バリ島でのバカンスで起こした夫婦喧嘩とその結末《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》
2021/05/10/公開
記事:田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
「ないっ! ないっーー!! 」
泊まっていたリゾートホテルのプライベートビーチでのんびり水遊びを楽しんだあと、ヴィラに戻ってきた時に事件は起こった。
夕食前に、ヴィラに備え付けられたセーフティボックス(いわゆる金庫だ)にしまっておいた財布の中身を確認した私は青ざめた。
財布にしまっておいたはずのクレジットカードが3枚、キレイに消え去っていたのだ。
ここはインドネシアのリゾート、バリ島だ。
日本人観光客も多く訪れる、人気のリゾート地である。
結婚前に友人達とバリ島を訪れ、その魅力を十分に味わった私は、結婚してからいつか夫とも訪れようと思っていたのだ。
そして念願かなって、五つ星リゾートが立ち並ぶヌゥサドゥア地区の大人しか泊まることのできない高級リゾートホテルのヴィラを予約し、夫婦揃ってバリ島を訪れた時の事件であった。
幸い宿泊先のリゾートには日本人スタッフの女性がひとりいた。
私は慌てて、フロントに電話して彼女をヴィラに呼び出してもらい、かくかくしかじかで、と事情を伝えた。
興奮していた私がまくしたてるように事情を伝えたにも関わらず、彼女は冷静に私の話を受け止め、
「まずは清掃で入ったスタッフに確認してみます」
と私たちに説明し、すぐに確認しにスタッフルームに戻っていった。
念の為どこかに落っこちていないか、夫婦でヴィラの中をぐるぐる回って捜索したがやはりどこにもクレジットカードは無い。
悪用されては困るので、出発前に近所のコンビニのコピー機でとっていたクレジットカードのコピーを取り出し、券面に書かれている紛失時の連絡先に電話をかけた。
カードの悪用も心配だったが、私にはもう一つ心配事があった。
手持ちの現金が少ないのだ。
バリ島は世界中から観光客が訪れるリゾート地だ。観光客はクレジットカードを利用することが多い。
過去に訪れた時もほとんどカード決済で済ませていたから、現金はわずかしか持っていなかったのだ。
エステでマッサージも受けたいし、スペシャルディナーも申し込みたい、そうだ、お土産も買わなきゃいけないじゃん……。
一気に不安が訪れた私は、カード会社のコールセンタースタッフに対して「緊急ですぐにカード発行したりしてもらえないの!?」 と無茶な要求をまくしたて、スタッフを困らせた。
無理なものは無理で、当然カード発行は断られたが、取り急ぎ紛失したと思われるカードの利用停止の手続きを済ませ、騒いで疲れた私はヴィラの天蓋付きベッドに横になった。
いつ無くしたんだろう。
バリに来てから、まだカードを使ってないから、取り出した時に落としたとは考えられないな。
となると、セーフティボックスに入れて鍵をかけたつもりだったけど、実は鍵がかかっていなくて清掃で入ったスタッフが盗ったなんてことは……。
だんだん思考が悪い方向に進んできた頃に、先ほどの日本人女性スタッフが私たちのヴィラに戻ってきた。
「本日清掃で入ったスタッフ2名に確認しましたが、心当たりは無いとのことでした」
「そ……、う、ですよねぇ〜」
そりゃそう言うだろうねぇ〜、と思いながら答えたので危うくそう言いかけるところだった。
彼女は今日はもう遅いので、明日スタッフが同行しますので警察に紛失届けを出しにいきましょう、と申し出た。
私たち夫婦は顔を見合わせて、届けを出しておいた方が安心だろう、と彼女の提案に頷いた。
次の日の朝、朝食を済ませた私たちを迎えにきたインドネシア人の男性スタッフの運転する車に乗って、私たちは近くの警察署に向かった。
バリを観光で訪れて警察署に行く機会があるなんて、カードを無くして手持ち現金が少ないことも忘れて私は初めて訪れる海外の警察署に興味津々であった。
やがて見えてきた建物の前で車が止まる。
え、このボロいのが警察署?
