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週刊READING LIFE vol,119

落合博満さんがプロ野球選手に教えてくれたこと《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》


2021/03/15/公開
記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
2003年の秋、プロ野球球団の中日ドラゴンズが新たに監督を迎えた。
 
その男の名前は落合博満。
 
あの世界一のホームラン数を誇る王貞治も、世界一ヒットを打ったイチローも成し遂げられなかった三度の三冠王(同じシーズンにホームラン、打率、打点のリーグトップになること)に輝いた実績を持ち、通算510本のホームラン(歴代6位)とバッターとして輝かしい成績を残した男である。
 
中日ドラゴンズにも選手として7年間在籍をし、東北楽天ゴールデンイーグルスを日本一に導いた星野仙一の下でリーグ優勝も経験している。
 
しかし、選手としての成績とは別に落合は決して評判のいい人物ではなかった。
 
現役選手の頃から「俺は三冠王取る」と予告したり、「練習なんかしないよ」と公言していたりするほど個人主義の強い選手と言われていた。
 
中日に来た時も前に所属していたロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が監督だった稲尾和久を解任したときフロントに猛抗議をしたのが原因の一つと言われている。
 
先述した星野仙一とも確執が伝われ、「扱いにくい選手」と言われていた。
 
その落合が監督としてチームにやってくる。
 
中日の選手は皆、どんな野球をするのか不安でいっぱいであった。
 
当の落合は就任会見で、こう宣言をする。
 
「優勝できるだけの戦力がありますので補強はしません。今いるメンバーだけで優勝します」
 
この発言に周りがざわついた。落合が信頼して呼び寄せた森繫和投手コーチ(当時)も驚く。
 
「補強なしで優勝なんて冗談で言っているのかと思った」
 
コーチですら今いるメンバーだけで優勝できる思っていなかったのだ。しかし落合は、監督就任してから呼ばれた席で「補強なしで優勝。今いるメンバーを10%底上げするだけで十分」と繰り返し発言をしていた。
 
その証拠に、プロ野球は秋になると戦力外通告といって選手を7名から10名ほど解雇をする。ドラフト会議で新たにメンバーが入ってきたり、補強して新戦力を獲得するためだ。
 
ところが落合は今いるメンバー全員を残し、宣言通り補強を実行しなかった。
 
しかも、全選手に「2月1日に紅白戦やるからそれまでに身体を作ってこい」と通達をした。
 
またしても現代プロ野球の常識からは考えられない発言をしたのである。
 
プロ野球選手は10月(日本シリーズに出場した選手は11月)までシーズンを戦い、2月1日にキャンプを迎える。
 
11月、12月はシーズンの疲れや故障を癒す時間で体を動かすことはあまりしない。年が明けて1月に入ってから自主トレで身体を作り始めて、キャンプの序盤は身体づくり。中盤になってシーズンを乗り切れいるだけの体力と身体を作り上げてから技術的な部分を磨き上げるというのが大まかなスケジュールとなっている。
 
落合自身も現役時代は2月に徹底して身体づくりをして、出来上がってからバットを握って技術練習をしていた。
 
だが、紅白戦をキャンプ初日にやるということは、選手に「試合ができるだけの体をオフの間に作ってこい」という宣言である。
 
選手はみんな驚きを隠せず「どうなるのだろう?」と不安になりながらも11月から身体づくりに入ってキャンプ初日を迎える。
 
落合は宣言通り紅白戦を行い、多くの選手を起用し、戦力としての見極めをした。
 
昨年までの実績は一切関係ない。まるで白いノートに新たに能力を書き加えるように鋭い目で選手の特性やセールスポイントを掴んでいく。
 
そして10%の能力アップをさせるために選手にハードな練習を課す。
 
その現われの一つがキャンプの日程だった。通常プロ野球のキャンプは4勤1休といって4日練習をして1日休むのが当たり前と言われている。ところが落合は6勤1休のスケジュールを組む。「そんな無茶したら選手が壊れる」と言われても馬耳東風と言わんばかりに選手に練習をさせた。
 
「下手くそなんだから練習しなきゃ上手くならない」
 
落合はそう言って朝8時から通常練習を17時までやらせて徹底的鍛え上げる。その後から個人練習の開始。日が暮れても選手は誰も帰らずに己の長所を徹底的磨き上げた。
 
それは落合が監督就任直後に選手に向かっていった言葉があるからだ。その言葉とは
 
「私は三拍子(打てる・守れる・走れる)そろった選手を作ろうとは思っていません。自分はこれで生きていくというものを自分でつかんでください。今のレギュラーもうかうかしてられないと思います。その辺は肝に銘じてください」
 
事実上のレギュラー白紙宣言である。レギュラーの選手は「今まで見たいにのんびり構えていたら本当にレギュラーを外される」という危機感から。若手は「セールスポイントを伸ばしてアピールできたらレギュラーになれるかも」という思いから必死になって練習に取り組んだ。
 
そして落合はキャンプで鍛え上げた選手たちを率いて宣言通りリーグ優勝を達成する。
 
自分自身の予告を達成したのだ。残念ながら日本一には手に届かなかったが、翌年に向けて楽しみが生まれたと周りは落合を褒め称えた。
 
もちろん落合自身も次こそは日本一と思っていたが、優勝できず2位で終わってしまう。
 
落合率いる中日ドラゴンズは開幕から絶好調で首位を走っていたが、5月6月に失速して阪神タイガースに首位を明け渡してしまう。7月に11連勝、8月に7連勝して猛追するものの阪神に届かなかった。
 
そこで落合が行ったのは選手への𠮟咤ではなく、自分自身が何を失敗したのか外部に意見を求めたことだった。
 
落合は常々選手には「自分の成績だけを考えろ。勝ち負けは全部俺が引き受ける。それが監督の仕事だ」と公言して憚らない。選手のミスで負けても選手を公の場で非難したことは一度もなかった。
 
