週刊READING LIFE vol.161

身の丈に合わない会社経営が私に教えてくれたこと《週刊LEADING LIFE「人生100年時代の働き方」》


2022/03/14/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
2017年9月15日、自分の誕生日にSNSにあげた記事は、当時、私のちっぽけな自己承認欲求を満たすのにはちょうどいいものだった。
 
その記事に書いた詳細内容はもう覚えてないけど、大幅に要約すると、
 
「自分で株式会社設立しちゃったよ」
 
という内容だ。
 
案の定、誕生日のお祝いと相まって、コメント欄は大いに盛り上がり、数日間はニヤニヤと満足に過ごすことができた。
 
もちろん、嘘ではない。
その年の春先に、夫から、個人的にやりたいことがあるから、株式会社立ち上げようかと思って、という話を切り出されたとき、「へえ、そうなんだ、おもしろそうじゃん」と生返事をしたのが事の始まりだ。
 
「会社、一緒にやる? お前が今やっているようなことを会社でやったらいいんじゃないか?」
 
そう言われて、個人事業主の開業届も出したことがないけど、ちょっとおもしろそうだなと思った。
 
私が少し興味を持ったと感じたのだろう、夫がすかさず、
 
「誰かに頼んで会社設立してもらうほどは資金がないから、調べて設立しておいてくれない?」
 
と畳みかけてくる。
 
「ヨーグルト買ってきて」くらいの軽さで言ってくれたなあ……! と思ったけど、そう言われるとなんとなく調べて、なんとなくやってしまうタイプなのだ。私の扱いが上手い夫のおかげでまんまと巻き込まれてしまった。
 
結局、会社を設立するところまで、インターネットで色々な文章を読み漁り、図書館で本を借りて読んでどうにか登記するところまで仕上げた。
 
株式会社って最近では資本金0円で作れるんだよね? くらいの知識しかなかった人間でも、どうにかこうにかできたのが誇らしかった。おまけに、自分に代表取締役という肩書きがつく日が来るなんて想像もしていなかった。
 
肩書きの力はスゴイ。それだけで突然自分がエラくなったような気分になる。
周りからも「なんだかスゴイ人」というように見られるようになる。
 
それがその当時は嬉しかった。
 
でも、自分の中身なんか、なーんにも変わらず、代表取締役という肩書きだけが、不格好で似合わない服みたいだった。
 
会社を立てて、代表取締役に就いたところで、急に何かができるわけでもない。
 
自分がやっていることは、想いがあってやっているから自信を持っていたけど、果たして「企業の利益」といえるかというと、会計士が苦笑いするような、ささやかな収入しかないのが恥ずかしい。
 
自分のやりたいことと企業の経営の天秤が全く釣り合わないことが苦しい。
 
さらに、夫が描いていたことの方向性が変わって、その会社自体、必要がなくなってしまった。
 
本当にただ、存在するだけ。
 
そんな会社の名前が、肩書きが、私にはだんだん重荷になっていった。
 
気づけば数年ほどがいたずらに過ぎていた。

 

 

 

社会人時代は、ソコソコに働いて収入があったけど、もう自分で働くのはいいやと思って結婚したはずだった。
 
そんな私が、自分で何かがしたい、そう思ったのはいつからだっただろうか。
 
会社を辞めて、広島に嫁ぎ、苗字が変わった。姓が新しいのは、なんとなく居心地が悪くて自分ではないような気分になる。○○さんの奥さん、○○くんのママ、と呼ばれて、次第に自分が失われていくような焦燥感があった。だから、自分で何かしたいというのは、働くという手段でしか実現できないと、どこかで感じていたのかもしれない。
 
念願の主婦だったのに、何か仕事がしたいと考えるなんて思ってもみなかった。
 
類は友を呼ぶのだろうか、たまたま仲が良かったママ友が、同じようなタイプで3人で話が合った。毎日のように集まっては、子供達を遊ばせておいて、何か起業ができないだろうかと話をしていた。
 
広島のあまり運営がうまく行っていない商業モールのニュースを見て、あの場所に、親子が集える一大子育てスポットを作ろう、という話で盛り上がった。
 
私たちみたいに何かやりたい人達がいるかもしれないから、レンタルスペースを作ったり、その敷地内に保育施設を作って預けながら働けるような場所にしたいとか、できたら医療機関もあったらいいし、なんならキッザニアがあったらいいよね……!
 
