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週刊READING LIFE vol.166

なかったことにできる失敗など、なにもない。《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》

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2022/04/25/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
お葬式って、なんでやるのだろうか?
 
先日、何気なく映画を見ていた時だった。シーンは、主人公の妻のお葬式。参列者が悲しみの涙を流している中、一人、立ち尽くす女の子。大人に囲まれ、知り合いもいないのか、所在なさそうだ。
 
その姿を見た時、思い出した。それは、たしか、小学校の三、四年生の頃。ぼくも同じような経験をした。よく知らない親類のお葬式に連れていかれ、周りは大人ばかり、ぼくは一人、居場所がなかった。両親に声をかけると、すぐ近くの公園で遊んでいなさいと言われた。
 
言われた通り、公園に向かった。そして、ブランコをこぎながら、考えた。お葬式って、なんでやるんだろうかと。亡くなった人は、お葬式があろうと無かろうと、もうわからない。それなのに、あとに残された人たちは、なぜ、お葬式をやるのだろうかと。
 
葬儀が終わり、家へ向かう車の中で、母親に尋ねると、彼女は、たしか、こんな風に言っていた。
 
「お葬式はね、亡くなった人に、さよならを言うためだけの場じゃないの。それは、私たち、あとに残された人たちのためでもあるの。
 
悲しいという気持ちは、とても強くてね、それを抱えたままじゃ、私たちは、うまく生きていけないの。だから、きちんと悲しんで、自分たちの中にある悲しみにもお別れをしないといけないの。でも、正しく悲しむのって、実はとっても難しい。泣いていいよ、そう言われても、うまく泣けない人だっている。それに、自分が悲しんでいるということに、気づけない人もいる。
 
だから、お葬式って場を設けるの。そこに集まって、みんなで悲しみましょう。みんなで悲しんで、亡くなった人だけじゃなくて、自分たちの悲しみにもお別れを言って、明日からは、また、前を向いて生きていきましょう、みんなで、そう決める場所、それがお葬式なのよ」
 
ぼくは、よくわからなかった。きちんと悲しむのが、なぜ、それほどに難しいのか、なぜ、悲しみを抱えたまま、うまく生きていくことが難しいのか、それを理解するのには、ぼくにはまだ、悲しみのストックが少なすぎた。
 
あれから四十年近くの時が過ぎた。その間に、ぼくも、ぼくなりの人生経験を積んだ。祖父母が亡くなり、友人を亡くした。そして、ぼくの中にも悲しみが積もっていった。けれど、ぼくは、母のあの言葉を、いや、そもそもは、ぼくが感じた疑問について、深く考えることはなかった。なぜ、人は、お葬式をするのだろうか、そんなことは考えもせず、ぼくはただ、人生とは、なにかを得て、そして、それを失っていく過程、そういうものだ、とわかったような顔をして生きていた。
 
でも、今は思う。人は、やはり悲しみを抱えたままじゃ生きていけいない。そして、正しく悲しむことは、とても難しいのだと。
 
これは、ぼくが、母のその言葉を理解するのに、費やした日々の話だ。それは、誰かの死だなんて、たいそうな話じゃない。ぼくのありふれた日常、仕事の日々にゴロリと転がりこんできた、そんな物珍しさもない話だ。
 
 
それは、今から二年ほど前。その頃のぼくは、一つの転機を迎えていた。それまで五年ほど一緒に仕事をしてきたお客様の側に人事異動があり、ぼくと仕事する担当者、それから、彼の上司が変わったのだ。
 
その仕事とは、お客様の会社の業績見通しの仕組み作りだった。世界各地に広がる子会社、日本国内の様々な関係者から情報を集め、それを複雑なシステムに取り込んで、一つの数字にまとめ上げる。
 
まとめるだけが仕事じゃない。問い合わせがあれば、素早く回答し、お偉方の好みの結果でないと言われれば、何回でも修正する。それを、繰り返して、正確かつ簡略な仕組み作りを目指してきた。
 
面倒な仕事だった。誰も進んでやりたがらない仕事だった。周りからは、余計な仕事を増やしやがってと、後ろ指をさされ、上からは、こんな数字じゃなにも語れないと、責められた。けれども、それだけに、前任の方とは、知恵を絞り、汗をかいた。うまくいかない時は、ともに悔しがり、深夜まで仕事をした。そして、うまくいった時には、笑顔を分かち合った。
 
もちろん、すべてが完璧、理想の仕組み・システムが出来上がったはずはない。本来は自動化すべきところが、他部門の都合で手作業になってしまっている部分もある。それに扱う情報が多すぎて、誰でも簡単に扱えますよと、というわけにはいかなかった。複雑になり過ぎているのは、認めざるを得ない。ただ、ぼくたちなりの達成感はあった。前任者は、自分の上司の要望に応えられた。ぼくは、その前任者の気持ちに応えられた。そんな自負があったはずだった。
 
