fbpx
週刊READING LIFE vol.138

活用できない技術と実績《週刊READING LIFE vol.138「このネタだったら誰にも負けない!」》

thumbnail


2021/08/09/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私は歯磨きが大好きだ。
誰でも、少なくとも1日に1回は歯を磨くだろうし、好きとか嫌いとかの問題ではなく、必要だから歯を磨いていると思う。
しかし私の場合は、必要だからを超えて大好きで、そして大好きをさらに超えて歯磨きに対して目標と使命感があり、歯や歯茎の健康を維持することに力を注いでいる。
 
目標とは、この先の人生で今ある歯を1本も失いたくないということ。
使命感とは、子どもの頃に大金をかけて歯科矯正の治療を受けさせてくれた母に感謝し、歯や歯茎の健康を維持していくことで恩返しをするということだ。
 
大袈裟な話しだと思われるかもしれないが、私にとっては大袈裟でもなんでもなく、毎日(と言いつつ、たまに思うように歯のケアができないこともあるが)この目標と使命感に燃えて歯磨きに臨んでいる。

 

 

 

小学生2~3年生になり乳歯が永久歯に生え変わり始めると、私の歯茎には永久歯はまったく収まらず、前へ後ろへととんでもない歯並びとなった。重なるように生えている歯もあったし、曲がって斜めに無理矢理生えてきてしまっている歯もあった。
歯並びが悪いことが恥ずかしくて、大きな口を開けて話したり笑えなくなってしまった。歯磨きもたいへんで、いくら頑張って歯磨きをしても虫歯になってしまうことも多かった。
母はそんな私を心配し、歯は一生使うものだからと、歯科矯正の治療をしようと知り合いにきいたりして歯医者を探し始めた。
ネットもない時代、親戚やママ友からいろいろと情報を得て、近所では見つからず、電車で
5つ先の駅にある歯医者まで通うこととなった。
たしか歯科矯正を始めたのは5年生か6年生の頃で、終了したのは(経過を見てもらっていたのも含めて)20歳過ぎだったので、実に10年もの歳月をかけて矯正を行った。
 
あまりにも昔のことなので、今となってはどういう過程で矯正治療が進んだのか覚えていないことも多いのだが、つらかったこととして鮮明に覚えていることがある。
まず最初の試練は抜歯だった。
私の場合は顎が小さく(別に小顔でもないのに!)歯が収まりきらないため、4本歯を抜く必要があるとのことだった。
前歯6本は見た目に関わるので、左右対称に上下とも前から4番目の歯を抜きましょう、月に1本のペースで抜いていき、抜歯が終わったら本格的に矯正の治療に入ります、という説明を母と一緒に聞いた。
そのときは、歯を抜かないといけないのね、そうようね、ちっとも収まっていないんだから、歯を抜いてスペースを作らないといけないのね、という程度で軽く考えていた。
 
しかし、その後、月に1本、4ヶ月に渡って4本の健康な生えたばかりの永久歯を抜くということがどれだけ大変かということを思い知らされ、1本目はわけがわからないうちに抜かれてしまったが、2本目以降は歯医者へ行くのが恐怖だったのをよく覚えている。
 
