週刊READING LIFE vol.151

中国でのボウリングで得た大切なこと《週刊READING LIFE Vol.151 思い出のゲーム》


2021/12/14/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
2018年12月。中国・成都市内も、クリスマスのイルミネーションが飾り付けられていた。私は日本人の同僚たちと一緒に、街の中心部にあるボウリング場に遊びに来ていた。
 
そのボウリング場は高級なブランド店が並ぶ大きなショッピングモールの中にあった。青色の照明で照らされた空間には、ゲーム機やビリヤード台が並び、中国人の若者がビリヤードを楽しんでいる。その横を通り過ぎて、奥へ進む。そこは4レーンだけの個室になっていて、ソファとテーブルの他にカラオケセットまでがあり、ちょっとしたパーティ会場だ。
 
「おぉ、なかなかキレイじゃん」
私たちのテンションは一気に上がった。
 
「じゃあ、チーム分け発表しまーす。チームは一応これまでのスコアを参考に振り分けてますんで」
 
幹事のアナウンスを受けて、私たちは2チームに分かれた。ボールを選び、いよいよゲームスタートだ。
チーム戦と個人戦がかかっているから、遊びとは言え皆真剣だ。私も負けてはいない。
 
私は1投目で9ピン倒し、2投目でスペアをとった。なかなか調子がよい。他の同僚たちも、スペアをとって、上々の滑り出しだった。
 
それが3フレーム目あたりから「珍現象」が起きるようになった。
 
自分の番が来てレーンに立ってピンを見ると、何だかちょっと様子が違う。「何だ、この違和感?」と思ってよく見ると、左端の1本が足りない。最初から9本なのだ。奥の1本が最初から倒れている。
 
「わはは、最初から9本だ」
「どうする? リセットします?」
同僚が声をかけてくる。
 
ここはやはり勝負だから、ズルはいけない。リセットボタンを押して、仕切り直す。
 
しばらくすると隣のレーンで、2投目を投げようとしていた別の同僚が
「なになに、何が起きた?」
と声を上げた。
 
聞くと、2投目を投げようと前を見たら、1投目で残ったピンが一掃されてしまったらしい。
 
「マジかー! どうしよう、これ。リセットできるのかな?」
「でも、もうスコア入ってるから、直すの面倒くさくない?」
「店員さんを呼びに行くのも面倒だし。まぁいいんじゃないの、そのままで。」
「ワハハ、ラッキー!」
 
最初からピンが倒れていて9本しかないといった類いのことはよくあることで、「また出たよ」くらいにしか思わなかったが、「1投目の残りが自動で一掃される」なんて初めてだ。
 
ところが、これが1回では終わらなかったのだ。しばらく経つと、隣のレーンで
「まただー!」
という声がした。
 
「うそー、勝手にスペアになるなんて、ずるいやん。こっちは真剣に投げてるのに」
と、私と同じレーンで投げている同僚が笑いながら文句を言う。
 
「でも、これ毎回って訳じゃないんですよ」
と隣のレーンの同僚が答える。
 
確かに、隣のレーンの様子を見ていると、正常な動きをしている時もある。時々、1投目の後残ったピンを機械がつかみ損ねて、2投目の前にピンが一掃されて自動的にスペアになるのだ。
 
1投目で8本倒れたものの、両端のピンが残ってしまい、
「あー、しまったー」となっていても、この「勝手にスペア現象」が起きて「ラッキー!」となる場合もあれば、そうでない場合もある。全くもってランダムに発生するのだ。
 
そうなると、この「勝手にスペア現象」がいつ起きるのかが問題である。
 
1投目で3本しか倒せなかった同僚が「頼むー、つかみ損ねろ-」と祈る。上から機械がおりてくる。果たしてピンを持ち上げるのか? ドキドキしながら見守る。おりてきた機械が再び上昇すると、ピンは1本もつかんでおらず、バーが残ったピンを一掃する。
 
投げた本人は「よーし!」とガッツポーズをしている。
 
次の同僚が1投目を投げる。コントロールを誤って、1本しか倒れない。
「大丈夫、大丈夫。どうせスペアになるし」と、同僚はボールが出てくるのを待ちながら、レーンの先に目をやる。
 
