週刊READING LIFE vol.154

人生、一度きりだろうと、何度でもやり直せようと、ぶっちゃけ、どっちでもいい、と思った件について。《週刊READING LIFE Vol.154 人生、一度きり》


2022/1/10/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
ねえ、お父さん、時間を戻してもいい? 一瞬、耳を疑いました。在宅勤務中の真っただ中、学校から戻った子供たちが、部屋に飛び込んできました。その表情は真剣です。
 
あのさ、ハロウィンのイベントが終わっちゃったの。だから、時間を戻してもいい?
 
えっ、いったい、何の話をしているんだ、要領を得ない様子のぼくに、子供たちがイライラし始めました。
 
だから、ゲームの話。あつ森のハロウィンパーティー、忘れてたから、時間を戻していい?
 
ああ、なるほど、時間を戻すって、ゲームの中の時間を戻して、やりなおしたいってことね。
 
すっかり参加するのを忘れていたあつ森ハロウィンパーティー、学校で聞いたことには、設定時間を戻せばもう一度やり直せるとのこと。
 
なるほど、確かに、その方法ならやり直せる。でも、どうなんだろう、ふと考え込んでしまいました。時間を戻せたら、確かに楽しいかもしれません。忘れていたこと、失敗したこと、何度だってやり直しがききます。
 
でも、一度、その味をしめたら、歯止めが利かなくなってしまうような気がします。なにがあったって気にしない。何度だってやり直せばいい。望む結果が手に入るまで、やり直し続けて、ゲームの中は理想のものばかり、なんですけど、こんなゲーム、おもしろいのでしょうか。失敗したくないから、真剣になるし、二度と味わえないものだから、どんな出来事だって味わい深い。そういうことじゃないのでしょうか。
 
とは言え、ぼくだって、そんな立派なことはいえた立場じゃありません。子供のころのテレビゲーム、経過が気に入らなければ、すぐにリセットボタンを押していました。たかが、ゲーム、やり直して、楽しければ、それでいい、のかもしれません。
 
ふと我に返ると、子供たちが、じっとこちらを見つめています。ぼくの答えを待っています。そうそう、これはゲーム。人生の話じゃない。何もそこまで真剣に考える必要なんてない。
 
好きなようにしていいよ、ぼくのその言葉を聞いた娘たちは、嬉しそうに部屋を飛び出していきました。
 
ただ、その後も、彼女たちの声が漏れ聞こえてくるたび、気になって仕方がありません。彼女たちは、時間を戻したのでしょうか。それとも、時は戻せないという「現実」を受け入れたのでしょうか。どうにも考えが止められません。
 
どうしても、たかがゲームと切り捨てられないのです。なんだか、もっと大切な話、そう例えば、人として生き方とか、有限な人生をどう生きるべきなのか、そんな哲学的な問題に結び付けてしまうのです。
 
そもそも人生とはやり直しのきかないもの、これは、間違いないはずです。うまくいったことも、いかなかったことも、好きも嫌いも、すべてをひっくるめて生きていくしかない。過去は変えられないのです。だから、タイムイズマネー、一期一会、時間は大切にしなさいというのは、古今東西変わりません。
 
ただ思うのです。この考え、確かにちょっと危険だな、人を縛る力があるなと。というのは、人間、誰しも失敗するのは怖いもの。
 
この道をいけばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。迷わずゆけよ、ゆけばわかるさ、なんて言えるのはアントニオ猪木さんくらいでしょう。凡人のぼくたちはやっぱり怖い。
 
と、突然ですが、ここで問題です。
 
1万円が必ず当たるくじ、それとも、100回に一度、100万が当たるくじ。あなただったら、どちらを選びますか。
 
行動経済学とか、統計学でよく出てくるこの問題、理屈では、答えはどちらを選んでも正解です。というのは、どちらも期待値は1万円。1万円×100%も、100万円×1%も、得られる成果は、数学的には同じというわけです。
 
でも、実際のぼくたちはどうでしょうか。必ずもらえる1万円は確実な選択。100回に一度の100万円はギャンブル、そんな風に思ってしまうのではないでしょうか。結果、ぼくたちのほとんどは、必ず当たる1万円を選んでしまうんじゃないでしょうか。
 
ちなみに、この確実さを求めるぼくたちの傾向、行動経済学では、確実性効果と呼ぶそうです。人間には、」100%確実ということを、特別に重要視するというバイアスがある、つまり、脳に組み込まれた仕組みのようです。
 
だから、どうしたって避けられないわけです。ぼくたちは、確実が欲しいんです。失うのが怖いんです。チャンスは一度だけなんて言われたら、それは、なおさらのこと。確実な1万円に飛びついてしまうのです。チャレンジなんてギャンブルと同じ、挑戦なんてやっている場合じゃないのです。
 
えっ、だけど、チャレンジしないと、結果は出ないって?
そうはいっても、100万が欲しかったら、恐怖を乗り越えるしかない?
 