しかも監督の仕事の一つである投手の起用も「自分は投手じゃなかったからわからない」と言って全部投手コーチに任せていた。
 
しかし、責任はすべて自分で被っている。公言していた通り「勝ち負けの責任はすべて監督の仕事」ということで投手起用失敗の責任も自分が責めを負っていたのだ。
 
その落合が優勝できなかった理由を外部に求めたのは、責任感だけではない。
 
実は現役時代にレギュラーを獲得した頃、当時の監督であった稲尾和久に向かって采配について遠慮なく意見を言っていたのだ。
 
稲尾は「監督は俺だぞ」と前置きをしながらも若い落合の言葉に黙って耳を傾けていたという。その体験があるからこそ落合は「組織の上に立った時、裸の王様になりたくなかったら、いかに人の話に耳を傾けられるかだ。特に、自分と反対の意見を持つ人間は大切にすべきだろう」と言っていたのだ。
 
自らの采配や試合運びについて反省と分析をした落合は2006年に再びリーグ優勝を果たし、翌2007年にも日本シリーズへと駒を進める。
 
相手は北海道日本ハムファイターズ。
 
現在、メジャーリーグで活躍しているダルビッシュなど好選手を揃えたチームと日本一をかけて戦っていた。中日ドラゴンズの指揮官である落合は冷静に自チームと相手チームの戦力を分析して4勝1敗で勝たないと日本一にはなれないと思っていたのだ。
 
初戦は日本ハムのエース・ダルビッシュの前に完敗。二戦目は中日打線が奮起して8-1と快勝をした。
 
移動日を挟んで地元名古屋に戻った中日は、打線が初回に7点を取る猛攻で勝利をつかみ、2勝1敗と先行をした。続く第4戦も中日が接戦を勝利し、3勝1敗と日本一に大手をかけて第5戦を迎えた。
 
中日の先発は山井大介、日本ハムの先発はダルビッシュ。山井のシーズンの成績は6勝4敗と目を見張るものではない。ダルビッシュは15勝5敗と堂々たる成績で球界のエースに登り詰める最中。
 
日本ハムが有利と予想される中、誰もが予想しない展開が起きたのである。
 
なんと中日の先発山井が日本ハム打線をヒットも打たせず、四死球も与えない完璧な投球を見せた。
 
中日打線は2回にダルビッシュから1点を取るもその後は抑え込まれしまい1-0のまま試合は進む。一方、山井は8回まで日ハムの打者を一人も出さずにノーヒットノーランどころか完全試合(相手打者を一人も出さずに試合を終えること)の達成が期待されていた。
 
しかし9回に落合が動く。
 
投手山井を交代してリリーフエース岩瀬を投入。岩瀬も打者3人抑えてプロ野球史上初の完全試合リレーで悲願の日本一を達成した。
 
ところが、中日53年ぶりの日本一よりも落合の山井交代に注目が集まった。
 
何せ完全試合達成目前の投手を交代。常識ならば交代はあり得ない。交代するにしても一人ランナーを出してからでもいいといった論調がスポーツ新聞をにぎわせた。
 
球界の先輩やOBの解説者も落合采配に物申す論調が踊った。しかし、当の落合は黙して語らず批判を一身に受け止める。
 
交代の理由が明らかになったのは翌年のオフになってから。森繫和ヘッドコーチ(当時)が「山井はあの日、マメがつぶれたのか出血していた。回を追うごとにひどくなっていったから山井本人から「岩瀬さんに代わってほしい」と言ってきたからだよ」と告白をして「世紀の交代」と言われた論争の真実が明らかになった。
 
つまり、落合は監督して選手をかばっていたのだ。だからこそ選手からも慕われ、中日の監督が解任されるときには「監督と一日でも長く野球をやろう」と決意した選手が逆転でリーグ優勝を果たし、日本シリーズへと駒を進められたのだ。
 
チームを率いる監督として8年間でリーグ優勝4回、日本一1回と結果を出した落合はプロになれる選手について監督退任後に発言をしている。
 
まずは、聞き上手になれ。
 
指導者や先輩の話を聞く時は、気持ちを真っ新にして、「何か吸収しよう」と心の準備をする。自分からは求めていないタイミングでアドバイスされた時でも、「今なのかよ。ほかにやることがあるのに」などと思わず、聞いてみようという気持ちになることが大事だという。
 
次にアドバイスされたことを試してみようという姿勢を持つこと。
 
例えば、投手が「カーブを覚えてみよう」と言われたときに「自分には合わない」と否定するのではなく、必死になって取り組んでみようという姿勢が大事だという。
 
そして、アドバイスを本気になって身につけようという「その気になること」が重要だという。英語を話すために一番早いのは自分の生活環境を英語だけにしてしまうことだ。それくらいアドバイスされたことを身に着けるためにその気になれば技術は身につけられると説く。
 
落合は、監督時代に選手に練習させたのは技術を身につけさせるためだ。精神的にプレッシャーのかかる場面で頼りになるのは自分が自信を持てる拠り所があること。
 
その拠り所になるのは身につけた技術にあるという。野球では精神的にプレッシャーのかかる場面はシビアな攻防が要求される。実現させるためには技術がないといけない。
 
投手であれ、打者であれ、精神的な強さを身に着けるには経験が必要だ。ところが技術がないとシビアな場面は乗り越えられない。だから技術を磨くように選手に練習をさせていた。
 
これからプロを目指す選手には自分自身の無地のキャンバスに技術という色を付けていったらきっと壁を乗り越えられるかもしれない。《終わり》
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

現在、天狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。

http://tenro-in.com/bungo_in_kamakura

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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