週刊READING LIFE vol.166

自分にピッタリの王子様の見つけ方《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》


2022/04/25/公開
記事:西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「えっ!? ルンバ? そんなもの女の子が使ったらダメだよ」
 
一瞬、男性の時が止まっているように見えた。もちろん、私の時も止まった。
女性がお掃除ロボを使ったらいけない理由がとんと理解できない。この男は一体どういう思考回路をしているのか。
 
30代手前で周りがどんどん結婚していくなか、徐々に焦りを感じていた私は婚活に精を出していた。男女がオープンなカフェでパーティーをしてお相手を見つける、どちらかというとカジュアルな場所でその男性とは出会った。なんとなくお互い好意を持っているのがわかり、連絡先を交換したあと、何度かデートをした。
 
食事を終え、自宅まで送ってもらう車内でお互いの部屋の話になった時、彼が自宅の掃除はルンバに任せていると言うので「いいなー! ルンバ! 私も欲しいと思ってたんだよね」と反応すると、帰ってきた冒頭のセリフ。思いがけない返しに「昭和か」と耳を疑った。
女子なら家の中は全て手仕事でしろというつもりだろうか。
 
話を聞くと、どうやら彼の母親はスーパー主婦らしく、男性の心理には「女性たるもの家をきれいに整えてナンボ」「おいしい料理をつくってナンボ」というのが根付いているらしかった。もちろん、自分一人で生きていくにしても住まいは綺麗にこしたことはないし、おいしい料理だって作れた方が幸せだ。ただし、それを強制させられた瞬間、それはどうしようもなく義務感にまぎれたものになってしまい、面白みは無くなる。でも、思い当たる節はあった。異性に好意を持たれたい一心で、柄にもなく家庭的な雰囲気やかしこまった感じを出した私にも責任はあったのかもしれない。
 
あー、やだなぁ。窮屈だなぁ。別に女性だってお掃除ロボ使ったっていいじゃん。
そんな事を考えていた私に、同じ男性からデートのお誘いが来ることは2度となかった。
 
のびのびと自分を出して楽しめる男性との出会いから遠ざかっていたのには、自分自身に一番の原因があったらしい。
その頃私の頭の中は「男性にはどうやったら好かれるのか」ということで大半を占めていた。
 
男性が好きそうな服装、男性が好きそうな受け答え、男性が好きそうな身のこなし……
今考えれば、男性だって十人十色で黒髪のロングが好きな人もいれば、ショートカットが好きな人もいる。見た目の好みだって色々だろうに、とにかく女子としての平均点を狙おうとして自分の好みはどこかに行ってしまっていた。
あの頃、私は、バーチャルの「ワタシ」に男性ウケしそうな服を着せて、街を歩かせていたのだ。
仮に、そんなバーチャルの「ワタシ」を気に入ってくれたとして、本来の私とはズレが生じるのだから長く良いお付き合いができるなんてことにはまったく繋がらない。
 
このズレに気づくまでに時間がかかり、気づけば私は結婚願望があるのに成就はせず、ますます焦りは募るばかりだった。
 
ある時は、自衛官の男性との飲み会があった。
この時もどうやったら自分の株が挙げられるのかを念頭に置いてしまった私は、結構飲めるタイプの男性のお酌係に徹していた。なかなか飲めるその彼のグラスが空くたびに、私は瓶を手に取り「どうぞ」とにこやかにビールを注ぐ。お皿が空になれば話の腰を折らぬよう、「そうなんだー」と相槌を打ちながらお料理を取り分けた。会話は基本受け身で、「うふふ」と聞き上手を装い、本来の自分自身を消すことに専念した。
 
飲み会からほどなくして、友人伝いに連絡先を聞かれ、やりとりが始まる。
彼が言う。
「いやぁ、俺にずっとお酌してくれてたやん。気が利くなぁと思って」
嬉しそうに好意を伝えてくる彼に強烈な違和感を覚える。違う、違う。私、本当はそんなタイプじゃない。その女性らしさはバーチャルの「ワタシ」が生み出したものだ。
 
古い友人に「我が強い」なんて言われたこともある私は、本来、ちょっと話聞いてよー! とおしゃべりなタイプだし、控えめに振舞うということをめちゃくちゃ窮屈に感じる。この頃よく行っていた異性がいる飲み会では、人の話を聞いては相槌を打つばかりで、自宅に着くとどっと疲れが出た。
 
嘘で塗り固められた自分を気に入ってもらったところで、その先は見えている。ビールを注ぎ続けた彼にはデートに誘われたが、結局二人で会う気持ちには到底ならず、始まりもせずに終わった。
婚活に出掛けては、嘘の振る舞いで、真の出会いからは遠ざかるばかりだった。
 