それが、新しい担当、そして、新しい上司の登場で、すべてがひっくり返った。彼らは言った。こんなに簡単なことを、こんなに難しい方法でしかできないのかと。もちろん、そんな直接的な言葉ではない。ただ、要は、そういうことだった。そして、こう続けた。この仕事の肝は、相手との交渉と必要な情報の収集でしょ。これから、そのあたりは自分たちでやるから、あなたには、システムへの入力をお願いすることにしますね。だって、このシステム、あなたでなければ使えないですよね。彼らは、最後につけ加えた。誰にも使えるとよかったんですけどねと。
 
ぼくは、混乱した。相手の言っていることも、一理はある。ただ、この仕組みは、ぼく一人で作りあげたものではない。新しい彼らも、その前任者も、ぼくにとっては、「同じ会社」に勤める同じ「お客様」だ。それを、担当が変わったという理由で、ぼく一人の判断で、はい、そうですかと、変更してしまっていいのだろうか。こんなことをしたら、前任者を、いや、それ以上に、五年もかけて積み重ねてきた「ぼくの過去」を、裏切ることにならないのだろうか。
 
ただ、新しい担当者、彼の新しい上司、「彼ら」が「今」のお客様だ、ぼくに選択の余地はなかった。はい、わかりました。おっしゃることは、もっともです。ぼくは、即座に返事をしていた。このシステム、たしかに難しいですよね、やっていることは簡単なのに、笑顔でそう答えていた。
 
そこからの日々は、色を失った。ぼくの仕事は、情報を、ただシステムに入力すること。「彼ら」が交渉し、集めた情報を、機械的に入力していく。できるのはぼくだけだからと、頭を使うことなく、処理していく。それは、まるで、レトルト食品を温めるだけの作業のようだった。材料も、レシピも、それから、調理も、すべてが済んでいる。ぼくの役割は、それを温めるだけ。仮に、食べた相手が喜ぶことがあったとしても、それは、ぼくの喜びじゃない。
 
そして、なにかの処理に時間がかかるたびに、「彼ら」が知らなかった、彼らにとっての「新しい」問題に「彼ら」が直面するたび、どうしてそれを先に言わないんだ、どうして、あなたしか知らないんだと責められた。そして、ぼくは、その一つ一つを壊していった。そうですよね、こんなもの、おかしいですよね、使えないですね、と笑顔で言いながら、これまで積み上げてきたものを壊していった。
 
だから、ぼくは、怒っていた。むかついていた。笑顔で応対しながらも、あんな奴らとは、もう仕事をしたくない、と彼らのことを憎んでいた。家に帰り、寝る前になると、昼間の笑顔の反動なのか、その気持ちは、ますます強くなった。眠れなくなるほどのこともあった。そして、心だけでは、とてもその感情を抱えきれず、ノートに、怒り、憎しみを書きなぐり、そして、罵った。自分でも驚くほどの汚い言葉が次々と出てきた。
 
ただ、どれだけ書いても、どれだけ思いをぶつけても、ぼくの怒り、憎しみは消えなかった。たとえ、ある夜はよかったとしても、次の一日が始まれば、ぼくは、また同じように、荒れ狂う心を抱えていた。そんな自分を隠しながら、笑顔で、自分を壊し続けた。そして、ぼくは、次第にうまく動けなくなっていった。怒りを吐き出し、新たな気持ちで、前へ進もうとしても、積み重ねられていくのは、また、怒り、憎しみ、同じことの繰り返し、仕事の質は、どんどんと落ちていった。
 
 
そんな日々が半年間ほど続いただろうか。その日は、ちょうど別の仕事で、別のお客様との打ち合わせがあった。資料を作ったのだが、上司に提出する前に、目を通してもらえないかということだった。
 
二人、会議室で打ち合わせをするうち、話が自然と人事異動の話になった。彼女が言うには、自分は、今度、新しい上司と仕事をすることになった。今までだったら、同じ資料を出していればよかったのだけど、この間、ダメだって言われてしまった。こんな話、よくあるんだけど、人事異動でやり方が変わるなんて、珍しい話じゃないんだけど、やっぱり、今までの自分を否定されているみたい。悲しいですよね、そう言ったのだ。
 
そうですよね、悲しいですよね、ぼくは、相槌を打ちながら、彼女の資料に目を通した。どうしてかは、わからない。ただ、心が、妙にしんとしていた。
 
その夜、ぼくは、いつものようにノートに向かった。今日、会った彼女のことを思い、自分と同じ境遇にいる彼女の気持ちを想像すると、怒りに火がついた。そんなの理不尽だ、これまでは、これでいいはずだったのに、どうして、ダメ出しされるんだ、変わらないといけないのは、こっちじゃなくて、そっちだろ、彼女のやってきたこと、ぼくのやってきたことを認めろよ、いつものように、とどまることなく言葉が出てきた。
 
