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週刊READING LIFE vol.122

セクハラ経験を振り返って気付いた「最近上手くいかないことばかり」の原因《週刊READING LIFE vol.122「ブレイクスルー」》


2021/04/05/公開
記事:中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
20代後半の頃、仕事関係の方から2年ほど、セクハラを受けていたことがある。
 
はじまりは頻繁に届く携帯メールだった。
遅くまで残業している私を気遣って “気を付けて帰ってね” と連絡をいただくようになり、私も「優しい方だな」と思っていた。
そのうちに “今日は何を食べるの?” “最近あの映画が流行っているよね” と業務と関係の無いメールが送られてくるようになった。
相手は20ほども年上の大先輩だ。
仮にAさんとしよう。
Aさんは結婚されているし、お子さんだっている。
「Aさん、メールが好きなのかな? 仕事関係の方なので無視は出来ないし、返信しておこう」
と思い、
“疲れたので何か買って帰ろうと思います” “そうですね、流行ってるみたいですね”
などと、当たり障りない程度にメールの返信をしていた。
そのうちに、休日でもメールが届くようになり、何度断っても一対一で遊びに誘われるようになり、流石に私も「なんかおかしいかも?」と思い始めた。
 
けれど、そう思ったところで特に何もしなかった。
「私の気にしすぎかもしれないし」
「この程度でセクハラなんて言うのもおかしいよな」
と自分に言い聞かせて、出来るだけ早くメールを切り上げられるように、でも失礼の無いように、ということだけ考え、当たり障りのない返答をしてやり過ごしていた。
 
そのうち、打合せ中に手や髪など体に触れられたりするようになり、それがだんだんエスカレートして誰も見ていないところで抱きしめられたりするようにまでなってしまった。
 
おかしい。
 
そう思ったけれど、それでも私は何もすることが出来なかった。
 
手に触れられたらそっと離したり、抱きしめられそうになると「やめてください」と言ってかわしたり、ささやかな抵抗をしてみたりはしたけれど、それ以上のことは出来なかった。
Aさんの立場を考えると、強く言えない自分がいた。
Aさんも強く拒否しない私を見て “問題ない” と思っていたのか、そういった行為が収まることは無かった。
 
誰かに相談しようか、とも考えた。
当時付き合っていた彼氏に相談すると、「それはおかしい、拒否しないのがいけないんだよ。なんでそんなメールに付き合ってるの?」と言われた。
“そうか、私がちゃんと拒否しないのがいけないのか” と、なんだか違うところで小さく傷ついて終わった。
 
職場の上司に相談しようかとも考えた。
けれど、何かが、相談しようとする私の行動を止めていた。
「Aさんにはお世話になっているし、仕事を色々教えてもらった恩がある。このことを私が話すとAさんの仕事に支障をきたすのではないか? 迷惑になるのではないか?」
「Aさんとは20歳も年が離れているし、私のことをただ娘みたいに思ってかわいがってくれているだけなのではないか」
 
こじつけもいいところだ。
今考えると、その思考におかしな点があると分かる。
仕事を教わったこととセクハラとは何の関係も無いし、仮に娘のように思ってくれていたのだとしてもやっていいことと悪いことがあるだろう。
でも、当時の私はとにかくそんなことを考えて、 “私が我慢すれば丸く収まる” と結論付けてしまっていた。
同僚が「Aさん、あなたとすごい距離が近い気がするけど、大丈夫?」と心配してくれることもあったけれど、私は「大丈夫ですよ」と笑って何でもないふりをしていた。
 
でも、我慢も限界だった。
メールに、感情を載せ過ぎずに適度な文面を考えて返すのも疲れてきたし、触られる度にストレスだった。
少しずつ積もっていつの間にか何メートルにもなる雪のように、鬱屈とした気持ちが私の心の中に少しずつ堆積していった。
雪崩を起こすのも、時間の問題だった。
 
「やはりこのままではいけない」と思い立ち、ある時、ついに上司にセクハラのことを話した。
メールが頻繁に送られてくること。
メールの内容は、業務には全く関係の無いものがほとんどであること。
打合せ中に髪や手を触られること。
そして、誰も見ていないところで抱きついてくること。
私が強く嫌だと主張できないからなのかもしれない。
でも、その行動にストレスを感じていて、一緒に仕事をするのを困難に感じるということ。
 