一抹の不安を覚えるような、ボロボロの廃墟のような建物は確かに警察署のようだった。
建物の入り口の前で、野良犬が舌を出し暑さでぐったりしている。
(この犬、野良だよね? まさかとは思うが警察犬では無いよね……? )
などと考えながら室内に通される。
室内は外よりはマシだったが、空調が効いておらず蒸し暑い。
ホテルのスタッフがインドネシア語で警察官とやりとりしてくれ、1枚の紙を渡される。
紛失届だ。
記入項目は英語だったのでかろうじて読み取ることができ、四苦八苦しながら項目を埋めていく。
パスポート情報記入欄の項目の中に「religion(宗教)」とあったのが驚きであった。
後で聞いて知ったのだが、なんでもインドネシアのパスポートには、宗教の欄があるらしい。
何かの宗教の神を信じていない者、つまり無宗教者なんていないだろう、という考えのようだ。
確かにバリ島で道を歩けばそこかしこにお供えものが供えられている。
日本人とは違ってインドネシア人は信心深いようだ。
紛失届の記入を終え、警察官に提出する。
警察官が何かを伝えてくる。多分見つかんないけどねー、みたいなことを言ったようで、私たちは少しムッとしながら警察署を後にした。
1時間以上滞在していたが、相変わらず外には野良犬が暑さでうなだれていた。
できる限りの手を尽くした私たち夫婦は、残り少ない手持ちの現金を握りしめてお土産を物色するためにショッピングセンターへ向かった。
そして、そこで第二の事件が起きるのだ。
手持ちが心許ないので、とにかく安く、大勢にばら撒けるお土産を探していた私のところに、ちょっと高そうなバスソルトやお香を抱えて夫が戻ってきた。
見ると、1つ500円以上するものばかりだ。全部合わせると5,000円以上はかかりそうだ。
え、お金無いって言ってんのにそれ買っちゃうの?
いかに節約してお土産を準備するかに頭を悩ませていた私は、夫が持ってきた品物を見てイラッとした。
その日は警察署で長く暑さにさらされていたのも良くなかったのかもしれない。
頭に血がのぼった私は、ショッピングセンターの土産物屋のど真ん中で、大声で夫を怒鳴りつけた。
「お金もう無いって言ってんじゃん! なんでそんな高いもんお土産に選ぶの!? 」
「長く休みとったんだから、職場にこれくらいのもの持ってかないとマズイんだよ! 」
夫も引かない。
私のイライラは増大した。だったら、もっと自分でお小遣いを持ってきて欲しかった。
「お金持ってないのに、さすが名古屋人は見栄っ張りだね! 」
インドネシアのバリ島で、うっかり夫の地元をディスってしまう。
これがマズかった。
「しょうがないだろ! 大体、クレジットカード無くす方がいけないんだろう! 」
大声で罵り合っていたので、通りがかった観光客は皆私たちを横目で見ながら通り過ぎていった。
異国の地で、こんなに恥をさらしてしまうとは。
その時はカッとなっていたので周りが見えていなかったのだ。
しばらくやり合ったけどお互い譲らず、こう着状態が続いたがふと何やってんだろと我に返った私。
引き下がりそうにない夫に渋々手持ちの現金でお土産を購入する。
これで現金は残りわずか、ヴィラで食べるスペシャルディナーを頼めるほどの金額は残っていない。
楽しみにしていたスペシャルディナーは諦めるしかないのか。
今まで、部屋に備え付けられたカップヌードルでお腹を満たしてきたのに、最後のディナーくらい、豪華な食事がしたかった……。
ショッピングセンターから宿泊先へ帰るタクシーの中で、私たちは終始無言だった。
どうしてもスペシャルディナーが諦めきれなかった私は、ホテルに戻ってから日本人女性スタッフに事情を話し何とかならないか相談してみた。
日本に帰国してから再発行したクレジットカードで決済してもらえれば良いですよ、と快く受け入れてもらい、私たちはスペシャルディナーを楽しむことができた。
