週刊READING LIFE vol.126

農作業は妊活だった?! 米作りを通じて芽生えた感謝といのち《週刊READING LIFE vol.126「見事、復活!」》

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2021/05/03/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
究極の妊活なのかもしれない。
 
私は泥にまみれながら、思っていた。
 
この通年イベントに参加していた参加者の15家族のうち、半分が妊娠したのだ。
 
しかも、妊活のために検査をしたり、処置を受けたりといった医療行為をしたわけではない。
そもそも、別に妊活イベントを企画したわけではない。
 
なのに、今日また一人妊娠したんです、と少しはにかんだ様子で報告をくれたのだ。
7人目だった。
 
土を耕すと妊娠する説。
 
この一見全くつながりがなさそうな縁に私は確信を得た。
 
農作業をしていると子宝に恵まれる。
不思議なことが起こるものだな。
私は、おへその下をそっとなでた。
 
私もまた、妊娠していた。

 

 

 

二人目を妊娠できないことが気になっていた。
一人目の育児でお世話になっていた助産師から、兄弟の年齢が4歳離れると、一人っ子と末っ子を育てているようになってしまう。だから、兄弟を生むなら年の差が3歳までの方がいいと言われていた。
 
そういわれたって、はいそうですか、と妊娠できるわけではなかった。
 
焦れば焦るほど、毎月生理が来た時は少しため息がでた。
そうは言っても、既に一人子供はいるし、今更不妊治療をするまでもない。
 
子供が幼稚園に通うようになり、自分の時間ができるようになる頃から、一人っ子でもいいかとも思うようになっていたのだ。
 
でも、一人っ子で育てていくなら、もっと横の育児のつながりを作っていきたい、街の中で育児しているが、できればたまには自然に触れられるイベントをしたい、と思った矢先に、いつも野菜を届けてくれる農家のアキヒトさんが、来年は田んぼでお米を作るのをやめようかなと思う、という話を聞いた。
 
「お米って、無農薬で育てられるものなんですか?」
 
「無農薬で農作物を育てるって、本当に大変だよ? 草抜きとかね」
 
その田んぼは、機械を使わずに農作業ができる広さではあるよ、と前置きしたうえで、アキヒトさんは少し眉を寄せながら言った。
 
11月で肌寒くなってきたのに、相変わらず浅黒く精悍な身体をしている。
 
「例えばだけど、お礼をいくらか払って田んぼのメンテナンスとか田植えの指導とかしてもらいながら一年間お米を育てさせてもらう、ということはできるかな?」
 
少し尻込みする彼を説得して、一年間通じて田んぼでお米を育てる親子イベントを企画することにした。
 
面白そうな企画を思いついた時、私は、昭和のお土産を思い出す。ひょうたんみたいな形をしていて、片目をつぶってのぞくと観光地の絵とか魚の写真とかが見える。自分の目の前の現実世界は何一つ変わらないのに、その穴の中には小さなビジョンが見える。
 
私がのぞいた穴には、子供達が泥まみれで笑顔になりながら田植えをしている映像がはっきり見えてワクワクしていた。
 
私はその映像を思い浮かべながら、企画書を書き、助成金を申し込んだ。
 
「米」という字には八十八という漢字が隠されているという。実るまでのすべての工程が八十八あるというところに由来しているのだとか。だから、田植え、稲刈りという単発のイベントで作った気になるというのではなく、苗床づくりから草抜きなどの地味な作業も含めて、田んぼの作業の酸いも甘いも知り尽くすイベントにしよう、というプレゼンをして、採用された。
 
そのお金で、アキヒトさんのサポートを依頼し、必要な資材などは購入して、プロジェクトはスタートした。
 
しかし、のんきに八十八の工程を体験したい、などと言ったものの、実際の作業の大変さは、想像を超えていた。
 
「ここの田んぼを耕してくれるのはありがたい話だが、あんたたちはよそ者じゃけえね」
 
田んぼの隣のおじいさんに挨拶をしに行ったとき、厳しい言葉でカウンターをくらった。
 
アキヒトさんがあとで少しすまなそうに、事情を説明してくれる。
 
昔、無農薬で野菜を育てたいという街のお母さんたちが、この地域の空いた土地を借りたのだという。その人たちは、自分のやり方がある、と周辺の農家さんの言葉も聞かずに好き勝手に畑で野菜を作り始めた。しかし、そのうちに農作業の大変さに手に負えなくなってしまい、植えたままで全く畑に来なくなってしまったのだという。
 