これらのことを上司に話すのも、ものすごく勇気がいった。
この期に及んで、
“こんなことを話すと、私のせいでAさんの評価が下がってしまうかもしれない”
“私が話すことによって、会社に迷惑をかけてしまうかもしれない”
そんなことが何度も頭をよぎり、話している途中もなんどもつっかえつっかえしながら、声を絞り出すようにして話した。
 
上司は驚きながらも、私の話を静かに聞いてくれた。
最終的に、私の配置換えをしてAさんと直接仕事が一緒にならないように対策を取ることになった。
その話をしたときに、上司がぽつりと言った。
「大変だったね。でも、Aさん、そんなことするように見えないんだけどな。そんなことがあったんだね」
そうですね、そうかもしれません。
と答えながら、私はこの告発が本当に正しかったのか分からなくなってしまった。
 
やっぱり、私の思い過ごしで、気にしすぎだったのかな?
 
その後、配置換えが行われ、Aさんと直接仕事で関わることは無くなったけれど、なんとなく、私の心の中に小さなモヤモヤは残ったままだった。
その当時、上司はセクハラの対応をしたのは初めてのことだったようで、「こうしようと思うけれど、いいかな?」と私に確認を取りつつ、対応を進めてくれた。
Aさんによる私へのセクハラはそれで止むことになった。

 

 

 

それから数年、私は体調を崩して実家に帰ることになった。
 
セクハラの件以降も、その頃の私は恋愛や仕事で嫌なことが立て続けに起こり「なんでこんな目にばっかり遭わないといけないのだろう……」と悲嘆に暮れていた。
30歳を目前にして、色々と迷いが生じるお年頃だったのかもしれない。
占いに行って恋愛相談をしたり、仕事を辞めるにも何か資格が無いと次が見つからないと焦り、良く考えもせずにスクールに通ったりして、かなり迷走していた。
けれど、焦れば焦るほど周りが見えなくなる。
そして、気が付いたら体が悲鳴をあげていた。
 
仕事を辞めると決め、ゆっくりと一人の時間がとれるようになった。
それまでは残業の嵐で、休みはひたすら寝たりストレス発散の為に買い物に出掛けたりと、自分とゆっくり向き合う時間なんて持ってこなかった。
先の不安はあるけれど、とりあえず今は自由。
さて、これからどうしようか?
考え始めた時に、どうしてここ最近、色々なことがこんなにも上手くいかないのだろう? とふと気になった。
恋愛や仕事という異なるフィールドではあるけれど、ボタンを掛け違うようにこんなにも自分の思惑と違うことばかり起こるのは、何か原因があるのかもしれない。
自分の身に起こったことを振り返ってみて、ある共通点に気が付いた。
 
私は、自分の感情を口に出すのが苦手だった。
そのことで、色々な不都合が生じているのかもしれない。
 
セクハラの一件にまつわる出来事だってそうだ。
思い返してみたらあらゆる場面でそのことが障害になっていた。
体に触れられて「嫌だな」と思いつつ、その気持ちに蓋をしていた。
当たり障りなく接していたら、私が嫌がっているということにAさんがいつか気付いてくれるだろうと我慢していた。
もちろん、 “セクハラ行為を許してはいけない” という前提はあるだろう。
立場を利用した悪質なセクハラもあり、そういった場合は抵抗すること自体が難しい場面もある。
もしもセクハラを受けている人がいたら、信頼できる人に相談したり、その場から逃げたり、自分の心を守る行動をして欲しいと思う。
私の場合も立場が絡んだ、声を上げづらいものではあった。
けれど、振り返ってみると、私が黙って我慢していたことによって、Aさんが「これは相手が嫌がることなんだ」と気付く機会を長い間奪ってしまっていた、とも考えられるし、そのせいで私も不要な我慢を続けてしまっていた、とも考えられる。
セクハラのことを彼氏に相談した時も「嫌だと言わないお前が悪い」と言われているようで悲しかった。
けれど、その時の気持ちを彼氏に伝えることは無かった。
ただ、「大変だったね」と言って欲しかった。
そして、一緒に解決策を考えて欲しかった。
けれど、最初の一言で “私の気持ちは理解してもらえないんだ” と思ってそれ以上何か言うことを諦めてしまった。
結局、その彼氏とはしばらくして別れてしまった。
上司にセクハラの相談をしたときもそうだ。
「Aさんはそんなことをするように見えないな」と言われ、その言葉に少なからず疑問を持った。
確かに、周りから見たらセクハラするような人に見えなかったのかもしれない。
でも、私のされてきたことは全て本当のことです、人の見せる顔はいくつもあるんです、と心の中で思ったことを、ついに上司に言えなかった。
上司はその後しっかり対応はしてくれたけれど、私の中にモヤモヤした感情は残ってしまった。
 
