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週刊READING LIFE vol.126

方法はいくらでもあるということを学んだ《週刊READING LIFE vol.126「見事、復活!」》


2021/05/03/公開
記事:なつき(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
会社帰りにスーパーに寄った。筍が美味しそうと大きいものを2本で約3㎏位、白菜1/4で1㎏位と諸々の野菜類やお肉を合わせて1㎏位をかごに入れた。この前には薬局で欲しかった石鹸液の買い置きで詰替え用ボトル1本と化粧水などで1㎏位を買っていた。総重量6㎏。買い物袋に入れて持つ。驚いた、持てた。買いすぎたかな、失敗したかなとおもったけど持てた。これは私にとって嬉しいことだった。持てた! 荷物を持てたことがこんなにも嬉しい。
 
正直6㎏なんて大したことは無いかもしれない。私もそうだった。あの時まではもっと重くたってなんのそので持っていた。それがあの時を境に持てなくなった。あれは数年前の出来事だった。
 
「乳がんですね、手術して取って抗がん剤もやります」と医師に言われた。そうですか、がんですか。母ががんで何度か入退院を繰り返していたのであまり驚きはなかった。やっぱり私もなったかーというくらいの感覚だった。手術して取った。そして見えない大きさのがんがあったら転移の危険性もあるからと抗がん剤が始まった。
 
「抗がん剤中は色々副作用が出るかもしれません。リンパ浮腫の懸念もあります。血管も細くなります。重い物は極力持たないでください」と担当の医師に言われた。リンパ浮腫とは、抗がん剤などでリンパの流れが悪くなってそこにむくみが生じることだ。リンパ浮腫になると流れを良くするための治療や最悪手術も必要になる。それを予防するために、リンパの流れを阻害しないために重い物は持たないことということだった。更には血管自体も細くなるので体全体が弱くなり負荷に耐えられないということも理由らしい。
 
重い物を持ってはいけないし、持てなくなる。これは私にとってかなりの衝撃だった。私は体が大きく、見た目通り力もあった。重い物をたくさん持てるというのもちょっとした自慢だった。それが持てなくなる? そんなまさか。だってまだ普通に持てるし。抗がん剤が始まってから1週間ほどは特に変化を感じなかった。医師に対してちょっと大げさとも思っていた。
 
それが、2週間ほど経って2回目の抗がん剤の点滴をして数日後、体に異変が起きた。体中が痛い。体中に細かい針が刺さった様に痛い。荷物を持つなんてとんでもないことだった。痺れもあるし持つ手も震える。持てなくなるってこういうことかと思った。それでも慣れとはすごいもので1カ月もしたら抗がん剤が自分に及ぼす影響の周期が見えてきた。ある程度耐えられる日も出てきた。体がきつい時と落ち着く時に波がある。落ち着いた時、試しに腕に袋をかけて持ってみる。驚いた。全く持てない。
 
それはこんな感じだ。手提げ袋に500g程の物を入れて腕に提げてみる。腕が折れそうな気がした。何かの冗談かと思った。当たり前に持てていたものだ。もう一度提げてみる。やはり5秒と提げていられない。このまま提げていたら腕が折れると本気で思った。腕を見ると食い込み皺がくっきりとできていた。5秒も提げていないのに30分以上提げていた時のような皺だった。腕だから、抗がん剤の点滴をする腕だからだよね。手で持つのは大丈夫だよね。今度は先ほどの500g程の物を入れた手提げを指を折り曲げ持ってみる。今度は腕と指も折れそうな気がした。ここでようやく持ってはいけない、の意味を理解した。体中が痛いから持てなくなるのではなく、体自身が弱るから持てなくなるのだ。
 
私は料理が好きだが、この間はフライパンも重くて持てなかった。包丁を使って人参を切るのもとても骨が折れた。とにかく力が入らない。力を入れると手に食い込み跡がつく。裁縫でもないのに指抜きをして包丁を使いたいくらいだった。ペットボトルの蓋も開けられなくなった。ペットボトル用の蓋開けを使った。とにかくどこにも力が入らない、ぐにゃぐにゃ星人になった感じだった。
 
抗がん剤は1年半程続き治療が終わった。これでまた力を込められるようになったり、荷物が持てるようになると思ったけど、そうは問屋が卸さなかった。医師から、「抗がん剤は1年程は身体に滞留するので様子を見ながら物事はおこなってください」と言われたとおりすぐには体力は戻らなかった。
 
