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週刊READING LIFE vol.151

だからお金の話はやめられない。《週刊READING LIFE Vol.151 思い出のゲーム》


2021/12/14/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「もう、やめてよ、そういう話するの」
 
緊急事態宣言も解除されたことだし、みんなで久しぶりに外食でもしようか、そういって出かけたレストラン、席に着いてすぐ、ぼくの話をさえぎった妻がそう言いました。
 
「何でもかんでも、お金の話にしないでよね」
 
そう、ぼくは、つい、本当に、つい、なんでもかんでも、お金の話にしてしまうのです。
 
というのも、ぼくの仕事は会計コンサルタント、いつもお金のことばかり考えているからです。仕事の内容は、会計周りことなら、なんでもやっています。最近の仕事の中心は「見通し」業務。将来の利益がどれくらいになりそうか、とか、将来の設備投資のため、どれくらいお金が必要か、とか、お客様のお金や利益を守るため、今、どんなことをするべきか、どんな情報を集めるべきか、そんなことに頭をひねっています。
 
もちろん、そんな将来を見通すような仕事、すぐにできたわけではありません。以前は会計事務所で経験を積みました。専門でやってきたのは会計監査、会社の貸借対照表や損益計算書といった数字の正しさをチェックする仕事です。会社がやってきたこと、つまり「過去」の会計記録をみっちり見てきました。
 
その後は、外資系金融機関に転職しました。金融機関と言えば、お金の動きの最前線。株や国債の売買、大企業や国とのお金の貸し借り。経理部門という立場でしたが、お金の「今」、マネーゲームと呼ばれる世界を経験させてもらいました。
 
そして、その結果、現在は「将来」を見通すなんて、たいそうな仕事につかせてもらっているぼくなのですが、職業柄、どうしても、物事をお金という視点から見る癖が抜けません。
今日も、レストランで口にしたのは、
 
「この店の平均単価はこれくらい、お昼と夜で、客が何回転するとしたら、一日の売り上げはこれくらい、水道光熱費と賃料を考えたら、利益が出る原価率ってこれくらいかな?」
 
だから、妻にあんなふうに言われてしまうのです。何でもかんでも、お金の話にするなって。材料費がいくらなんて考えだしたら、食事が楽しめなくなっちゃじゃないって。
 
つい先日も、こんなことがありました。10才になる娘が話しかけてきました。なんでも、近々、学習発表会なるものがある、お父さん、絶対に来てよね、と。
 
「テーマは『つながり』 手話とか、ごみの問題とか、それからオリパラとか。みんなが協力して、みんなが幸せに生きていけるように、勉強したことを発表するよ」
 
オリパラって、あー、オリンピック・パラリンピックね。確かに、オリパラでみんなの意識も高まっているし「つながり」なんて素敵なテーマ、いいじゃないか、そう思った次の瞬間、ぼくの頭に浮かんできたのが、しばらく前に見た新聞記事
 
「東京五輪の赤字見込み額 2兆円」 なんでもかんでもお金の話にしてしまう、悪い癖です。
 
とはいえ、2兆円の赤字というのはあまりにも大きい、衝撃的な数字です。コロナ禍で、収入が激減したり、感染対策費用がかさんだり、確かに仕方ない部分もあるけれど、はい、そうですか、といえる金額ではありません。
 
だって、日本で一番稼ぐ力がある会社、あのトヨタが絶好調だったとき、1年間で稼いだ利益が約2兆円なんですよ。つまり、東京オリパラは、世界のトヨタが、1年間でやっと稼いだそのお金を、一か月足らずの間に使ってしまったというわけです。どうです、結構ショッキングな話だと思いませんか。
 
ねぇ、知ってる? オリパラってさ、全然儲からなかったんだよ。お仕事だったら、大失敗だね、娘にそう言いかけて、口を閉じました。こんな話を伝えたって、娘の気持ちが、白けてしまう、お金の話は大切だけど、なにかが違う、そう思ったのです。ただ、そのなにかが、なんなのか、それはわからないまま、そして、そんな疑問もすっかり忘れ去った数日後、娘の学習発表会の日がやってきました。
 
 
発表会は劇仕立て。子供たちが「つながり」を感じた場面、それを自分たちで選び、ストーリーとして演じるというものでした。
 
例えば、手話。聴覚に障がいを持った方たちが道に迷ってしまいます。小学生に、手話を使って、道を尋ねますが、うまく話が通じません。そこに登場したのが、手話ボランティアの方々。親切に道を教える姿に、小学生たちは感動、自分たちも手話を学び始めるというストーリー、学校で見学に行った施設での体験です。例えば、防災対策。普段から災害に対する備えをしておくことで、地震や津波がやって来ても、家族や友人を守ることができる。これも、遠足で見学した防潮堤、そこから学んだ話をまとめたもの。
 
うーん、学習発表会だから、学校で学んだことが中心になるんだよなぁ。こんなにすごいこと、学校で学んだよって、出来レースを見せられているような。思わず冷めた目で見ている自分がいます。その一方で、一生懸命、そして、楽しそうに演じている子供たちを見ていると、なんだかよくわからないけれど、成長を感じて、ウルウルしている自分がいるのも確かでした。
 
そして、そんなときに、登場したのがパラリンピックの思い出でした。
 
ブラインドサッカーを演じる子供たち、視覚に障がいを持つ選手たちが、自由自在にドリブル、ボールをゴールへ蹴りこむ姿に、よほど衝撃を受けたのでしょうか、演じる彼らも、次第にヒットアップ。ついにボールは、ステージの外まで蹴り出されてしまいました。大慌てでボールを取りに行く姿に、会場が笑いに包まれました。
 
