週刊READING LIFE vol.153

『虎視眈々』に必帯は万策だった。必要は忍耐だった《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「三浦さん、業務連絡です」
2021年12月12日の午後、天狼院の読書会に出席していた私は、通信で繋がった福岡天狼院へ、映像で見掛けた天狼院の三浦店主に呼び掛けた。
私が続けて、
「今日、講座は有りますか?」
と、尋ねると、
「有ります、有ります。夜ですけど」
と、三浦店主はいつもの口調で答えて来た。
「スタートは22時ですので、お忘れ無く」
私は、念を押す様に続けた。
「解ってます、解ってます。早目に切り上げますから」
と、三浦店主は、早くも興奮気味に答えてくれた。
 
私は、福岡と繋がったマイクを切ったが、福岡天狼院の店内では三浦店主が、その場に居合わせた方々に、今夜の闘いがいかに重要なのか熱弁を振るい始めていた。周りに人には、迷惑なことだったろう。
私は何だか、悪いことをした様な後ろめたい気持ちになった。
何故なら、自動車レースのF1に興味が無い多くの方々にとって、その日は何でも無い日だったからだ。
 
数字の‘1’と‘2’だけで表記出来る2021年12月12日、今年のF1年間チャンピオンが決まるレースが行われた。日付が、何かを暗示する様に。
ただ、今回に限っては単なるチャンピオン決定ではなく、もしかしたら、歴史のターニングポイントに為るかも知れないレースだ。
大袈裟な表現を借りるならその夜、現代版・関ヶ原の合戦が在るとしたら、皆さんも是非観てみようと思われるだろう。これで、私達F1フリークが、熱狂を抑え切れないのも御理解頂けるかもしれない。
何しろ今年の最終戦は、F1の歴史における関ケ原の戦いなのだ。この1レースで、今後の流れが大きく変わるかも知れない、天下分け目の争いなのだ。
三浦店主や私が、早くも興奮状態だったのは、そんな事情から来ていた。
 
 
F1(フォーミュラ1)は、自動車レースの最高峰に位置付けられる。“フォーミュラ”とは“規定”のことで、F1は最高の規定で競われるレースのことだ。
昨年・今年と、折からの新型肺炎禍で中止となったが、日本でも毎年秋にF1グランプリが開催されている。このところ、日本ではやや盛り上がりを欠いているが、それでも毎年、三重県の鈴鹿サーキットには3日間トータルで20万人以上の観客が押し掛ける。
世界、特にヨーロッパではF1人気は健在で、どこのサーキットも満員のファンが詰め掛ける。テレビ視聴率だって、軒並み30%を超える勢いを維持し続けている。
 
F1に興味が無い方は、
「同じ所をクルクルと同じ“様に”車を走らせてるだけジャン」
と、仰ることだろう。
しかし、そこが違うのですよ。
世界中のトップドライバーが揃うF1では、各周回同じ“様に”マシンを走らせたのでは勝負に為らない。每周回、“全く同じ”ラインにマシンをコントロールしなければ為らない、出来なければ負けてしまう。それ程迄の繊細さが、F1ドライバーには必要なのだ。
従って、F1ドライバーは、世界でもトップクラスの身体能力が要求される。また、時速300kmを超える次元で1,000分の1秒を争うのだから、当然のこととして比類なき反射神経も備わっていなければならない。
 
F1は単なる興行ではなく、完全にスポーツなのだ。
だから私たちファンが、異常な盛り上がりをみせるのだ。
 
 
ここ数年、F1界はドイツの自動車メーカーが、チーム(コンストラクチャー〈マシン製造者の意〉)年間チャンピオンを7年連続で獲得している。ドラーバーズ部門も、ドイツチームのマシンを駆る英国人選手が、4年連続(通算7回)で年間チャンピオンに輝いている。
同じチーム・同じ選手が、連続してチャンピオンに為ることは偉大な記録であるものの、発展という面から見れば少々問題と為る。
私達一般のファンから見ても、シーズン当初から勝負が決まっている様で、興味に欠ける面も否めない。
 
ところが一昨年からオランダ出身の若者が、レジェンドに上り詰めた英国人ドライバーに挑み始めていた。
その若者は、F1ドライバーだった父を持ち、F1界久々のサラブレッドの登場と騒がれていた。
しかも、若き挑戦者が乗るマシンには、日本の自動車会社が製造したパワーユニット(PU〈エンジンと周辺機器〉)が搭載されていた。それにより、若者の母国オランダだけでなく、日本でも挑戦者に対する応援が盛り上がった。
加えて、日本独特の“判官贔屓”も後押ししていた。
日本でF1ファンが集まると、その場は途端にオレンジ色(オランダの国色)が目立つ様に為ってきた。
 
