週刊READING LIFE vol.132

ヨーロッパにいる時くらい、幸せでもいいじゃない《週刊READING LIFE vol.132「旅の恥はかき捨て」》


2021/06/29/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ゆりちゃん、やっぱりツアーで周るんやったら、二か国やで」
 
今から約30年前、私は独身時代最後の思い出にと、親友とのヨーロッパ旅行を計画していた。
結婚したら、長期の旅行なんて出来ないし、自由に動ける間に、行きたい所には行っておこうという気持ちがあったのだ。
当時、商社に勤め、海外部門で仕事をしていたので、周りの人間は海外に詳しい人たちがいっぱいいた。
海外出張、海外赴任、海外留学、世界のあらゆる国を経験している人たちばかりだった。
ヨーロッパで素敵な所はどこか、どの国の景色が素晴らしかったとか、この国の、ここは見ておいた方がいい、ここのあの料理は美味しかった、そんな情報はガイドブック以上に集まった。
上司たちからのアドバイスと、私たちの希望で、イタリアとフランスの二か国に行くことを決めた。
あらためて、ヨーロッパのツアーのパンフレットを見てみると、びっくりするくらいコースがたくさんあった。
中でも、5、6か国を10日ほどで周るというツアーは、そのスケジュールをよく見てみると殺人的スケジュールだった。
夜中にホテルに到着して、翌日は早朝にバゲージを廊下に出さなくてはいけなかったり、立ち寄る予定の街での滞在時間が2時間だったり。
まるで、駆け足のような内容には驚くばかりだった。
 
「いっぺんに何か国も周ったら、大変やで」
 
そんなツアーの詳細を見ると、上司たちのアドバイスに、心から納得できた。
 
とにかく、海外旅行で、ガッツリとツアーに参加するのは初めてのことなので、ツアー会社をどこに決めるかから大変だった。
大手の旅行会社は安心できるかも知れないが、値段がべらぼうに高かったし、名前の知らない旅行会社には一抹の不安がよぎった。
 
そんな中、中堅と呼ばれていて、特にヨーロッパに強いとうたわれている旅行会社のツアーに参加することにした。
当時、今のようにインターネットなどはなく、評判を知るのも一苦労だった。
実際に、使ったことがある人の声を直接聴ける機会があるといいのだが、それもまれなことだった。
で、選んでみてその旅行会社は、とても良かった、当たりだったのだ。
 
私たちが参加したそのツアーは、旅行期間中、ほぼ参加者全員で一緒に行動するものだった。
訪れた街によっては、3~4時間の自由行動の時があったり、フリーの日も1日あったりした。
それを除くと、「おはようございます」から「おやすみなさい」まで、行動を共にする内容だ。
参加者のメンバーを見ていると、ご夫婦、親子連れが圧倒的に多く、私たちのように友だち同士での参加というのは少なかった。
しかも、ヨーロッパに10日間ほど行くものだから、時間に余裕のある年配の方が多かった。
 
「はじめまして」のあいさつから始まったそのツアー。
何よりも、ずっとついてくれている添乗員さんの気配りが素晴らしかった。
すぐに、参加者みんなが仲良くなれるように、食事のテーブルの座席や、移動中のバスの中での交流などを気遣ってくれていた。
私たちは、年代を超えて、すぐに打ち解け仲良くなっていった。
 
20代後半だった私たちは、そのメンバーの中では若い方だった。
なので、周りからはフットワークも軽いように見えたらしい。
本来、積極的な方ではなかった私も、旅先ではいつもと違う行動がとれた。
初めてのヨーロッパ、ずっと憧れていた街を散策できることに浮足立っていた。
場所が変わり、空気が変わったことが背中を押してくれたのか、いつもよりも明るく積極的な私がそこにいた。
会社で長めの有給休暇を取って、まとまったお金を使って来ていることには、特別な感情があったのかもしれない。
 
