週刊READING LIFE vol.159

健康はたくさんの転んだ跡からできている《週刊READING LIFE Vol.159 泥臭い生き方》


2022/02/28/公開
記事:早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
冬の厳しい寒さが続き、春がまだ遠いと感じる日のことでした。
 
妻は朝からゴホゴホと咳をしている。
病気になったわけではないけれども、普段の元気な姿が見られないと落ち着かない気持ちにもなります。
冬は外の気温も下がって、室内ではストーブもつけているので乾燥していました。
 
「ずいぶん苦しそうに咳をしているね。ゼエゼエしたりはしないかい?」
 
妻は私の心配そうな顔を見て、ニッコリと笑って平気だということを教えてくれました。
咳をしている時の苦しそうな表情から楽になった表情が見えたので、落ち着いてくれたようです。
 
そうだ、むかし母さんに習ったハチミツしょうが湯を妻に作ってあげよう。
民間療法ではあるけれども、ハチミツには痰を切って咳を鎮める効果があって、しょうがには身体の熱を保温して温かさを保つ力があると言われています。
 
病院のお薬ほどではないけれども、食べ物の力は積み上がると偉大です。
あんなに苦しいと思っていた症状が、身体も心も楽になるのですから。
 
妻の分とは別に、自分も一緒にと作ったハチミツしょうが湯をひと口、ふた口と飲んで温かさにホッとため息をつきました。
 
「大人になった今は全然感じないけれども、子どもの頃はずいぶんと身体が弱かったから喉を痛めて、鼻水を垂らして、咳をして、熱を出しては寝込んでいたなぁ」
 
私は幼少の頃から心身が病弱で、少しおでかけをしては熱を出したり、お腹を壊して寝込んでいました。
現在では病気とは無縁のような生活を送っていますが、それは小さな頃からたくさんの病気や怪我を経験して、悔しい思いを乗り越えてきたからなのでしょう。
 
こうやって、家族が苦しんでいる時に自分の過去の経験から少しでも力になれるように何かしてあげられるようになりました。
 
少しだけ昔の話になりますが、私が小さな頃はよく熱を出して、外では友達が遊んでいる声が聞こえて、自分を誘いにきてくれた時の申し訳ない気持ちは今でも鮮明に覚えています。
 
母親がごめんなさいねと学校の友達に熱を出して寝込んでいることを伝えると、せっかく誘いにきたのにと残念そうに帰っていく気配が戸の向こうから伝わってきました。
 
なぜ、僕はこんなに身体が弱いのでしょうか。
どうやったら、毎日元気に力いっぱいに動きまわれるようになるのでしょうか。
 
熱でぼーっとする頭で、部屋の天井の木の模様を目線でなぞりながら頭の中でぐるぐると取り止めのない考えごとを繰り返します。
 
思い返せば、数日前に寒い風が吹いていたけれども、子どもは風の子だから厚着はしないで元気に薄着で頑張って遊びなさいと言われて、上着を脱いで走りまわった覚えがあります。
 
あの時は、最初は寒かったけれども動いているうちに汗をかくくらいに身体は温まったので、本当に子どもは風の子なんだなだと体力があるわけではなかったのに動きまわれることが楽しくて夢中になっていました。
 
汗をかいて身体が冷えたのと、動きまわり続けて体力も消耗して、調子を崩してしまったのかもしれません。
友達も鼻水を垂らしながらもニコニコと元気で一緒に遊んでいたから僕もなんとも思っていませんでした。
 
体調を崩して寝込んでしまった時には、どうしてあの時に身体を暖かくして過ごさなかったのだろうかと子どもながらに後悔しながら過ごしていました。
 
もう体調を崩して寝込んでいることに飽き飽きしていた時には、どうやったら病気にならないか必死に考えました。
こんな苦しい思いはもう嫌だ。もっと友達と一緒に遊んだり勉強したりしたい。寝ているだけで何もできないのは辛い。
 
普段から一生懸命に動きまわったり、働いている人には病気や疲労で寝込むことは休息になるので、必要なことだと思います。
きちんとゆっくり休んで失った気力と体力を回復することが何より大切なことになります。
 
しかし、体力自体が低下してずっと寝込んだままになっている人にとってはゆっくり休むことだけでは良くなっていきません。
ずっと寝込んだままの人は起き上がることも重労働になってきます。
そこから普通の人のように動けるようになるのは時間も努力もかけなければ取り戻すのは難しいです。
動けなくなった身体を少しでも動かせるようにするのは焦らずに少しずつ愚直とも言えるようなことを積み上げることです。
元気な時にはなんともない階段の昇り降りも手すりにつかまって一段ずつゆっくりと時間をかけて自分の力でやり切ります。
 
その日はもう起き上がれないくらいにクタクタになるのですが、何日か繰り返していると起き上がるのが辛かったのが楽になってきます。
 
体力が落ちている間は、相変わらず階段の昇り降りがすごく果てしない道のようにも感じます。
自分を追い越してスタスタといく人たちをうらやましく思うのと、思い通りに動かない体力が落ちた自分の身体を悔しく思っていました。
早く元気になりたい。周りの人たちのように軽やかに動きまわりたいという気持ちが、重く感じる身体を動かす動力源になってくれました。
 
