あの頃僕らは、同じ穴にいた《週刊READING LIFE Vol.171 同じ穴のムジナ》
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2022/05/30/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「同じ穴のムジナ」……一見関係がないようでも、実は同類・仲間であることのたとえである。一般的には悪事を働く者について言うようだ。ちなみに「ムジナ」とはアナグマの別名であり、毛の色が似ていることから、「タヌキ」を指す場合もある。
小泉八雲の短編集『怪談』の中に、目も鼻も口もないお化けが出てくる話があるが、そのタイトルが「狢(むじな)」である。この場合、人を化かす存在としての「タヌキ」を指しているのだろう。
タヌキはムジナと同じ巣穴で生活する習慣があるらしい。そこでこの言葉ができたのかもしれない。
同じ穴で共同生活をしていた悪党……そういう視点で見れば、私にも同じ穴で生活していたムジナ達がいたものだ。それは、さながら洞穴に描かれた壁画のような、今となっては幻のような日々だった。
そんなムジナの一人であるA君の顔を見たのは数年前だった。実に30年ぶりくらいだ。
30年ほど前、幼い私たちは、同じ病院に入院していた。
最初県内の病院にいたのだが、A君の家で、良いお医者さんがいる、という話を聞きつけ、東京にある小児病院に移ることになった。
移動先の東京の病院は、実に親身になって接してくれるということで、私も(もちろん両親の意志だが)その病院へ、A君を追いかける形で入院した。
そこは、確かに良い環境だった。私は3年ほどその病院に入院し続け、小学校に上がる半年前くらいに退院した。それ以降、度々再発する病状を押さえてもらいながら、高校生になるまで大変お世話になった。
一方、A君は、私より先に来ていたくらいなので、一足先に退院した。治療も続けてはいたらしいが、順調に毎日を過ごしているという噂を耳にしていた。
それ以降、つまり幼少期に別れてから、同じ田舎の県にいながら、30年近くも会っていなかったのである。
そんな彼の顔を30年ぶりに見たと思ったら、彼の顔は、まさかの遺影の中にあった。
特別病状が悪化したとかは聞いていなかった。結局何が原因だったのか、分からなかった。
葬式には行き、確かに遺影を見たが、それが彼の顔かどうか分からなかった。
いや当然、偽物なわけがないのだが、私の中で、その顔が彼なのか、答え合わせをするには、記憶が風化しすぎていた。
私はお焼香の順番を待つ間、必至に彼の顔を思いだそうとした。私と同じく腎臓に持病があるので、特徴的な顔ではあったはずだ。
この病気の人は、体に水が溜まりやすく、顔もパンパンにふくらんだ「ムーンフェイス」と呼ばれる顔をしている。また、薬の副作用で眉毛などの体毛が濃い。
そんな手がかりはあるが、やはり、正確には思い出せなかった。
ただ、彼と入院生活は覚えている。
東京の病院に移り、そこではイタズラの限りを尽くした。シーツを汚したり、看護師さんにおもちゃの武器で襲いかかったり……ここでは言えないような恥ずかしいことだってやってのけた。
それぞれで動いても、結局は一緒になっている、それこそ「一見関係ないように見えて実は同類・仲間」であるというところの「同じ穴のムジナ」である。しかもこのムジナたち、確信犯なのが手に負えない。
私たち2人は、閉鎖された病院の中で、力の限り生きたのだと、今になっては思わないでもない。
病気がいつ治るのかも知れず、いつまで入院していればいいのかも、知れない。
それこそ病院の人々を化かして、その不安を拭い去ろうとしていた、「同じ穴のムジナ」なのだった。
その天下無双の幼少期を思い出し、自分のお焼香の番になった。
遺影の青年を、私は知らない。
私が知るのは、まだ年端もいかない、小学校入学前の子どもである。それも記憶の彼方に去りつつある。
彼に何があったのか、同じ穴から抜けたタヌキには、想像するべくもなかった。
そうだ、お互い、同じ穴から出たのだ。
あの無限の時間と閉鎖された空間から、私たちは飛び出した。飛び出すことができた。
結果、彼は死に、私は生きた。
こういう場合、つまり、誰かの事故とか、どこそこの戦争で何人死んだとか、そういう知らせを聞くたび、思うことがある。
「彼は死に、私は生きた。その違いは何だったか?」
“運”というには安っぽすぎる。一つの命だ、そんな偶然の何かで片付けていいものではない。
日頃の行いか、とも本気で考えたが、それが事実なら私は真っ先にあの世行きだ。
不公平だ、と感じる。
私たちは、同じ穴に暮らしていたではないか。それとも何か? タヌキとムジナの違いか?
本質的に、先天的に、私たちが生きるか死ぬか、その違いがあったのか?
そんな不公平があってたまるか、と、私の中の子どもが泣き叫ぶ。その度に、私の中の大人が、それこそ醜い大人が、そういうものだ、と慰めるのだった。
そう。そういうものだ、仕方がない。所詮我々は「同じ穴のムジナ」、悪党には悪党の最後が待っている。
いや、彼は悪党だったのか? 私は悪党を現在進行形でやっているのか?
答えは否だ。
結局この問に答えは出ない。そのもどかしさやるせなさが私を鬱々とさせる。
そんな時、私は今を生きる「同じ穴のムジナ」連中を思い出す。
小学校で、中学校高校で、大学で……同じような悪事、とは言わないが、何だか同じような失敗をしたり、くだらないことをしたり……それにお互い気付いて、一緒にいるようになった悪友である。
傑作だったのは、大学時代、突然電話がかかってきて、何かと思ったら、
「お金がないのにラーメン屋に入ってラーメン食べてしまった。ちょっと来てほしい」
というもので、どこから突っ込んでいいか分からなかった。
それでも律儀に私はラーメン屋に向かい、どうしようもないな、と苦笑した。苦笑しながら、彼が話す怪談を聞いて、すこぶる面白かったことを覚えている。
かと思えば、数日後、私が財布を忘れて払ってもらうことがあった。
似たもの同士というか、何というか……やはり「同じ穴のムジナ」なのだろう。
私は、このどうしようもないほどくだらない、そんな出来事に救われる。
友と今、このとき、私は確かに存在していて、明日のことは分からないが、それでも笑っていられるという事実に救われる。
「彼は死に、己は生きた。その違いは何だったか?」
その問の先にあるのは、おそらく、自分の死への恐怖心でもあるのだろう。
確かに私の病状は、一日一日と悪化してきた。
中年を目前にして、体に不調を来たし、度重なる不幸な出来事に鬱々とし、参ってしまっていたのかもしれない。
所詮私たちは「同じ穴のムジナ」、大した違いはない。
死ぬのが遅いか早いか、突き詰めていけばそれだけだ。
だからこそ、私はしっかりと生きなければならない、生き続けなければならない。
おそらく、A君もそうしただろう。
そして他の悪友も、現代を必死で生きているだろう。
「同じ穴のムジナ」たる私も、そうする必要があるに違いない。
そうだ、そういえば、以前、東京のど真ん中で「タヌキ」を見たことがある。ビルの影に、何食わぬ顔でいた。
某映画を思い出しながら、この大都会で必死に生きている生物の力強さを見た気がした。
そういえば、あの独特な表情は何かに似ている。
何かに、誰かに似ているな、と考えながらふと鏡をのぞき、人知れず苦笑したのは、ここだけの話だ。
□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。
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