週刊READING LIFE vol.132

「そんなことをして恥ずかしいと思わないのか!日本の恥だ!」と?られた私が語る「旅の恥はかき捨て」《週刊READING LIFE vol.132「旅の恥はかき捨て」》


2021/06/29/公開
記事:南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「そんなことをして恥ずかしいと思わないのか! 日本人の恥だ!」
と公衆の面前で叱られたことがある。
 
2013年夏の家族旅行、ベトナムの空港の中。出国審査かなにかの行列に並んでいた。
飛行機が飛ぶのが遅れて、たくさんの人が空港で延々と待たされていた。ものすごい混雑だった。
私たち5人家族と私の両親と姉との8人連れだったが、そのとき、なぜか私と真ん中の子どもだけみんなからはぐれてしまったのだ。
こちらの方が空いてそう……と思ってなにも考えずに並んだけれど、ふと周りを見渡してみるとベトナム人ばかり。日本人は私たちだけのような気もする。
私は目が悪いからよく見えなかったけど、もしかしたら外国人とベトナム人とで並ぶレーンが違っていたのかもしれない……。
なにも考えずにぼけ~っとしたまま、そのレーンにず~っと並んでいたけれど、家族とはぐれてしまったらどうしよう……。
急に不安になった私はみんながいるところに合流しようと、その列を離れた。
ところがいくら探しても姿形が見えない。出国審査を終えて、もうすでに別のところに移動してしまったようだ。
広い空港の中ではぐれてしまったら……。 とさらに不安になってしまった。
本当は、みんなと合流できないとわかった時点で、その行列の1番後ろに並び直すべきだったのだが、ちょっとでも早く合流したいと言う気持ちになり、あまりにも延々と続く行列の後に並び直さずに、そちらのレーンに入ってしまった。
突然、
「そんなことをして恥ずかしいと思わないのか! 恥を知りなさい! 日本人の恥だ!」
と 眼鏡をかけた中年男性から大きな声で怒鳴りつけられた。
その怒りに震えてた男の人の顔を思いだすと、今もなんともいえない情けない気持ちになる。
私には私なりの事情もあったが、横入りをしたのだからなんと言われても仕方がない。
ただうなだれて「すみません……」と平謝りするしかなかった。

 

 

 

こんなふうに恥ずかしい思いもしたけれど、ベトナム旅行では心洗われるような出来事もあった。
足の悪い母を車椅子に乗せて、姉とハノイの街並みを散策していたときのことだ。
通路を隔てた向こうの方では工事中。作業員たちが、3、4人道端で靴を脱いで、地べたに座って休憩していた。ちょっとだらしない人たちというイメージを持った。
異国ということもあり、よくわからない人には警戒心を持ってしまう。
できるだけ足早にその場所を立ち去りたいと思った。
ところが、ちょっとした段差で車椅子が止まってしまい前に進めない。
「どうしよう……」
「悪いけど、ママ、一旦車椅子から降りて立ってくれる? じゃないと、この段差乗り越えられへんわ」
などと、話をしていた。
突然、先ほどまで地べたでのんびりと休憩していた青年たちがこちらに移動していた。
電光石火の如く、みんなで母の車椅子を持ち上げて段差を乗り越えさせてくれた。
みると、全員裸足だ。
困っている私たちを見て靴を履く間もいとわず、駆けつけてくれたのだ。
「カモーン」
 
覚えたてのベトナム語でありがとうを言うと、日に焼けた顔から美しい白い歯が見えた。
「そんな、大してお礼を言われるようなことでもないよ」
とでも言いたそうな、はにかんだような照れくさそうな笑顔だ。
それまでは得体が知れないイメージを勝手に抱いていたが、一変した。
 
