週刊READING LIFE vol.175

出来ることなら『66』で『59』を《週刊READING LIFE Vol.175 死ぬまでにやりたい7つのこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/27/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「と言うことは、例の約束は少し先延ばしと判断して良いのか?」
私は、ふと目にした旧友TのSNS書き込みから判断し、そのDMを送ってみた。
Tからは、即答に近いレスが飛んで来た。そこには、
「貴君の思慮深い判断に感謝します。少し、先延ばしに同意してくれると有難い」
と、在った。私は再び、
「実は、小生もその方がかえって有難い。楽しみは先に取っておこう」
と、返信した。
 
私とTは、中高一貫校に入学して以来の付き合いだ。既に、半世紀を超える仲だ。
いい歳をしたオッサン同士の会話は、何処か照れるものだ。“貴君”“小生”といった仰々しい呼称は、その現れだ。長年の男同士なんて、そんなものだ。
しかしそうした間柄は、時として固い絆と独自の間合いを生じさせる。
 
私とTの約束もそうだった。
 
 
5年前の或る日、TがSNS上に或る書き込みをした。その内容は、
『アメリカ合衆国を横断する“ルート66”(国道66号)を走破したい』
と、いうものだった。同じことを死ぬまでにやりたい〈*1〉と思っていた私は、Tの書き込みに、
「それ、付き合うぜ。いつにする?」
と、短く書き込んだ。
私の書き込みに喜んだTは、
「俺の定年後だな。語呂合わせで互いに66歳に為る歳にしようや」
と、返信してきた。私は、
「そりゃ良いな! 計画を練るよ」
と、答えた。
一見すると軽い口約束に思えるこの会話も、長い付き合いの二人には、数多く都合の良さを含んでいた。
例えば、光学機器メーカーに長年勤務したTは、英語が堪能だ。欧米を始め多くの外国企業と関りが在る仕事を、数多く手掛けて来たからだ。ビジネス英語を自由に使いこなせるのなら、日常会話等訳なくこなせる筈だと私は瞬時に判断した。Tなら通訳には持って来いなのだ。
対するTは、学は無いものの私のことを、アメリカの映画やスポーツといったカルチャーに精通していると思った筈だ。これも、間違いではない。何しろ私は、日本の歴代首相を覚えてはいないが、アメリカの歴代大統領は、初代のワシントンから現職のバイデン迄、全て諳(そら)んじている程だ。
アメリカ旅行のガイドとしては、最適なのだ。
 
私は早速、Tにメールで確認を入れながら、『ルート66走破旅行』の計画を練り始めた。
 
 
『ルート66』と聞いても、ピンと来ない方が多いだろう。
少しだけ説明すると、アメリカ合衆国のイリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカ(LAの隣街)を結ぶ、全長3,700km余りの長い国道が『ルート66』だ。
広いアメリカの大地の約2/3を結ぶこの国道は、『The Main Street of America』と呼ばれている。文豪ジョン・スタインベックのピューリッツァー賞受賞作で後のノーベル文学賞受賞の切っ掛けと為った名作『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath)の中では、『The Mother Road』と記されていて現在でも別名として通用しているそうだ。
アメリカ人にも馴染みと印象が深いらしく、『ルート66』のロゴが入ったアメニティが、数多く製造され販売されている。彼等にとっては、特別な国道だと感じる証拠だ。
現在では、同じ番号が付けられた州間高速道路が存在するが、私とTが目指すのは勿論、1926年に制定された旧国道の方だ。
 
私達が何故、これ程までに古い国道にこだわるのか。
それは互いが幼少の頃、その名も『ルート66』と名付けられたテレビドラマを観ていたからだ。1962年から1965年に掛けて放映されていた。
ドラマ『ルート66』は、大学を卒業したての、トッドとバズという名の若者が、新型のスポーツカーで国道66号を旅するいわばロードムービーだ。旅先で出会う人々や事件、時には綺麗な女性が登場したりして、当時3・4歳の子供にとっては“これがアメリカだ”と言わんばかりの印象を残したドラマだった。
各話の詳しい内容は覚えていないが、今でも耳に残るテーマ曲と恰好良いスポーツカーは、アメリカそのものといった印象だった。
 
その新型スポーツカーは、現在も販売されている“シボレー・コルベット”の初期型だ。二人乗りで大きなボディサイズのコルベットは、これまた“ザ・アメ車”といった感じの製品だ。
ドラマに登場したコルベットは私とTの生まれ年、1959年型だった。勿論これは、3歳児に解かる訳も無く、後年私が調べたことだ。
 
 
私とTの旅行計画の中で、大事な要素の一つが『ルート66』を走破する車だ。出来合いのレンタカーをただ借りたのでは、余りに脳が無い。何しろ、66歳のオッサン二人が、ドラマ同様に旧国道をドライブ旅行するのだ。
私はTに、
「折角だから、俺等と同い歳の1959年製コルベットで旅してみないか〈*2〉」
と、提案した。Tは即座に、
「そんなコルベット、レンタカーに有るのか?」
と、聞いてきた。私は、
「レンタカーに有る訳無いじゃん。中古車を探すんだよ。アメリカには、豊富にビンテージカーが走行可能で揃っているから」
と、返答した。Tは再び即座に、
「借りるなら兎も角、買ってどうするんだ?」
と、返してきた。私は極力冷静に、
「帰国する時、売って来るのさ。アメリカ横断出来た59年型なら、必ず買い手が付くさ」
と、言い放った。
「ィヨッ! 流石にアメリカ通だねぇ。なかなかその発想は出ないよ」
Tは、半ば呆れた様な声で同意してくれた。
 
