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週刊READING LIFE vol,119

働かないおじさん、と何度も言われた日のこと《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》


2021/03/15/公開
記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
 
 
スマホを持つ手に湯気が湧いた。
「働かないおじさん問題をみんなで語り合おう」
と読めた。
はあああああ。
なんだそれ。
何気なく、仕事の合間に、twitterを見た日曜の夜22時。
 
登壇者は、女性3人と男性1人。
とある音声メディアでで開催されるらしい。
 
ぼんやりしていた頭に、もくもくと灰色のものが浮かんできた。
 
「なんでこんなこと言われなくちゃいけないんだ」
という思いだった。
次に思ったのは
「あなた方誰ですか」
という問いだった。
 
知らない人に勝手に、おじさん、という文字を顔に書き殴られたような気持ちだった。
 
働き方改革についての著作を持つ女性ジャーナリストと、男性はこれからの時代のキャリア戦略について語る大学教授。二人の対談に、雑誌の女性編集者さんというメンバーのようだ。
 
「私たちはおじさんじゃない」
そんな語句が浮かびそうなメンバー。
白い紙に太いマジックで線引きがされたようなイメージが浮かんだ。
ここからこっちはおじさん、ここからこっちは普通の人。
 
え? これってどうなの?
まず思った。
「当事者が、ほぼいないところで、働かないおじさん、を語っていいの?」
ということだった。危険な匂いがした。
つい先日、女性蔑視の発言が日本中に広がり、女性たちが声をあげたばかりだ。
#わきまえない女 というハッシュタグが飛び交い、ある組織の長は辞任をした。
さらに、その女性蔑視発言を男性の側から語ろうという企画
#変わる男たち が大炎上し中止になったばかりだったからだ。
当事者不在で女性の問題を語れるのか、また登壇者の過去発言に女性蔑視と思われるものがある、という理由からだった。
 
わきまえない女、がダメなら、働かないおじさん、もまずいだろう、
というのが私の直感だった。
しかし、イベントをのぞいてみないとわからない。
よし、火曜の夜はこのイベントを覗いてみよう。
タイトルにある、線引きを超えて踏み込んでやろう。
なんなら、返り討ちにしてやろう。
 
むくむくと黒い気持ちが湧き上がりながらも、そこは大人だ。
一生懸命、年の功で薄めた。
 
まずは、イベントの前に、予習が必要だ。
そもそも、働かないおじさん、とはなんだろうか。
検索するとズラーっと働かないおじさんの記事がでてきた!
終身雇用、年功序列の中で、成果を出さないのに、高給取りな40-50代のことを
言うらしい。
それが新型コロナウィルスの流行によってあからさまになったのだという。
出社せずリモートワークになって一人一人の役割が明確になった今、誰が働いてないかがあからさまになったというのだ。
 
おじさんは、デジタルに弱い。いままで若手にやってもらっていたことも
リモートなら全部自分でやらなくてはいけない。
おじさんは、対面で会議をしたがる。いままでなら、会議の場で大きな声を出せば
主導権が握れたが、オンライン会議ではそうはいかない、と言う。
 
さらにさらに、下の世代からみたら、働いても給料が上がらないから、上の世代への恨みの感情すらあるという。
自分の知らない間にそんな言葉ができていたのか。まあ、ひとつひとつはわかる。
でも、なんで、という疑問もあった。
 
今度は気持ちがもやーっと黒に近いグレーになった。
 
なぜ、おじさんだけは、おじさんと言っていいのかな?
釈然としないまま、過ごした。
 
イベント当日、働かないおじさん世代の私が、音声メディアにログインできたのは
後半からだった。
 
何事も勉強。もやもやするイベントこそ、学びがあるはずだ。
気持ちを前に向かせて
グレーになった心のノートを開き、勉強させてもらうことにした。
 
トークはなごやかに進んでいた。にも関わらず、私は聴きながらイライラした。
「結局、この世代にまだまだ働いてもらわないと、日本がやばいよね」
やけにカジュアルなトーンで話す大学教授。
「もうさあ、日本のおじさんたちを強制的に集めてブートキャンプをやって再生したいんだよね」
な、なんだこの会話。
「おじさんが悪いんじゃない。おじさんたちもメンバーシップ型人事制度の被害者ではあるんですよ」
と女性ジャーナリストが語る。
「おじさんたちは、出世競争から外れたり、役職定年を迎えると急にやる気をなくすんです。無理もないですけど」
おじさん側の気持ちに立つ発言もあった。
「実際まだまだ能力があって仕事ができるんだ、ということをわからせたい。既におじさんの人材活用がうまくいってる企業もあるんですよ」
元気づけたい、という発言ではある。でも、でもだ。
 
言ってることはわからなくはない。しかし、なんだか腹が立つ。
 
誰かが発言するたびに、グレーのノートには、おじさん、という文字が書かれていくような気がした。文字はだんだん黒に近くなる気がした。
 
「おじさんを元気にしないと」
「おじさんに頑張ってもらわないと」
「おじさんに日本の未来がかかっている」
 
これ、いじりではないのか。この議論ではおじさんがモノ扱いされている。
意図はないかもしれないけれど、そう感じた。
 
心から炭のにおいがしていた。
心の紙に書かれていく、おじさん、という文字の色はもう、黒を通り越して
炭のどす黒さになっていた。
 
冷静に考えれば、私は、おじさんと呼ばれても全然気にしない人間だ。
私は普段、おっさんレンタルという組織のメンバーでもあるから。
いやむしろ、おっさんをネタに商売している立場だ。むしろ、喜ぶべきことなはずだ。
 