「手に負えなくなったら、そういう人達は逃げればいい。でもこの土地に住む人間は逃げられない。他人の畑だから手も入れられないし、始末もしてもらえないと獣害につながる。そうすると周囲の農家の畑も脅かされるんです。そのまま放置されることがどんなに迷惑なことか、想像つくでしょう?」
 
そう言われて、背中に冷や汗が流れる思いだった。逃げられないことを始めてしまったことに少し後悔を感じたが、もう後には引けない。
 
実際、田んぼに関わっている間は、アキヒトさんに世話を頼んでいても現地に通い詰めだった。放棄した人たちの話を聞いてしまったら、私は同じことはできない。
 
目に見えない作業も多かった。田植えが、地域の人達との水路の整備から始まるということも全く知らなかったし、田植えの前に土壌をしっかり整備して栄養をつけておかないと、無農薬栽培は難しいということもわかった。
 
周辺農家さんへの気遣いも重要だ。無農薬で作物を育てたいと言っても、周辺は農薬や肥料も使っているからそれが飛散することにクレームはつけないでくれ、と言われるのは仕方ないことだった。雑草が生えるとその種が周辺に飛散するから、無農薬、除草剤を使わずに作業をするなら、つねに田んぼとその周りはきれいに整備をしておくように、とも言われた。
 
一口に有機農法、無農薬栽培といっても、地域の中ではこんなに大変なんだ……。普段野菜を届けてくれるアキヒトさんの苦労を思い知った。
 
どうにか田んぼを整備して、種もみを植え、その苗床を各自持ち帰って育てるところまで漕ぎつけた。
 
ところが、苗床を持ち帰って、マンションのベランダで育て始めたら、苗が急に元気を失ったのだ。
 
何件かの参加者の家でその状況は報告された。そのようになった家は、マンションのベランダに置いてある家ばかりだった。庭の土の上に置いてある家は不思議とそういう状況にはならなかった。
 
「もしかするとコンクリートで温度の変化が急激に変わるのかな、いずれにしても、その症状が出た人は、苗床を田んぼの近くの土の上に置いておくことにしましょう」
 
アキヒトさんのアドバイスに従って、弱った苗床を田んぼに持っていった。
 
その翌週、様子を見に行ってみると、苗は青々と伸びていて、見事、復活。土の上に置いただけなのに……私はとても不思議に思った。
 
「土って本当にすごいよね」
 
アキヒトさんはしみじみとつぶやいた。
 
「僕ね土を耕すと妊娠する説を信じているんだよね」
 
「確かに私、二人目ができなくて散々悩んでいたのに、農作業を始めたらあっという間に妊娠したしね」
 
「農家で不妊に悩んでいる人って見たことないんだよ」
 
「たしかに、むしろ子だくさんのイメージがある」
 
アキヒトさんの家も3人目の子供が生まれたばかりだ。
 
「土に触れて、お日様のサイクルで、夜が明けたら起きて、陽が沈んだらとっとと寝ていれば、人間大抵元気な気がするよ。それに、土の力って生き物を大きく育てるからね。人間も土に触れていたら育む力がもらえる気がするんだ」
 
そう言われて、自分の生活を考えると、子供を寝かしつけてから夜な夜な活動している自分は自然からはかけ離れているなと反省した。農作業に関わるようになってから、疲れるので寝るのも早い。
 
「十年後くらいには、妊娠したいなら都会を捨てて田舎で暮らせ、なんて言われているかもしれませんね」
 
「本当に。それで、もっと田舎に若い人が来てくれたら嬉しいな」
 
アキヒトさんは笑った。
 
しかし、聞いてはいたが、土の力はすごいな、むしろとんでもないな、と実感するようになったのは、暑くなった夏だ。
 
田植えの頃はさわやかな風が吹き、足元のぬかるんだ土がひんやりして、時折肌寒さも感じていたのに、梅雨が明けた頃から日差しが照り付けるようになったら何をしても暑い。
 
雑草を抜きながら、足につかっている水だけでは足りなくて、子供達は、作業もせずに用水路で水遊びをするようになった。
 
こんな光景も気持ちいいものだと眺めるものの、妊娠初期の身体にこの暑さは正直堪えた。ただ、だるさはあるものの、家で過ごすよりも土に触れている方が身体も不思議と軽くなるような気がする。
 
