リーダーの資質とリーダーにならなかったあの日のリーダー《週刊READING LIFE Vol.148 リーダーの資質》
2021/11/22/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部公認ライター)
リーダーと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、小中高校と一緒だった、友人のことです。
いや、正確に言うと、「友人」かどうかは疑問です。あちらも友人と思っていたかどうかは分かりません。確かに同じクラスになったことも何度かありましたし、一緒に遊んだこともあります。
ただ、それでも「友人」だったかは疑問なのです。
彼は、小学校の人気者でした。少なくとも、私にはそう感じられていました。
ところで、「小学校の人気者」になるのがどのような子どもか、というと、皆さんご想像されるかと思いますが、いわゆる「かけっこが速い子」です。つまり、スポーツにおいて万能である子どもです。
もしくは「ひょうきんな子」でしょうか。何か面白いことをしたり言ったりして、クラスを笑いに巻き込む、そんな子どもです。
彼は、その両方でありました。
かけっこをすれば学年で1,2を争い、面白いことを言ってはクラスを笑いの渦に巻き込みます。
彼は、いつでもクラスの中心にいました。
一方私は、というと、引っ込み思案と言うべきでしょうか。一部の親しい子以外とは、なかなか話をしませんでした。
ただ、目立っていたとは思います。腎臓に持病があったため、定期的に学校を休んだり、入院をしていたり、薬の副作用で顔がまん丸に膨らんだりするときもあったので。
そんな私は、たぶん、親しい友人を介して、彼と遊ぶことがたまにありました。
覚えているのは、山に行ったときのことです。
ええ、山です。
私の故郷山梨県は、山の急斜面にも住宅があり、基本的にここから小学校に通う子ども(もちろん彼もそうです)は、得てして健脚でありました。
山と言っても、山中に入った訳ではないと思います。
記憶がやや曖昧ですが、おそらくその入り口か、それとも山の高いところにある友人の家に行ったか、まあ、そんなところでしょう。
夏の暑い日でした。夏休みでしょうか。運動がてんでダメで体力のない私は、急な山道のために、バテてしまいました。休み休み歩いてくれたのですが、それでも、ひ弱な私にとっては、本当の山登りそのものでした。
そのとき、業を煮やしたのか、彼が私の肩を担ぎ、もう一人の友人もそれに倣い、私を両脇から支えて運んでくれたのです。
彼の足は力強く、私もおぼつかない足取りで、上へ上へと進みました。
そして、目的地に到着し、後ろを振り返ると、霊峰富士山に抱かれる盆地が、私の住む町が見渡せました。
行ったことのない、文字通り高い場所に、彼は私を連れて行ってくれたのです。
実を言うと、私はそのときまで、彼に言いようのない恐怖を覚えていました。世間知らずな子どもの自分にとって、とにかく力が強く、また周りの子どもたちを一声でまとめられる彼は、一種異様な存在であったのだと思います。
ただ、その日、私の気持ちは大きく揺さぶられ、彼に対する認識が改められました。
今考えると、私が彼に抱いてい恐怖は、実は「畏怖」に近いものであったのかもしれません。
この子はやっぱりすごいんだ。この子と一緒にいると、どこにでもいけるんだ。
とは言い過ぎかもしれませんが、それ以降、私は彼に憧れのようなものをもって、近づくようになりました。
ですから、私にとって彼は、「友人」というものより、「尊敬の存在」といったようなものでしょうか。
一方で、面倒見のよい彼のことですから、それはまあ、成り行きというか、当然のこととして気にもしなかったかもしれません。
逆に面倒だと思ったり、近づいてくる私にちょっと嫌気がさしたりしたこともあったかもしれません。
彼とは同じ中学校、同じ高校にはなりましたが、同じクラスになったことは少なく、小学校を卒業して、それ以降は時々廊下ですれ違うくらいでした。
評判も特に聞くことはありませんでした。
部活動も何に入っていたのか、わかりません。
中学校に入ると、より広い地域から生徒が集まるものですから、彼以上に運動神経のよい子どもは大勢いたわけで、突出して目立つことはありませんでした。
高校でもそれは同じで、私自身も、彼に抱いていた憧れや尊敬、畏怖の念を忘れるまでになっていたのです。
時は過ぎ、成人式の日、彼は、私たちの小学校地区を代表して、挨拶を任されることになりました。
あの厳粛な場所で、笑いを取る一言まで添えて。
その内容は、私たちの地区の人しか分からない、どローカルな笑いでしたが、ああ、彼は変わらないな、と思いとても安堵した記憶があります。
そう、彼は間違いなく、私たちのリーダーだったのです。
