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週刊READING LIFE vol.124

簡単に心が変わる言葉の選び方《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》


2021/04/19/公開
記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
転勤の時に貰った寄せ書きに上司が書いてくださった言葉を、何年経っても噛み砕くことが出来ないまま、もう20年近くが過ぎてしまっていた。
 
上司が寄せ書きに書いてくださった言葉は、
 
「清濁併せ呑む」
 
という言葉だった。
 
この言葉を書いてくださった背景を話してくださったのだが、当時その言葉は素直に心に沁みるものではなく、逆に私を否定されるもの、と感じてしまったことをよく覚えている。
 
清濁併せ呑む、の意味を調べてみると、清いことも濁ったこともどちらも等しく受け入れられる度量の広さを持つこと、といったことが書かれている。
 
当時の私は20代、自分が正しいと思うことを正しいと主張して何が悪い! と思う気持ちが強かった。それが態度にも出ていたのだろう。
 
そのために他人の振る舞いが気になったり、相容れないものの考え方をする人に対して嫌悪感を滲ませることも少なくなかった。
それは正しくない、と思ったことは、たとえ相手が上司やお客様でも、言葉を選びながらも真っ向からぶつかり合って、それは正しくないと主張することが多々あった。

 

 

 

当時こんなことがあった。
短期間に膨大な量の案件を処理しないといけないことがあり、先方の業者から受け取った大量の書類を処理していた時のこと。
 
書類の記載内容がおかしいことにたまたま気付き、業者に確認した時に言われたひと言にブチ切れしたことがあった。
「そんな細かいこと、どうでもいいじゃないですか。たまたま気付いたのかもしれないが、本来調べてもわからなかったことでしょう」
 
早朝から深夜まで、何週間もかけて取り組んでいた仕事で、業者からの提出書類の内容の正しさは絶対で、間違いが許されるものでは無かったのだが、電話の相手はバカにしたような口調でそう言い放ったのだ。
 
お互いの信頼関係を根底から壊すような言葉だった。
少なくとも私にとっては許せない言葉だった。
 
「お前ナメてんのか!! 全部やり直しやで!! そんな嘘をついておいて、このまま進められる訳がないやろ!!」
 
受話器を叩き付け、返す刀で斬りかかったのは先方の本社だった。
代表電話に「社長を出せ!!」と怒鳴り込んだのだった。
 
社長なんて顔も知らない。
何の役職もない平社員の私からの電話に、先方も蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、担当部長が大慌てで飛んで来た。
 
「どうした? 一体なにがあったんや?」
 
この時点で上司は私が何をしたのか、詳細は知らなかった。
私の中の正義感が後先考えずに突き進め!! お前は何も間違ってはいない!! と背中を押した。
若手社員が上司に報告もせずに相手の本社に「社長を出せ!!」と怒鳴り込む。
こんなこと、どんな状況であれあってはならないこと、間違っているのだ。
 
まず上司に報告し、判断を仰ぐ。
想定外のトラブルが起きた時の担当者としての対応は、それが正しい。
 
私がやった事は、先方に問題があることを伝えるという点では間違ってはいなかったのだろうけれど、その手順は全く正しくなくて、順序を無視して暴れるだけ暴れた後で報告をしたものだから、めちゃくちゃ怒られたのだった。
 
その時上司に言われたのが、「君は清らかすぎる。もっと毒を飲めるようにならないといけない。正しいことを正しいと主張することは大事な事だが、それは間違いを一切受け入れない、ということでは無い。間違いだからと叩けばいい、という考え方はダメだ」ということだった。
 
そう言われても尚、「こんなの見過ごせる訳がありません!! 今まで検証したこと全部、差し戻してゼロからやり直さないと気が済みません!!」と反発していた。

 

 

 

寄せ書きの言葉を見た時に、この時のことを言っているのだなとすぐにわかった。
 
清らかなことは、人として大事な事だけれど、度が過ぎるのは良くないのだ、と諭すための言葉だった。

 

 

 

