週刊READING LIFE vol.153

Amazonの窓から見る人を見る《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:月之まゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ログハウスの部屋のドアをあけると彼がいた。
引き出しに隠していたポテトチップスの袋を勝手にあけて、ベッド座りむさぼり
食べていた。
他のスナック菓子も食い散らかされ、床に空の袋と食べカスが散乱している。
 
私と友人は、部屋の入り口でその光景を声を失って呆然と見ていた。
 
鍵をかけて出たはずなのにどうやって部屋に入ったのだろう。
どうみてももう分別のつかない子供ではない。私たちの目は合うが相手は一向に動じない。
 
「この子、ほぼ確信犯や。前からここにお菓子があるのを知ってたみたい。ちょっと!
部屋から出ていきなさい」友人が大声で叫ぶ。
 
しかし相手は一向に逃げる様子もなく、今度はベッドに横になりチップスを食べながらテレビを観ていた。
「私たちでは手に負えんわ。スタッフ呼ぼう」
早速、部屋を占拠されたことをフロントに伝えると、二人の男性スタッフがかけつけ逃げ回る彼を捕まえて、部屋から引きずりだした。
 
そして医務室で医者から鎮静剤を打たれて彼はやっとおとなしくなった。
彼の名はエンゾといいまだ少年だった。
 
私たちが宿泊するコテージはブラジルのアマゾン熱帯雨林のなかにあった。
川の上に立つ高床式のコテージは、ほぼ自然の景観に干渉しないように造られている。
アマゾン河は大西洋に注ぐ世界最大規模の河川で全長6,500Kmにも及ぶ。
 
また世界最大面積をほこる広大な熱帯雨林で生成される酸素は世界の16%をしめる。
環境破壊と河川の汚染がこれ以上進行しないよう、旅行者の持ち物は制限されていた。
食事はそこで取れた食材が、1日3回、指定の食堂で提供されるきまりになっている。
トイレは施設指定の水溶性のペーパーを決められた長さで使い、界面活性剤の入ったソープやシャンプー剤も禁止されるなど、徹底した環境保護のルールがあった。
 
玄関口の街マナウスからコテージに向かう数時間、目にしたアマゾン河の大きさは想像をはるかにこえていた。対岸がまるで見えずまるで海のようだ。
地中からながれる無数の養分と豊富なバクテリアを含む水質はよどんでいるが全ての命の源だ。
 
一生に一度は絶対見たいと思っていた広大なアマゾンの景観。そこにいくまではかなりの
労力を必要としたが、ようやく念願がかなったのだ。
どんな生態の動植物が観られるのか。自ずと探検欲がかきたてられた。

 

 

 

コテージについてしばらくたった頃、小さな異変に気付いた。
昼夜問わず誰かに監視されているように感じるのだ。早朝、コテージのバルコニーでお茶を飲んでいると必ず誰かの視線を感じた。見つけようとするが生い茂る密林で気配の正体がわからない。
また小さなシャワーブースでシャワーを浴びていると、あきらかに天井に何かの気配を感
じる。そして急にシャワーの水が止まったりすることがあった。
 
ここでの旅行者の行動範囲は限定されており、公認ガイドがいないとどこへも行けない仕組みになっていた。
予め計画された、いくつかのエクスカーション(体験型の見学)に予約を入れてグループで行動を共にする。二日も経つとどの旅行者とも顔見知りになった。旅慣れた旅行客や北米やヨーロッパの富裕層も多く基本的に個人主義者が多い。
そのなかで団体行動に優れ、規律を守る私たち日本人の二人組はおのずと目だち、ガイドやスタッフも心を許してきた。
 
最初に公認ガイドのデビッドが話しかけてきた。
「今日は楽しかった? そう、良かったね。僕はあまり調子よくないんだ。もう3週間も休みなしさ。自宅にも帰れてない。オーバーワークだよ。スタッフのほとんどがそうさ。疲れ切っている」
「えぇ! そんなに働いてるの? 国の公認ガイドだったらもっと待遇がいいと思ってたけれど……。それにいつも笑顔で皆に接してるから好待遇だと思ってた」
私たちは驚いた。
 
「今、乾季の繁忙期なんだよ。スタッフも足りないから、ガイドのほかに事務や予約管理、それに送迎までやって、てんてこまいさ。もう家に帰りたいよ」
 
あれ? どこかで聞いたことのある話ではないか。そうだ! 日本の私の職場だ!
繁忙期に突入すると、家には帰れるものの月に80時間を超える残業に対応したこともあった。
まさか日本の裏側のアマゾンで! 同じことが起こっているなんてと我が耳を疑う。
 