しばらくは自分の体を甘やかしてもいいかなとも思ったけど、人間の体はリハビリをしないとどんどん動かなくなると聞いたこともある。抗がん剤前にできていたことができなくなったら大変だし、早くもとに戻したい思いもあって少しずつリハビリを開始することにした。
 
まずは身近なペットボトルの蓋を開けるところから始めた。私は毎日ペットボトルで水を飲んでいたので蓋を開けられるようになりたかった。普通の人がやるように指先で回してみる。回らない。それどころか手首に変な負荷がかかり捻った様な痛みが走った。無理はしてはいけない。他の方法を考えた。いつも持っているタオルハンカチを蓋にあてて一緒に回してみる。ちょっと手首に負担がかかる。次にペットボトルの底を左手で持って、右手は蓋に沿えて抑える。左手の方を軽くひねって回してみる。これがとても良かった。蓋の細い方でなく、胴体の太い方を手のひら全体で回したことで手への負担は少なかった。ペットボトルの蓋開けはこれで解決した。
 
次に料理。フライパンを持てないのは、フライパンの重みで手首がぐにゃっと反ることが要因。手首を鍛えるべく苦心していた包丁で野菜を切るところからスタート。人参などの硬いものをゆっくり切る。治療前は速く切ることに重きを置いていたけれど、手首を痛めては元も子もないのでゆっくり正確に切ることにした。そうやって切っているうちに少しずつスピードが戻ってきた。
 
そして、もとに戻したい最大の難関、重い物を持つこと。これはかなりの時間が掛かっている。しばらく動かさなかったためか数年経った今でもまだ腕は重い物を許してはくれない。リハビリ方法としては、徐々に重くしていくというものだった。抗がん剤終わって半年たったしもう大丈夫だろうと思って持とうとしたけどやっぱり駄目だった。それなら腕や手に持つのはもう少し後にして日々持ち歩いている鞄を少しずつ重くしていこうと思った。胸を手術したのでそこに負担がかからないよう斜めがけ鞄を使用していた。斜めがけなら一か所の負荷でなく体全体で支えられる。この鞄すら治療中は辛かったので極力軽くしていた。その鞄に徐々に負荷をかけていくことにした。250mlの水を持ち歩いてみる。始めは重く取り出したくなったけどすぐに慣れた。次に500mlに増やす。これは耐えるのに結構時間が掛かった。体への重さが耐えられず全身がだるくなった。それでも数か月ほどで大丈夫になった。さらには文庫本を入れてみる。肩が悲鳴をあげる。それでもしばらくすると慣れた。
 
1年程が過ぎ、買い物をしてみた。500gほどの物を提げてみる。嫌だっだ。とてつもなく嫌だった。腕が悲鳴をあげた。それでもあの折れる様な感覚は無かった。何とか腕で支えられるだけの体力は戻ってきたようだった。これならいける。腕や手に負荷をかけるようにした。会社の仕事でもなるべく荷物を持つようにした。少しずつ持てる自信も戻ってきた。そして、更に2年程が経った。だいぶ腕が強さを取り戻してきた。
 
そんな中での冒頭の挑戦。普通にスーパーで買い物をしてみた。重い物は日を分けて買うようにしていたのを1度に買ってみた。重いから今日は止めた、ではなく、ついでに買おう、それが重い物でも買ってみようと思った。そして、6㎏を腕に提げてみる。まだ腕は無理なようだった。手に提げてみる。
 
持てた! 6㎏を手で持てた! これは私にとってとても嬉しいことだった。抗がん剤から数年経って治療前の重たい物を持てる自分が還ってきたと思った。腕はまだもう少しかかりそうだけど、希望はある。手がこれだけ復活できたのだから希望はある。
 
出来なくなったことが悲しかったけど、今までの方法でできなくなったことがとても悲しかったけど、そこで諦めずに別の方法を模索したことで今の体力の回復までできたのだと思う。これからもまた何が起こるかわからないけれど、できなくなっても方法はいくらでもある。抗がん剤で体力の衰えを経験したことは、やり方は、治し方はいくらでもあるということを学ばせてもらったいい機会になった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

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2021-05-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.126

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