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週刊READING LIFE vol.172

自由な主婦でいることを自分にゆるしたら《週刊READING LIFE Vol.172 仕事と生活》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース、ライターズ倶楽部にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/06/06/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
主婦になりたくなかった。なぜなら、自由でいたかったから。
 
父は亭主関白で、母は父に従っていた。一家の長である父が、絶対的権力を持っていた。祖母も父を立てていた。私たち子どもも、例えば、居間で昼寝している父を跨(また)ごうとしたら、ひどく叱られた。狭い四畳半で180センチ近くある大男が横になると、邪魔になって通れないのだけれど、父を跨いだりするのはもってのほかで、まあ、父でなくとも物を跨ぐことでも叱られたので、父ならなおさらのことだった。
 
農家だから、家族みんなで仕事する。母も朝早くから父と畑に行き、重たい荷物も持ち、家に帰れば家事もして、お風呂に入って寝るのは最後だった。そんな母を見ていて、いつ寝ているんだろうと思っていた。自分の時間が全然ない。母は頭痛持ちでよく頭痛がしていたけれど、頭痛ぐらいで仕事を休めず、しんどくて仏頂面になった母に対して、父はうっとうしい顔をするなと怒っていたそうだ。
 
私は母を気の毒に思っていた。父の言いなりで、言い返しもせずに、ただ黙って耐えていた。母は何度も出て行こうと思ったらしいけれど、実家に住む母の弟がお嫁さんをもらって同居し始めたから、いよいよ母は行く宛てがなくなったのだろう。外で働いたこともなく、自由に使えるお金もない。母はどんなに怒られてもこの家にいるしかなかった。毎日怒鳴られる母を見るのは嫌だったし、言い返そうという発想すら打ち消してしまうような父の怖さは、歌舞伎の見得のような生易しいものではない。ぎょろっと恐ろしい目でにらみつけられるだけで、泣く子も黙るとはこのことだ。
 
 
主婦は自由ではない。と、私のなかでインプットされていた。だから、自由でいるために、私は大学卒業後すぐに働いた。自分で稼いで、自分で生きていける力をつけたかった。自立できることが、自由の基盤だと思った。そして、正々堂々と発言権を得たかった。
 
そんなときに現れたのが、年上の大学院生だった。彼も結婚願望を抱いていた。私と出逢って、「僕の奥さんになる?」と私に尋ねた。私はなぜか「はい」と返事した。それがきっかけで、するすると結婚してしまった。きっと、私たちの目的が合致したのだと思う。結婚して幸せに家族と暮らしていきたい。私は働いている。彼は無職。私が扶養すれば、結婚して生活ができるということになった。
 
私が働いて彼は家にいるわけだけれど、家事は私にしてほしいと言われ、住む家や家具、家電製品を選ぶのは時間のある彼だった。彼がすべてを決め、私が払う。私の休みの日は、日常の細々としたものを一緒に買い出しに行く。一緒に住み始めて数週間で、私は熱を出した。自由な時間がなくて、身体も心も休めていなかった。
 
彼がいつの日か仕事に就いてくれるだろうという期待のもと暮らしていたけれど、一向に仕事は得られなかった。彼は自由にふるまった。好きな事、したいことをいろいろしていた。私が仕事から帰ってきたら、掃除ができていない、料理がまずいと言って怒られ、私のランチ代が高いと言って説教された。
「誰が働いてると思ってんの!?」
ともちろん心の中では怒っている。だけど、言えなかった。女に養われているなんて、プライドの高い彼は、本当は嫌なのだろうと思ったからだ。相手を一番傷つける言葉で、それは言ってはいけない言葉だと思っていた。私たちの関係が終わる言葉だと。
 
言って終わるのなら、終わらせればよかったのだろう。私は怖くて言えなかった。この人以外に私と結婚してくれる人はいないと思ったからだ。一人になるのがこわかった。彼は私にぶら下がっていて、私は彼にすがっていた。そんな共依存だということに気がつかなかった。
私は結婚して家族がいて、家もあって、仕事もあって、幸せに暮らしていると思っていた。
 
親しい友だちに夫の話をすると、心配された。それで、大丈夫なのかと。私は、結婚とは修行だと言ったらしい。らしいというのは、私はすっかり忘れてしまっていた。
 
夫に暴言暴力をされても我慢できたのは、母と比べたらずっとましだと思ったからだった。夫婦というのはこういうものだと思っていた。唯一よく知っている夫婦である両親を基準とするのは無理もない。でも、今から思えば、母と比べて私の状況のほうが、理不尽極まりなかった。なぜなら、母は父に養われていたけれど、私は夫に養われていないし、むしろ夫を養った上、家事ができていないと怒られ、自分のお金も自由に引き出せなかった。
 
