週刊READING LIFE vol.175

徹底的に相手の立場に立つ技術《週刊READING LIFE Vol.175 死ぬまでにやりたい7つのこと》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/27/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
皆さんの周りに「この人は頭がいい」「この人の言うことにはいつも説得力がある」と感じる方はいないだろうか?
 
テレビではその時々で人気の論客が現れる。
今でいえば2チャンネルの解説者であるひろゆきさんなどがそれにあたる。
 
彼は様々な領域に対して広い知識を持ち、また単に知識を持っているだけではなく、そのテーマに対してYesかNoかの結論まで出してくれるので、聞いている方としては曖昧さが少なく分かりやすい。
また討論番組に出れば、彼の意見と反対意見を持っている人と対決し、ズバズバと切り込んでいくため、テレビやネットの番組など、面白さ(エンターテイメント性)が求められる番組制作においては、重宝がられるのも当然なのだろう。
 
ちなみにひろゆきさんの影響力は子供達にまで及んでいるらしく、ひろゆきさんの言い方を真似して、親や教師に対して「それって違いますよね」「え、なんでそう思うんですか?」と相手を論破するような話し方をするらしく、大人としては何とも可愛げが無い子供が育っているようである(笑)
 
私がひろゆきさんの話しが面白いと感じる一つの理由は、それがディベートになっているからだと感じている。
 
皆さんもディベートという言葉は聞いたことがあると思うが、実際にそれがどういったものかを理解している人は少ないのではないだろうか?
 
ディベートとは、ある「論題」に対して「肯定側」「否定側」に分かれて、それぞれ意見を出し合い、最終的に聞いている「ジャッジ」がどちらの方がより説得力があったかを判定し勝敗を決めるという競技である。
 
例えば「日本は核武装をすべきか?」という論題があれば、「日本は核武装すべきでる」という肯定側の意見と、「日本は核武装すべきではない」という否定側の意見の両方の立場がある。
普通こういった質問をされたら皆さんは自分の考えに従って肯定側か否定側かを選んで、自分の意見を述べるのではないだろうか。
 
また、たとえこのテーマについて知識が無かったとしても、どちらかを必ず選ばなければいけないと言われたら、人は自分の直感に従って判断するはずだ。
この「日本は核武装をすべきか」という論題であれば、おそらく多くの日本人は「日本は核武装すべきではない」という否定側に立つのではないだろうか。世界で唯一の被爆国で、憲法9条を掲げ非核三原則を標榜していることは、詳しくはなかったとしてもほぼすべての日本人が持っているはずだ。
 
また3.11の東日本大震災で原発問題が起こった日本においては「核」「原子力」と言ったものがどれだけ危険なものであるかということは深層心理に深く刻まれた。
ところがディベートでは、「日本は核武装すべきである」という肯定側の立場に立って議論することを要求されるため、自分の考えがたとえ否定派であったとしても、肯定的な意見で戦わなければいけないのである。
 
これがディベートの醍醐味である。
 
ちなみにひろゆきさんはYoutubeチャンネルなどを見ていると、核に対しては肯定的な意見を持っているようだ。ところが討論番組で核に対して否定的な意見を持っている政治家や評論家が、核武装すべきではないという裏付けとなるデータを瞬時に示せないと、簡単に論破されてしまい、普段は饒舌に話している彼らが真っ赤な顔をしてあたふたする姿をさらすことになる。これがまた視聴者の指示を得る理由なのだろう。
 
しかし、ひろゆきさんの「相手を徹底的に叩き潰す」ような口調が好きではないという意見も多い。
「和を以て貴しとなす」という諺がある通り、日本人は比較的人と言い争うことを好まない傾向がある。私も出来ることなら人と口論したり、仲たがいするような状況は避けたいと常日頃は考えている。
 
日本人は相手の気持ちを考え、友達とは仲良くするという教えを子供のころから受けているため、特に相手を否定するようなコミュニケーションは好まれない。
 
しかし他民族国家で様々な文化がまじりあっている国や、自分の取り分を出来るだけ多くすることが良いことであると考えている文化の国では、相手のことを気付かって自分が損をすることはあり得ないので、自然と自分の考えを押し通すことが当たり前になっている。こういった文化圏においてはディベートの技術は必要不可欠なのである。
 
例えばアメリカでは子供のころからディベートすることを叩きこまれ、いかに相手よりも優位な状況に持ち込むかを教え込まれている。会議の場などでは自分の意見を言わなければ存在していないものと思われるため、誰もが積極的に発言する。そのため日系企業に勤めていた人が外資系企業に転職すると、まずそのコミュニケーションの取り方に驚くことになる。
 
実際私も相手と言い争いになることは好まないので、相手の意見を徹底的に論破するようなことはしてこなかった。さらに言えば自分が仕事をしていて相手を論破して結果的に良かったという経験がほとんど無かったことも、ディベート的なコミュニケーションを取ってこなかった要因でもあった。
 
例えば良好な人間関係を構築するための著書として有名なデールカーネギーの「人を動かす」ではディベートとは真逆のことが書かれている。
 
「議論を避ける」「相手の顔を潰さない」「聞き役に回る」と書かれているが、ディベートでは自分の意見を述べ、それがどれだけ正しいかを証明しなければ「勝負に負けてしまうので、むしろ相手が嫌がる部分を攻めなければいけないのである。
 
だからディベートの技術は日本ではあまり根付いていないのかもしれない。
 
しかし私は最近ディベートの必要性を強く感じ、その技術を身に着けようと競技ディベートを勉強するグループに参加を始めた。
 
きっかけは「人間関係を良くしたい」という思いからだった。
 
今までの話しでディベートは相手を論破する技術で、人間関係を構築することとは真逆であると言ってきたのに、なぜ人間関係を良好にするためにディベートを始めたのかと疑問に感じた方もおられるかもしれない。
 