その後に続いたのは、メダリストへのインタビュー再現。メダリストの顔写真をかぶった子供たちが、メダルをとった喜びや興奮、そして、周囲へ感謝と、選手の気持ちを、熱を込めて演じています。そんな彼らを見ていると、当時、テレビを見ながら熱くなっていた自分、そして、世の中、本当にいろんな人が、いろんな道でがんばっているんだなと、感心していた自分を思い出しました。
 
「ビッタビタ」 ふと浮かんできたはこの言葉。みなさん、覚えていますか。そう、東京オリンピックのスケートボード、解説者の瀬尻稜さんが使ったこの表現、ビターっと完ぺきに決まった技に、ぴったりだということで、大きな反響を呼びました。そのほかにも、ゴン攻め、アツイ~、など、瀬尻さんの言葉は、スケートボードというスポーツに本当にぴったりくる表現で、現場のリアルな興奮は、若い人たちだけでなく、幅広い年代の人に、ビッタビタに伝わったんじゃないでしょうか。
 
これをきっかけに、スケートボートという「若者」のスポーツが、多くの人に受け入れられたことは、間違いありません。それに加えて、いわゆる「若者」言葉も悪くない、いや、むしろ使い方によっては、こっちのほうがふさわしい。それに「若者」だって大したものだ、言葉使いや、格好で判断するのは違うんじゃないか、そんな風に考える人も多くなったような気がします。
 
さらに面白かったのは、その数週間後に行われた東京パラリンピック。まさか、ここでも「ビタビタ」を見ることになるとは思ってもいませんでした。
 
その競技はボッチャ。金メダルを獲得した杉村選手の投げるボールの、そのあまりの正確さ、あまりの繊細さは衝撃でした。絶妙なコントロールで、ぴったりとボールをくっつけ、得点を重ねていく杉村さんの姿に、解説者は「ビタビタ」を連呼。見ているこっちも、思わず、「またビタビタ、きたよ」なんて興奮して言っていました。それまで、全く知らなかったボッチャという競技に、一気に引き込まれ、そして、ファンになってしまったのは、きっとぼくだけではないでしょう。
 
スケートボート、ボッチャ、それから、クライミング、サーフィン、車いすバスケット、車いすラグビーなどなど、今回の東京オリパラで認知度をグッと上げたスポーツは数えきれないはずです。オリパラは、今まで知ることすらなかった、アスリート、コーチ、サポーター、それからファン、愛好者、そんなスポーツに関わる全ての人と、ぼくたちがつながるきっかけを作ってくれたのです。
 
もちろん、子供たちに与えた影響だってはかり知れません。普段の生活で触れ合うことのない人・モノ・コトに出会い、そして、それを自分たちの頭で考えるということは、とても大切なこと。小学生という感受性が豊かな時期に、オリパラなんていう大きな感動に出会い、それを題材に発表できるなんて、うらやましい限りです。そして、その経験は、今から10年後、20年後といった未来に、きっと花を咲かせるんじゃないか、真剣に演じる子供たちの姿にそんなことを考えてしまいました。
 
そして思いました。オリパラは、ぼくたちの今を、そして子供たちの未来を変える大切な投資なんだと。きれいごとじゃなく、そう思えたのです。それを思えば、2兆円も無駄遣いじゃなかった、赤字だなんて気にすることなんてないじゃないか、なんていうつもりは全くありません。
 
 
ぼくがずっと関わってきたお金の世界、特に、投資の世界では大切なのは「スチュワードシップ」という言葉。スチュワードとは、執事、財産管理人という意味。そして「スチュワードシップ」とは、他人から預かった資産を、責任をもって運用管理するという意味、執事、財産管理人に課せられた心構えの総称です。
 
オリパラの2兆円は、今に生きるぼくたちが使い切ったお金ではありません。今これから始まる未来への投資、未来の世代へ残す大切な資産です。そして、ぼくらは、その資産の管理人。その職務は、お金が目的通り正しく使われるように、きちんと管理をしていくこと、間違ったことがあれば、それを正し、同じ過ちが繰り返されないように対策をとっていくこと。スチュワードシップをもって、決してきれいごとで終わらないように、きっちりお金と向き合っていくことなんです。
 
いや~、やっぱり、お金のこと、考えるのって大切なんだな、改めて痛感してしまいました。そして、そうなってしまった以上、もう仕方がありません。なんでもかんでもお金の話にしてしまう僕の癖、当分やめるわけにはいきません。
 
「もう、やめてよ、そういう話するの」そんな風に言われたら、今度はこうやって言い返してやろうと思います。なにいってるんだよ、お金は大事、だってこれは、子供のため、未来の話なんだよと。
 
ちなみに、2兆円という投資、日本の総人口を1億人とした場合、一人当たりの投資額は約2万円。オリパラの開催期間は約一か月、つまり30日で割ると、一日当たりの金額は666円。スタバのコーヒー2杯分くらいのお金が、未来への投資に使われた、といった感じです。
 
これが安かったのか、高かったのか、その判断は、人それぞれ、みなさんにお任せします。でも、ただ一つ言えるのは、その価値を決めるのは、ぼくたちの今日の一歩。未来へつなげるために、今、何をするか、なんでしょうね。そして、ぼくにとって、そのなにかは、きっとお金の話。子供のため、未来のため、そして明日のぼくのため、これからもお金の話、やめられそうにありません。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2021-12-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.151

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