少々興奮気味で、行動的な私たちに、あるご夫婦が声をかけてきた。
慣れない海外では、なかなか自分たちでは動けないので、一緒に街を周って欲しい、と。
自己紹介をあらためてしてみると、どうやら私の住んでいる街に近いところに住んでいらした方で、そこからさらに親近感が湧いてきた。
一緒に行動をする中、デザートをおごってもらったり、プライベートの話もたくさんし合った。
これから結婚を控えていた私には、仲の良いご夫婦が素敵に歳を重ねていらっしゃることに憧れの気持ちも芽生えてくるぐらいだった。
 
今でも覚えているのは、長期間の海外旅行にも、同居のお姑さんが快く出してくれたり、普段から本当の母娘のように接してくれたり、というような羨ましい話だった。
 
実家では、父が長男で祖父母と同居していたが、「渡る世間は鬼ばかり」ばりの嫁姑問題があったので、まるでドラマのようなお話にうっとりするくらいだった。
 
そして、そのご夫婦は旅行中さりげなく腕を組んだり、いつも二人で楽しそうに話したり、笑ったり、明るい印象だった。
 
「ああ、こんなご夫婦みたいになりたいな」と、羨ましく思ったものだ。
 
ツアーも日が経つにつれ、私たちメンバーはまるで家族のような雰囲気になってきた。
さらには、パリでのフリーの日には、ツアーコンダクターさんご自身が休みの日にもかかわらず、私たちをオルセー美術館などに連れて行ってくれた。
これまでのヨーロッパのツアーでの様々な経験や、ちょっとした会話や、美味しいお店やお土産なども、丁寧に教えてくれ、お店にまで案内もしてくれた。
これだけの時間をみんなで共にすると、まるで家族旅行のような感情がわき、それはそれは楽しい時間となった。
みんなで観光名所での記念写真を撮り合い、ヨーロッパという街の思い出とともに、参加者の方たちとのふれあいによる思い出もたくさんできた。
 
帰国後、当時は写真もプリントする時代だった。
旅行中にお互いの連絡先を交換し、皆で写真を送りあい、旅のお礼を伝えた。
そこで、仲良くしてくれていたあのご夫婦からのお手紙もあった。
現地で、一番よく行動を共にしたご夫婦。
憧れを抱くほど素敵だったご夫婦。
 
ところが、現地で私たちに語ってくれていたのは理想であって、実は嫁姑問題があって家の中はギクシャクしていたというのだ。
そんな込み入った話を、写真を送った私へのお礼の手紙でカミングアウトされてきた。
別に、旅先での話の内容がどうであれ、他人の私には関係ないことだ。
わざわざカミングアウトされなくてもいいのに、そんな思いでいっぱいになった。
普段の生活では、様々な問題を抱えていたご夫婦。
せめて、日常のストレスから逃れたいという思いが、あのヨーロッパ旅行にはあったのかもしれない。
遠い、異国の地で、ご夫婦は日頃の疲れから解放され、格別な時間を過ごしていたのかもしれない。
いつも思うような行動や表現が出来ず、息が詰まるような思いをされていたのを、あのヨーロッパ旅行で癒していたのかもしれない。
でも、それはそれで、全然いいじゃないか。
そんなことを思いながらも、まだ結婚もしていない若い私が、その内容に対してどう書いたらいいのかわからず、音信は途絶えてしまった。
 
旅先という異空間、非日常に身を置くと、それでなくても人は変わるものだ。
いつもと違う大胆で積極的な行動。
周りの人との関わりに意欲的になるかもしれない。
そこには普段の自分を越えたものがあるのかもしれない。
それは、心に秘めていた理想であったり、現実からの逃避であったり。
ただ、それには、良い悪いはなくて、その時間を自分が心地よく過ごせるのならば、いいのではないかと思う。
そう、誰に迷惑をかけることもないのだから。
 
「旅の恥はかき捨て」
 
そう、特に旅先で起こったこと、その過ぎてゆく時間はみんなどれも美しいと思えるものだ。
 
約30年前、初めてのヨーロッパ旅行で一緒だったご夫婦。
あのご夫婦、今頃どうされているのかな。
一緒に歩いた、あのイタリアやパリでの素敵な笑顔のままで、今もお元気に暮らしていたらいいのにな。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2021-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.132

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