しかし私は、より多くの人と人間関係を築き、一緒に良い仕事をしていくためにも「相手の考えを理解する」ことが重要だと感じたからこそ、ディベートを学ぼうと決意したのである。
 
人はどうしても自分の知識や常識だと感じていることを中心に物事を考えてしまう。
例えば自分は「核兵器なんて持つべきではない」と考えている場合、もし相手が「日本も核兵器を持つべきである」と考えていた場合、おそらく議論はずっと平行線をたどるのではないだろうか。もしくは、その瞬間は相手のことを考えに否定的なことを言わなかったとしても、心の中では「あの人は間違っている」と考え、ずっと相手のことを否定し続けるのではないだろうか。
 
つまり、人は相手が自分と違う意見を持っている場合、なぜその人がそのような意見を持っているのかということを深く考えることをせずに、単に「あの人と私は意見が違う」で片づけてしまっているのである。
そして最も怖いことは、相手が自分と違う意見を持っている場合、その人とは人間関係を築きたくないと心理的に感じてしまい、それ以上歩み寄ろうとしないのである。
 
実は私もこの傾向があることを認識していた。
面と向かって「あなたは私とは意見が違うから、付き合いたくない」とストレートな物言いはしないが、心の中では「この人とは自分は合わないな」と思ってコミュニケーションを避けていた。
 
もちろんすべての人と仲良くしなければいけないわけではない。時には距離を置いたほうがいい人もいる。
しかし、自分に相手を理解する能力が備わっていないがゆえに、常に「自分の考えが正しい、相手が間違っている」というスタンスにしか立てず、人間関係を構築することが苦手な人は社会で生きていくことはとても難しく感じるはずだ。
 
なぜならそもそもこの世の中は「多様性」で成り立っていて、様々な文化や考え、知識が共存している世界なのである。それを「自分の考えと合っているもの」だけしか受け入れられないのであれば、私たちは生きている間に知ることが出来る知識は本当にごくわずかなものとなってしまう。
 
そこで私は「徹底的に相手の立場に立って考える」という能力を養いたいと考え、ディベートを学ぼうと思ったのである。
 
実際「本物のディベータ―」は仕事でも高い成果を出している人が多い。
例えば仕事で自分が何か企画を出し、それを進めたいと思ったときに、まずしなければいけないことは、上司や同僚にその企画について賛同してもらうことだ。
 
しかし、どんなにあなたは自分の企画に自信があったとしても、上司は全く違う考えを持っていてあなたの企画に賛同してくれないかもしれない。そんな時に「私の企画はこんなに素晴らしいのに、なんでこの上司は分かってくれないんだ」と憤っているだけでは企画を通すことは不可能だ。
 
その時は上司の立場に立って、上司は何を望んでいるのか、なぜ反対意見を持っているのかを知ることが重要だ。しかし、もしこの時に自分の考えだけに固執していると、相手の考えを本当の意味で理解することが出来ないのである。
 
しかし、もし自分がディベート思考を身に着けていれば、まずは自分の企画に対して「反対側(否定側)」の立場に立って客観的に考えることが出来る。
 
コストの問題、現在組織が抱えている課題、また社会の動きがどうなっているのかなど、今まで自分頭だけで考えていた時とは全く違う視点で物事を見ることができる。
そうして初めて上司があなたの企画に対して同意しない本質的な理由が見えてくるのだ。
そこまで出来れば、自分の企画のどこを修正すればいいのか、また足りなかった部分の情報をどう補えば上司は納得してくれるのかが見えてくる。
 
仕事ができる人というのは、ここまで考えて行動している人が多い。
もちろん本能的に素晴らしい企画を考えだし、誰もが納得せざるを得ないアイデアを出せる人もいるかもしれないし、皆が反対したとしてもそれを貫き通し、圧倒的な成果を出してしまう人もいるが、それはごく一部の特殊能力を持った人ではないだろうか。
 
人が後天的に身に着けられる能力としては、「相手の立場に徹底的に立って考える」という思考力を身に着けるほうが再現性が高いのではないだろうか。
 
このように本質的なディベートの技術とは相手を論破して自分が優越感を味わう技術ではない。
もちろん競技ディベートでは試合をして、勝ち負けが決まる勝負の世界なので、勝ったら嬉しいし、負ければ悔しさがあるので、そういった感情が出ることは否定しない。
 
しかし、大人がディベートを学ぶ本質は勝った負けたといった表面的なものではなく、人として本質的なコミュニケーションの質を高めることや、幅広い知識を身に着けることではないだろうか。
 
ちなみに私はディベートを学び始めてまだ数か月だが、ディベートの奥深さにとても興味を感じている。
正直まだ入口に立ったばかりだが、いかに自分がこれまで論理を適当に組み立てていたのか、自分が何のデータも持たずに意見だけを口にして相手を言いくるめようとしていたのかがよく分かった。
 
また今までほとんど興味を持つことが無かったテーマに対して短期間で情報を仕入れ、もちろんプロには程遠いものの、少なくともそのテーマに対してそれなりに議論できるだけの知識を手に入れられることは、知的欲求が満たされ、この上ない面白さを感じている。
 
そしてディベートの本場は何といってもアメリカで英語で行われるものである。
今の自分では全くできないことだが、いつか自分も英語ディベートで海外の人と議論をしてみたいと考えている。
 
これは自分が「死ぬまでに行いたい7つのこと」の一つとしておこう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2022-06-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.175

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