なのに。なのに。なのに。
 
なんか違う。いや、イベント登壇者の言ってることは間違っていない。
がしかし、何か違う。
頭ではわかっていても、ハラワタがじわじわと煮えくり返ってくる。
顔が紅潮してくるのもわかった。
どうしたの? 自分。
 
さらに聴いていると、女性編集者の声が耳に入ってきた。
「私も、働かないおじさんとして、今日からできることを探してみます」
きたー。女性の自称おじさん。これ、どうなんだろう。
「そうなんです。おじさんというのは、年齢のことではなくて、変化に対応出来ない人のことですから。私たちも変化に対応していかないと」
でた。おじさんの定義。
「おじさんなんて、タイトルの本をつくると、文句言う奴がいて絡まれるかもしれませんね」
大学教授の先生が、女性ジャーナリストに注意を促す。
おじさん、という言葉の持つリスクについては若干認識があるようだ。
 
ボッ! 心の炭色のノートがチラチラとし始めた。
炭色の真ん中が赤く赤くなっている。
 
たしかに、会社のボリュームゾーンである40-50代の中高年男性が、成果をだせば
日本の生産性があがる、という理屈はわかる。
だが、当事者不在のまま、ブートキャンプだの、変化に対応できないだの、と言われると、特定の誰かをさしているわけではないのに、悔しさがこみ上げてくる。
 
ボッ! 火は心のノートを飛び出して、炎になった。
 
10年前の自分が、この働かないおじさん問題を聞いたらどう思うだろうか。
きっと怒り狂うに違いない。
いや、正確に言えば,10年前私は怒り狂った。
 
「あなたは電通でも博報堂出身でもありません。広告会社出身でもそんなに採用してくれるところはありませんよ。このあたりなら可能性があると思います」
 
広告会社を早期退職した私を待っていたのは、市場価値がない、という現実だった。
再就職支援会社のキャリアコンサルタントが持ってきた資料には、いままでの年収半分以下の会社が並んでいた。
 
土日も昼も夜もなく広告制作の現場で働いてきたのに、これか。これが現実か。
会社での評価は悪くはなかった。なんなら少しいい評価をしてもらっていた。
なのに、どういうことだ。コピーライターは手に職だね、なんて言われていたのに。
俺なら、こんな言い方はしない。これはコンサルタントがおかしい。
よし、キャリアコンサルタントの資格をとってやる。
 
そんな風に思って私は、キャリアの勉強をし、資格をとったのだった。
 
そこまで思い出した時、ハッと気づいた。
 
今思えば、あのときの私は、まさに「働かないおじさん」 だったのだ。
ただ、会社で上司から割り振られたお客様を担当し、広告を制作していた。
会社にいる時間も長かったし、お客様の要望も多く、それに対応するために精一杯頑張っていた。
でも、その評価は社内でしか通用しない実績だったということなのだ。
 
働く、の意味が違ったのだ。
あの頃の仕事は会社の利益には貢献していたと思う。
お客様の宣伝部のやりたいことには合致していたと思う。
でも、お客様の企業としての成長に貢献できていただろうか。
その視点をしっかり持てていたか、と言われると、疑問だった。
 
会社を辞め、独立してから、わかったことがたくさんある。
広告が成功しなければ、次は呼ばれない。ということだ。
作ったものが役に立ったかどうか。そこが仕事だということだ。
今は、そこに価値を求められている。それが会社員の頃よりも露骨だ。
 
会社のために、と頑張ったことが、自分の価値になっていない可能性があるのは
たしかだ。この人たちの言ってることは間違ってはいない。
ただ、言い方が挑むような煽るような言い方なだけだ。
 
過去の自分を思い出しながら、そこまで考えが巡った頃、
ノートの火はスーッと消えていった。ドス黒いノートも消えた。
 
イベントもまた終わっていた。
 
今日の登壇者の方々と、昔出会ったキャリアコンサルタントがダブって見えた。
 
言ってることは正しいかもしれない。
でも、言い方というものがあるだろう。
おじさんにも、感情はある。黒くもなれば、火もつく。
 
でも、黒い感情で燃えても、意味があるのか。
燃やしたところで、時間の無駄ではないか。
 
自分がキャリアコンサルタントの資格をとったのは
「同じようなおじさんに、辛い思いをさせたくないから」
だった。
今年、来年とたくさんのおじさんがキャリア選択することになるだろう。
ただでさえ不安になったおじさんたちを、
働かないおじさん、なんて呼ばせたくない。一人でも多くのおじさんの力になりたい。
そのために、できることは何か、
悔しいけれど、おじさん、を連呼した方々に学ぼう。そして、越えよう。
失礼を失礼と言って聞いてもらえる立場になるまで勉強しよう。
 
悔しさを捨て、怒りを捨て、プライドを捨て、
私は心に無地のノートを開くことにする。
 
身をを捨ててこそ、浮かぶおじさんもあれ、である。
 
あんまり上手いこと言えてないかもしれないが
まずいことにはならないはずだ。動いていれば。
 
 
 
 
*個人の感想で、特定の団体、人物を誹謗中傷するものではありません。

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。クリエイティブディレクター。再就職支援会社の担当に冷たくされたのをきっかけにキャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。500人ほどの相談を受ける。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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