週刊READING LIFE vol.125

ミニマリストに成りたいので、死について真剣に考えてみた《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》


2021/04/26/公開
記事:緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ここ数年、私はあることに悩んでいた。
成りたくて堪らない、だが、どうにもこうにも手が届かない、夢。ある人にとっては、ごく簡単にできる。だが、私と同じ性質の人間には、難題だ。何度も挑戦して、やはり同じ所で挫折する。どうやら、その悩みを抱えているのは私だけではないようで。日本だけでなく、世界中の老若男女が、今日もどこかで頭を抱えている。
諦められなくて、私は足繁く、本屋と古本屋に通っている。そのジャンルの参考書はまさに、売るほどある。
よせばいいのに、諦め悪く、一冊の本を手にとってしまった。
それは、人生、生き方の参考書。
 
ミニマリストになるための、参考書だ。
 
生活や仕事に必要最低限、こだわりの品を自身の中で吟味して、物を持たない人生を選択した人々のことを、ミニマリストと呼ぶ。
対義語に、マキシマリスト、と呼ばれる人もいる。こちらは、こだわりの品を吟味するのは同じ。だが、それは一つではない。無限にある中の品を世界中から探し出して、コレクションとして手元に置く。大好きなコレクションに囲まれた生活に幸せを見出す人々。つまり、マキシマム、大量な物持ちの方のことだ。
私は、圧倒的に後者、マキシマリストだ。
他のマキシマリストの多くの方と同様、好奇心旺盛で、一目惚れしたものを手に入れて、部屋に飾りたくて堪らない。それに加え、私は、趣味と特技が多すぎる、らしい。読書、カメラ、ドイツ語、手芸、占いなどの道具、本、それを模した雑貨が、それぞれのケースに入って、部屋の四方をぐるりと囲むように保管してある。アンティークな事物も大好きで、国内外の蚤の市で、掘り出し物を見つけてくる。
乱雑だけれど、大好きな物に囲まれた空間。
はっきり言って至福。
物は溢れているが、だいたいの物の置き場所は把握しているので問題ない。台所などは、衛生的にもきちんとしているので、何かが腐って近所迷惑になることもないし。
まったく問題ない、個人的には。
私は、この謎の研究室のような部屋で、ずっと暮らしていくのだろうと、そう思っていた。
だが、二回の衝撃で思考が変わった。
 
一回目は、憧れの地、ドイツでのこと。
一週間ホームステイを受け入れてくださった、Aさん夫妻の家に入った瞬間、私は立ちすくんだ。
白い壁、白いテーブル、高級そうで、だが、華美ではない家具の数々。台所をのぞいてさらに驚く。鍋などのキッチン用具が見える所にない、油汚れも何もない。まるで、さっき設えました、と言わんばかりの整理整頓された美しいシステムキッチン。
 
マンションや高級家具屋のモデルルームみたい。
 
物もないし、生活臭すらないのだ。本当に、この夫婦はここに住んでいるのか、とさえ疑ってしまうくらいだ。
だが、午後のお茶の時間、奥の部屋に通されて安心した。そこには、大きな壁面本棚があった。中には、旦那のBさんが集めた風景の写真集や、小説、友達や親族で遊ぶためのたくさんのボードゲームが収納されていた。さまざまな形の本や箱が、ギュウギュウに詰まっている。だが、不思議と、散らかっているとか、圧迫感があるな、とは感じなかった。
他にも、ドイツ人の方の部屋を写真などでも見せていただいたが、同じようにきちんと整理整頓されている。
こだわりの家具と好きな物が飾られている。混沌、ではなく、秩序を持って。それぞれのこだわりとカラーをテーマに作られてる。美しい、けれど、人のぬくもりが感じられた。
ドイツ人は、日本人と違い、食とファッションに投資しない人の方が断然多い。重視するのは、衣食住の内、住まいにお金をかける。DIYは、男女関係なく興味があり、自分好みの住まいを作るためなら、時間と資金を惜しまない。棚を作り、壁の色を塗るというのはごく普通のことだ。引っ越す時は、自慢のシステムキッチンと共に引っ越す。家具も使い捨てせず、次世代に手渡す前提で吟味して職人から購入する。不要になった物は、自宅前の通りなどに箱の中に並べて置いて「欲しい方どうぞ!」と無償提供している。
ドイツ人にとって家は、家族のくつろぎの場所なのだ。
そして、経験・体験を大事にする。節約をして貯めた資金は、長期の夏休み、国内外の旅行費用として使われる。お土産や、高級ブランド品を買い漁るのではない。事前に、その土地の歴史・風土を調べ、人・物・自然と触れ合うことを楽しむ。
シンプルで、なんとも、豊かな人生だ。
「老後は、ドイツに移住しようか?」
同じく、ドイツの別宅にホームステイ滞在していた友人と、半ば本気でうなづき合った。
 