 
F1の年間チャンピオンは、各順位に振り分けられたポイントの合算で決まる。丁度、天狼院で行われている、“メディアグランプリ”や“リーディンググランプリ”と同じだ。それはそうだろう。そのどちらも、F1好きな三浦店主が発案したものなのだから。
 
ポイントの上位に行けば行く程、その差が開いて行く配点に為っている。即ち、10位と9位の差は1ポイントであるのに対し、1位と2位の差は8ポイントに為ってしまう。
こうなると、滅多なことではポイントが並ぶことは無い。
 
ところがだ。
今年のF1選手権最終戦前に、レジェンド王者と若き挑戦者のポイントが並んでしまっていたのだ。
これは元々速さで勝負するレースで、最終戦に至って『速い者(もん)勝ち』の究極勝負によってチャンピオンが決まることと為ったのだ。
否が応でも、世界中のF1ファンは、これでもかと盛り上がった。
 
同点での最終戦に至ったのは、王者の“虎視眈々”とチャンピオンを狙う忍耐から生じたものだった。
 
2021年シーズンは、戦前のテストから好調だった若き挑戦者が先行する形で始まった。
本来なら、日本でグランプリが開かれる秋には、挑戦者が新チャンピオンに為ってもおかしくない勢いだった。
ところが王者は、決して年間チャンピオンを諦めることは無く、あらゆる手立てを使って若者を追った。これは、“虎視眈々”を自で行くようなものだった。
チームも王者を全面バックアップし、究極のマシンチューニングとセッティングに挑んだ。
その結果、王者は最終戦前の3レースで3連勝を決めてみせた。
挑戦者が保っていたリードは、見る見るうちに縮まり、そして遂に最終戦を47年振りの同点で迎えることに為ったのだ。
 
王者には、そこ迄チャンピオンに拘る理由が有った。
昨年迄で、王者は7回の年間チャンピオンに輝いていた。この記録は、ミハエル・シューマッハという、伝説のドイツ人ドライバー(現在闘病中)に並ぶものだった。
今年、王者がまたしても年間チャンピオンに輝けば、新記録と為る。そればかりか、シューマッハ選手が維持している『5年連続年間チャンピオン』という、塗り替えは不可能といわれた記録に並ぶことに為るからだった。
王者にとっては、今年のチャンピオン獲得は、特別なものだったのだ。
だからここ迄、不利な状況でも“虎視眈々”と若者を追っていたのだ。
 
 
2021年F1最終戦が開催されたのは、アラブ首長国連邦のアブダビだ。
新チャンピオン誕生を期待して、中東のサーキットには、オレンジ色のTシャツを着たオランダ人サポーターが集結していた。
 
レース前日の予選で、人間業とは思えないドライビングをみせた若き挑戦者が、僅かの差でレジェンド王者を抑えポールポジションを獲得していた。
英国とドイツの一部のF1ファンを除き世界中のF1ファンは、万策を施した挑戦者が新チャンピオンと為り、歴史の新しい1ページを開くものと期待を膨らませていた。
 
私は、F1ファンが集まるパブリック・ビューイングで、緊張感を高めていた。やたらと喉が渇いた。
天狼院の三浦店主も、福岡の地でNet中継を繋いでいた筈だ。何故なら、緊張が極まった私のSNS投稿に、間髪を入れず反応したからだ。
 
総じて、一台決戦は静かに始まり、呆気なく終わるものだ。
 
ところが、日本時間12月12日22時にスタートしたF1アブダビ・グランプリは、想定外の始まりをみせた。
抜群のスタートを決めたのは、予選2番手の王者だった。
先手を取られた挑戦者は、すぐにマシンを横並びにした。
「接触だ!!」
レースを観戦していた誰もが、そう叫んだ筈だ。
ところが、王者がほんの数cmの所で接触を避け、コースをショートカットして先頭を守った。
「これ、ペナルティだろーが!」
私は思わず、叫び声を上げていた。
ところがレフリーは、王者・挑戦者共に御咎め無しと、喧嘩両成敗的判定でレースを進めた。
 
自動車レースでは、先頭を走る方が断然有利だ。
王者は、有利な状況を活かしじりじりと挑戦者との差を広げていった。“虎視眈々”と逆転チャンピオンを狙っていた。
 
若き挑戦者も諦めては居なかった。
先頭を走る王者に追い付こうと、万策を尽くし始めていた。
先ず、王者より先にタイヤを交換した。状態の良いタイヤで、早く王者に追い付こうとしたのだ。
ところが、王者のレース・ペースが想定以上に速く、なかなかその差を詰めることが出来なかった。
 
