週刊READING LIFE vol.172

消費してばかりいた自分にさよならを言う日《週刊READING LIFE Vol.172 仕事と生活》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース、ライターズ倶楽部にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/06/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
久しぶりに、土曜の夜に映画を観に行った。
 
私は結構な頻度で映画館に映画を観に行っていたが、ここのところ休日の土日祝日のどこかに必ず用が入ることが多くなった。映画の開始時間と自分の空き時間が合わなくなり、映画を観に行く気力体力が追いつかなくなったことで映画館に行く回数がめっきり減ってしまった。
 
じゃあ家でNetflixでも観れば? そうおっしゃる方もおられるだろうけど、家で映画を見ると必ずどこかで中断されてしまうのでとても苦手だ。この日のこの時間にここに行く! と決めて、スクリーンでちゃんと観る方が性に合っているので、その時間が取れなくなることはとてもとても悲しい。悲しいけど仕方がない。だって土日忙しくなったのは、仕事に関係しているから。

 

 

 

ここ数年で、自分の生活のバランスが著しく変化したとつくづく思う。
十数年前の私を知っている人からすれば、今の私は、信じられないくらい行動が変わっていると思うのではないだろうか。
 
専業主婦だった頃、レディースデーの水曜日、子どもたちが小学校に行っている間に映画を1本観て帰宅することが楽しみだった。幼稚園だとお迎えに行かないといけないけど、小学校は自分たちで下校してくれるから、鍵さえ持たせておけば家にいてくれるのをいいことにこれ幸いと遠出していた。
 
子どもたちがさらに大きくなって、中学高校に上がってからは、1日に2本・3本と鑑賞本数を増やすこともあった。彼らが帰ってくるのが18時くらいなので、渋谷や有楽町といった映画館が多く集まっているところで「はしご」して観てから帰っても間に合う。
 
とにかくその頃、私の生活は「どのくらい映画が観れるか」を中心に動いていた。一番映画を観ていた時は、1年間で330本くらい観ていた。およそ1日に1本、映画館に行っていた計算になる。最も毎月1日の「映画の日」、水曜レディースデーや、映画館独自のサービスデーなどの日にしか映画館には行かないことにしていたので正規料金を払ったことはほぼないけど、仮に1本1,000円としても結構な金額だ。当時週3日で事務のアルバイトをしていたが、給料はほとんど映画代に消えていたように思う。「映画のために働いていた」ようなものだった。
 
ただただ映画代として消費するだけじゃなく、鑑賞してそれでおしまいではなく、映画関係の仕事がしたいな。そんな淡い希望を持ち始めたのもその頃だった。
ブログをずっと書いていて、その内容が映画レビューのことが多くなっていた。自分で映画を観て、思うことを書いてみる。書きっぱなしで流れていくことが勿体無いと思っていた。自分のブログだから、何を書いたって自由。映画ブログ友さんもぼちぼちできて、ブログを更新するとそんな皆さんが読みに来て下さって、コメントをくれたりトラックバックをくれたりした。持ちつ持たれつの関係も楽しいけど、それだけで時が過ぎて行くことが物足りなくなっていた。
好きに書くだけじゃなくて正当に評価されたい。そう思い始めていたのだった。
 
そんな折、Twitterのフォロワーさんからこんなメッセージが来た。
「いつもブログやツイート拝見しています。30代〜40代の女性向けサイトの映画コラム担当を募集しているんですけど、よかったらトライアルしてみませんか」
とても嬉しかった。願ってもないチャンスだと思った。私の書いていることを読んで、そうお声がけしていただけるとは、なんと光栄なことだろうか。
「喜んでさせていただきます!」
二つ返事でトライアルを引き受けた。トライアルの内容は、なんでもいいのでサイトに相応しい映画を選択して、それについてレビューを書くというものだった。私は直近で観たミニシアター系の作品をチョイスしてレビューを書いて提出した。
「うーん、ちょっとうちのカラーとは異なる方向性かもしれませんね。でもあなたの文章が好きなので、もう1本様子をみたいから、お手数ですがもう1本、何か書いていただけますか?」
そうかあ。ちょっと自信あったんだけどな。でも仕方がない。気を取り直して、新たに映画を選んで書き始める。お相手のサイトの雰囲気とか、過去のレビューも参考にしないと。より注意を払いながら私は新しい原稿を書いた。今度はどうだろう。
「再度提出していただいてありがとうございました。上席とも話したんですが、やっぱりうちのサイトの方向性とは若干違うところなんです。今回は残念ですが、ご縁がなかったということで。何度も出していただいて申し訳ないです。今後ともよろしくお願いします」
「わかりました」
すごく力を入れて書いたんだけどなあ。残念だけど、向こうに合わないっていうんじゃどうしようもない。こんなこともあるよと思いながらも、チャンスをものにできなかった悔しさはあった。
 
他に映画関係の仕事なんてないだろうか。書くこととかで全然いいんだけど。探し始めてみると、映画関係の仕事の幅は実に狭いことがわかる。配給会社に採用されるとか、アルバイトから昇格するとか、誰か有名な監督やスタッフの紹介で入るとか、伝統的に外に開かれていない業界だった。
 