抜歯はまず、塗る麻酔薬を歯茎に塗り込まれ、しばらく待たされる。
次に麻酔の注射を打つのだが、今まで経験した虫歯治療では打たれたことがないくらいの量であろう(どれくらい多いのかはわからないが)麻酔薬を、抜く歯の周り4箇所程度に時間をかけて打ち込まれる。
麻酔が効いたところでいよいよ歯を抜かれるのだが、健康な歯を抜くというのはとてつもなく大変なのだ。
先生は気合いを入れて立ち上がり、大きなペンチを持って私の口の中へとそのペンチを進め、助手のお姉さんが私を押さえつけ、先生は「よっ!」とか「はっ!」とか気合いを入れながら、私の歯へ挑んでいく。麻酔をあれだけ打ち込まれていることもあり痛みはそれほどないのだが、ガキガキとかガガガとかすごい音がするのだ。
それがペンチで歯を動かそうとしているから出る音なのか、なんなのかわからないのだが、その音が怖くて仕方がない。
そんな謎の恐怖音を出しながら先生が私の歯と格闘すること数分(だったのか、もっと何十分もかかっていたのかは覚えていないが、私としては30分はかかった印象だ)、先生が「もう少しよ!」などと言っているうちに歯が抜け、「よく頑張ったね!」と言われて、私は何を頑張ったのかは不明だが、でも頑張ったような気もしていた。
そして、抜いた歯を帰りに渡されたのだが、その歯が衝撃的だった。
今まで乳歯が抜けたときの根本がない状態の歯しか見たことがなかったが、健康な歯は、歯として見えている部分の下にその何倍もの長さの逆三角形の根っこがあって、今までに見たことがないしろものだった。
母も、「へぇ、歯ってこうなっているのねぇ」と感心していた。
そのあと、抜いた部分が怖くて見られず、舌で触ってみようかとも思うがそれも怖くてできず、寝る前に歯を磨くときにやっと抜いた部分を鏡で見てみると、ぽっかり穴があいていた。抜いた歯にあれだけ立派な根っこがあったのだから当たり前なのだが、「うわー!」と衝撃的で、以降歯茎が埋まるまで怖くて見られなかった。
 
それを繰り返して恐怖の抜歯が終わり、いよいよ矯正治療に入った。
歯の表面に金具を着けてそれを針金で繋いで歯を動かしていくのだ。
今までは歯並びが悪くて恥ずかしかったが、今度はその金具や針金が恥ずかしくて口を開けて笑えなくなった。
しかもとにかく痛いのだ。無理矢理に歯を動かすわけだから痛いのも当然なのだが、それだけではなく歯の表面の金具が唇や頬の内側で擦れて口内炎ができたりした。
月に1回程度通いその針金を調節して歯が動くように締めていくのだが、そうすると1週間くらいはなにもしていなくても痛いし、ものを噛むなんてとんでもない。しばらくはスープとか本当に柔らかいものしか食べられず、給食を食べるのも大変だった。
でも、これで痩せるかなぁなんて思ったりもしたが、1週間ほどたつとだんだんと痛みが和らぐので、食べられなかった1週間分のストレスを発散するかのように食べてしまい、結局は痩せるどころではなかった。
 
小学6年生頃から始まり中学時代はずっと金具と針金を着けていて、針金の調整が続き定期的に痛みと闘っていた。
たしか、高校に入る前頃にはその治療が終わって、そのあとはマウスピース型の取り外し可能な矯正器具になった。
大学受験前には矯正治療は終了したが、20歳過ぎまで経過を見てもらうために通っていた。

 

 

 

社会人となり、忙しいのと面倒なこともあり、歯医者に通わなくなってしまった。
2~3年に1回くらい、思い立って通い始めるのだが、特に治療の必要がないと、定期検診はついつい面倒で、また何年も行かなくなってしまうことを繰り返した。
しかし、虫歯や歯周病などのトラブルなく過ごせたのは、小学生の頃から10年間に渡り歯磨きの指導を受けてきたお陰だと思う。矯正器具を着けていると虫歯になりやすいため、毎回磨き残しのチェックをされ、磨き残しがあった部分は「歯磨きをこう持って、歯に対してこの角度で」など細かく磨き方を指導された。その10年の賜物が私の歯磨き技術を向上させ、歯を守れていたのだと思う。
 
30代になり、介護施設で介護士として働き始めると、毎日の業務の中に入居者の歯磨きの介助もあった。
私の印象としては、歯がない人、入れ歯を使っている人が多く、歯がたくさん残っている人はあまりいなかった。それは時代背景として戦争中や戦後は歯科治療を受けることは難しかったし、戦後は悪い歯はどんどん抜いてしまう方針の歯科医が多かったため仕方のないことらしい。
そして、口腔ケアに関する研修を受ける機会が度々あり、歯周病がもたらす病気について(心筋梗塞や誤嚥性肺炎、糖尿病や骨粗しょう症とも深い関わりがある等)学ぶ中で、「8020運動(ハチマルニイマルウンドウ)」というものを知った。それは「80歳で20本の歯が残っている状態を目指しましょう」というものだ。
特養で働いていて、80歳で20本もの歯が残っている人には滅多に出会わないため、最近言われ始めたことなのかと思ったが、平成元年から厚生省(現在の厚労省)と日本歯科医師会が推進しているという。
 