そして、二回目の衝撃は、祖母を失った時。
80代で亡くなった祖母。闘病の末この世を去ったが、家族に支えられ囲まれての最後だった。穏やかに振る舞いながらも、芯のあるしっかりとした九州の昔気質の女性だった。
「いつ死んでも良か」
それが口癖で、誕生日などの節目にプレゼントしようとすると、決まって、
「な~んもいらんよ?」
そう、返されてみんなで困っていたのも、今では良い思い出。
亡くなる数ヶ月前まで、手芸や農作業をしていた。外出することもほとんどなく、だいたい同じ服をローテーションしていた。部屋も、ほうきでこまめに掃き掃除して、整理整頓されていた。年金は、細々とした生活費、そして、家族への誕生日プレゼントにしか使わないような、質実剛健の祖母だった。
祖母のお棺には、お気に入りの藤色の着物をまとって眠る祖母、手紙、敬虔な仏教徒であった祖母専用の仏教の道具などが収められた。祖母は、ほんの少しの物を持って天に昇っていった。
彼女も博多のミニマリスト、そう思っていた。
だが、遺品整理のため、ゴールデンウィークに親族で祖母宅に集った際、私達は目をむいた。
持ち物が少ない、のではなく、実用している物が少ないだけだった。
引き戸がはちきれんばかりに歪んだ押入れ。こじ開けると中から、客用布団、座布団、着物用品などがギュウギュウに治まっていた。
台所の流しの上の、たくさんの戸棚。錆びた戸を引くと、新聞紙にくるまれ、または箱に入った大小の物体X。解くと、かしこまった席で使うような漆の食器、とんでもなく大きなやかん、大小の皿が、テトリスのようにそれぞれの棚に詰まっている。
私は、新品同様のしゃぶしゃぶ専用鍋を持ったまま、恐る恐る叔母の顔を見た。
「ねぇ、この鍋、使ったことあるの?」
「……全然記憶にない」
叔母は、心底不思議そうな顔で、目を瞬いた。
下駄箱の中には、古ぼけた靴、草履。納戸には、ランプ、華道の花器、私達が幼いころ遊んでいたボードゲームなどの雑貨。タンスから、祖母の服、十数年前に他界した祖父のスーツや衣服。
あっという間に、祖母の部屋は、ゴミ袋で埋め尽くされていく。一族総出で、車庫に運べば、今度はそこがパンパンになった。
汗だくで、それを眺める。みんな遠い目をしていた。
片付けはまだ完了していない。おそらく、6~7割り程度を破棄したのだが。残りは、それぞれの場所にいる。
「……今日は、これくらいにしておこう」
「……そうしよう」
しゃぶしゃぶ鍋を元通りに包み直し、封印した。あれ以来、誰も掃除のことを口にしなくなった。
祖母は、隠れマキシマリストだった。好きでコレクションした、というよりは、執着とやさしさが詰まっていたようだ。人からもらった物、家族の思い出が詰まった物が捨てられなかった。憑依型マキシマリスト、と呼べるかもしれない。
ゴミ袋一杯の車庫を見て、私は震えた。
 