はぁはぁと息が上がった身体が落ち着くまで自分が来た道を見直すと少しずつでも動くことができれば寝込んでいた時よりも、こんなに進むことができるのだということに嬉しい気持ちを感じていました。
寝込んで苦しい状況を耐えることしかできなかったところから、何かをすることができる。
今は体力がなくて、すぐに調子を崩してしまうので思うように動けないけれども、僕は両親に心配をかけないくらいに丈夫な子になりたい。
 
両親は僕が何か頑張ってもすぐに体調を崩したりしてまた寝込んだり、転んで怪我をしてしまうので大人しく毎日過ごすように言っていた時期もありました。
 
それから年齢を重ねていくと調子をすぐに崩して寝込んでばかりいて、動けなくなっていた身体も少しずつ丈夫になっていきました。
 
丈夫な身体になりたいことを相談すると体力をつけるには、きちんと栄養のあるものを食べて、しっかり身体を動かして、さらに子どもはよく眠ることが大切だということを学校の先生や頑張り続ける僕を見ていた両親が教えてくれました。
 
「君がたくさん病気をしたり、転んで怪我をしたりをした痛みや辛さを知っているからこそ周りの人の力になってあげられることがあるはずよ。だからこれからも自分にできることを焦らないでひとつずつやっていきましょうね」
 
ある日、病弱がちだった僕を応援してくれた学校のおばあちゃん先生が応援してくれた心強い言葉でした。
 
それから体力をつける転機が訪れました。
水泳をやり始めるようになりました。
最初は顔をつけて息を止めるのも怖くて、数週間は身体をプールの水に浸かるだけでした。
 
そこから楽しそうに泳ぐクラスメイトたちが楽しそうでうらやましかったですが、焦らずに顔をつけて、水に少しずつ潜れるようになっていきました。
足をプールの底につけないで、バタ足で進めるようになってからは、クロールや平泳ぎまであっという間に泳げるようになっていきました。
 
新しいことをできるようになるたびに、それが面白くて必死になって無理せずに練習を重ねました。
 
気がついた時にはクラスメイトたちよりもたくさん泳ぐようになって、体力もついてきて、風邪をひいたり体調を崩すこともなくなっていきました。
 
泳いだ後にプールから地上に上がるとヘトヘトにはなりますが、タオルにくるまって身体を冷えないようにして、少し休めばスタスタと動けるようになっています。
身体が動けるようになって、体調を崩すことは滅多になくなりましたが、転んだりぶつけて怪我をすることはありました。
 
すり傷や切り傷は土汚れをきちんと清潔な水で洗い流して、消毒をしておかないとバイ菌が入って腫れ上がったりするので最初に手当てをすることが大切です。
 
自分が怪我をした経験があることや、助けてくれた大人の人たちから教わったことが、健康なままでいさせてくれています。
 
「今までたくさん病気をしたり、転んだり辛い思いをしているからこそ、健康でいられる自分がいるんだ」
 
怪我をした跡も手当てをして絆創膏をしばらくした後に、きれいに治っているのを見るたびに元気でいられることを嬉しく思ってしまいます。
本当は怪我もしないことが一番良いのでしょうけれども、走ったり跳べば転んだり失敗することもあります。
失敗してしまった時に、どうやって起き上がって次に同じように繰り返さないようにできるのかを考えて、次に挑戦していくからこそ、今までできなかったことができるようになっていく楽しさを味わえるのです。
 
身体が少しずつ丈夫になっていき、自分が健康で動き続けることは大人になって、結婚してからもたくさん失敗して学び続けています。
 
美味しいからと旅行先で食べたものでお腹を壊したり、移動の疲れでせっかくの旅行先で満足に動けない失敗をしたこともあります。
 
それでも自分の身体に合わない食べ物がわかったり、自分が慣れない移動をするとどんなことが起きたり、普段通りに過ごせるための知恵を身につけるきっかけになりました。
 
自分が健康でいられることを学び続けて、一緒に過ごす人たちの心身の健康を守る力にもなっていることがわかる体験もありました。
 
体力づくりのために挑戦した登山でも、思わぬ怪我をした時にきちんと手当ができるように応急処置ができるようになっていたり。
アウトドアを体験するためにキャンプをした時も、都市部では見かけない虫に刺された時の対処方法や冷蔵庫のない場所で食材が痛まないよう清潔にしたり、食べる前にしっかり火を通してお腹を壊さないように料理をしたりして事故が起こらないようにして、楽しむことができるようになっていました。
 
「貴方がいるとどんなトラブルが起きても、すぐに解決しちゃうから本当に頼りになって心強いわ」
妻からは褒められることが多いけれども、たくさん転んで失敗してきたからこそ、どんな対策を準備しておかなければいけないのかを知っているだけだったりします。
 
周りの人が少し調子を崩したり、無理をして働き続けていると昔の自分を見ているようで、声をかけてあげたくなります。
 
「君がたくさん病気をしたり、転んで怪我をしたりをした痛みや辛さを知っているからこそ周りの人の力になってあげられることがあるはずよ。だからこれからも自分にできることを焦らないでひとつずつやっていきましょうね」
 
むかし励ましてくれたおばあちゃん先生の言葉が、今の私自身と周りの人たちの助けになれている自分の背中を押してくれます。
 
そして今日も私は自分にできることをひとつずつやっていこうと歩き始めるのでした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年生まれ東京都出身、城西大学薬学部卒業。
北海道函館市在住の薬局薬剤師。
SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーター。
カッコ可愛いを追究するインプットの怪物紳士くじらを名乗り「紳士くじらのブログ」を運営。

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2022-02-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.159

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