そんな話で盛り上がって、見よう見まねで企画書を作って、県のベンチャー企業支援をしてくれる部署に持ち込んだ。
 
友達に子供を預け、久々にスーツに袖を通し、意気揚々と書類を提出した。
 
結果は、笑えるくらいの玉砕だった。
 
主婦3人が手に負えるような案件ではないよと、諭されて、しょんぼりと帰途についた。
 
そうこうしているうちに、そのうちの一人が会社に復帰すると広島を去った。もう一人の友人も「パートでも見つけるわ」と言った。
 
私は一人ぼっちになった。
 
その頃から、自分の周りでは、マルシェというものが流行るようになった。主に、自然派の子育てをする人たちのマルシェに顔を出した。同じような子育てをしている人達が持ち回りで主催していたから、出店者も似たような人達が多くて、顔見知りになることが増えた。そうやって色々なマルシェを回るのがとても楽しかった。
 
マルシェと言っても、色々なジャンルで出店している人がいる。食品を作って出す人、衣類や雑貨を販売する人、施術する人、みんなキラキラしているように見えた。
 
そうすると、出店側に行きたいという気持ちが強くなる。売る側に回ってみたい。お金を出すだけじゃなくて、自分が出しているものでお金を受け取ってみたい。あのテーブルの向こう側にいる人とこちら側にいる私の違いって何だろうと考えることが増えた。
 
向こう側の人達が羨ましくてたまらなかった。大して得意でもないお菓子作りを頑張って向こう側に行けないのかと無駄な努力をしてみたりした。それでも、その程度ではそちら側に行くことはできなかった。
 
テーブルの向こう側にいる人達だってみんなママ達だ。私と変わらないような小さな子供を抱えている人も多い。それなのに、なんで私は、あちら側に立てないんだ……特技のない自分が嫌でたまらなかった。
 
その頃、幼稚園のママ友で同じようなモヤモヤを抱えている友達と仲良くなった。彼女とは趣向も合ったから、いつも一緒のイベントに顔を出していた。
 
その頃には、彼女も私も、自分のやりたいことで少しずつ教室を開くことができるようになっていた。それでも、お互いにもっと手広くやりたいという野心があった。
 
お互いにできない、自信がないと言いながら慰め合っていたけど、一方で、私は、その友人が先に何かを掴んだら心中穏やかではないだろうなと思って、ますますモヤモヤしていた。その当時は、成功しているように見える誰かのSNSの投稿を羨ましいと眺めつづけるようなくすぶった日々だった。
 
そんな自分だったから、会社をたてた時には、無駄にやり遂げたような感覚になって自分を満たしたかった。
 
でも、まるで裸の王様のような私が、「すごい」と言われたところで、本当の自分が大したことがないのは自分が誰よりもよくわかっていた。ほどなくして虚しさしか感じないのは致し方ないことだった。
 
私が求めていたのは、人からもらえる賞賛ではなくて、自分自身が創り上げていく満足感なんだよね。まずは、どんなに小さなことでも、自分自身がいい仕事をしたって思えなかったら私は満足できないんだ。
 
そう気づいてから、自分自身の仕事の仕方が変わった。
 
集まってくれる人が満足できるように自分で勉強する。自分の嗅覚と直感を信じて自分がいいと思った人を呼んで勉強会をしたり、自分がいいと思うものを紹介してみんなでシェアしたり、今までやっていたこともより自分の信念を持って取り組むようになった。
 
自分が信じたものを人に紹介できること、それでみんなが喜んでくれることで、初めて自分らしい仕事に出会えたと感じることができた。同時に、みんなの信頼を裏切らないために、自分ができることは何かを考えるようになった。
 
