「運命の人」との出会い方《週刊READING LIFE Vol.144 一度はこの人に会ってほしい!》
2021/10/25/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
「運命的な出会い」という言葉がある。
これはある人との出会いによって自分の人生の方向性や、自分がやるべきことが突然決まったかのような感覚を味わうときに使う言葉だ。
私も過去を振り返れば「運命的な出会い」だった人は何人か思い出すことができる。
ただ、私はこの「運命」という言葉には少しだけ違和感を感じている。
なぜなら、「運命」という言葉には「生まれながらにして決まっている」というニュアンスが含まれているように感じるからだ。そう思いたい気持ちも分からないでもない。自分の今の仕事がつまらないと感じている人からすれば「自分の天職は他にきっとあって、いつかその仕事に巡り合えるのではないか」と考えたくなることもあるだろう。
またある主婦は、結婚した今の旦那の体たらくぶりを見て、「自分の運命の人が本当はどこかに存在していて、いつか自分を迎えに来てくれるのではないか」と白馬の王子様を夢見ることもあるだろう。
こうした「運命論」は様々な場面に存在していて、「いつか自分も理想的な状況になれる」という気持ちを人々に抱かせているのだ。
しかし、実際には運命というものは存在していない。
実は「運命」というような生まれる前から決まっていることなど人間には存在していないからというのが2,500年前に釈迦が唱えた考えなのである。
釈迦は「人生とは縁によって起こっている」という「縁起説」という考え方を人々に説いた。
これは私たちの人生とは、生まれる前から決まっている運命的なものがあるのではなく、私たちが生きている中で出会う「人間同士の関係性」が自分たちの人生を作っているという発想である。
つまり、私たちが使う「運命的な出会い」とは、生まれる前から決まっている自分の人生を決定づける「唯一絶対的の人物」が存在していて、その人との出会いによって人生が決まるような錯覚を覚えるが、実際には私たちが出会っている「全ての人との関係性(ネットワーク)」そのものが人生を形作っていると釈迦は教えたのである。だから「運命の人」という特定の人を待つのではなく、普段自分たちが出会っている全ての人が自分の人生にとって重要な人たちなのだと釈迦は言っているのだ。
ただし、過去を振り返ってみると私は「あの人」との出会いによって、その後の自分の人生が大きく変わったという「出会い」は確かにある。それは、その時に自分が悩んでいたことに答えを気付かせてくれたり、自分の進むべき道を後押ししてくれた人物との出会いだ。
その意味で、私はある障害者の方との出会いが自分の進むべき道を気付かせてくれた。
私は現在障害者支援の仕事を行っているが、それまでの私は人材サービスを行っている会社の営業として、会社の売上を作ることに日々情熱を注ぐ会社員だった。
私は学生時代に自分の父親が自己破産をしたことをきっかけに、ある日突然お金が全くない苦学生になってしまった。仕送りは一切なく、また親族関係にも頼ることができない状況だったため、学費と生活費の全てを自分で賄う必要に迫られた。
そのため、日中は大学に通いながら、空いている時間は寝ている時間以外は全てアルバイトをするような生活を送っていた。一番大変だったときはアルバイトを5つ掛け持ちして、本当に寝る間を惜しんで働いていた。大学では同級生が部活やサークル活動で楽しそうにしている姿を見るにつけ、羨ましいという気持ちや、激しく嫉妬したことを覚えている。
そのため就職活動を始めた時に「俺は将来経営者になり、金に困らない生活をするんだ」と決めて、自分の経営能力が磨ける仕事に就こうと、当時有名な経営者を何人も輩出していた人材ベンチャー企業へ就職を決めた。そして会社に入ってからはそれまで以上に仕事に打ち込み、土日関係なく朝から晩まで働き自分の営業力を磨いていった。
今振り返ってみると、かなり偏ったものの考え方だなと思うが、当時の自分にとっては今の苦境を抜け出すためには仕事でお金を稼ぐ能力を高める以外に手段はないと思いこんでいた。色んな経営に関する本を読み、またビジネススクールにも通い自分の仕事の能力を高めようと努力していた。