人って、生涯にこんなに物を溜め込められるんだ。これは、残された人のためにも、持ち物は少なく、身軽にいるに限るな。
 
額の汗を拭いながら、私はそう決意した。
 
だが、どうにもうまく立ち回れていないのが現状だ。
物を多く買わない、持たない、ごくシンプルな理論、それは頭では理解している。だが、心との折り合いがつかない。
そもそも、私は、衣食住のどれにも、そもそも投資していない。これ以上削れば、生命危機なのだ。
では、どこに、資金が消えて、何に変わっているのか。
それは、コレクションした物だ。コレクションたちは、私の生きがいだ。これが、なくなれば、私の精神的機能が死んでしまう。
私もまた、憑依型マキシマリストなのだった。
だが、物を減らさなければ、ならない。吟味した上で、精鋭だけを残さなければ。
 
誰か、私を説得して、お願いします!!
 
先人の、プロのミニマリストの参考書を読み漁った。
 
ビジネス型ミニマリストは言う。
「物が多いということは、ノイズになります。仕事の生産性を上げるために、物を少なく持ちましょう」
なるほど、では、仕事道具周りを整頓しよう。
 
メンタル型ミニマリストは言う。
「あなたには叶えたい夢があるはずです。そこにしまっている物を、見て使ったのはいつですか? 夢を叶えるために必要でもなく、今現在も必要ない物は今後も使いませんよ?」
なるほど、人からの貰い物だけど使っていないこのアンティークボットは、手放そう。
 
ファッション型ミニマリストは言う。
「服は、着回し、決まったコーデを数点持っているだけで大丈夫。後は、ちょっと良いアクセサリーで飾りましょう」
なるほど、まだ着れるけど、何年も着ていない服は処分して、服装をシンプルにしよう。
 
ずぼら型ミニマリストは言う。
「あなたの部屋が散らかっているのは、物が正しい場所に収納されていないから。収納場所を決めて、使った後はきちんと返してあげましょう」
なるほど、一箇所に集めよう。わ、キャンペーンでもらったボールペンが何本もある、捨てよう。
 
セレブ型ミニマリストは言う。
「物が多彩にあることが裕福なのではありません。本当に気に入った物だけを買って、大切に使い続けましょう」
なるほど、本当に良い物を大切に使うのが大人の嗜みだな。これから意識しよう。
 
さまざまなプロミニマリストの方の力を借りて、日々少しずつ、断捨離を行った。そまざまな場所にスペースができて、うれしくなる。部屋を見渡せば、晴れ晴れとした気持ちになった。
ある数カ所を見なければ。
やはり、どうしても捨てられない、コレクションたち。苦労して集めた物もあるので、捨てようと手にもった瞬間、思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
 
ダメだ、君を手放すなんて、私にはできない!!
 
一人、コレクション棚の前で膝を折った。
 
「Cさん、私、ミニマリストになりたいのに、成れないんですよ。でも、諦めきれなくて」
私は、ショボショボとCさんの前でうなだれた。彼女は、私が修行している「マヤ暦(まやれき)」の師匠の一人だ。「マヤ暦」というのは、暦(こよみ)を元にして、その人の今生の役割・使命などをセッションして導き出し、さまざまなことをアドバイスするというもの。占いと違うのは、スピリチュアルな部分だけではなく、心理学、統計学、パーソナルトレーニングなどを駆使して総合的に診断する学問的な要素も強い。元々私は、自身でも数種類の占いの技術を習得するほどに、占いなど不思議なことが大好物だった。はじめは、お客としてセッションを受けたのだが、あまりにも診断が私にシンクロしたもので、即日、弟子入りを申し込んだのだった。
Cさんは、私の言葉ににっこりと笑う。
「いい傾向だわ、まなみさん! あなたの属性は、特に、人、物、場所に執着を持っちゃうの。どんどん断捨離しちゃいなさい」
その言葉に、私は頭を抱える。
「え~、やっぱりそうなんですね!? でも、どうしても、本とか、コレクションが捨てられなくて、しまっちゃうんですよね」
Cさんが、悲しげな微笑を浮かべる。
 
