週刊READING LIFE vol.148

任せられない私は自分に優しいだけだった《週刊READING LIFE Vol.148 リーダーの資質》


2021/11/22/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
家に着くと夜中の12時少し前だった。食事をとる気にもならず、そそくさと入浴を済ませ、いつもより早めに布団に入った。早く眠ろうと思うのに、ある部下に言われたひと言が頭の中をグルグル駆け巡って、なかなか寝付けなかった。
 
「どうしてあんなことを言われなければならなかったんだろう」と思うと涙が出た。頑張ってきたつもりだったのに、真っ向から自分を否定されたようで悲しかった。
 
その日は夜勤で出勤してきた部下との業績評価面談の日だった。期初に立てた目標の進み具合を互いに確認しながら、残りの3ヶ月どう行動していくかを話し合うためだ。その日に面談を約束していたのは、夜勤で出勤してくる班のリーダーだった。
 
私と同い年の彼は、経験の少ない若い社員たちを育てるために、部長が他の事業所からわざわざ呼び寄せたリーダーだった。仕事ができるだけでなく、リーダーとして班を統率する力もある頼れる存在だったけれど、私にとって彼は何となく苦手な存在だった。
 
それまでは大半が20代の社員で、男性ばかりの職場の中で私は「優しい母親的な役割」を意識してきた。今まで外注していた仕事を自分たちでやることになり、若手社員たちは未経験ゆえにミスを犯すこともあったが、やる気を持って生き生きと仕事に取り組み始めた彼らに対して、あまり厳しいことや細かいことを言わないようにしていた。失敗を恐れずに挑戦して欲しかったし、失敗することで学んで欲しいと思っていたからだ。
 
それに正直言うと、口うるさいことを言って嫌われたくなかった。
 
交替勤務のシフトは一班6~7人の社員で構成していた。業務量から考えると、結構ギリギリの人数だった。そのうえ、有給も消化しなければならなかったから、いつも5~6人で多くの仕事をこなしていた。だから、時折仕事を積み残すこともあったし、ルーチン業務以外の仕事を頼むと、彼らの負担を増やすようで頼みにくかった。それで、日常業務以外のことは、部下に仕事を振らずに、私が自分でやることが多かった。
 
そんな私のやり方を「ユルい」と思っていたのだろう。他の事業所から異動してきて班のリーダーとなった彼は、「もっとこうした方がいいんじゃないか」と提案をしてきたり、「そんなの僕たちの仕事ですから、やりますよ」と言ってくるようになった。
 
彼の言うことは間違っていなかったし、「やりますよ」と言ってくれるのはありがたかった。一方で私はそこに「無言の圧力」のようなものを感じていた。彼が思い描く上司の姿と私との間にギャップがあるような気がしていた。そのことが、彼に対して「ちょっと苦手だな」と私に思わせていた。
 
昼勤から夜勤への引き継ぎミーティングが終わると、私は彼に声をかけ、会議室で面談を始めた。予め提出されていた目標管理シートを広げながら話を聞き、進捗を確認する。きちんとした彼らしく、着実に業務を進めている様子がうかがえた。
 
面談もそろそろ終わりに近づき、何か課題に思っていることについて確認をした時のことだ。彼はひと言こう言ったのだ。
 
「課長は優しすぎると思います」
 
そのひと言が、私の胸にグサっと刺さった。決して責める口調ではなかったし、その後続けて、「課長自ら若手社員のために勉強会を開いて指導してくれるのは有り難いです」とも言ってくれたのだけれど、「優しすぎる」の一言が頭から離れなかった。その言葉の裏に、「もっと言うべきことをピシッと言い、もっと部下に仕事を振るべきだ」と言われた気がしてならなかった。
 
家に帰って布団に入り目を閉じると、その面談の時の光景ばかりが浮かんで来た。「優しすぎる」の言葉を何度も反芻すると、悲しいのと、悔しいのと、ふがいない気持ちが混ざり合って、泣けてきた。ポロポロと涙を流しながら、彼の言ったことが図星だったから、泣けるんだということも分かっていた。
 
「そうは言うけど、私だって考えがあってそうしてるんだ」と自分の正しさを証明したい気持ちがある一方で、「優しすぎる」という言葉の裏に「何かを頼んで部下から嫌われるのがこわいんでしょ」というのが透けて見える気がして、分かっているのにできない私の弱さをつかれたようで、それが情けなくてふがいなかった。
 
実はその時、「本当はもっと部下を巻き込めばよかった」と少し後悔していたことがあったからだ。数か月前のことだ。
 
「どこかで漏水している」という問題が分かったのだが、どこで漏水しているのかが分からない。
 
「まず自分たちが管理している場所を確認しよう。この場所の配管とバルブの状態を確認してきてくれる?」
私は部下に指示をして、配管やバルブの状態を確認してもらった。
 
だが、異常は見当たらなかった。念のため私自身も点検してみたが、やはり異常は無かった。すると、漏水している可能性があるのは生産装置だ。けれども、生産中の装置を確認するのは簡単なことではない。
 