そうですね、それはおっしゃる通りです。でもね、やっぱり、難しいと思うのです。バットを振らなきゃヒットは出ない、そんなことは、誰だってわかっているはずなのです。でも、だからと言って初球からバットを振れますか、と言われたら、そんなこと、プロ野球選手だって難しいわけです。だって、人生は一度きりなんですよ。やり直しはきかないんですよ。
 
そして、失敗しないように、慎重に、丁寧に、なんて次のボールを待っていると、どんどんと追い込まれて、結果、手を出すべきでないボールに手を出して、ぼくたちが築くのは凡打の山、次第に打席に立たなくなるのも当然というわけです。
 
実際のところ、ぼくにだって、そんな経験は数えきれないほどあります。小学校の頃のサッカーの試合、勝負の行方を決定するPK戦。ゴールを外すのを恐れるあまり、ぼくの蹴ったボールはゴールキーパーの正面でした。
 
それから、高校の時のテニスの試合。ダブルフォルトにびびって、縮こまった腕で打ったサーブは、入るはずもありません。たとえ入ったところで、へなちょこサーブ、相手に打ち込まれてしまいます。
 
緊張した場面になれば、腕が縮こまってしまうのは、今の仕事でだって同じこと。お前は、どう思うんだ、なんて、上司やお客様に問い詰められたら、すっかり怖気づいてしまうんです。えーと、それは、Aでもあって、Bでもあって、なんて、何の役にも立たない発言になってしまうのです。
 
それもこれも、すべては、この「人生は一度きり」「二度とやり直しは聞かない」的な発想が原因。だいたい、この「人生一度きり」論には決定的に欠けている点があると思うのです。
 
それは、人生における成功と失敗の確立は、失敗の確率の方が圧倒的に高いということ。
 
考えてもみてください。どんな名選手だって、初めは初心者、失敗だらけだったはずなのです。ただ、彼らが一流になれたのは、その失敗を、失敗で終わらせなかったから。失敗から学び、改善を繰り返したから。決して、失敗しなかったわけではないのです。どんな名選手だって、一皮めくれば、そこには数えきれないほどの失敗があるのです。
 
名選手の代名詞と言っても過言ではないイチローさん。彼ですら、日本球界での最高打率は4割に届いていません。つまり、6割超は失敗なんです。だから、ぼくたち凡人が失敗するのは当たり前。それなのに、人生一度きりだから、チャンスは二度とめぐってこないから、と、プレッシャーをかけらたら、動けるものも動けなくなってしまいます。
 
実際、失敗に関して、イチローさんはこんな言葉を残しています。現役時代に、日本球界史上初の打率4割を目指していた時のこと、
 
「僕は決して『打率4割』とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです」
 
あのイチローさんですら、失敗の方が多いのを認めているわけです。失敗した自分を許しているわけです。そして、彼はこんな言葉も残しています。
 
「(打率ではなく)ヒットを一本増やしたいとポジティブに考えるのです。そう思っていれば打席に立つのが楽しみになりますよね」
 
ヒットを打てるか、打てないのか、打率を意識してしまったら、どうしたって打席に立つのが怖くなります。失敗の確率の方が高いのだから当然です。だから、イチローさんは、打率ではなく、一本のヒットを増やしたい、と意識を向ける場所を変えたわけです。
 
もちろん、変えたのは意識だけではないでしょう。次の一本を打つために、さらに工夫をこらす。過去の経験の中から、次に何を生かすことができるかと、研究する。そこには、きっと過去の自分を捨て去ることだってあったはずでしょう。そんな試行錯誤を繰り返しながら、早く打席に立って、この成果を試したい、そんな風に思ったのでしょう。次へ次へと、未来に視界が開けていったのでしょう。
 
それは、思い返してみれば、ぼくだって同じこと。サッカーだって、テニスだって、それから仕事だって、やっぱり自分が一番、元気なのは、未来の自分を楽しみにしているとき。これをやったら、相手は驚くんじゃないか。こんなこと言ったら、みんな、喜ぶんじゃないか、そんなことを想像しながら、創意工夫を凝らす時間は、なにものにも代えられない時間でした。そして、そんなときは、失敗することなど、恐れていませんでした。むしろ、失敗は、学ぶチャンスくらいに思っていたくらいです。
 
だから、やっぱり人生は一度きりなんて思わないほうがいいのです。人生は、何度だってやり直せる。そこでは、失敗は避けられない。でも、何度だって、やり直せばそれでいい、そう思っている方がずっといい、そんな気がしてきました。
 
 
ふと、娘たちのことが気になりました。部屋をのぞくと、楽しそうに、あつ森をやっています。ただ、見たところ、時間は戻していない様子。どうしたの、と尋ねるぼくに、娘たちが答えました。
 
「あっ、忘れてた。でも、もういいや」 見ると、自分たちでオリジナルのハロウィンパーティーの準備をしています。もちろん、そのクオリティ、本物には及びもしません。でも、本人たちは、むしろ、こっちの方が自分らしくて、ずっといいとでも、言いたげな様子。夢中で作業をしています。
 
そんな子供たちの姿にハッとさせられました。なるほど、人生はいつだってやり直せる。でも、やり直さなくたって構わない。未来のために、今の自分を変えようとする自分がいれば、それに勝るものはない。
 
そういえば、イチローさんもこんな言葉を言っていました。
 
「今、自分がやっていることが好きであるかどうか。それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進もうとする自分がいるはず」
 
人生はいつだってやり直せる。だから、あせらなくたっていい。今を大切に生きればいい、今の自分を一歩一歩、変えていけばいい。イチローさんと、子供たちに教えられました。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READENG LIFE編集部ライターズ俱楽部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2022-01-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.154

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