そして私は入社から6年が経った時にビジネススクールで出会った人たちと一緒に会社を起業し、学生の時に夢見た「経営者」になることができ、ついに自分もここまでこれたと満足感を感じていた。
ところがこの起業が私の人生を大きく変えるきっかけとなった。
当時の私は営業に関しては自信を持っており、どんな商品でも売ることができると、自分の能力を過信していた。しかし、いざ自分が起業して営業を開始すると全く商品を売ることができなかった。
よく起業した人の本の中に「これまでは会社の看板で商品が売れていたのに、会社の看板が無くなったとたんにアポイントさえ取れなくなって愕然とした」というような体験談が書かれているが、私の場合はアポイントはたくさん取ることができた。むしろ自分が想像していた以上に、自分たちが扱っている商品に興味を持ってくれる会社があることに驚いたほどだ。
ところが、私が想像していなかったのは、自分たちの会社の小ささだった。
会社が小さいということはそれだけ人がいないということだ。そのため、経営者である自分は営業をしながらシステム開発、資金繰りの調整、採用活動、マネジメントとすべてを一人でこなさなければならなかった。
そして、時間とお金の見積もりの甘さを痛感することとなった。
起業する前に自分は起業後のシミュレーションをExcelを使って何度も行っていた。そこではいつ頃商品が売れ、社員数はどのように増え、どんな収益になっていくかを悲観的、楽観的、標準のシナリオの3種類作り、予想を立てていた。
しかし、実際に会社を興してみれば、このすべてのシナリオのどれにも当てはまらない要素がいくつも出てきて予定は大幅に狂い始めた。システム開発は営業開始前には終わっているはずだったが、営業を開始した後もシステム完成の目途は立っておらず、また商品を契約してから実際に入金があるまでの期間は当初3か月と読んでいたが、交渉していると半年先や、中には一年先になるという顧客もいて、とてもそんな長い間入金を待つことなど出来ないと、契約が出来ない会社もあった。
また私たちが最初に想定していたサービスプランは、お客様と話しているうちにどんどん内容が変わっていき、そのたびにシステムの要件変更が必要となり、開発はますます遅れていくこととなった。
そして起業して3か月後には元々あった3つの収支プランは全て消し飛び、全く異なる会社の状況になってしまった。
私はそのたびに出資してくれた株主に対して説明を行ったが、株主も良かれと思って様々なアイデアをくれたが正直その時には既に私の頭はパンクしていて、それらの情報の前にただただ呆然と立ちすくむしかできなくなっていた。
そしてついに私は自分の限界を悟り、わずか1年足らずで会社を辞めることを決断したのである。
こうして私が学生時代に思描いていた経営者になるという夢は終わりを告げた。
この時私の預金口座にはわずかなお金と、数百万円の借金だけが残っていた。
これからのことを思うととても前向きなことを考えることなどできず、途方に暮れていた。
ところがそんな自分に「だったらうちの仕事を手伝ってくれないか」と声をかけてくれる人が現れた。その人は人材系の会社を経営しており、私の過去の経験から何か一緒に出来るのではないかと声をかけてくれたのだ。当時の私には断る理由などなかった。どんな仕事でもお金になるなら今すぐやらせてほしいと二つ返事で返答し、仕事をさせてもらうこととなったのである。
この時に行った仕事が障害者支援をする行政からの委託事業で、これが私が障害者支援の仕事をするきっかけとなった。私は人材系の会社で仕事をしていたとは言え、障害者の方のサービスを行うのはこれが初めてで、正直何をしたらいいのかも全く分からない状態だった。
またこの事業を行うにあたって障害者を一人雇用しなければいけなかったため、私は初めて障害者手帳を持っている人と面接を行うこととなった。
そしてこの時に面接した障害者の男性が自分のその後の人生観を変える出会いとなったのだった。