或る年の同級会で、私を見付けたTは近寄って来るなり、
「旅行のことなんだけど」
と、意味深な表情で尋ねて来た。頭の上に薄っすらと‘?’を立てた私は、無言のままで立っていた。Tが何を言い出すのか、全く解らなかったからだ。Tは、
「先ずさぁ、東行するのか西行するのか決めなきゃな」
と、言ってきた。つまり、旅の出発地点をLAにするのかシカゴにするのかといった問い掛けだった。私は、往路で長い飛行時間は避けたかったので、
「LAから西に向かおうや。カリフォルニアの方が、中古車も多いだろうし」
と、完全に59年型コルベットを買う気で言った。それを止めると思ったTは、
「そうかい。じゃ、シカゴに向かうのなら開拓の道を逆行する訳だな」
と、意外な返答をしてきた。続けて、
「それでさぁ、少し寄り道して行ってみたい処を巡ってみないか」
と、私が断る訳がないことを言い出した。更に、
「お前なら、俺が喜びそうなところ知っているだろ?」
と、私が喜びそうなことを言い出した。
 
私は、
「そうだなぁ。折角だから、アメリカで行きたい処全部行ってみようか」
と、興が乗って来ることを口にした。
「例えば、何処だ?」
「先ずは、ラスベガスに寄り道してボクシングのタイトルマッチを観戦しようや〈*3〉。それと、アメリカでそこ一か所しかない処へ案内するよ。“フォーコーナース”って処だ〈*4〉」
「何処だ? それは」
「アメリカ本土には48州在るはな。そこでただ一か所、十字路状に4州が一点で交わる処が在るんだ。知ってるか?」
「いや、知らない」
「中西部にアリゾナ・ネバダ・コロラド・ニューメキシコの4州が、一点で交わる場所が在るんだ。一度行ってみる価値は有るぜ」
私は続けて、
「それと、これは秋に行く条件付きなんだけど、道中の何処かの街の球団(MLB)がワールドシリーズに進出していたら、生で観戦してみたいんだ〈*5〉」
「チケット、取れるかなぁ」
「取れなきゃ、ボールパーク(球場)近くのスポーツバーでもいいんだ。もし観戦出来たら、冥途の土産に持って来いさ」
「冥途の土産なんて、縁起でもない。他には?」
私は少し間を置いて、
「ゴールのシカゴ直前で左にステアリングを切らせてくれ」
「何、気障なこと言ってるんだ?」
「『ルート66』からかなり外れるけど、アイオワ州の或る田舎町に行ってみたいんだ」
それを聞いたTの眼が、一瞬光った後、
「もしかして、トウモロコシ畑の球場か!?」
と、聞いて来た。
やはりTは、気心知る奴だ。Tは、私に言葉の意味を一瞬で捉えていた。
1989年製作の名作映画『フィールド・オブ・ドリームス』のセットとしてトウモロコシ畑の中に造られた、球場が今でも残って居る。
私はいつか、その球場でキャッチボールをしてみたいのだ〈*6〉。
私は、
「勿論、そうさ。そこへ行って、キャッチボールの相手をしてくれないか?」
と、Tに頼んだ。彼の答えは一言、
「Sure! (勿論!)」
だけだ。
 
Tは、
「それにしても、年寄りには強行軍だな」
と、言って来た。私は、
「いや、短時間ならきついけど、定年後の十分過ぎる時間が有れば楽勝さ」
と、答えた。
「それじゃ、御互いに健康に気を付けような」
Tは健気なことを言って来た。私はそれに、
「あっ、そうそう、旅行中俺にもしものことが有ったら、遺体は日本に戻さず火葬してくれ。そして、ユタ州のモニュメントバレーというところに散骨してくれ〈*7〉。『ルート66』とは、かなり離れるけどな」
と、返した。Tは、
「オイオイ、縁起でもないこと言うなよ」
と、叱って来た。続けて、
「でもな、もしもの時は必ずそうするから安心してくれ」
と、約束してくれた。
 
私は何だか、Tと旅行の話をしただけで、死ぬまでにやりたいことを全部達成した気に為った。
どこか、安堵した気分だった。
 
定年が無い自営業の私は、Tの定年退職(満65歳)を心待ちにすることにした。
 
 
Tが、完全定年迄後2年と為った今年2月のことだった。
彼が何の前触れも無く、SNSにどこか嬉々とした感の書き込みをした。
それは、定年2年前の男には、似つかわしくないはしゃいだものだった。
 
【御報告】と題した書き込みには、定年直前のTにスカウトが届いたというものだった。
それも、Tが若い頃から一度はやってみたかった職種だそうだ。しかも、信じ難いことに役職手当が付いていた前職よりも、給与が上がるというのだ。
 
ベースアップも含めて、給与が上がることが当たり前の若者ならいざ知らず、定年を間近にしたオッサンにとって、給与が上がる等ということは、宝くじが当たるのに等しい幸運だ。
ただ、“運も実力の内”の諺の通り、Tには実力があったに過ぎない。
Tは、誰の助けも借りずに、ビジネスマンとして見事な晩年を迎えることに為った。
 
いくら古くからの友人とはいえ、他人(ひと)の運を邪魔してはいけない。
私は、潔くTの完全定年を待つことにした。
死ぬまでにしたい7つのことを、先延ばしにした。
 
 
今私は、Tとの約束を先送りしたことで、ほんの少しだけ安堵している。
それは多分、7つ目が私の死に関することだからだろう。
 
 
そして多分、Tも同じく感じたことだろう。
 
うん、間違いない。
長年の男同士なんて、そんなものだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)


1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2022-06-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.175

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