そんな私に大きなきっかけを与えてくれたのは一人暮らしという新生活と、新しい習い事だった。
30になるまで家を出たことがなく、少々遅咲きの自立となった。人生で初めての一人暮らしは、バスマット一つとっても自分の目で気に入ったものを選び取っていくという作業の連続だった。実家だったら、テーブル、椅子、照明、トイレットペーパー……全てが最初からそこにあり、そこに選択の余地があるということも忘れていた。というか、知らなかった。
一人になって身の回りの物をひとつひとつ丁寧に選び取っていく作業は、本来自分が好きなものは何なのかを思い出させてくれる時間でもあった。
 
宝物のような時間を過ごすなかで、歌うことが好きだったことを思い出した私は、ヤマハのゴスペル教室に入会した。その頃恋人という名の存在はしばらくいなかったが、お気に入りの部屋から仕事に行って、友人たちと楽しく飲み歩き、月に一回は歌のレッスンに通う、そんな日々にとても満足していた。自分らしく生活することが、心にこんなにも充足感を与えることを初めて知った感じがした。
 
数年が経過した頃、ずっと友達として仲良くしていたゴスペル仲間の男性に食事に誘われた。お互い、男女として意識したことは無かったが「一度、2人でしゃべってみたくて」というのが、彼が私を誘った理由だった。
 
ふーん。そっかぁ。別にいいけど。今更ふたりで??
 
普段、仲間内でよく飲んだりしていた私は2人きりで会うことにそんなに意味を見いだせなかったが、人として信頼できて、同じ空間にいるのが苦ではない彼の誘いにとりあえず乗ることにした。駅近くのサラリーマンが通うような焼き鳥の店でとりあえず一杯飲む。翌朝早い時間から予定のあった私は一時間ほどで切り上げようと事前に伝えていた。
 
の、はずだったのだけれど。
想像以上に話が弾み、予定の一時間は風のように去ってしまった。あー、明日の朝が早くなければ、もっとしゃべりたい。
 
お酌ばかりに気を取られることも、お皿に料理を取り分けることもなく、どう見られようと気にせず好きな話をして、相手の話を興味深く聞くことができて楽しかった。もう、そこにバーチャルの「ワタシ」はおらず、全部をさらけ出しても怖くない生身の人間の私がいた。
 
そうか、こういうことだったのか。楽しいって。
 
2人で二回目の暖簾をくぐり、店を出る。
私は迷わず言っていた。
「おいしいイタリアンの店があるからさ、今度一緒に行こう! 私、予約しとく」
 
これまで男性側から連絡先を聞いてもらい、男性側にデートに誘ってもらうことを女子の美徳と勝手に思い込んでいた妄想がどうでもいいことに気づいた瞬間だった。
幸運にも話し足りないと思ったのは私だけでは無かったようで、次の約束はすぐに成立した。
 
正直、ゴスペル仲間の彼と会っている時、身を焦がすようなドキドキは無かった。しかし、一人の人間として深掘りするのは本当に楽しく、会えばいつまででも話していられた。それは古くから私を知っている幼馴染の女友達との関係にも似ていた。
そうして私たちは自然な流れで結婚に至った。
 
よく言うビビッってやつ? は全くない。
でも、恋人時代のデート中に、本来の私の好みの外見からはちょっとばかり遠いような彼の後ろ姿を見て「あー、なんだかんだ言って私この人とずっと一緒にいるんだろうなぁ」とぼんやり感じたのは確かだ。まあでも、見た目なんて……お互い様だ。
彼はなじみの店でいつも頼む焼きサバ定食みたいな安心感を与えてくれていた。その定食屋さんには普段着で行ける。何も気取らず、美味しい焼きサバと温かいごはんとお味噌汁を頬張る幸せ。結婚は、結局、ずーっと続くただの生活だ。慣れないのに頑張って履いていた高いヒールと、男子ウケだけを狙って履いていたひらひらのスカートの時のメンタルのままでは、この人に出会ってはいても、大事な存在だということには気づかなかっただろう。
 
結婚式を挙げて2年後、私たちの間には子供が生まれた。育休が終わりに近づく頃、仕事と育児の両立に不安を覚えた私は夫に提案する。
「ワーママの三種の神器、揃えときたいんだけど」
「なに、それ?」
「食洗器と、乾燥機付き洗濯機とそれから……ルンバ!!」
「いいね、早速買いに行こう!」
これからも家族としての生活は続く。自分らしく、楽しく、やっていけそうだ。
 
30手前でやたら結婚に焦っていた時、自分の気持ちとは裏腹の行動ばかりを取っていた。そして、自分のタイプではない男性ばかりと出会ってしまっていた。
しかし、その失敗からの学びが、自分だけのオリジナルの王子様を見つける方法へとつながって行った気がする。他の人に羨ましがられるような王子様じゃなくていい。自分が好きで心を許せるかどうかが問題だ。
自分の好きなことや、自分の好きなものに忠実に生きた時、縁はごく自然な形で現れた。ビビッとくるようなドラマチックな出会いでは無かったけれど、普段着で美味しい焼きサバ定食を頬張るような今の生活には結構満足している。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中のゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

関連記事