではない。
自分でも作れそうと思えるから作っている、と自然体で答えてくれる。
どんな構造なのか調べながらラフ設計図を書き、材料をかき集めて作っていく過程が楽しいし、思うように仕上がったらもう最高、と彼は飄々と語る。
確かにそれはわからなくはないが、その思い一念で、ひとりで山を整地して家建てるって……。
ちょっとやっていることがデカすぎる。
 
そして、いまもそれは続いている。
敷地、家のなか、不便なところが出てきたらをひとつひとつ知恵を絞り、さらに改良重ねて見事に進化を遂げている。
こんな彼のことだ、おそらく命が果てるまでこの営みをしていくのだろう、と思う。

 

 

 

「あれ、ガスコンロに火がついている!」
「そうやねん、ようやくこのキッチンコンロに火がつくようになったんよ」
1ヶ月ぶりに訪れたとき、気がついた変化点。
10畳あるリビングには、見事なシステムキッチンが兼ね備えられていた。
システムキッチンには彼もこだわりがあったようで、メーカーと直談判して買い付けた、という。
設置工事は……、もちろん彼ひとり。
しかし、そのキッチンコンロで調理はされたことはなかった。
なぜなら、ガスが通じていなかったからだ。
 
この家は、まだ大きな課題が残されていた。
それは「ライフライン」だ。
電気は、なんとか彼が引っ張ってきたが、ガスと水道が通じていない。
このため、システムキッチンにコンロがあれども、それは使えず、料理するときはもっぱらカセットコンロや電磁調理器だった。
ちなみに、水は、兄家族が暮らしている近隣の実家で水をポリタンクに汲み、運んでいる。
そして、資材置き場に置いてある巨大な貯水タンクに水を汲み入れる。
資材置き場の貯水タンクは、この家の水源であり、キッチンの水場はここから手作りのポンプで給水されているのである。
 
さて、ガスコンロの話に戻る。
 
ついに、システムキッチンのコンロに火が入ることとなった。
しかし、その家の周りには、ガスボンベを設置しているような形跡はなかった。
 
「家入るときにボンベがあることに気がつかなかったなぁ。このあたりやったらプロパンガスやんな? ボンベはどのあたりに設置したん?」
ボンベ置き場をどうこさえたのか、この家のなかをどのように配管したのか興味津々で尋ねた。
 
「どうやっているか、わかる??」
興味津々の私を見て、少し勿体ぶりながら彼がいう。
 
彼のことばを聞いて「よし、探すわ!」と答える。
キッチン周りを見るが、確かにガス配管をしている兆しが見えない。
見れば見るほど、どのように配管しているかわからない。
おそらく彼のすることが、普通の技ではないかもしれない、もう少し探す視野を広げてみよう、と思い捜索範囲を広げてみる。
しばらくして、キッチンの真上にある天井に目をやった。
システムキッチンが置いてあるところの真上にロフトがある。
その天井は、ロフト床を構成しているツーバイフォー材で組まれている。
 
そこに、コンロの真上あたりの天井にオレンジ色のガスホースが這っているのを見つけた。
「あ、これか??」
でも、ガス配管って天井を這わせたりするっけ?
ちょっと不思議な光景。
でも、間違いなくガス配管だ。
配管が天井ということは、ガスボンベはロフトに置いてある、ってこと?
ロフトの上、ということは小さなプロパンガスのボンベ??
なんで、そんなところをボンベの置き場にしたのだろう???
 
頭の中にそんな疑問符を駆け巡らせながら、ロフトへの梯子をよじ登る。
何もない。
そこには、いつものように布団や毛布がたたんで置いてあるだけ。
ガスボンベなどというものを置いている気配は全くなかった。
 
「あれ? ボンベがない。どうなっているの?」
「いや、実は……、プロパンちゃうねん」
彼は答える。
 
話を聞けば、プロパンガスはボンベを設置することができなかった、という。
いろいろと周りも整い、そろそろ後回しにしていたキッチンコンロを本格的に稼働させよう、と思った彼は地元のプロパンガス屋さんにガスボンベの設置を相談したらしい。
しかし、ガス屋さんの答えは意外にも「No」だった。
若干入り組んだところにある彼の家まで、プロパンボンベを運び入れることができない、というのがその業者の言い分だった。
確かに、彼の家の場所は、市道からそれて細くうねった道を辿らねばならない。
 
え? ではどうやって?
こんな田舎で都市ガスはもちろんないわけだし(だからプロパン)……、プロパン以外でキッチンコンロに火をつける燃料って、ほかに何がある??
疑問だらけ。
キッチンコンロに目をやる。
コンロの火は、何事もなかったかのように水の入ったヤカンを沸かしている。
 
「どうやったか、わかる??」
少しはにかみながら、また同じように彼は言う。
 
配管場所の直上であるロフトにガスボンベらしきものは一切なかった。
では、ガスは何を使ってどうやって配管されている??
そう思いつつ、天井となっているロフトの床下からわずかに覗くガスホースに再び目を向ける。
ロフトの床は、その土台として38×89mmのツーバイフォー材が使われている。
それが、大きく格子状に組まれており、ロフトの床材がその上に敷かれている造りになっている。
キッチンコンロのある場所から天井を見ると、格子状に組まれているその床下の構造がよくわかる。
 
そして、よくよく見ると、その格子状になっているところ、横並びで2箇所が他と造りと異なっている。
その2箇所だけ、格子の中の空間部分にフタがされた格好になっていた。
 
「あれ、これ何? ここだけフタがされているね」
「お、気がついた?」
と彼がニヤリと笑う。
彼がその場所の真下に来て、両手を上げてそのフタの端を操作する。
まるで映画「スターウォーズ」に出てくるミレニアム・ファルコン号の乗り口のように、その扉は開いた。
 