その頃には、一緒にくすぶっていた幼稚園のママ友も自分のフィールドを見つけて活躍するようになっていた。当時の私だったら、彼女のことを羨ましいと思って焦燥感でじりじりしたかもしれないけれど、思ったよりもそういう気持ちにならなかったのは、自分なりの仕事の在り方が見つかったからかもしれない。
 
身の丈に合っていない起業をして、見た目だけで羨ましがられるようなことをしたって、自分の中身が足りていなかったら恥ずかしいっていうことを、身をもって知ったから。
 
彼女が努力して頑張ったことを私が仮に同じようにやったからと言って、それが自分の身の丈に合ってなかったら虚しいだけだってわかったから。だから、私は、自分ができることをコツコツとやるようになっていった。
 
そう思うようになって、改めて、自分自身で個人事業主として申請を出した。それが自分の身の丈に合っていると判断した。
 
そうするようになって、数年で、株式会社を始めた時よりも売り上げが増えるようになった。自分でも驚くぐらいだった。それでも、もう、浮足立つことはなかった。自分が自分の身の丈にあった規模で仕事をしていくことが大事、ということに気づけたから。
 
色々やってきたけれど、本当は、家族と過ごすことだって、子供達に寄り添っていくことだって、自分の立派な仕事なのだ、私にしかできないことなのだと、ようやく腑に落ちた。収入という数字にならないことでも、自分にしかできないことがあると自分自身が納得できることが大事だったんだよね。そう思えるようになるまで15年もかかってしまったけれど、まだ、子供達が甘えてくれる時に気づけて良かった。
 
ちなみに、株式会社は、個人事業主と違って、決算が赤字だったとしても市県民税を毎年支払わなくてはいけない。決算もさすがに個人ではできないから税理士さんの力を借りることになる。そんな費用を諸々合わせたら、毎年最低でも10万円近い身銭を切ることになる。設立にしても、資本金は0円でも大丈夫だけど、諸々の諸経費で最低でも30万円くらいかかるし、会社をたたむとしても、事務経費がかかると聞いている。
 
だから、株式会社を立てることはそんなに難しくないけれど、もしも自尊心を満たすだけのためだけに会社を立てるとするならば、私はおススメしないです。それだったら、そのお金で、贅沢に旅行でも行った方がよっぽど幸せだと思うから。
 
ただ、私にとっては、そのお金は、勉強料だったんだと思ってありがたく受け止めている。
 
そんなこんなで、広島に来て15年、ようやく自分のライフスタイルに合った身の丈をさぐりながら仕事のペースと量を掴んでいる。家族の経営は……落第点ギリギリだけど、子供達が元気に過ごしているから良しとしよう。
 
もう、SNSを見て、過度に人を羨ましがることもなくなった、行きたい向こう側もなくなった。自分の身の丈に合わないことは、どんなにお金を稼ぐことができても、しんどいだけだ、とわかったから。
 
最近では、いくらお金を稼ぐことができても、自分がときめかないことはもうしない、と決めている。それが例え、人から賞賛を得られなくても、自分がワクワクしなかったら意味がないと思えるようになった。
 
人生100年時代が見えて、働き方も考えるようになった。SNSでは、まだ集客術も流行っているし、華やかなビジネスも沢山ある。でもね、長く働くんだったら、キラキラした世界の中で輝いているように見せかけるよりは、自分のいる場所、状況の中で、蛍のようにささやかでも自分の力で発光できるような働き方をしたい。
 
世界がいくらピカピカしていても、私自身がときめいてワクワクしなかったら、それは居心地が悪いだけだということを知ることができたから。
 
例の株式会社は、現在、休業という形に移行している。
人生が100年としたらまだ55年はある計算になる。このままコツコツ自分がやれること、やりたいことを続けて行って、本当に実力が伴った時にもしかしたら、もう一度会社を動かすかもしれないから、期待しないで待っていてね……、そんな気持ちで設立した会社の書類は大切にしまってある。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済活動の在り方を模索し続けている。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、エッセイ、フィクションに挑戦中。腹の底から漏れ出す黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写をとことん追求したい。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。

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2022-03-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.161

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