お前たちの言っていることが分からない訳じゃないんだ、でも、そうやって、ぼくのやってきたことを認めないから、ぼくは、こうやって、怒っているんだ、お前たちことが憎いんだ、そして…… そして、ぼくは、悲しんでいるんだ。心がしんとした。
 
 
「彼ら」が、ぼくの新しいお客様となってから、もう半年以上が過ぎていた。ノートに思いをぶつけ始めてから、数か月が過ぎていた。ただ、その言葉、悲しいという言葉が出てきたのは、初めてのことだった。
 
そう、ぼくは悲しかったのだ。一生懸命作り上げてきたもの、誇らしく思ってきたもの、それに意味が無いと言われて、ずっと、ずっと悲しかったのだ。
 
もちろん、わかっていた。ぼくたちが作り上げた仕組み、それが、完璧からは、ほど遠いことなんて。でも、求めてくれる人がいたのも事実だった。だから、その気持ちに応えようとやってきた。それを「彼ら」は馬鹿にしていると想像し、勝手に自分を卑下してきた。自分のやってきことなんて無駄なこと、本当はもっといいものがあると、自分から笑って言っていた。
 
いや、想像なんかじゃなかったのかもしれない。実際に、彼らは、ぼくたちを馬鹿にしていたのかもしれない。ただ、想像だろうと、事実だろうと、そんなことは、どっちでもいい。問題なのは、ぼくが、自分のことを、自ら価値がないと言っていたことなのだ。ぼくは、自ら、自分を壊していた。笑顔を、感動を分かち合った、まぎれもない過去を、ぼくは、「彼ら」の目の前で、無かったことにしようとした。
 
でも、「悲しい」という言葉に出会い、静かな気持ちで自分を見つめ返して気づいたのは、ぼくは、きちんと悲しんでいなかった、ということだった。ぼくは何も分かっていなかった。いや、わかっていたつもりになっていた。こんなことは、よくあること、人生には勝ち負けがあり、いつも勝てるわけじゃない。だから、自分の核となる技術、強みを正しく理解して、どんな状況にも、正しく反応しなければいけない。過去なんかに、囚われている場合じゃない、と。
 
全くその通りだ。そして、ぼくは、これまでだって、それなりにうまくやってきた、これからも、うまくやっていけると思っていた。でも、そうではなかったのだ。少なくとも、この五年をかけて、前任者とともに作り上げた仕事については、そうすることはできなかった。ぼくは、それほどに、心を込めてやってきたのだ。
 
顔は笑っていた。ノートに書き連ねたのは、怒り、憎しみだった。でも、ぼくに必要だったのは、そんなものじゃなかった。ぼくは、正しく悲しむべきだったのだ。無かったことなどにしないで、きちんと過去と向き合うべきだったのだ。
 
だって、結局のところ、どこまでいったって過去は変えられない。ぼくにできることと言えば、前に進みたい、変わりたいと頭の中で思う自分と、これまでの自分に誇りを感じ、過去を大切にしたいと心で感じる自分、そんな対極にいる二人の自分の存在を認め、それを抱えながら生きていくことだけだ。そして、そのためにぼくが必要だったのは、どちらにもいい顔をすることじゃない、どちらかに目をつぶることでもない。必要なのは、引き裂かれるような痛みにきちんと向き合うこと、その痛みを受け止め、涙を流すこと。そして、苦しみ、悲しんでいる自分を許してあげること、そういうことなのかもしれない。そして、その時、初めて、ぼくは、新しい道を歩み始めることができるのかもしれない、そう思った時、目に見えない、心の澱(おり)のようなものが、すっと流れたような気がした。そう、ぼくは悲しかったのだ。
 
 
ふと思う。人生は、うまくいこうと、そうでなかろうと、続いていく。そして、残念ながら、ぼくたちの人生は、うまくいかないことのほうが多い。それも、圧倒的なほど、多い。少なくとも、ぼくに関しては、そうだ。
 
だから、この、どうしようもなく続いていく人生を、歩き続けるのに大切なのは、どうやったらうまくやれるかではなくて、どうやって失敗と共に生きていくか、それを学ぶということなんじゃないだろうか。きっと、だから、人は言うのだ。失敗からしか学ぶことができないと。そして、ぼくが学んだこと、この苦い経験から、少しでも学んだことがあるんだとしたら、それは、人が生きるには、前を向いて進んでいくには、正しく悲しむ必要がある、ということなのかもしれない、そんな風に思った。
 
母の言葉を思い出した。そう、人は、悲しみを抱えたままでは、うまく生きられない。たとえ、それが、どんなに小さなことであったとしても。無かったことなど、なにもないのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

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