「でもね、まなみさん。死んだら、何も持っていけないのよ?」
 
突然の言葉に私はフリーズした。
「え、し? ……死!?」
聞き間違いか? 恐る恐る、Cさんの顔見る。菩薩様のような顔で笑っている。
「誰しも死んだら、肉体を捨てて逝かなきゃいけない。お金も物も、何一つ、物質は持っていけないわ」
 
持っていけるのは、経験・体験で磨かれた魂だけよ。
 
Cさんから後光がさしてる気がした。なんだか眩しくて、目を瞑る。
 
見送った祖母のお棺を思い出した。
そうだ、私は知っていたはずだったのだ。
死んだら何も、どこへも持っていけない。
 
物にも魂があるのなら、しまい込んでいるより、道具として使われて、愛された方が幸せだ。
捨てる、と思ったから苦しかったのだ。
ドイツの人々がしていたように、次世代や、今欲しいと思っている、それを本当に愛してくれる人の手に渡した方がいい。
できれば、私が生きている内に。
そうすれば、みんな幸せになる。
壊れてしまった物や使えなくなった物は、感謝して葬ろう。
まだ生きている物は、次の人の手に。
 
ストン
 
心の中にやっと収まった。
 
「ありがとうございます、Cさん。私、断捨離してみます」
清々しい顔で笑う私の顔を見て、Cさんが柔和に微笑む。
「ええ、がんばって。そしたら、もっと、成長できるわ!」
「はい、がんばります!」
にっかり笑って、Cさんの家を後にした。
 
それから、私は、憑依型マキシマリストの自分と脳内討論する毎日を送っている。
「これ、買ってから使ってないよね? 誰かにあげた方がいいよ」
「でも、それ、買い集めるの大変だったやん! 朝一にお店に行ってさ」
「うん。でもさ、しまわれたままのこの状態って幸せなのかな?」
「……そうか、そうだね。わかった」
 
かわいいけど壊れかけた財布は感謝してから破棄し、ちょっと良い財布を購入した。
コレクションや本の一部は、専門の買取ショップに持っていった。
季節物の商品に飛びつく前に、まず、心に聞いた。本当に欲しくて堪らないのか、今の生活に必要なのか。
本能に従う前に、理性にも問うようになった。
はじめは、我慢しているようで、苦しかったが、徐々に和らいでいった。
部屋も広くなり、掃除や物を管理する手間も軽減した。
以前ほど、物事に重たい執着を持たなくなった。むしろ、今ある物に愛着と大事にしようとする思いが芽生えた。勉強などにも身が入るようになった気がする。
そうすると、なんだか心身が軽い。
まるで、憑き物が落ちたよう。
 
便利な物、楽しいことは世の中に溢れている。
好奇心や本能、物欲を刺激してくれる。
だが、ちょっと待って。
反射的に手を伸ばす前に、一旦、自分の周囲を見渡して欲しい。
あふれるほどの物に、あなたは埋もれていないだろうか。
本当にあなたがしたかったこと、目指していたものまで見失っていないだろうか。
あなたが思い描く未来を目指すために、まず、もっとその先、死後の世界を想像してみるといい。
未来の自分を邪魔しないためにも、残された人に重荷を背負わせないためにも。
あなたが、残したいものは何なのか、置いていく前に自分と見つめ合う時間を大切に。
本能だけでなく、理性も尊重して、本当の自分と対話することを惜しまないで。
それは、きっと、自分自身にも、大切な人にも、環境にだってやさしい選択だ。
 
これからの長い人生という旅、荷物は少なくした方が良い。
足取り軽く、朗らかに、未来に向かって歩んで行こう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、占い、マヤ暦などの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォトライター」。ドイツ語を学ぶ過程で、Deutschlands -Geek(ドイツオタク)に急成長。日独親善交流団体のボランティアを行う傍ら、日独の文化・歴史について研究をしている。アンティークな物事、喫茶店とモーニングが大好物。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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