「残業代はつくの?」
「ほとんどつかないよ。僕たちは熱帯雨林を守る自然の保護団体に所属しているからね。収益は保護活動にまわしているから、それはいいんだけど」
「なぜ、それを私たちに話すの?」
「君たちはいい人たちだからね。わがままも言わないし。それに話しやすい」
 
その日から私たちは、ガイドやスタッフの席で、食事を取るようになった。
彼らといると様々なアマゾンの知識を教えてもらえたり小さな優遇もあったが、一方、
変わった頼まれ事も多かった。
 
「まゆみ、あの席にいるアメリカ人の家族連れの母親、とってもわがままなんだ。ヘリコプターの助手席に二人の子供乗せたいといって譲らない。そんなこと運航上できないっていっても聞かないんだ。だから君が隣に乗って席を埋めてくれないかな」
 
「夜のアリゲーター見学なんだけど。船の先頭に座ってほしい。現地のワニの専任ガイドが生態を説明した後、最後に川に飛び込んでワニを捕まえる見どころがある。その時、真っ先に拍手して驚いてあげて欲しいんだ。彼はチップと漁師で生計をたてているからね」
 
「明日のピラニア釣りだけど、一応、自分で釣ったピラニアは料理して食べられることになっている。だけどピラニアはおいしくないからせっかく料理しても皆残すんだ。
だからもしピラニアを釣っても食べないといって川に返して欲しいんだ。君がそうしたらきっと皆もそうするから」
 
結局、ピラニアの味見させてもらうことで合意して、当日、釣ったピラニアはそのままキャッチ&リリースで川に返した。
蒸したピラニアを友達と二人で後でこっそり食べてみると、デヴィットのいう通り食用とは程遠い、鉄を舐めたような独特の苦みがあり、ピラニアはほとんど食べられた味ではなかった。
 
体験ツアーを純粋に楽しむというより、毎回、役割があるので段々と小さなストレスを
感じ始めていた頃だった。
日本の職場のストレス解消にこんな遠方まで来たはずが、アマゾンでも人間関係や職場
のトラブルはどこも似たりよったりで世界中どこに逃げても同じだった。
 
人が集まる限り、そこがアマゾンの熱帯雨林でも南極でも宇宙の飛行船のなかでも、結局、
同じなのだ。
 
そんな折、1日のエクスカーションから戻ってくると、エンゾが船着き場で私たちの帰りを
待つようになった。
最初は椅子に座ってこちらの様子をうかがっていたが、名前を呼ぶと、私たちのハンモッ
クに滑りこんでくる。最初はそんな他愛ないスキンシップが続いた。
 
彼は小さな恋人だった。午後、でかける時は船着き場から見送ってくれ、帰ってくると
小さな手をつないできてハンモックへと向かう。最初に出逢った時の攻撃的な様子から
一転エンゾの性格は温厚でシャイだった。
ただよほど食欲が旺盛なのか、人の飲みかけの缶ジュースなどこっそり盗み飲みする悪い
癖があってそれを叱ると、きまり悪そうに逃げていく。
 
エンゾの存在はいつのまにか私の唯一のなぐさめになった。私たちは夕食の前後の時間
をハンモックで過ごしたり、その日あったことを話したりする。するとエンゾは椅子から
足をぶらぶらさせながら、じっと私の話に耳を傾けてくれた。
そしておだやかな眼差しで、ときどき私の髪を触ったり、時に両手を伸ばしてハグを
求めてきた。
ガイドが私に心を許して話すように、私はエンゾにその日あったことを打ち明けた。
 
親子ほども違うエンゾに心を許す自分が信じられなかったし、エンゾも家族が彼を
呼びにくるまで私から離れない。そんな甘い関係がつづいた。
 
その頃からだろうか。それまで誰かに監視されている気配がだんだんと消えていった。
広大な自然のなかでいつも感じていた圧迫感がなくなってきたのもこのころだ。
 
帰国が近づいたある晩、近くの原住民の村で儀式があり、めったに見られない祭りが
あると招待された。
小さな船で移動し密林のなかを30分も懐中電灯をたよりに歩いて、つり橋を渡ったところ
に藁ぶきの集会場がある。
なかに入ると湿気と焚火の熱で、あっというまに汗が噴き出しTシャツもパンツもぐっし
ょりと濡れた。集まったゲストは虫を払いながら、手にした大きな葉を仰ぎながら風を
つくって祭りが始まるのを待っていた。
 