私はすでに4本の歯を失っており、現在24本の歯があるが、80歳までにあと4本しか歯を失うことができないのだ! 人よりももっと歯を大切にしなくては! 歯を失わないように努力しなくては! と強く思った。
 
そして、30代後半になり、健康診断で再検査項目があったり、病気が見つかったりしていく中で、改めて歯を大切にしなくては、母があんなに大金をかけて治療を受けさせてくれたのに、歯が原因でなにか病気になるなんてありえないと思い、歯医者に真面目に通おうと心に決めた。
 
そうして通い始めた現在通院している歯医者はかれこれ5年ほど通っているのだが、虫歯は特にないので3ヶ月に1回通って定期検診とクリーニングをしてもらっている。
その歯医者は毎回歯の成績表をくれる。歯と歯茎の健康状態が記されていて、私は毎回なんの問題もない。虫歯もなく歯周病もなく、歯も歯茎も健康で褒められる。たまに、磨き残しを指摘されることもあるが、その場合はどうやって磨くとよいのか指導をしてもらうようにしている。
 
矯正のために通った歯医者で10年間に渡り磨き方の指導を受けて実践し、現在も必要に応じて指導を受けて知識や技術をアップデートし、完璧な歯磨きの技術で定期検診の度に歯科医や歯科衛生士に褒められるという実績があり、歯磨きには絶対の自信がある。
なので、歯磨きの悩みについて相談されたら、的確にアドバイスができると思う。
例えば「いちばん奥の歯の内側の磨き残しを指摘されたんだけど……」と言われれば、歯ブラシをこの角度で入れて力加減は……などと教えてあげられる。
しかし!
そんな場面は訪れない。誰もが歯の磨き方の相談なんて友人にしたことがないと思う。真剣に歯のことを考えている人であれば、友人ではなくて歯医者で相談するだろう。
私は自分の歯磨きの技術に絶対の自信があり、その技術を他の人にも教えることができると自負していて、虫歯も歯周病もない健康な状態を維持できているという実績もあるが、それを活かせる場がないことが残念である。
 
そして、最近新たに歯磨きが好きな理由が見つかった。
それは、私にとって寝る前の歯磨きのルーティンは、瞑想と同じくらい心を整える効果があるということだ。
毎日朝、昼はそれほど時間をかけないが、夜は1本1本丁寧に、猫をなでなでしながら(でもなでなでに気を取られると歯磨きに集中できないためほどよいバランスで)10分~15分ほどかけて磨いて、そのあと歯間磨きの糸も使って歯間も丁寧に磨くのが、私の寝る前のルーティンになっている。
最低10分、もっと時間をかけることもあるが、たぶん平均より歯磨き時間は長いと思うが、まったく苦にならない。どうにも眠くてささっと磨いて寝てしまう日もあるが、だいたい毎日このルーティンができている。
歯をしっかり磨いて歯がツルツルになるのは気持ちがいい。なにより、キレイに磨けると、心もすっきりするのだ。
無心で猫をなでなでしながら歯を磨くことに集中することが、私にとっては瞑想するのと同じ効果があると思っていて、そのルーティンがしっかりできると、ぐっすり眠れるのだ。
 
それゆえ、歯磨きが大好きで、さらに目標と使命感があるため、毎日歯磨きを丁寧に一生懸命できるのだ。

 

 

 

今でも、矯正治療をしていたときの、つらかった抜歯のことであったり、針金で歯を無理矢理引っ張られて痛かったことを思い出す。
また、極たまにだが、永久歯に生え変わったばかりの頃の歯並びに戻ってしまって絶望するという悪夢を見ることがある。
 
私の高い歯磨きの技術は、自分の歯を守る以外に活用できる場はないが、でもいつか誰かのお役に立てる日がくるかもしれない。
子どもがいないので、子どもに教えてあげたいというのは叶わなかったが、昨年生まれた甥っ子にいつか教えてあげようと目論んでいる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE 編集部 ライターズ倶楽部)

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-08-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.138

関連記事