私が住む兵庫県では、毎年春になるといかなごの釘煮という、魚の稚魚を甘辛く炊いた佃煮を各家庭で大量に作るのが風習として根付いている。
ところが、ここ数年不漁が続いている。
この不漁の原因というのが、明石の海が綺麗になりすぎたことだという。
工業排水に含まれるリンや窒素が減り、プランクトンが減少したからだ。
今は綺麗になりすぎた海を適度に汚すことで、海の栄養価を高める取り組みが行われている。
綺麗だったら良い、ということでは無いということだ。
 
この不漁の話と上司からの言葉に共通することは、清らかなことが良いことではない、ということだ。
 
私の生き方を否定されたような気になってしまったことから、この言葉と向き合うことをなんとなく避け続けていたのだけれど、あの時、上司が私に言いたかったことは何だったのだろうか。度々考えることはあった。しかし、なかなか答えには辿り着かなかった。
 
随分と歳を重ねてようやく、あの時の上司の気持ちがわかるようになってきた。
 
自分の考えを強く持つことに加えて、他人の考え方も受け入れることが出来るようになることが、人としての度量を深め、幅を広げるために必要なことで、清らかばかりでは人は付いてこないぞ、ということだ。
 
清らかなだけではいけないのはなぜか? ということを考え、自分なりの答えを見つけることができて初めて、上司の言葉、あの時伝えたかったことが理解できたように思う。

 

 

 

正しいことを正しいと言って何が悪い!! と思っていた頃の私と、今の私。
 
本質的には何も変わっていないのだけれど、大きく変わったことがあるとすれば、受け皿の広さだろうか。
 
ひと言で言うと、価値観に強く縛られ過ぎていたことに気付いた、ということだ。
 
社会人として、仕事は信念をもって取り組むべきだ!
という理想を強く持っていた私は、自分の考えに従うことが正しいと信じていた。
 
お客様には誠心誠意尽くすべきだと信じ、仕事にミスは許されない、ウソは絶対にあってはならないと頑なだった。
 
一番に考えることはお客様の利益、お客様に喜んで頂く、その結果売上が上がり、利益を得ることができる。
その仕組みは絶対で、自分たちの利益のためにお客様を裏切ったり、仕事にウソを持ち込んだりすることは決して許してはいけないことだという考えを強く持っていた。
 
この価値観を貫くことは正義で、この正義を守るためには、どんなことをしても咎められるものでは無い、とまで思っていた。
「社長を出せ!!」などと大暴れしたことも何ら悪い事をしたとも思っていなかったのだ。
 
こんな考えの部下を、上司はどう見ていたのだろうか。
 
「お前、そこまで頑なな価値観は会社員としては通用しないぞ。もっとゆるく考えられるようにならないとこの先問題ばかり起こすことになるぞ」
 
きっと、そう言いたかったのだろうと思う。
 
こだわりを持って仕事に取り組むことは大切なことだけれど、皆がそれぞれにこだわりを持って仕事をしているんだ。
 
ひとりひとり、真剣にやっていても取り組み方は違うし、ここまでならいいだろうという許容範囲の線引きも違う。
お前の考えは正しい。でも、他の人の考えも正しいんだよ。
 
この、人それぞれ、を受け入れられないとこれから先、仲間同士のトラブルも増えるし、独りよがりな仕事しか出来なくなるぞ。
 
そんなアドバイスが込められていたのだな、と思えるようになったのは随分経ってからだった。
 
その後も、信念を曲げないことで度々意見の対立が生じた。
言い合うことに疲れを感じるようになった。
自分は何がしたいのだろう? と自分に疑問を持つことが増えた。
これまでの自分のやり方を信じられなくなっていった。
 
ちょっと立ち止まって軌道修正した方がいいんじゃないか?
そう思った時、上司の言葉がこれから歩む道を照らしてくれたのだった。

 

 

 

他人の価値観を受け入れることは、自分の信念を曲げること。
自分の考えを引っ込めるのは負けること。
そんなふうに思っていたから、なかなか人の考え方を受け入れることが出来なかった。
 
自分の考えを曲げて誰かの考えを受け入れる時に使う言葉はいつも「仕方ない」だった。
 
私はこう考えています。でも、そうじゃなくあの人の意見を取り入れるのですね。
私はあなたのためにこう提案します。でも、理解してくださらないのですね。
 
仕方ないですね。
 
納得いかない、受け入れられない、そう感じる度に、仕方ないですね、という言葉を使って諦めることを選択してきた。

 

