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週刊READING LIFE vol.153

楽をしても、チャンスは掴める《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:藤井佑香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「楽してこうぜ」
 
これは、私が大好きな漫画、『ハイキュー』(古舘春一 著)のある台詞である。男子高校バレー部を舞台にしたこの作品。主人公の日向翔陽が、他校のバレー部員に対して掛けた言葉だ。その部員は、バレーで有利とされている高身長を持ちながら、それに見合った技術を持ち合わせておらず、他と遅れを取っていることにコンプレックスを感じていた。そんな彼に対して、高身長も1つの才能なのだからそれを活かして楽をすれば良いのだ、と日向は声を掛ける。その男子部員が身長を活かしたパスをするだけで、対戦相手には十分な脅威になる。それだけではなく、高い身長でパスを投げることは、ボールをより高く飛ばすことが出来、次にボールが誰かの手に触れるまでの時間を稼ぐことが出来る。その間に、皆の呼吸が整い、試合全体のリズムが緩やかになる。勝ちたいと思う試合ほど、気合が入り、気持ちが焦り、呼吸が浅くなる。そんな時こそ、敢えてただ高く投げるだけの「楽」なパスが、新たなチャンスを生むきっかけになるのだという。がむしゃらに頑張ることだけが結果に繋がる訳ではないというメッセージが、この主人公の一言に込められているのだと思う。
  
何て味わい深い一言なのだろう。初めて漫画を読んだ時、そう思った。しかし、それと同時に、どうしようもない気持ちに苛まれた。私は、「楽」をするのが本当に苦手だからである。

 

 

 

1番初めにそれを気づかされたのは、遡ること十数年前。小学校6年生の頃である。算数の授業中、出された問題に対して、まず個人で解いてみるという時間があった。一生懸命に計算式をノートに書いていたら、見回りであるいていた担任の先生にこう言われた。
  
「藤井さん(筆者)、そんなに丁寧に計算式を書かなくても大丈夫だよ」
  
先生が覗いていた私のノートは、誰が見ても綺麗だったと思う。丁寧な字で書かれた計算式と、ものさしで書かれた真っすぐな線に埋め尽くされていたからだ。
  
「ノートを綺麗に書くことはとても大事だけど、丁寧に書くべきところと、雑で良いところを区別しないと、時間だけ経ってしまうよ」
  
確かに、当時の私は、走り書きレベルで良いような筆算でさえも、超絶丁寧に書いていた。書くもの全てに対して100%の労力を注いでいたのだろう。しかし、今思い返してみると、その丁寧さはただの自己満足でしかなく、最終的に出された算数の問題にたどり着くという目的に対しては、必ずしも必要なクオリティではなかった。それなのに、なぜか私は問題を解くことよりも、ノートを綺麗に書くことを優先してしまっていた。必ずしも必要でないことにも力を注いでしまう、私のこじれた完璧主義は、思い返せばこの頃から始まっていたのだと思う。
  
就職をしてからもそうだった。要領が悪いとまではいかないものの、必要以上に仕事に手間をかけてしまうことが多く、よく残業をしていた。そんな時、上司にこんなことを言われたことがあった。
  
「仕事ってさ、楽すれば良いんだよ。楽に結果を出せるのが、一番良い仕事なんだから」
  
その上司は、社内でも高い評価をされており、大口のクライアントを複数社担当していた。仕事で妥協を許す人ではなかったため、部下として求められることは多かった。一方で、本人の仕事には無駄が無く、力の入れ具合と抜き方のバランスが良かった。こだわるべき部分にはとことんこだわり、そうでもない部分は楽をする。自分で出来ないと思ったら人に聞く、得意な人に頼む。それでそうやって結果を出して来た人だった。そんな彼から言われた、「仕事は楽をすれば良い」という言葉は説得力があって、自分のお手本になった。しかし、不器用な私は、頭では分かっているつもりでも、実際自分楽をするとなると、イマイチやり方が分からない。結局、本当の意味で楽をすることは出来ず、仕事に終われ残業が続く日々から解放されることは無かった。

 

 

 