あれ、待てよ、私は母よりひどくないか。
 
母のようになりたくなくて、主婦になることをよしとせず、自由になるために自分で稼いでいるのに、自由も発言権もなく、母のようにじっと黙って耐えるだけだった。言い返したら100倍になって返ってくるし、怒鳴られるのが怖かった。趣味のいけばなの家元研究会もやめたし、好きな旅行も行けなくなった。ただ、私が働いて稼いでさえいれば、夫の役に立てているという満足感だけがあった。
 
自由のために選択した道で、私は自由を失っていた。どうしてこうなったのか。
 
私は自由を取り戻すべく、離婚した。結婚したら一生添い遂げるつもりでいたけれど、それはお互いを殺して生きることだと気がついた。離婚は、結婚の失敗を意味するけれど、私にとっては、成功へのはじめの一歩だった。
 
夫からは大反対されたけれど、いろんな人に助けていただいて離婚できた。私は晴れて自由の身になった。そのときの解放感といったら、どう表現したいいかわからないほどだが、私はなんでもできるという希望に満ちあふれていた。

 

 

 

離婚して、初めて一人暮らしをした。すべてのことを自分で決めていい、好きなようにしていいということの自由に喜びを感じた。そんなあたりまえのことができていなかった。好きなものがわからなくなっていた。カーテンを選ぶにしても、選ぶのに時間がかかった。どれがいいかがわからない。家具を選ぶ、食器を選ぶ、ひとつひとつ、してこなかったことをリハビリのように選んでいった。何が好きなのかさえわからなくなっていた。結婚していたときは、自分の好きなものを捨てられたりした。我が家には禁書があって、ある意味、夫の思想統制があったともいうべきか、読んではいけない本があった。(どんな家だ!)いい悪いは夫が決めていた。夫が選ぶものが正しいと思っていた。夫の選択が最善で間違いがなく、正しいと信じていた。私の人生を夫に委ねていたと言える。それは苦しくなるのも無理はない。

 

 

 

引っ越しして新しい職場になじんだころ、同僚の社員が入院してしばらく休職することになった。その社員の仕事をどうするかというときに、私が一人で引き継ぐようにと言われた。いや、正確にいうと、説明もなくゴールデンウイーク中に周知され、連休明けから引継ぎが始まった。私は私の仕事がある。それに加えて、もう1人分の仕事をなぜ私だけが引き受けないといけないのかと思った。社員は15人以上いた。これまではそんなとき皆で分担してきた。それがなぜ私だけが2人分の仕事を?
 
私が黙ってやっていれば済むことだったのかもしれない。でも、私はこの理不尽さを受け入れることができなかった。上司に理由の説明を求めたら、説明される前に、皆で分担するように変更になった。
 
どうやら、何も言わずやってくれるだろうという雰囲気が、私にあるようだ。そして、それを受け入れてしまうと、人にいいように扱われてしまう。仕事も生活も。
自分が自分をひどく扱われることをゆるしてしまうと、相手からもひどく扱われ、尊重されなくなる。まずは、自分が自分を守る。自分が自分をひどく扱われることをゆるさない。それが、自分を大事にするということに気がついた。

 

 

 

私は自分の好きなものに心をときめかせ、自分がしたいことをする生活を始めた。自分の心の声を聴いてあげて、自分がやりたいと思ったことをしてみる。一つ一つ、やりたかったことをしていくと、スケジュールがいっぱいいっぱいになった。何かを削ろうにもすべてがやりたいことだった。働いている時間は削れないし……、と思ったとき、あー主婦ならもっと時間があるのに、と思った。そのとき初めて、主婦になりたいと思った。
 
 
主婦は、発言権も自由もないと思い込んでいた。でも、働かなくても、自由にランチに行ったり、お出かけしたり、好きにお買い物している主婦という存在もいることを知った!
えー、皆がなりたいと言っていた主婦って、それだったの!? うしろめたさのない主婦は、自分が自由なのを知っている。私が自由じゃないと勘違いしていた。
それだったら、私もなりたい!
 
もちろん、家事や子育てに日々追われているなかでのやりくりだろうけれど、基本的にどうとらえるかは自由なのだ。ただ、自分が自分にそうしていいとゆるすだけ。皮肉にも、現に私の夫はかなり自由に生活していたではないか。家事をしない主夫という相当自由にふるまう人が目の前にいた。
 
 
働いていようが主婦でいようが、私は自由だ。
なのに、働いていても極めて不自由だったのは、自己虐待としかいいようがない。自分の思っていることをはっきり言っていいし、もう自分をひどく扱われることをゆるさない。
何をしていようと私は自由だと決めた。
 
あとは、自由奔放な私とパートナーになってくれる人がいるかどうかだけ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

同志社大学卒。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。

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2022-06-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.172

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