そんな彼は、そのリーダーシップを遺憾なく発揮し……ということでもなく、実家の農園を、お兄様とともに継いでいます。
実家が大農園だということは知っていましたが、これは私には意外でした。
彼は、私の中では、もっと先頭に立って大勢を導く、リーダーになるはずの人だと勝手に思っていたからです。
もっとも、私が知っているのは10年ほど前のことで、今はどうなっているのか分かりませんが……。
そこで私は思うのです。
リーダーの資質がある人が、必ずしもリーダーになるわけではないのだ、と。
実に勝手なのですが、おそらく私は、彼に、私を導くリーダーになってもらいたかったのだと思います。
いや、私だけではない。混沌とした社会のリーダー、いや、そこまで言わなくても、閉じたローカルの中で、私たちを導いて、何か功績を残してくれる人に、なってほしかったのです。
彼は、間違いなく私たちのリーダーでした。今でも、何かのリーダーになるにふさわしい人物だと思っています。
周りを笑顔にする。大勢を引っ張っていける。ついていきたいと思う。
カリスマというと陳腐な言葉になってしまいますが、彼にはとにかく魅力がありました。
しかし、彼は今、現実として、そうではない。
リーダーになるべき人が、リーダーではない。
これほどの不幸があるのか、と悔やむこともありますが、しかし、世の中そういうものではないか、と大人になってからは考えることも、また事実です。
これは、何も悲観に暮れて愚痴のように言っているわけではありません。
こういうものだな、と理屈に納得するように、私は頷いているだけです。
例えば、私が務めるのは県立の学校です。
学校というところは、基本的に上下関係があまりありません。
それでも「主任」や「主事」のようなリーダー的存在の先生はいます。
そして、それはどうやって決められるか。
もちろん、各学校様々な考えがあるでしょうか、考慮に入れる一つの要素は、「年齢」です。
この年齢なら「主任」として適任であろう、と、それがすべてではないと思いますが、一つの要素としては適当だと思います。
その場合、必ずしもリーダーの資質がある人がなるわけではありません。
いや、大きく見れば、「この人はこの係が適任であるから、この役割にしよう」という選定がどれだけ可能なのでしょうか。
特に、人手不足の職場では、「私は適任ではないのでできません」などとは通用しないはずです。
となれば、リーダーになるには資質が云々と言えるのは、結局のところ贅沢ということになるのではないでしょうか。
ですから、あえて言うのであれば、どんな経緯であれ、「リーダーに選ばれる」ということのみが、リーダーの資質であると思うのです。
へりくつに聞こえるでしょうか。
もしかしたら、この記事は、リーダーに選ばれて、その身の振り方に困っている、リーダーとはどのような資質をもたなければならないのか、と不安になられている方が、何かしらの答えを求めてお読みになっているのかもしれません。
でしたら、大変申し訳ないのですが、私からは、「大丈夫、あなたはどんな理由であれリーダーに選ばれたのだから、それだけでリーダーの資質があります。心構えや方法論は、今週の他のライターの記事をお読みください。この記事の何倍も有益な情報があるはずです」と、こう申し上げざるを得ません。
無責任と思われるかもしれませんが、本当にそう思うのです。
もう一度、思い浮かべてください。
「私にはリーダーの資質がないので、リーダーの仕事はできません」
と言って、任を解いてもらいますか? それができるのならば、それはよっぽど人材に恵まれた職場か、上司があなたを見放したか、そのどちらかではありませんか?
私だって、彼に、あの日のリーダーに導いてほしかった。
私を高みまで連れて行ってほしかった。
でも違うのです。それはかなわないのです。
ですから、リーダーになったならば、ただ、黙々と現状を受け止めるのみです。
自信をもつのみです。
ただ、たまにはこう考えてもいいのではないでしょうか。
いつか、あの日のリーダーのようになりたい。
そのために成すべきことはなにか。心がけることはなにか。
どうかあなたも、かつてあなたが憧れた、あの日のリーダーを思い浮かべてみてください。
もしかしたら、あなたが必要としている「リーダーの資質」は、そこに隠れているのかもしれません。
□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READIBG LIFE編集部公認ライター)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。
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