上から機械がおりてくる。今度はピンをつかむのか? つかまないのか? どっちだ?
私たちは全員ピンの様子を見つめる。
 
上がってくる機械を見ると、今度はピン9本をちゃんとつかんでいて、普通に2投目がセットされた。
 
「なんだよー」
スペアになるのを期待していた同僚は、ずっこけながら悔しがる。
 
「心がけの問題じゃないか?」
横で見ていた私たちは、その様子を見て笑う。
 
こうなると、スコアなんてどうでもよくなり、皆「残ったピンをつかむのか、つかまないのか」に注目するようになった。もはや違うゲームである。
 
「つかめー」
「つかむなー。スペアになれー」
ゲラゲラ笑いながら、機械の動きを見守る。何だか普通にボウリングをするよりも数倍楽しい。
 
結局、終わってみると普通に投げていた私たちのレーンは、スコアの平均が151点、対して「勝手にスペア現象」の恩恵を受けた隣のレーンは、スコアの平均が160点。終わってみれば、あまり大差のない結果となった。
 
個室内には空いているレーンが2本あったから、「レーンを変えてくれ」と文句を言って、普通にボウリングの勝負を楽しむこともできたかもしれない。それはそれで楽しかったのだろうけれど、こんなハプニングが起きても楽しみに変えてしまえた仲間たちと一緒にいられたことが私は嬉しかった。
 
なぜなら、私たちがボウリングをしに来た目的は、真剣勝負をすることでもなければ、自分のボウリングの腕を披露することでもなかったからだ。家族と離れて異国の地に一人いて、激務の続く仕事の中で、ほんのひととき、年末の楽しい気分を存分に味わうことが目的だったからだ。その目的が満たされれば、それで良かったのだ。
 
思わぬことが起きた時、それを「どうにかしたい」と変えようとするよりも、そのことをそのまま受け止めて、「それなら今できることは何か?」を考える方が、気持ちが楽だったり、振り返ってみて、「それはそれで良かった」と思えることが多い。
 
私も同僚も、ボウリングの機械がおかしいことに対して、「じゃあ、この場を楽しんじゃいますか!」と特段意識をしていたわけではない。ただ、中国で働き始めてから、何かにつけて思うようにはいかない経験を繰り返してきた中で、自然と身についてきたのかもしれない。
 
例えば中国に移ってきて最初の頃、住む部屋を決めて入居するにあたって、私たちは多くのトラブルに遭遇した。お湯が出ない、水漏れがする、浴室に排水口が無かった、湯温調節ができない、水量が足りなくてお湯が出ない、給湯器の排気配管が破れている、壁に穴があいたままで寒い、鍵が勝手に取替えられていて家に入れない、エアコンが効かない等々。
 
今すぐ直して欲しいのに、なかなか来てくれないし、やっと来てくれても一発で直らない。
 
「日本だったら絶対にこんなことないのに……」ということばかりだった。そのことに、最初は怒り、落胆し、「もう嫌だ」と思った。けれども、「こうして欲しい、ああして欲しい」と「無いものねだり」をすることをやめて、「まぁ、仕方ないな」と受入れてみたら、気持ちが楽になった。今のこの状況で、どうしたら快適さを得られるか? に気持ちが向かうようになった。
 
水量が足りなくてシャワーから温水が出ないなら、浴室内の洗面台の水をほんの少量出しながらだったらどうだろう? 試してみると、お湯でシャワーを浴びたいという欲求はどうにか満たされた。他の同僚達も、ちょうどよい温度のお湯になる蛇口の開度を研究したりしていた。トラブルへの対応が、段々とゲーム感覚になってきたのだ。
 
何かを乗り越えるたびに、ひとつレベルアップする感覚だ。まるで、ロールプレイングゲームでレベルアップするかのように。
 
今はもう日本に帰ってきて、「勝手にスペア現象」に遭遇することもなければ、お湯が出ない、水漏れ等というトラブルに遭遇することもないが、自分の思うようにならないことは、日々起こる。
 
そんな時、「まぁ、そんなこともあるさ」と受け止められる自分でいられたらいいなと私は思う。そして、「今この状況で、どうしたら自分の欲しい結果を得られるのか」を考えていけたらいいなと思う。「勝手にスペア現象」を笑いに変えていけたあの時のように。
 
その意味で、3年前の中国でのボウリングは、私にとって「思い出のゲーム」なのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE公認ライター

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。

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2021-12-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.151

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