「まぁ、なんて素朴で爽やかな青年たちだろう!」
私はいっぺんにベトナムが好きになった。
「ベトナムにもいろいろな人がいるだろうけど、ベトナムの人ってなんて優しいんだろう、親切なんだろう……」って。
この情報化時代、報道や知人の話などから、私たちはたくさんの国々の情報を得ているが、結局のところ、その国の印象は自分が訪れた先で直接出会った人の印象と強烈にリンクすると思った。
人って単純なもので優しい人や親切な人に出会うと、その人のみならず、その街、その国のこと全体が好きになってしまうんだなぁ……。
だからこそ日本に訪れた外国人には良い印象を持って帰ってもらう方が良いな。
これからは、私も日本を訪れた外国の人には、できるだけフレンドリーに親切にしたいなぁ。
ちょっとでも日本人って良い人たちだなぁって思われたいな……と、思った。
 
国宝姫路城の近くに住んでいる私は、街中で外国人に会うことも多い。
帰国後はバスの行き先など聞かれたときにも、できるだけ笑顔で親切に答えたりしていた。
 
ところが、5年後、そんなことをすっかり忘れてしでかしてしまったのだ。

 

 

 

2018年友達と厳島神社に行ったときのことだ。その友人にはかれこれ26年間くらい仲良くしてもらってる。私よりほんの少し年上で、子育ての大先輩の彼女。
「子どもさんが成人してそれぞれの道を歩まれて寂しくなったりしない?」って聞いたときに
「全然~。……笑うかもしれないけど、数年前からチェロを習い始めたの、今までやったことがない楽器に挑戦したくて……そんなに上手じゃないんだけど、チェロをやってる人が珍しいって言うこともあってコンサートや弦楽四重奏とか集まりに声をかけてもらえるようになってね。結構おもしろいよ。楽しいことがあると1人の時間も楽しみになるね……」
 
そんなことをちょっと恥ずかしそうに微笑みながら語ってくださる人だ。彼女から愚痴や人の悪口は聞いたことがない。外見だけではなく、中身も凛としていて、かっこいい。
人一倍優しい彼女は、その日帰り旅行の準備のときから終始私のことをさりげなく気遣ってくれた。
私は2014年から重症筋無力症という難病にかかり、普通の人より疲れやすかったりするものだから、スケジューリングはもとより、例えば私のペットボトルのお茶も彼女のカバンに入れて持っててくれたり、かなりの高額だったが、「しんどくなりそうだったら、人力車とか乗ろうね」 と言ってくれたり……。
彼女のきめ細やかな配慮のおかげで、なんとかしんどくなることもなく、大鳥居や厳島神社、大願寺、大聖院などの参拝も終えることができた。名物のアナゴ飯も食べた。
その後弥山に行こうかどうかということで、少し悩んだが、ロープウェイの駅まで無料の観光バスが出てると聞き、バスとロープウェイに乗るだけなら体力的に大丈夫だろうと行くことに決めた。
バスは30分ごとだったか、たくさんの人が行列して待っていた。
でも早めにバス停まで行ったので私たちもなんとか乗れそうだ。
その日は5月でも真夏並に暑かったが、じっと立ちながら、列に並んでバスが来るのを待っていた。
やっとバスが到着した。思ったより小さいバスだ。
 
「えっ?」
見ると行列から少し離れて、付近の大きな石の上にてんでバラバラに座っていた外国人グループが、バスが到着すると、のっそり立ち上がって列に合流した。
ラグビー選手のようなごっついイメージの大きな人たちが5,6人、私たちの前に悠然と入ってきたのだ。
その瞬間、私は友人にこんなことを言ってしまった。
「えぇ~、なに、これ? Make a line.って感じやよね 」と。
 
どうしてそんなことを英語で口走ってしまったのかわからないけど、たぶん蜘蛛の糸のカンダタの心境になってしまってたんだと思う。
「おい、お前たちがそんなに急に入ってきて、私たちが乗れなくなったらどうするんだ!」 という……。
常日頃英語なんて全く使ってないのに、そのときだけ、そんなことを英語まじりで言ってしまったのは、たまたま大昔、中学生か高校生のときに「列を作る、列に並ぶ」というのは「Make a line」だと、習った記憶がなぜか遠く彼方からよみがえってきたからだ。
 
