「ワークマン」に学ぶ、自分という会社を経営する力《週刊READING LIFE vol.122「ブレイクスルー」》
2021/04/10/公開
記事:渡辺美香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「どうしたら、成功するのだろう」
その答えを探している人は多い。
もちろん、成功のかたちは一つではない。
起業して一部上場する、大会社の社長になる、小説家やライター、タレントや芸人、芸術家として名を成す、あるいは田舎で農業をして暮らす、人気カフェのオーナーになる、理想のエコライフを送る……
思い描く形は十人十色だろうが、現在の自分と違う生活を夢見ている人は多い。そして、しばしば、そのために何が足りないのかと悩む。
資金力なのか、企画力なのか、コミュニケーション能力なのか、才能なのか……
そのすべてが身についていれば、成功するのだろうか。
いや、必ずしもそうとは言い切れない。
しかし、「ある力」だけは、忘れてはならないというものを教わった。
すべての成功を夢見る人が忘れてはならないその力は、アウトドアウェアのブランド、ワークマンの成功の秘訣に隠されていた。
プロ向けの作業服メーカーだったワークマンを、老若男女問わずの一大アウトドアブランドに成長させた、真の仕掛け人、専務取締役土屋哲雄氏の講演を聞いた。
土屋専務は、創業者の甥だ。
2012年、彼が、三井物産から転職をしたのちに、会社はターニングポイントを迎える。
ワークマンは、創業からの40年間、作業服の小売り業界でダントツの一位だった。
とび職人に愛用されるニッカポッカなどをはじめとした作業服は、プロが、職場で、安全かつ効率的に仕事をすすめるための機能性や品質を、十分に兼ね備えていた。
ワークマンの作業服は、消費者にとっては、人生のほとんどの時間を身にまとう生活着の役目も果たす。消耗品でもあるため、価格も、一貫してリーズナブルだ。
店舗数は、全国におよそ900店舗。どの店も、定価のまま、商品を供給できる状況にあった。
「いわゆるブルーオーシャンです。ほかの競争相手がいなかったんです」
土屋専務は、入社した時、社長から「なにもしなくてもいい」と言われたそうだ。
しかし、そんなワークマンに、脅威が襲い掛かる。
ネットショッピングamazon やモノタロウの台頭だ。中国製などの輸入品を含めた、膨大な品数を揃えるネット通販が、消費者のニーズを、さらなる安さやデザイン性へと多様化させていった。
「このままでは先は知れていると思ったのです」
土屋専務は、新たなる客層の拡大に乗り出す。
それは、ふだんは作業服を着ない、一般消費者への売り込みだ。
では、どうやって、客層を広げるのか。
あなたならどうするだろう?
もし、私が、専務の立場なら、さしあたり思いつくのは、下記のようなことだろう。
「生地やデザインの洗練された別のファッションブランドを立ち上げる。」
「価格をさげて、ネット市場に乗り出す。」
「雑誌やテレビなどに広告を出し、人目に触れる機会を増やす」
果たして――
ワークマンは、そのどれも、しなかった。
今のシステムで製品化できる等身大のワークマン製品のまま、新たな客層に販売しようとしたのだ。
「見せ方」を変えるだけで。
作業服は普段着るものじゃない、なんて誰が決めたのだ!
格好悪いなんて、ただの先入観でしかない。
シンプルで動きやすく、どこへでも気軽に着ていくことができて、なにより流行に左右されない飽きのこないデザインだ。実際に、スタッフの女性たちが身に着けてみると、例えば、大きめのフードは小顔効果も抜群で、ざっくりとしたパーカーは、かえって足や手首を華奢に見せる効果もあった。
それらの見せ方のアイデアを考えたのは、店舗の現場スタッフたちだ。店舗での陳列にとどまらず、同世代の若者たちの気持ちを、いかにして惹きつけるかのアイデアを積極的に出していった。
土屋専務は言う。
「私が考える戦略アイデアで、若い世代が買ってくれるわけがない、だから、私は何もしないで、アイデアは現場にまかせたのです」
ワークマンは、一般消費者の熱烈なワークマンファンに、商品提供をするだけというアンバサダー契約を結び、個人のインスタなどで、用途や使用感を披露してもらった。
彼らにとっては、いち早く新製品の情報がのるインスタとして、自身のフォロワーを増やせるメリットもあった。
披露の仕方には、広告プロデューサーなどの介入もない。個人が好きなように、自分流の着こなしを披露する。
それらの記事は、マネキンや、雑誌、テレビの紹介よりずっとバラエティ豊かで、魅力的な商品としてフォロワーの目に映った。ワークマンは、またたくまに人気になっていった。
雨や風をしのぐ機能性という意味では、キャンプやグランピングなどのアウトドアブームも人気に拍車をかけた。ワークマン商品は、コールマンやモンベルといった、老舗アウトドアブランドより、はるかに価格も安い。
キャンプのみならず、釣り、バイクといったそれぞれの趣味にあわせて、着こなしを提案するワークマンファンはどんどん増えていった。それぞれの趣味に細分化されていたコアブランドにも、ワークマンはどんどん食い込んでいった。