業界自体にとにかく予算がなく、人手がない中での仕事だから、一般からの採用はないにほぼ等しかった。ずっと新卒からやってきた人、若い時から業界に潜り込んでいた人が圧倒的に多かった。もし中途採用があるなら、キャリアを積んできた人たちを即戦力、リーダー候補として採用するのみだった。とてもじゃないけど「映画が好きです」程度の、ただの主婦上がりなんかがおいそれと入り込む余地はなかった。
(無理そうだよね……)
無理して入ったところで、深夜にまで及ぶ仕事と聞いていたからやっぱり家庭と両立させることなんて難しいに決まっている。映画関連は断念しよう、そう決めた。

 

 

 

そこからは自分のペースでブログの映画レビューを書き続けて行った。映画にいく頻度は、最盛期よりは少しは減ったけど、年間100本以上は観ていたように思う。「観て書いて」をせっせとやっていたから、それなりの分量の文章だったし、時間もかかっていた。
 
そのうち平日フルタイムで働く、今の仕事に転職して就いた。
家から遠いので朝は4時台に起床しないといけない。そこから家事をして出勤、働いて退勤したが、通勤が片道1時間45分かかる。105分もあったら映画観れるよね、などとツッコミながらも、せっかく採用になったのだから通勤時間が長いだけのことで辞めちゃいけない、試用期間が終わったら追い出されるようなことになってはいけないと思っていた。
 
仕事と日常生活とでほぼ時間を取られるので、映画館に行く回数は減った。ブログなんて書いている暇はない。とにかく1日こなすだけで疲れ果てるので、家に着いたら一刻も早く横になりたい……、そんな毎日だった。
新しい職場は、古くからいる社員の人たちの価値観がとても封建的だった。彼女たちは私にちゃんとした仕事を与えなかった。「新人に人権はない」とでも言いたそうに、私がわからない過去の話で盛り上がっていて、社員食堂でその話に適当にあいづちを打たないといけないのがとても苦痛だった。
(こんなところ、終わってるじゃん)
職場なんて入ってみないとわからないことだらけだけど、この職場は異常だった。長いこと中途採用の職を求めて就活してきたんだから、今ここで辞めたらだめだ。そう自分に言い聞かせていたけど、まるで女子中学生のせせこましいグループのように、自分たちの気に入った人だけを中央に配置するような人間が組織の中枢にいるので、事態は変わらない。
 
私は早くも職場に絶望していた。せっかく苦労して入ったのに、心が折れることばかりだった。いつになったらちゃんと働けるようになるのだろう。出勤して20分も経つともう1日の仕事が終わってしまってすることがなかった。ちゃんとした量の仕事をさせないのはハラスメントだし、それでいいと思っている職場の上層部は本当にだめだと思っていた。
(早めに辞めちゃおうかな)
そんなことばかり考えていたある日、Google Mapを開いたら、面白い書店があることに気がついた。
(天狼院書店?)
Google Mapのリンクを開くと書店の説明が出てきた。本も売っているし、読書会もするけど、文章を書くことについて講義もしているよという面白い説明に、私は興味を持った。
(行ってみようかな)
東京天狼院は職場からも歩いて行ける距離だったから、金曜日の退勤後に行くことにした。
天狼院の店員さんは私に話しかけてくれた。
「何かお探しですか?」
「文章を書くことをやってると聞いて、興味持ったんです」
「うちでは講座もやっていて、2,000字を書いて毎週出して、よければ掲載される、だめなはボツというものなんです」
 
いいシステムだなと思った。私が欲していたのは「公平な評価」だったから。以前書いていたレビューはあくまでも自己満足だったから、第三者からの目線が欲しかった。私はその講座に申し込んで、毎週2,000字を書いてみた。
最初はなかなか掲載にならなかったけど、そのうちポツポツ載るようになった。次第に載る回数が増えた。そこからさらに毎週5,000字を書くライターズ倶楽部に進み、企画が通って連載を持たせていただくことになった。何回か連載を進めていくと、外部から「こんなことを企画しているんだけど、記事を書いてくれませんか」という依頼が来るようになった。
 
依頼を受けて書くということは私が目標としていたことで、不思議なことにそれがかなっていた。そこから報酬も発生するので、どうみてもライターになっていた。
無我夢中で書いてきて、振り返ると道ができていた。毎週毎週、土日のどちらかは文章を書くために空けている。だから映画にいくことが減っていたのだ。
さらにそこから、自分で記事の写真も撮れないか? と考えて、今年の初めから写真の勉強も始めた。さらにさらに土日の予定が詰まっていく。いろんなところに撮影に行かないといけないので体力も使うけど、自分がやっていることが将来の自分を作っていくであろうから、今ここで頑張りたいと思っている。
 
天狼院に出会って、夢中で書いてきて3年が経とうとしている。まだしばらくは映画を見る本数は減ったままかもしれないけど、自分の生活リズムを変えてでも成し遂げたいことが人生にはあるから、今の方向性は間違ってはいないと信じたい。これから先、あと1年後、3年後、自分がどうなっているか楽しみでもあるし、結果を出せればいいなと思っている。ただただ消費してきただけの自分が、この先何かを作り出すことができれば、それもまた本望なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。
言いにくいことを書き切れる人を目指しています。

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2022-06-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.172

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