それにしても、雑草のすごさだ。
 
最初にとなりのおじいさんが厳しい言葉を投げかけてきた意味がようやく実感として迫ってきた。おじいさんの田んぼは、雑草はほとんどなくて、機械で植えているおかげで等間隔にきちんと整列していた。
 
「私達の田んぼは、まるで劣等生だな」
 
雑草を田んぼの土の下に埋める農具をゴロゴロと押しながら一人つぶやいた。手で植えてある私達の田んぼは稲が不ぞろいだし、水面が雑草で緑に覆われている。地域から明らかに浮いた一角だった。それにしても、除草剤をまくだけであんなに雑草が生えないとするならば、よほど強力でなんだか体に悪そうな気がする。でも、その質問をアキヒトさんになげかけてみると彼は首を振った。
 
「確かに最初の時点で稲の背が高くなるまで雑草が生えないようにする除草剤をまくことはあるよ。稲の背がある程度高くなれば、光が入らないから、雑草は生えなくなってくる。でも、ここら辺の人達は、稲が延びてくるまで、みんなほとんど手作業で抜くんだよ」
 
私が行く午前中の時間に地域の人達の姿は見えない。いつも、明け方に近い時間には作業をしているのだ、とアキヒトさんはいった。隣の厳しいおじいちゃんは途方もない作業を毎年毎年ずっと続けている。
 
子供を育てるようになって初めて自分たちが口にしているものが、身体を作っているということを実感するようになった。それまでは、スーパーで有機野菜を売っていても、高い値段を出してどうして有機野菜を選択するんだろう? と不思議に思っていたけれど、見た目がきれいな野菜でも農薬や化学肥料が沢山使われていて、それがアレルギーなどの原因になると聞けば、子供のために少しでも質のいい野菜を選択するのが親心だ。そのせいで農薬や化学肥料を使った野菜を悪者扱いして避けていた。
 
どのように育てられているのか、なぜ農薬や化学肥料や除草剤が使われるのか、という背景までは考えなかったのだ。お米ひとつ育てるのにこんなに苦労すると思っていなかったから。
 
当たり前のようにスーパーに並んでいるお米は、朝早くから雑草を抜いて回るあのおじいちゃんたちのような存在があってのことなのだ。さらに地域の中で肩身の狭い思いをしながら有機農法や、無農薬の農法で農作物を育ててくれる人がいるのだと思うと、ただただ感謝の念しかない。
 
私達の劣等生な田んぼもようやく苗が成長し、水田自体の雑草抜きは急に楽になっていった。でも、雑草抜きは、何も田んぼばかりではない。あぜ道や脇の土手の草刈りをしておかないと、蛇などがまぎれてしまったりするし日当たりも悪くなる、ということで相変わらず、草刈りの仕事に奔走され続けるのだった。
 
草刈りの作業は、戦いだ。ある時は草で無数の傷ができ、ある時はブヨに噛まれて顔がはれ上がった。自然に挑む戦いの前に私は本当に無力だった。そして、そんな苦労をしながらかった草も一週間経って、また草刈りに行った時には、見事に同じ丈くらい、それ以上に復活していて呆然することもしばしばだった。
 
妊婦なのに農作業をするのは無茶かと思ったが、田んぼに集う女性たちはなぜか元気だった。自然の力の中で作業することは、エネルギーをもらえることなのかもしれない。
 
草の勢いが衰えてくるころには、暑い風の中に涼しい風が一筋通っていくようになった。
 
稲穂が垂れ、黄金色に変わる頃に、田んぼメンバーの中で8人目の妊娠報告があった。
 
稲刈り、ハゼ干しという刈った稲を干す作業、脱穀、もみすりをして、食べられる状態の玄米をみんなで分けた。一家族あたりたった5キロの収穫。
 
その5キロのお米ほど美味しくて一粒も無駄にしたくない、と思えたことは後にも先にもない。
 
自然と闘い、自然に育まれたたった10か月のあの期間は、子供達の食育と思って始めたけれど、私自身が学ぶことばかりだった。
 
私の食を支えてくれる沢山の人達への感謝と尊敬は泥にまみれたあの一年に育ち、大きく実っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県在住。慶応義塾大学文学部卒。フリーライター力向上と小説を書くための修行をするべく天狼院のライティング・ゼミを受講。小説とイラストレーターとのコラボレーション作品展を開いたり、小説構想の段階で監修者と一緒にイベントを企画したりするなど、新しい小説創作の在り方も同時に模索中。

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2021-05-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.126

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