そんな私にとって1つの転機になったのは、留学である。昨年夏から1年間、イタリアの大学院に留学をしていた。コロナ禍に海外に渡航するということで、いろいろな人に心配を掛けた。色々な人に無理を言って日本を飛び出したからこそ、留学中はどうにか結果を出そうと必死だった。毎日授業が終わると、復習をきっちりした。学校から出される課題の量は尋常ではなく、文字通り寝る間も惜しんで勉強した。そんな毎日を過ごしていると、遊ぶ暇なんて作れるわけもなく、どんどん疲弊していった。ただ、一方で、イタリア人の同級生は、同じ課題をこなしながらも、夕方には飲みに出掛け、休日にはハイキングに行ったり、ピクニックをしたりと、勉強と同じくらいプライベートも楽しんでいた。どうして彼らは、いつもあんなに楽しんでいるんだろう。勉強を第一に考えると、遊ぶ暇なんてあるはずも無いのに。時には、やっぱりイタリア人は日本人より不真面目で、いつもプライベートを優先しているんじゃないか、批判的に見ていたこともあった。しかし、数カ月一緒に過ごしていると、意外にそうでもないということが見えてきた。個人差はあるが、やるべき仕事はきちんとこなす。そして、プライベートも同じくらいきちんと楽しむ。とてもバランスが良いのだ。例えば、グループで課題に取り組んでいた際、1人の同級生がこう提案してきた。
 
「申し訳ないんだけど、今週末は前から友人と予定していたピクニックがあるの。だから、週末課題に取り組むことは出来ない」
 
締切は月曜日。普段であれば、週末も一緒に取り組まなければいけない量の課題である。日本的な感覚であれば、なぜ重要な課題の締切の直前にプライベートの予定を入れるのかと思ってしまうところだが、彼女はこう付け加えた。
 
「だから、その前に、私がやるべきことはしっかり終わらせる。だから後は任せたい」
 
彼女は、そう言って金曜日の夜から土曜の朝方にかけて、睡眠時間をも削って週末取り組むべき課題を終わらせたのだ。彼女の責任感の強さはさることながら、無理をしてでも休日に学校のことを考えなくても良い状態を作りたいという意地を感じ、ピンと来た。あぁ、イタリア人がいつも楽しそうなのは、これが答えだ。仕事(あるいは学校)と同じくらい、プライベートにも力を入れている。プライベートを楽しむためなら、多少なりともやるべき事に関して無理をするのは仕方のないこと。日本では、休日は平日の疲れを癒したり、仕事への英気を養うためという考え方があるが、イタリアではまさに真逆。どちらかと言うと休日がメインで、休日をめいっぱい楽しむために、平日頑張るのだ。この考え方は、是非日本にも持ち帰りたい。そう思った私は、日本への帰国後も、常にこのイタリアンスタイルで居ることを心掛けた。まずはプライベートの予定をみっちりと立て、それを楽しむために出来るだけ早く仕事を終わらせる。やりたいことがあれば積極的に挑戦する。その心がけを持っていると、いつしか仕事以上にプライベートが忙しくなった。
 
まず、いくつか習い事を始めた。週数回のレッスンに通っている。そして、副業に近いこともやっている。今後のキャリアに活かしたいと、ライティングゼミにも参加している。たとえ忙しくなっても、気にしなかった。それらは、自分にとっては自己投資で、今後来るかもしれないチャンスに備えるためだ。備えあれば憂いなし。常にストイックに頑張ることは、機会を虎視眈々と待つことに似ていると思うからだ。獲物が来た時に、すぐに飛びつける準備を普段からしておくこと。それが私にとって、価値のあるものに思えたし、イタリアでの気づきを実践しているように思えた。忙しくたって、大丈夫。それこそ、イタリア人が教えてくれたことだからだ。もしバランスが崩れそうになったら、あの同級生の様に少し無理をすれば良い。少しばかりの無理は、プライベートを楽しむために必要なのだ。
 