結局私たちはみんなバスに乗れて事なきを得たのだが、
あの至近距離ではきっと外国人たちに聞こえてしまったと思う。
 
今もこのエピソードをくっきりと覚えているのは、私の無神経な言葉で心から敬愛してる友達の美しい顔を曇らせてしまったからだ。
彼女はたった一言静かにこう言ったのだ。
「せっかく日本に来てくれてるのに……」
 
私はベトナムの空港のことを思い出した。
それからベトナムの裸足の青年たちのことも……
 
(そうだよね、よく考えたら日本流の行列には並んでなかったけど、私たちより先に来てずっと待ってたんだもんね。ちゃんと行列に並んでなかったように思ったけど、勝手がわかってなかっただけ。きちんと行列に並ぶなんて言うのは世界でも日本人だけとかいわれてるのに、
「Make a line.~列に並べ!」とか突然言われたらびっくりするはず……
 
私がベトナムの空港で味わったような、なんともいえない嫌な気持ちになったかも。
 
「せっかく日本にきてくれてるのに……」
出会った人が日本の国全体の印象を決めるかもしれないのに……
私のせいであの外国人たちに「日本人って嫌な人たちだな」とか思われてたら悲しいな……)
 
彼女といると、そのうるおいのある端正な言動に比べて、自分は上辺はとりつくろっていても底の浅い、がさつな人間なんだなと思うことがあるが、そのときはまさにそんな感じだった。

 

 

 

“旅の恥はかき捨て”と言うテーマでなにを書こうかなと思ったとき、
はじめは他人のことしか思い出せなかった。
恥ずかしくも「私にはそんな旅の恥はかき捨てエピソードなんてないわ」 などと、思っていたのだ。
 
ところがどっこい、
「日本人の恥!」とまで、旅先でなじられた私。
せっかく外国から高い渡航費を払ってわざわざ日本に来てくれた人に対しても、こんなふうに心ない失礼なことを言ってしまったことを思い出した。
 
この人たちとはもう二度と会わないだろうと思ったからこそ、「Make a line」という
自分の価値判断を押しつけるという不躾なことをしてしまったのだ。
 
もしもこの人たちが、これからもしょっちゅう顔を合わせる人だったら絶対そんなことは言えなかったに違いないのに……。
一度しか会わない人であったとしても、誰に対しても変わらずに丁寧に接していける自分になりたいなとしみじみと思った。
たった一度数分の出会いでも、その美しい笑顔が生涯忘れられないこともある。
誰が見てても、また誰が見ていなくても、自分の美意識に則った生き方をしたい。
 
そして、日々の暮らしの中で、自分が持っている価値判断と違う行動をした人に対して、勝手に自らの規律で裁くのではなく、この人は違う考え方や文化を持っているのだと思う寛容さも身につけていきたいと痛感した。
たとえば、日本と違って、目を見て話すのは失礼にあたるとか、食器をもって食べるのがマナー違反だとか、食事のときに左手を使うのが許されない国があったりと、マナーやエチケットも国により千差万別、価値観も人により異なるからだ。
 
人は大なり小なり生活習慣や文化の違う者同士、様々な恥をかき捨てながら交流をして、自分とは異なる価値観に触れることにより、驚いたりショックを受けながらも、少しずつ柔軟になったり、自分の幅を広げたりして、他者理解を深めていけるものなのかもしれない

 

 

 

50年以上も生きてるくせに、いつも失敗ばかり。
学んだこともすぐに忘れて、いろいろとやらかしてばかりの私。
人生の旅はまだまだ続く。多分これからもたくさんの恥をかき捨てながら……。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ。重症筋無力症という難病で半分寝たきり生活を経て、死にかけましたが、たくさんの方々から元気を取り戻す方法を教えていただき元気に……。今度は私がお伝えする番!
読んでくださった方が少しでも笑顔になったり、お元気になっていただけるような記事を目指して、【健康ヘルスケア】【メンタルヘルスカウンセラー】両部門で1位をいただいたアメーバブログ、note、デジタルデンというウェブサイトなどで発信中。
少しでも発信力をパワーアップしたいと天狼院ライティング・ゼミ、ライターズ倶楽部に参加。

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2021-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.132

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