こうして、一般消費者のインスタやブログといったSNSを活用することで、広告費を徹底的に削り、定価での販売を、変わらず実現しつづけたのだ。
既存の商品に、「見せ方」をプラスするという発想だけで、新ブランド、ワークマンプラスは、大成長を遂げたのである。
土屋専務は、この手法を、書籍「ワークマン式 しない経営」にまとめている。
「しない経営」とは。
残業しない
社員にストレスを与えない
人件費をかけない
仕事をふやさない
単価を下げない、などなど……
大きくまとめるなら、「痛みをできるだけ味わせない」ということになる。
痛みを伴わない成功などあるわけがないと思っていた。
なぜなら、一日は、誰もが24時間しかない。
同じ生活をしていては、何も変わらない。
たとえば、資格を身につけようと思えば、食事の時間を削ったり、休日を返上したりして勉強時間を捻出する必要がある。
新しい挑戦には、常に犠牲がつきものだ。
しかし、土屋専務が、もっとも避けたいと考えたのは、この「犠牲」だった。
慣れていないことに、むやみやたらに手を出しても、その道のプロフェッショナルには到底及ばない。
会社や社員が、得意でないことに時間を使っても成果はあがらない。
「犠牲」を強いるということは、社員の「幸せ」というもっと大切な成功を奪ってしまうことになるのだ。
大切なのは「らしくないことをしない」ということ。
自分たちは、自分たちの「強み」で勝負する。
その信念を貫いたからこそ、社員たちも無理せずにイキイキと成果を上げることができたのではないかと語っている。
このことは、私たち、一人一人にも、当てはまるのではないだろうか。
「らしくないこと」はしないで、「自分らしさ」で勝負し、世界的な成功をおさめているのは、タレントの渡辺直美さんだ。
自分の体型をポジティブにとらえるお手本のような存在で、ぽっちゃりを隠さず、イキイキとファッションを楽しむインスタが圧倒的な支持を受けている。
もし、渡辺直美さんが、他のファッションモデルのように、なんとか痩せようとしたら、こんな支持をされたのだろうか。
ファッションは、痩せていなければ楽しめないと思い込み、無難な服装をしていたら、今の成功はない。
以前、直美さんが、世界的ファッションブランドの「グッチ」のイベントに出演したときのことだ。この時の写真が、グッチの公式インスタグラムに載ったところ、グッチファンから、体型をののしる心ない言葉が多く寄せられたことがあった。
そこで、直美さんは、こう書き込んだ。
「みんな私の魅力にびっくりした? まだまだこれからよ」と。
この言葉が引き金となり、「勇気づけられた」「ファッションの可能性を信じられた」というメッセージが次々と書き込まれ、直美さんは、海外メディアから絶賛された。
そして、去年は、アメリカのトップブランド、ケイトスペードニューヨークの、グローバルアンバサダーにも就任。
彼女の明るく前向きな生き方が、ブランドイメージそのものだという理由からだった。
「自分らしさ」とは、「強み」なのだ。
私たちは、とかく「強み」とは、人より秀でているものだと考えがちだ。
容姿、スタイル、身長、学歴にとどまらず、褒められたり、優秀と判をおされたりしたものが、強みであり、長所だと考えてしまう。
しかし、そもそも長所も短所もないのだ。
あるのは、「らしさ」だけ。
ふとっている、は、ふっくらしている
痩せている、は、スマートである
友達が少ない、は、孤独を愛する
身体が弱い、は、繊細なメンテナンスができる
仕事をしていない、は、収入に振り回されない生活ができる
なにごとも、とらえ方ひとつで強みになる。言葉を変えるだけで、180度、違う輝きを帯びてくる。
ワークマンの成功の裏にあった圧倒的な力は、その「解釈力」なのだ。
解釈力は、一度身につけると、そんじょそこらの苦難には折れない強靭な心を与えてくれるような気がする。
会社を解雇されたから、この人との出会いがあった。
大きな病気を患ったから、家族のありがたみがわかった。
「解釈力」さえあれば、人生のどんな経験も、経験してよかったのだと思えるようになる。
そして、行きつくところ、いろいろあったが、生まれてきてよかったと解釈できるようになるのではないだろうか。
そうして考えてみると、そもそも人生の成功なんて、解釈ひとつにすぎないのではないかとも思えてくる。
何かを手にするために、毎日が今より不幸になるのであれは、ひょっとしたら、今、もう「成功」しているのかもしれない。
私は成功している。
そう思える「解釈力」を、身につけていきたいと思う。
自分という会社の経営は、一生続いていくのだから。
□ライターズプロフィール
渡辺美香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
立教大学文学部卒。地方局勤務
「人はもっと人を好きになれる」をモットーに、コミュニケーションや伝え方の可能性を模索している。
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