そんな生活を始めて数カ月。少しずつバランスが崩れてきた。仕事は忙しいが、定時に終わらせないと、終業後に入れたプライベートの予定に間に合わない。勤務中は、常に時間に追われていた。仕事が終わると、すぐに習い事や副業を始める。それらの予定が無い時には、友人との遊びの予定を詰め込んだ。そうなると、平日の予定はいつも埋まるので、ライティングゼミの課題は集中的に土日に取り組む。とは言っても、休日は休日で他の予定も入れてしまっているので、移動中など間を縫って記事執筆を行う。常に時間に追われるようになり、生活も少しずつ荒れ始めた。家事をしっかりやりたくても、既に入れている他の予定に時間を奪われる。家族とゆっくりしていても、常に「あれやらなきゃ……」と頭の片隅に何かがある。夏休みの宿題を、最後までため込んで休暇の最後の家族旅行を心から楽しめないあの罪悪感ととても似ている。いつしか苛々が募り、家族にも冷たく当たるようになってしまった。私は忙しい、自己投資のために頑張っているのだから、邪魔をしないで……。そう言う割には、満足のいく取り組み方が出来なかったりして、中途半端にしか出来ない自分も好きになれない。あまりにも自己嫌悪が募ってしまって、ある時旦那に相談してみることにした。
 
「ねぇ……、ぶっちゃっけ、今の私ってどう見えてる?」
 
普段私がイライラして冷たく当たられているからか、う~んと唸りを上げて答えた。
 
「何か……、好きで始めたはずのことに、振り回されてイラついてるのかは、謎だよね」
 
図星だった。元々は、プライベートを楽しもうと思って始めたことのはずだった。しかし、正直、何も楽しくないのだ。多少無理をすれば両立出来るとは思っていたが、無理はいつも出来るものではない。自分の都合だけで生活出来る訳ではないし、体調にだって影響される。そもそも、無理を前提にした楽しみって何なのだろうか。確かに、イタリア人は仕事と遊びのバランスを取るのは上手かった。しかし、予定を詰め込み過ぎて疲れている同級生を見たことはなく、無理をした後はしっかり休んでいた。むしろ、夏休みなどの長期休暇は、予定を詰め込むというよりは、山や海に出かけていって、ただのんびり過ごして、「何もしない」を楽しむのだ。これを楽しむために、休暇前に仕事を終わらせるために無理をすることはあっても、いざ休暇が始まれば、ゆったりと楽しんでいた。そんなことを考えて、旦那に言い返せずにいると、彼は続けて話した。
 
「あと……、いつかチャンスを掴むためにも、プライベートで自己投資の時間を作って頑張ってて、凄いなとは思うけど、今の忙しさだと、チャンスが来た時に飛び込んでいける余裕はないと思うよ」
 
その言葉を言われた時、はっと気づいた。結局、私は「楽」をするのが苦手なままから変わっていないのだ。自分なりに楽をしようと頑張っては来たけれど、私がやっていた「楽」は楽をしている訳ではなく、「楽しむのを頑張っている」だけだ。上司やイタリア人が教えてくれた「楽」はそういうことじゃない。力を抜くべきところは抜く。そのために、たまに無理はしないといけないかもしれない。しかし、楽する時に無理をしていれば、狙ったチャンスを掴む余裕さえ無くなってしまうのだ。

 

 

 

虎視眈々とチャンスを伺う。獲物が来た時に飛びつける様に備えることは、決して常に自分に負荷をかけて無理を続けることじゃない。時には楽をして、リズムを整える。そうして出来た余裕は、好機が来た時に飛び込める心と時間のスペースを作るのだと思う。とは言うものの、人はすぐに変われない。まだまだ私は不器用で、上手く「楽」が出来ない。しかし、今であれば、「楽してこうぜ」という言葉を、また違った形で噛み締めることが出来る気がする。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
藤井佑香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

国際基督教大学卒。数年の人事経験を経て昨年より1年間イタリアの大学院にて企業広報を勉強。修士号取得予定。現在は、外資系企業にて採用ブランディングの仕事に従事。元々文章を書くことが好きで、天狼院書店のライティングゼミを受講。よりライティングの腕を磨いて、仕事にも活かしたいと修行中。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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