その日のディナーは素晴らしかった。さすがスペシャルというだけあって、お料理は全て美味しかったし、宿泊するヴィラのプライペートプールサイドにテーブルがセッティングされ、ハート型に並べた花びらの周りに置かれたキャンドルに火が灯り、とてもロマンティックな雰囲気の中で食事をすることができた。
ここへ来てようやく私の怒りも収まりつつあった。
色々あったけど、ただ観光しているだけじゃ行くことがないであろう警察署も見学できたし、非日常を満喫できたな、と満足した気持ちになっていた。
スペシャルディナーにありつけたことで怒りが収まり、ショッピングセンターで大喧嘩したのもすっかり過去の出来事、夫とも仲直りして翌日ホテルを後にし日本への帰路についた。
日本に到着したのは深夜で、あらかじめ手配しておいた長距離タクシーに乗り込み自宅へと向かった。
お互い長距離移動で疲れていたからか、車内では熟睡で、ふたりとも自宅が近くなりようやく目を覚ました。
タクシーが出発前にクレジットカードのコピーをとったコンビニの前を通ったところでふと夫がつぶやいた。
「もしかしてさ、コンビニでクレジットカードのコピー取った時にコピー機にカード忘れてきたってことはない……? 」
う、そう言われると絶対無いとは言い切れない。
次の日の朝、恐る恐るコンビニを訪れ、私は何日か前にクレジットカードの忘れ物がなかったかを店員に尋ねた。
「はい! ありますよ。こちらのカードでしょうか? 」
店員が保管されていたカードを取り出し私に見せた。
確かに3枚、間違いなく自分のクレジットカードであった。
うおー! あったぁ〜! 何日も経っていたのにしっかりとコンビニに保管されていたことに感動する。
さすが日本、治安がいいぞ!
それにしても、万が一紛失した時に備えて、とコピーをとったコピー機の中から取り出し忘れて紛失してしまうとは。
私はバリ島のホテルスタッフや、カード会社のコールセンターの担当者に怒鳴り散らして騒いだことを思い出し、顔が真っ赤になった。
そしてショッピングセンターで夫婦喧嘩が見世物になってたことも思い出した。
あぁ、全ては私が悪かったのね……。
そんなことに思いを至らせていたとはコンビニ店員は知るよしもないのだが、恥ずかしさのあまり私は大量に買い物をしお礼を述べてコンビニを去った。
無事カードの再発行手続きも終え、ツケ払いになっていたディナー代金もようやく払うことができた。
きっと、どこかに忘れてきただけなんだろうな〜と思っていただろうに、興奮して騒いだ私の話を親身になって聞いて、色々と手を尽くしてくれたカユマニス・ヌサドゥアの日本人女性スタッフには本当に頭が下がる思いだ。
五つ星リゾートのホスピタリティとはこういうことか、と強く実感した。
バリ島カード紛失事件は10年ほど前の話なので、もうあの当時いた女性はいないかもしれないが、本当に良いリゾートホテルだったのでコロナが落ち着いた後の旅行先としてぜひお勧めしたい。
え? クレジットカードが日本で見つかったことは言ったかって?
それはあまりにもアホすぎたので明かすことはできなかった。
最後に、私がこの旅で得た教訓を皆さんにお伝えしたい。
・コピーあと 忘れずチェック 取り忘れ
・ありがとう 日本のコンビニ 治安良い
・バリ島で 夫婦喧嘩は 見世物になる(字余り)
□ライターズプロフィール
田中真美子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県藤沢市在住。IT企業に勤める40代中間管理職。
仕事の疲れをカレーで癒す日々を送る。
ライティングは2020年から勉強中。読んだ人の心を明るくする、そんな文章を書けるようになりたい。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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