週刊READING LIFE vol.121

北風と太陽の子育て日記《週刊READING LIFE vol.121「たとえ話で説明します」》


2021/03/29/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今春、娘が高校を卒業し、親元から巣立っていく。
振り返れば、あっという間の18年間だった。
共に笑って、怒って、涙して、駆け抜けてきた日々だった。
 
うちの娘は、一人娘だ。
そのせいか、通常の母娘よりも、お互いの距離がより密接だったような気がする。
常に娘一人に私の視線は注がれ、それ故に覆いかぶさるような私の想いに、気詰まりだったこともあるかもしれない。
それでも私たち母娘は、はたから見れば仲良し親子に映っていたようだ。娘はどう思っているかは分からないが、少なくとも私はそうであったと信じているし、これからもそうであるように願っている。
うすうす分かっている。私の方がきっと娘に依存しているのだ。娘はそんな私を心配して、寄り添ってくれているのだろう。
けれど、そろそろ旅立ちの時だ。いつまでも追いすがっているわけにもいかない。
 
こんなことを書いていると、私は娘に甘々だと思われがちだが、実は私は娘を諫める役回りが多かった。
「北風と太陽」でいうところの北風役だ。一方、太陽役は夫が担うことが多い。
私が厳しめにしていると、夫が「まぁ、まぁ、そう言わなくても」と言ってなだめるといった具合だ。
夫は娘に対して激甘だ。何でも娘の言うことを聞いてしまう。娘もそれを熟知しているから、私が駄目と言いそうなことは、夫に先に根回しをして了解を取ってしまうのだ。夫が飴なので、私が鞭になるしかなかった。
一人娘ということもあって、甘えた子にはしたくなかったのだ。一人っ子だから、余計にしっかりとした子になってほしいという私のエゴからの接し方だった。そうは言っても、何だかんだと手をかけてしまうので、人様から見れば、やはり甘いのかも知れないが。
 
きちんと挨拶をする。周りの人には感謝を持って接する。何かをして頂いたら、必ずありがとうと言う。人に迷惑をかけない。相手の立場を慮る。何かを始めたら最後までやり通す。
 
これらは、娘を育てる際の私の基本方針だった。今見てみれば当たり前のことだが、できていないと思ったら、しつこいくらい言い聞かせて諫めた。
娘が幼い頃は、北風流のやり方で効いていた。ビシビシと冷風を浴びせると、そこは幼い子供だから母親の言うことを聞いてくれた。
社会に出れば、理不尽なことが多い。まだ小さいけれど、何でも思い通りになると勘違いさせてはならないと思っていた。ちょっとスパルタだけれど、世間の荒波を渡っていけるような強い人間にしないといけないという使命感のようなものがあった。
順番で行けば、親の方がこの世を去るのが早い。いつまでも庇護できるわけではないから、何とか自立できるように育てたい一心だった。
 
もともと根性論で生きてきた私は、何くそ根性が強い。今は流行らないのだろうけれど、簡単に投げ出すことに対して、あまり良いように思っていなかった。強くなるためには、理不尽な目に遭うことも必要とすら思っていた。
 
だから、娘が中学校の時に入部した部活を辞めると言い出した時は、なかなか辞めてもいいんじゃないとは言えなかった。
「せっかく入部したのだから、もうちょっと頑張ってみようよ」
そう言って、少しでも長く続けさせようとした。一度始めたことを辞めてしまうというのは、私の理念に反したからだ。
中学生ともなれば、自分の意志というものをハッキリと持ち始める。親の言うことを聞くばかりではなくなるのだ。
しぶしぶではあったが、娘の自主性に任せようと自分を納得させることにして、私は折れた。
 
もうそろそろ、北風役を降りる時が来たのかも知れない。
そんな想いを意識し初めたのは、娘が中学校3年生に上がる春休みだった。
学校のプログラムで、娘はカナダへホームステイすることになっていた。
期間は約3週間。そんなに離れて過ごすのは、娘が生まれてこの方初めての経験だった。
いくら学校の仲間が一緒とはいえ、他所のお宅でホームステイするときは、バラバラの滞在先になる。
日本とは違う文化や考え方など、外国での経験は得難いものになるだろう。けれど、まずはコミュニケーションが上手く取れなくては、せっかくのチャンスがもったいない。
ホストファミリーとよりよくコミュニケーションを取るための心得を、何回も娘に復唱し、しまいにはホストファミリーへのお土産を渡し忘れないように、何度も念押しをした。
私自身が、慣れない環境へと飛び込んでいく娘のことが心配で仕方なかったのだ。
 