やがて村の長と神官が現れて祈りの儀式が始まった。
上半身にタトゥをいれた青年と少女が正装姿で、供物をうやうやしく神にささげる。
英語の通訳がときどき入り、ネイティブでとても神秘的な儀式であることはわかったが
人いきれと湿度とこもる熱で、不快指数がMAXになったところで、通訳が言葉をつないだ。
 
「それではせっかくなので、この中からお一人、最後の儀式に参加していただきたいと思います。どなたか参加したい方はいらっしゃいますか?」
当然、尻込みして誰も手をあげなかった。
 
「それでは長が聖なる参加者を指名させていただきます」
集会場には50名くらいのゲストが集まっていたが、嫌な予感が胸に走った。
村長はぐるっと円形の階段に座った招待客を見渡す。
そして最後尾に座っていた私を指さした。
「決まったようです。そこの髪の長い黒いTシャツのあなた降りてきてください」
予感は的中した。これは絶対にしめし合わせだ。
ムリムリと手を横にふるが、村の若者が階段をあがってきて私の手をとり祭壇まで
誘導された。
その後、正装の若者や巫女と一緒に輪になって踊る。ホームビデオカメラがまわり会場内
が盛り上がる。
 
「では最後に、聖なる供物をいただいてください。これを食べると、アマゾンの精霊が魂に宿ると言われています。ラッキーな日本のマダム。どうぞ召し上がってください」
ビデオ録画の赤いマークが点灯する。こうやって世界中のホームビデオに私の戸惑う姿が
残るのかと思うと複雑な気持ちになった。
 
神官が差しだす葉に包まれた物体は何なのかわからない。
私が口にするのをためらっていると、隣の女性が「火を通したワニの肉だから安心して」
と小声で言った。その言葉に後押しさると私は皆の期待に応えて、手にした肉の塊を口に
入れほとんど噛まずに呑みこんだ。
 
Ohhhhh!
会場がどよめいたところで儀式は終了した。
その後、招待客に囲まれて、よくやったとか、素晴らしい勇気だったとか褒められたが
私は何故か素直に喜べなかった。

 

 

 

コテージに戻りデヴィットに詰めよると、盛り上がったからよかったんじゃない、
とまるで悪びれていない。
「女性二人で日本からこんなところまで来たんだからね。最初から君達は他の人にはない勇気があると見込んでいたよ」
 
そして続けた。
 
「着いて最初の頃、エンゾが君たちの部屋を占拠したことがあっただろう。
エンゾに気に入られるというのは、ここに受け入れられたってことなんだよ。
だって彼の父親はこの辺一帯のボス猿だからね。
実はこのコテージは大きな猿の群れのテリトリーに間借りさせてもらっているんだ。
僕たちが動物園で動物を見るように、実は彼らがコテージの動物園のなかにいる僕たち
人間の行動を見て楽しんでいるのさ。気づかなかった?
だから今日の儀式に選ばれたのもまんざらウソではないよ。
全ての流れはここの自然が決めていることだから、なるようにしかならないさ」
 
デヴィットの言葉ですべての違和感の謎が解けた。
 
それは自然の意志はいつも何かに姿を変えて、私たちの行動を見ているということだ。
 
人間に煩わしさを感じる一方、エンゾという土地の猿と奇跡的に心を通じ合わせることができた。生態系の違いや理論とか人の人知ではまだ解明できない自然の作用が世の中にはまだ多く存在することを、私はそれまでほとんど理解していなかった。
 
旅立ちの朝、探してみたがエンゾの姿はどこにも見当たらなかった。
 
そして森の先住人たちは、今も知識と文明で武装した人間が船でやってくるのを虎視眈々と待っている。
 
アマゾンで多くの体験を通して知ったつもりになった人間が思い上がらないよう、
そして自然の機嫌のなかでしか生きられないことを気づかせるために、彼らは今も待っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
月之まゆみ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ。公共事業のプログラマーから人材サービス業界へ転職。外資系派遣会社にて業務委託の新規立ち上げ・構築・マネージメントを十数社担当し、現在、大阪本社の派遣会社にて新規事業の事業戦略に携わる。
2021年 2月ライティング・ゼミに参加。6月からライターズ倶楽部にて書き、伝える楽しさを学ぶ。
ライフワークの趣味として世界旅行など。1980年代~現在まで、69カ国訪問歴あり。
旅を通じてえた学びや心をゆさぶる感動を伝えたい。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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