その仕事を部下に振ろうにも、何をどう振ったらよいか自分でも分からない。とにかく装置を見て、漏水する可能性がありそうな場所を調べていくしかない。生産装置を見て回るのだけでも時間がかかる。ルーチン業務を抱えている部下には頼みづらい。
 
それで私は時間をみつけては、自分ひとりで工場内を見て回った。そのうち、疑わしい装置が分かり、生産部門に連絡して見てもらったところ、漏水の原因が分かり、問題は解決した。問題が分かってから3ヵ月が経っていた。
 
「これだったのかー! やったー! ついに原因を見つけて解決した」
私は自分が何度も現場に足を運び、粘り強く調べた結果、成果が出たことが嬉しかった。同時に、その成果を「独り占め」している感じがして、何となく居心地の悪さも感じていた。
 
「とにかく、今回の一連の流れを整理しておこう」
そう考えて、問題が分かってから何をして解決に至ったのか、時系列に整理して資料にまとめ、部下に説明をした。それで上司としての役割は果たせたと思っていた。
 
けれども、感じていた居心地の悪さは消えなかった。この問題に部下を「関わらせなかった」という感覚がどこかにあったからだ。「漏水」というのは私たち皆にとっての問題だったのに、途中からそれは私だけが取り組んでいる問題になった。
 
そういう仕事のやり方を、彼は「優しすぎる」という言葉で指摘してくれたのだろう。けれども、じゃあどうすればよいのか、答えを見つけられずにいた。
 
それから6年後、私は中国でその「答え」を見つけた。「どこかで漏水している」という同じような問題が中国の工場で起きた時のことだ。
 
調査をするにあたって、どこから手をつけたらよいか整理した。そして、関係ありそうな装置の様子をひと通り見て回る時、私は中国人の部下を呼んだ。
 
「これから装置を見に行くけど、一緒に行かない?」
そう言うと、彼は喜んでついてきた。
 
「装置がメンテナンスで停止する時に、ここのバルブを閉めてもらって、漏水が止まるかどうか確認していこう」
「分かりました。じゃあ僕が装置の担当者と連絡して、進めていきます」
「お願いね。生産部の部長には、私から声をかけておくから」
 
調査対象となる装置は50台を超える。何か月かかるか分からないけれど、やるしかない。
 
それからは、「装置のメンテナンスをする」という情報を得ては、バルブを閉めて確認するという作業を繰り返した。私は週1回、その進捗を確認した。
 
問題が起きてから8か月経った頃だ。
「原因の装置が見つかったかもしれないです」
と中国人の部下が報告しに来た。
 
「本当に! じゃあ今度はその装置のどこで漏れているか、ひとつひとつ確認しようか。一度その装置を見に行く?」
「はい、行きます」
 
私たちは装置を見て作戦を練り、装置の担当者に連絡をしてその作戦を実行させてもらった。そして遂に漏れの原因を見つけたのだ。
 
「おおー、遂に見つけた! やったー!」
 
めちゃくちゃ嬉しかった。6年前、日本の工場で原因を見つけた時も嬉しかったけれど、その時の数倍嬉しかった。時間も労力もかかったから……というのもあるかもしれない。でも、それ以上に中国人の部下と「同志」のようにこの問題に立ち向かい、喜びを分かち合えることが嬉しかった。
 
「これさ、今までやってきたことを報告書にまとめてくれない? あなたの成果なんだから、ちゃんとリーダーに報告しよう」
そう声をかけると、彼は嬉しそうに頷いて、翌日には早速レポートを出してくれた。
 
私は彼の姿を見ながら、6年前と何が違っていたのだろう? と思った。どうして「一緒に現場に行く?」と声をかけることができたのだろう?
 
私は部下に対しての在り方が変わっていたのかもしれないなと思った。私は中国で仕事をするのは2019年末までと決めていて、その年は最後の1年だった。だから、何をするにしても、「私は中国人の部下たちに、何を残せるだろうか?」を考えていた。すると、「仕事を増やしたら何か申し訳ないかも」とか、「こんなこと言ったら嫌がられるんじゃないか」なんていう思いは、一度も浮かんでこなかった。
 
ただ、私が経験していて部下がまだ経験していないことを伝え、「そこから何かを得て成長してくれれば」とだけ思っていた。でも、6年前は「私が解決してあげよう」という気持ちがあったと思う。そこには、部下に頼みづらいという気持ちもあったけれど、上司としての力量をみせたいとか信頼を得たいという気持ちもあったように思う。
 
それが、「相手のために何ができるか」と見方を変えてみたら、「部下に負担をかける」ではなくて「部下に成長の機会を与える」ととらえられるようになった。上司の力量って「鮮やかに問題を解決する力」ではなくて、「道筋をつけて見守る力」だと思えるようになった。
 
昔の「優しすぎる私」は、本当は私自身に対して優しかっただけなんだ。あの日、あの言葉があったから気づくことができた。そして、上司もまた部下によって成長させてもらえるものなのだと今なら分かる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。

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2021-11-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.148

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