娘がカナダへと旅立って、10日くらい経った頃だっただろうか。
1本の電話が、私を不安の沼へと突き落とした。
電話は、ホームステイに随行しているエージェントからだった。
「娘さんのホームステイ先を変更しますが、よろしいでしょうか?」
一体、何があったというのだ。
「娘が、何かしでかしたのでしょうか?」
何か悪い予感がして、恐る恐る尋ねる声が震えてしまう。
「いいえ。ホストファミリーと合わなかったようで、随行の先生から申し出があって、変更した方がいいと判断しました」
ホストファミリーと合わないなんて、よっぽど娘が不愛想だったのだろうか? それとも何か問題が起こったのだろうか?
尋ねても、エージェントは詳しいことは先生が聞いているので、こちらでは分からないと言う。
とにかく、何かあって変更せざるを得ない状況ならば仕方ない。
「分かりました。よろしくお願いします」
電話を切ると、へなへなと私は座り込んでしまった。
まだ、ホームステイが終わるまでにあと少し期間がある。
娘は大丈夫なのだろうか? やっぱりスマホを持たせておくべきだった。後悔しても始まらないが、詳しい状況が分からないことが更に私の不安を色濃くしていた。
 
何があったのかが分かったのは、娘の帰国後だった。
娘の口から、ホストファミリーとの経緯を聞いた。
何でも、娘にあてがわれた部屋は地下室だったそうだ。日の射さない、昼でも電灯が必要な部屋だったのに、到着後2日目で電気がつかなくなったという。ホストマザーに頼んでも、一向に改善してもらえず、暗い部屋の中で涙が出てきたそうだ。
その上、ホストファミリーの中に人種差別的なことを言う男性がおり、娘はいたたまれなくなったらしい。
しばらく我慢していたものの、他の友人たちのホストファミリーの話を聞くと、自分の境遇とのあまりの違いに愕然とした娘は、ようやく随行の先生に打ち明け、ホストファミリーの変更となったようだ。
 
私も学生時代に、イギリスでホームステイをしていたことがある。
その時のホストファミリーは、朗らかで愛情深い家族だった。いつも私のことを気にかけてくれ、良くしてくださった。
そのイメージが強かったため、まさか娘にそのようなことが起こっていたとは、思いもよらなかった。
しかし、ホストファミリーとして登録している人達の中には、様々な人がいる。ホストファミリーになると報酬がもらえるからと、それを目当てに登録している人もいると聞く。
まさに、娘はその洗礼を受けたようだった。
 
見知らぬ異国で、冷たい北風を真っ向から浴びた娘は、自分なりにいろいろと考えるところがあったようだ。
帰ってきて開口一番、
「私、強くなったよ」
そう言って、たくましく笑って見せた。
2番目のホストファミリーは親切な方だったそうで、安心した。
辛い状況にもめげず、最後までプログラムをやり終えて、賞を頂けるくらい頑張った娘。いつも我が家にいるときはのんびりしているけれど、なかなかやるじゃないか。
可愛い子には旅をさせよとは、よく言ったものだ。無事に戻ってきたことにほっとして、胸が詰まった。
 
このことがあって、私は北風役から完全に引退することにした。
敢えて私が北風にならなくとも、娘の人生の中にはちゃんと時折北風が吹くようになっていて、乗り越える試練として登場するようになっていることが分かったからだ。
冷たい北風に耐えてこそ、温かな太陽の有難味が分かる。カナダから戻ってきた娘は、大きな壁を乗り越えられた達成感で、一回り大人に見えた。
 
必要な時には手を貸すけれど、案外見守っているだけで子どもは育っていくようだ。
ついつい手を出してしまう元北風の私は、今となっては夫と同じ太陽サイドだ。
娘がやりたいことは何でも挑戦させてやりたいし、信じて全肯定できるのは親なればこそだ。
こちらが教え諭さなくても、自分で壁にぶち当たっては考えて、どうすればいいのかを身に付けていく。
 
昔のように厳しくなくなった私に、娘は相談してくれることが増えた。
こんなことを言えばどう思われるだろうという心配やコンプレックスなど、あまり大きな声で言いたくないものもさらけ出してくれるようになった。
今や太陽側の私は、ここぞとばかりに話を聞く。
飾らずに、等身大の娘の姿を見せてくれるのも嬉しく思っている。
ありのままの娘を受け入れていることが伝われば、きっと穏やかな心で自分の進む道を歩いていけることを信じて。
 
娘が旅立つ日まで、あと僅か。
高校卒業後、娘が家にいる時間が増えたので、一緒によく散歩に出かけている。
春の穏やかな光の中、のんびりと散歩をすれば話が弾む。
たわいのない話をする、この貴重な時間もあと少しだ。
本音を言えば、とても寂しいし、遠方でちゃんとやっていけるのかという不安が頭をもたげてくる。
けれど、新たな門出に涙は似合わない。顔で笑って、心でこっそり泣こうと決めている。
娘にとって、私たち親は、いざという時のよりどころでありさえすればいい。何かあったときには、明るい日差しが見守っていることを思い出してくれればいいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2021-03-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.121

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