どれもこれも、私が自分の感情を表に出すことを諦めているせいで、思うことが相手に伝わっていなかった。
そしてそのせいで、自分の中になんとなくモヤモヤとした嫌な気持ちを抱えることになっていた。
セクハラの件だけでなく、恋愛面でも、仕事面でも、きっと気付かないうちに同じことが起こっていたに違いない。
言葉に出して感情表現出来るようにならない限り、きっとまた同じことを繰り返してしまう。
伝えることを諦めている限り、また自分が嫌な思いをするかもしれない。
 
そう気付いて、私は心理学を勉強したり、自分の言動を振り返る時間を持つようになった。

 

 

 

私たちは、全く同じ事象を経験したとしても、人によってそれぞれ違う捉え方をする。
コップに半分入った水を見て、
「まだ半分もある」
と思うのか、
「もう半分しかない」
と思うのかの違いが生まれるように、人によってそれぞれ違うフィルターを通して物事を見ているからだ。
私は、
“態度で示したらなんとなく気付いてくれるだろう”
“そのうち分かってくれるだろう”
と無意識のうちに考えて、相手に対して言葉で自分の気持ちを伝えるという作業を怠ってきた。
“なんとなく汲み取ってくれるだろう” というフィルターを通して物事を見て、直接言葉で意思を伝えることをせずに我慢を重ね、我慢が限界になると「なんで分かってもらえないのだろう」とその場から離れる、ということを繰り返してきた。
 
それが自分の考え方のクセなのだ。そのせいで余計な我慢を自分に強いて辛くなっている。
 
ということに、度重なる嫌な出来事を通してようやく気付くことが出来た。
あの辛かった日々はもしかすると、 “あなたは不要なフィルターを付けているよ” ということを私自身に気付かせるために、神様が用意してくれたものだったのかもしれない。
荒療治ではあったけれど、おかげで自分の考え方のクセに気付くことが出来て、その対処をするために勉強をしたり振り返りをしたりするという機会を作ることが出来た。
 
当たり前だけれど、自分の感情は表に出さない限り相手に伝わることは無い。
エスパーじゃないのだから、人の気持ちを漏らさずくみ取ることが出来る人なんて、きっと存在しないだろう。
自分の意見を口にするのは、たくさんの人が一緒に暮らす世の中で生きていくために必要なことだ。
私が何を嫌だと感じて何を好きだと思っているのかは、言葉にしない限り誰にも伝わらない。
その作業を怠ると、自分自身が不利益を被ることもある。
そのことに気が付くことが出来て、本当に良かった。
 
決して劇的なことでは無いかもしれない。
けれど、 “自分と向き合う、振り返ってみる” という、それまで目を背けてきた方法で、きつかった経験を元に、自身の考え方を変えるきっかけを作ることが出来た。
外から見た分には変化は無いのかもしれないけれど、内面的には20代後半のあの頃と今の私とではだいぶ違いがある。
今でも、自分の思いを口にするのをためらうことがたくさんある。
でも、あの経験を元にして自分の考え方のクセに気付けた、ということは私の小さな自信になっているし、実際にそのことに気付いて意識するようになってから色々なことが好転するようになった気がする。
“幸せの青い鳥は、実はすぐ近くにいた” という話ではないけれど、何かモヤモヤとした障壁を突破する、ブレイクスルーを起こすため必要なことは、自分自身の中のまだ気付いていない一面に眠っているのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-04-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.122

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