目に飛び込んできた光景は、あまりに意外で一瞬声が詰まった。
その扉の裏には、4本のカセットボンベが仲良く並んでいたからだ。
4本それぞれにつながっているホースは、その扉の裏で1本に集約されている。
その延長を辿ると、剥き出しになった床下に這わせているガスホースであることがわかる。
それが、同じようにもう1箇所。
合計8本のカセットボンベがロフト床下に装填されていた。
 
そして、この8本のカセットガスボンベが、システムキッチンコンロのガス供給元であった。
「いずれはね、やってもらえる工事業者を探してきっちりと整備するよ。とにかく今はそれまでの暫定措置。まぁ、ここはキャンプ小屋みたいなもんだから」
 
オシャレなシステムキッチンのガスコンロ。
でもその熱源は、市販のカセットコンロ用のボンベ。
その意外性、驚きは、ほかになんて表現したらいいのか。
そしてまた次の驚きは、そのコンロの収納場所と配管だ。
目立つことなく、どこにも邪魔とならずボンベが収納されている。
配管も天井にあることから、通常の視線からは外れ、気がつくこともない。
そして、収納場所は天井から、顔のあたりまで降りてくるからボンベの交換も手軽にできる。
美しさと機能が完全に揃っている。
暫定的とはいえ、その着想と、それを見事に実現させた設計思想と行動力。
驚きの後は、「ブラボー!」としか言いようのない感動がやってきた。
素晴らしいクラシックコンサートや、演劇を見た直後の、まさにスタディングオベーションの気分だ。
この仕掛けは、他の方々にも是非見てもらいたい、と我がことのように自慢したいぐらいだ。
 
ただ、課題はまだあんねん、と彼は言う。
この家でガスを使うものとして、他にも湯沸かし器や、工事中である風呂がまだ残されている。
さすがこれらをカセットボンベで、というはとても無理。
ということで、これらのガス供給をどうするか、というのが次の課題だ。
彼の話を聞くと、その課題解決としてボイラーの設置を考えている、という。
その話し振りからは、どうやらボイラーまでも自主制作しそうな雰囲気だ。
空き缶や、それこそ空になったガスボンベ缶を使って、ミニボイラーを試作しようとしているらしいことを話してくれた。
このキッチンコンロのガスインフラを着想し配管した男だ。
間違いなく、彼はボイラーを自作するだろう。

 

 

 

彼に聞いたことがあった。
「なんで、こうやって一人で山林を伐採してまで家を建てたの?」
「ただ純粋に自分の丈に見合った家が欲しいなぁ、って思って。ただそれだけ」
彼はそう答えてくれた。
 
「一般的な住宅物件は、どれもこれも大きすぎるねん。それがなんか余分やな、て感じんねん。自分の丈だったら『これだけ』で済むのに、それ以上のものって、かえって邪魔でしかなくて……」
彼は淡々と話を続ける。
「でも、そんな物件ってないんだよね。だったら自分で造ろう、って思ったのよ」
そうして、彼は管理も行き届気なくなった荒れた檜林を父親から譲り受けてから、いまに至るまでのことを語ってくれた。
 
「自分の身の丈にあった家で充分」
この彼のことばは、鮮烈に心に刺さった。
なぜなら、私は4年ほど前に持ち家を売却している、という経験があったからだ。
恥ずかしながら理由はひとつ。
身の丈以上の物件を購入し、それが「負担」となってしまったから。
だから、やむにやまれず手放した。
 
身の丈にあった家。
必要な機材、資材、食物、といった生活必需品の大半はWin-Win調達。
生活となる場は、その都度その都度、できる範囲のペースで進化させていくことが彼の大いなる楽しみ。
そして、進化させていくための費用は、必要に応じてタイムリーに働き稼ぐ。
なんとシンプルでマイペースな生活スタイル。
29年間会社勤めしかしてこなかった人間にとっては、優しくありながら、とても意味深いカルチャーショックだ。
こんな生き方を、身近に実践している人と触れる機会になろうとは……。
これからの生き方を模索している私にとって、彼の生き様はまさに揺るぎないベンチマークだ。
 
「セカンドライフ」
それまでの働きに一区切りを打ったあとの次の生き方。
このセカンドライフにスポット当てテレビ番組もちょくちょく見る。
その多くは、自然の下で暮らしつつ、必要最低限のもので生活する姿。
テレビ的には、いいところを映し出していることが多いかもしれない。
時として、映像には出ていないところで自然の厳しさも目の当たりにしているだろうと思う。
それでも、なぜかその世界に憧れを抱いてしまう。
その世界は、画面の向こう側。
知識としては入ってくるが、リアリティはない。
 
でも、いま、そのリアリティは目の前にある。
それを実践している人間が、私の目の前で笑っているのだ。
 
「身の丈にあった生活で充分だし、それがホンマに一番効率いいんやわ」
華奢で優しげな彼のことばには、風にそよぐ草花のような軽やかさと、木々が大地に根を張るような揺るぎない力強さがあった。
 
いまの私が彼のように暮らせるか、といったら正直怪しい。
でも、やはり憧れる。
この必要なものだけでの暮らしの循環。
だから、いまは彼の生き様にしっかりと触れて体に刻んでおこう。
私は、心のなかで彼のことを「生き方の匠」と称している。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

京都府在住。
「書くこと」を一番の苦手としていたが、「あなたの人生を変えるかもしれない」というライティング・ゼミのコピーに目を惹かれ、今年7月開講のライティング・ゼミに参加。
2020年6月末で29年間の会社生活にひと区切りうち、セカンドキャリアを目下探究中。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,117

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