なかなか追い付けない挑戦者に、私はイライラし始めた。レース中盤にもかかわらず、
「レフリーまで味方されたら、勝てるレースも勝てないよな」
と、勝手な言い訳を、頭の中で早くも考え始めていた。
多分、福岡の三浦店主も同じだったことだろう。
 
 
イライラするファンを他所に、若き挑戦者は“虎視眈々”と歴史を変える手立てを始めていた。決して諦めてはいなかった。一周あたりほんの100分の数秒でも、王者との差を縮めに掛かっていた。
何やら無線で、チームと相談している様だった。
無線で、
「プランAはもう無理だから、プランBで行こう」
「もし、アクシデント(クラッシュ事故)が有ったら、プランCだ」
と、最後まで諦めることは無かった。
若き挑戦者は、F1チャンピオンに届かなかった父親の夢まで背負っていたのだ。初のオランダ人チャンピオン誕生という、母国民の夢も痛いほど解っていた筈だ。
 
 
残り8周に為ったところで、レースは急に動き出した。
最後尾を走っていたマシンが、トラブルでクラッシュしたのだ。壊れたマシンを撤去する為に、マシンの隊列に先導車が付けられた。
レース・ペースがスローダウンし、挑戦者は労せずして王者との差を一気に縮めた。若者に対しチームから、
「Box! Box! Box!(ピットインせよの意)」
と、怒声に近い声が飛んだ。
ピット・ロード入口直前を走行していた若き挑戦者は、予定していたかの様にマシンをピットに踊り込ませた。フレッシュなタイヤに交換する為だ。
若者のピットインを王者が確認出来たのは、ピット入り口をわずかに過ぎた時だった。僅かのところで、王者はタイヤを履き替えることが出来なかった。
 
先導車に抑えられたマシンの隊列は、レースに比べると徐行に近い位に遅かった。若者は直ぐに、王者に追い付いてきた。
それでもまだ、先頭はレジェンド王者だった。未だ“虎視眈々”と、挑戦者の前に立ちはだかる、王者の最後の役目を遂行している様だった。
挑戦者は挑戦者で、王者の一瞬のミスも見逃すまいと追っていた。その姿勢は、“虎視眈々”そのものだった。
 
 
2021年F1最終戦アブダビ・グランプリは、残り1周という段階で先導車が離れた。
僅か1分半の超々スプリントな闘いが再開された。
 
加速し果敢に攻める挑戦者。
必死のブロックを試みる王者。
 
パブリック・ビューイングの会場は、誰も座って居られない興奮状態だった。
 
第5コーナー、使い詰めたタイヤの為か王者が一瞬インサイドにスペースを作ってしまった。
“虎視眈々”と狙っていた挑戦者が、見逃す筈が無かった。
 
ブレーキをギリギリのところまで我慢した若き挑戦者は、レジェンド王者をパスすることに成功した。
王者もそう簡単には引き下がらなかった。必死のドライビングで、再逆転を狙った。
若者も、死ぬ思いで手にした首位を決死の覚悟で守ろうとした。
世界中のF1ファンは、言葉に為らない嬌声を発していたことだろう。
 
 
レースは、若き挑戦者の年間チャンピオン獲得という形で決した。
敗れた“前”王者は、レースが終わってもマシンから降りることが出来ない程疲弊していた。
 
世界中の祝福の中で、レッドブル・HONDAチームの若き挑戦者マックス・フェルスタッペン選手は、F1界の天下分け目の闘いに勝利した。
歴史にその名を残した。
 
それ以上に、日本のF1ファンには、今期でF1から撤退するHONDAに、フェルスタッペン選手が最後チャンピオンをもたらしたという記憶を残した。
 
私は、今度は興奮の余り、立っていることが出来ず座り込んだ。
 
 
マックス・フェルスタッペン選手は、決してチャンピオンを諦めることなく、“虎視眈々”と狙っていた。その為に、あらゆる策を施した。そして、不利になってもじっと耐え続けた。
それは、数%のチャンスを狙う、真の意味の忍耐だった。
 
 
レース後、三浦店主の感極まった様なSNS書き込みが目に付いた。
私に所には、数多くの連絡が入った。電話が鳴り止まなかった。
皆、この興奮を共有したかったのだろう。
その相手に選ばれた私は、本当に幸せ者だ。
 
永い間、F1を観続けて来て、本当に良かった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41st Season 四連覇達成

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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