私は会ったのは50代の精神障害者手帳を持っている男性だった。彼は数年前に精神障害を発症し、それからは入院と退院を繰り返し、ようやく医師から就労許可が下りたのだが、何社受けても受からずに既に2年以上就職活動を続けていた。
正直私も履歴書を読んだときに「これは難しいな」と感じた。
経験と言えばこれまでは肉体労働系の経験しかなく、PCを使った仕事はほぼ未経験だった。かろうじて現在ハローワークが行っている職業訓練でExcel、Wordなどを勉強中という程度で、とてもオフィスワークで働ける能力があるとは思えなかった。
そして面接当日お会いした時もおよそ面接には似つかわしくない服装で現れ、私は採用を見送ろうと内心決めていた。ところがお話しをする中で、彼の人柄の良さが伝わるエピソードをいくつも聞くこととなった。精神障害を患ったときも、仕事が忙しい会社で周りの人たちの負担を減らすためにも自分が頑張らなければいけないと様々な仕事を引き受け、毎日残業をしていたが、それが半年以上続いたときに自分の身体に限界が訪れ、入院をすることになった。そしてその入院が思いのほか長引き、結局会社を退職して療養生活を始めたとのことだった。
そして彼が私に言った最後の一言が、私の人生観を大きく変えたのだった。
「私はこれまでに病院や支援機関の人たちに大変にお世話になってきました。皆さん本当に私によく知れくれました。ただ、私は障害者かもしれないけど、誰かに何かしてほしいわけではないんです。私も誰かに何かしてあげたいんです」
この言葉を聞いたときに背中にビシッと電気が走った。
私はこれまで学生時代にお金に苦労した経験から自分がどうやったらお金に苦労しないで済むかばかりを考えて生きてきた。他人に何かしてあげたいという気持ちも、それをすればお金が手に入るからという理由だった。つまりは利己的な気持ちのほうが強かったのだ。
ところがこの人は自分のことよりも、「誰かの役に立つことをしたい」と本気で人の役に立つことを望んでいた。これはどんな仕事をする上でも最初にしなければいけない、もっとも重要な考えだ。
私が起業に失敗したのも元をただせば、この考えが自分には足りなかったからだと思った。
しかしこの人はその一番大事な考えを既に持っている。それにも関わらず障害者だからという理由で、働く場すら提供してもらえずに苦しんでいるんだ。それが今の日本という社会なのだ。
そう思ったときに私は一気に目の前の霧が晴れた気がした。
そして、もしかしたら私のこれまでの人生でお金に困った経験、起業して失敗した経験すべてがこのことを気付かせるために必要なことだったのではないかと、自分の過去の出来事に一本の道が通った気がした。
そして私は障害者支援を通じて社会を人々が生きにくさを感じることなく、生きていくことができる社会にすることが自分がやらなければいけないことなのだと気が付くことができた。
それから10年以上、私は障害者支援の仕事を通じて社会の在り方について考え、それを発信し続けている。
2,500年前に釈迦が「人生は全ての人との関係性でできている」という縁起説を説いたと言われているが、私にとってはあの障害者の男性との出会いで、私のその後の人生は大きく変化したと言っても過言ではない。
私は人生とはいくつもの分岐点があり、その時に自分の人生に気付きを与えてくれた人との出会いが、自分の人生の後押しをしてくれるものだと考えている。それを運命の出会いと呼ぶことも出来るかもしれないが、私の運命はもともと決まっているのではなく、これから出会う人によっていくらでも変化していくのだろう。
もし今の自分の人生に意味を見いだせない人がいるとしたら、とにかく自分の「関係性」を変えてみてもらいたい。そこで出会った新しい「関係性」があなたの人生を変えることになるかもしれない。
運命づけられた人生があるのではなく、すべての人との出会いが、自分の人生を形作っていることを意識することで、自分人生は大きく変わるはずである。
□ライターズプロフィール
佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。
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