 

 

いつもモヤモヤしていた。
仕方ない、のかな。
本当に仕方ないって、諦めるしかないのかな。
仕方ないって、なんだか潔い言葉のように聞こえるけれど、全然納得してないよな。
仕方ないなんて言いながら、実は受け入れてないじゃないか。
清らかであることにこだわり続けているじゃないか。
 
そんな疑問を抱えながら、相変わらず清らかであり続けようと苦しんでいた。

 

 

 

こんな時、上司の言葉、「清濁併せ呑む」が頭をよぎる。
 
濁も飲んでみろよ。
もっと気楽に他人の価値観を受け入れようとしてみろよ。
 
そんなふうに言われているような気がした。
 
受け入れる、ってどう思えばいいのだろう?
よくわからなかった。
 
ふと、ある時、大学時代の部活での経験を思い出した。
主将になってすぐの頃、部の運営をどうするかでずっと悩んでいた時のことだった。
もっと良い部にするためにどうすれば良いか? 日々考えていたけれど答えが見つからなかった。春合宿を前に、方向性が決まらない。
悩みに悩んだ結果、出した答えは過去の伝統に囚われすぎずに楽しくやることも大切にしよう、だった。
 
伝統を守ることの大切さと、自分たちで新たな時代を作っていくことへのチャレンジと、その両方を取り入れる。
 
過去の伝統を「清」とするならば、新たなチャレンジは伝統を汚す「濁」だった。
その両方を取り入れる覚悟をした時に感じた言葉。
 
それは、「まあいいか」だった。
 
伝統は大事にする、でも新しいこともやろう。
それって伝統を汚すことになるけれど、まあいいか。

 

 

 

自分の価値観にこだわり続けることが、清らかなのだとすると、濁を飲むことは、他人の価値観を受け入れることだ。
 
濁を飲むために、私はこれまでは諦めることを繰り返してきた。
でも、部活の経験を思い出して、違う方法があったことに気付いた。
まあいいか。そう思えたら、諦めでは無い受け入れ方が見つかった。
 
私の意見ではなく、あの人の意見を取り入れるのか。それも一理あるもんな、まあいいか。
私の提案を理解してくださらないのですね。まあいいか。他の考え方もあるもんな。
 
「仕方ない」をやめて、「まあいいか」を選べるようになったら、自分の価値観に強くしがみつく必要が無くなっていた。
 
「清濁併せ呑む」言われた時はよくわからなかったけれど、なんだ、意外と簡単なことじゃないか。
 
「清」は自分の価値観にこだわること、「濁」は自分の価値観に合わないことを受け入れること。
 
この両方を併せ飲むのに必要なのは、仕方ないと諦めることではなく、まあいいか、と受け入れることなのだ。
 
こう思えるようになってからは、些細なこだわりは簡単に捨てられるようになった。
価値観を守り抜くのではなく、全体の中で必要なことは何か? を考えた上で譲れる場面では譲ろうと思えるようになった。
 
何より大きな収穫は、同じ物事を人の意見も参考にしながら多面的に考えて答えを探せるようになったことだ。
 
これが出来るようになって、より公平な考え方ができるようになった。
 
仕方ない、と、まあいいか。
 
違う価値観を受け入れるという点では同じに見えるかもしれない。
しかし、心の向きが全く違うのだ。
 
「仕方ない」と言えば諦めの気持ちが、「まあいいか」と言えば許す気持ちが宿るのだ。

 

 

 

自分の価値観に合わないことが目の前にあるとき、試しに呟いてみて欲しい。
 
まあいいか。
 
そうすれば、大抵のことは許せる自分がいることに気付くはずだ。
言葉を変えれば、簡単に心は変わるのだ。
 
 
 

□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部 ライターズ俱楽部)

兵庫県生まれ。
2020年5月開講ライティングゼミ、2020年12月開講ライティングゼミ受講を経て今回よりライターズ俱楽部に参加。
「誰かへのエール」をテーマに、自身の経験を踏まえて前向きに生きる、生きることの支えになるような文章を綴れるようになりたいと思っています。

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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