週刊READING LIFE vol.182

お母さん、離婚してもいいよ《週刊READING LIFE Vol.182 令和の「家族」像》


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2022/08/22/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「お母さん、もう離婚したら」
 
今から10年以上前、当時、高校に入学したばかりの娘が、私にそんな言葉を投げてきた。
私の寝室の隣の部屋が娘の勉強部屋。
壁一枚を隔てた、母の寝室からは毎晩のように唸り声が聞えるという。
「マウスピースを使いますか」と、歯科医に勧められるくらい、歯ぎしりの後が歯に残り、健康な歯が悲鳴を上げていると言われた。
 
「もう、いよいよ限界かな」
 
同じ会社の後輩だった4歳年下の夫と結婚して、その3年後、娘を授かった。
ところが、娘が生まれてから、夫の様子はだんだんおかしくなっていった。
娘は可愛がるものの、夫婦の関係はどんどんと冷えていって、ただのお父さんとお母さんという関係になっていった。
夫婦二人が同じ屋根の下で暮らすのは、同じ姓を名乗るのは、きっと娘のためだけだったと、今になると思うのだ。
 
そんな崩れかけた夫婦だった私たちは、日々の生活もギクシャクしていた。
今思うととても申し訳ないのだが、夫の愚痴を私は日々、娘に聞かせていた。
どんなにお父さんがひどいことをしているのか。
どんなにお母さんは悲しい思いをしているのか。
抱えた思いが重すぎて、吐き出さないことには参ってしまうので、その相手が娘になってしまっていたのだ。
そんな面白くも嬉しくもない両親の話を、毎日娘は黙って聞いてくれていたのだ。
 
夫とは、大恋愛の末、結婚した。
今、「大恋愛」と、書くこともこっぱずかしいと思うくらいに、その思いは日に日に薄れていった。
相手に対する「愛」は、娘が生まれた頃に剥がれ落ち、「情」だけでつながった関係が長く続いたように思う。
 
夫婦のカタチって、その夫婦の数だけあると思うが、こんな仮面夫婦というのも実はあるんだなと自分がそうなってみて肌で感じることとなった。
 
「娘を育てること」だけが、私たち夫婦の最大で最終の目標だったが、やがてその娘も高校生となった。
十数年間の間に、「情」は、うす~い紙くらいにペラペラの域に達していったことが、イヤでもわかるような、そんな関係になってしまっていた。
 
そうなると、そんな思いはとうとう私の身体に出るようになっていった。
日々、イライラしていることは自覚していた。
ずっと、頭の中では離婚のことを考え、悩むことが多くなっていった。
苦痛を通りこして、困難な心境が私の身体を壊していったのだ。
毎晩、歯ぎしりは大きな音を立て、とても汚い言葉と表現で唸る寝言に、隣の部屋にいる娘は居たたまれなくなったのだ。
娘としては、自分の父親が母親に対してどんなことをしているかを知っていて。
母親はそのことで日に日に身体におかしな症状が出てきている。
そんな状況を見て、私に言ったのだ。
 
「お母さん、もうお父さんと離婚したら」
 
それはずっと私が頭の中でグルグルと思い悩んでいたこと。
気がつけば、その時間は干支が一回りするくらい長い期間だった。
それでも、私自身、答えが出せなかったことに、娘はいともあっさりと、さらりとその言葉を投げてきたのだ。
 
「だって、あなた、お父さんのことが好きでしょ」
 
そう言うと娘は、
 
「好きよ。だからお父さんとお母さんが離婚したって、その気持ちに変わりはないから大丈夫」
 
大丈夫、なんだ。
そっか……。
 
私が離婚を干支一回りする時間悩んでいた理由は、この3つだった。
私の妹が先に離婚していたので、姉妹揃って離婚したら年老いた母がショックを受け、親せきにも笑われるかもしれない。
 
お父さん大好きの娘から、父親を取り上げるのはかわいそう。
 
経済的にやってゆけるのか。
 
でも、その中で自分の力が一番及ばないのは、娘のことだった。
だから、最終的に引っかかるのは、娘のことだったように思う。
ところが、その娘から「離婚したら」と言われたとき、私が離婚に踏み切れない、最後の一本の糸がプツンと切って離されたような、そんな気持ちになった。
 
そうか、離婚してもいいのか。
 
そこから、私はずっと頭の隅っこでシュミレーションしていた、具体的な離婚への道のりを真剣に考えるようになっていった。
 
そうして、2012年6月、ようやく、私たち夫婦は離婚することとなった。
 
あの、私が12年間もの間、離婚を決めかねていた問題はどうなったかと言うと……。
実家の母には、離婚を決めるまで、夫婦間の問題を一切話してこなかったのだ。
実家に家族で遊びにゆくことも多々あるので、先入観を抱かせると申し訳なかったから。
母が私たち夫婦を見て、辛くなっては申し訳ないと思ったからだ。
そして、離婚を決めた時、初めてこれまでの夫婦のことを話すと、「ゆりちゃん、帰っていらっしゃい」と、明るい表情で言ってくれた。
泣き崩れることも、寝込むこともなく、むしろ、頼りがいになる母がそこにいた。
もちろん、親せきだって笑うことなんて全くなかった。
「ゆりちゃん、大変だったね、よく頑張ってきたね」と、労ってくれたぐらいだ。
 
そして、経済面に関しても、離婚後に出会った断捨離トレーナーとして仕事をしていて、何ら問題もない。
 
人というのは、その問題が大きければ大きいほど、「決める」ということが怖くなるものだ。
だから、決めなくてもいいような理由をあれこれとあげていっているような、そんな気がする。
「離婚したい」と、頭では思いながらも、人生において、そんな大きな問題を決める勇気なんて私にはなかったのだ。
そこで、勝手に離婚を決めなくていい理由をあれこれと作っていったのだ。
それには、実家の母や親せきまでも登場させて。
そんな優柔不断な私の背中を押してくれたのが、離婚できない理由の一つにあげていた娘だった。
 
今年はちょうど、離婚してから10年目を迎えた。
高校生だった娘も、今では社会人となった。
 
離婚した後、母親についてきた娘と離れて暮らすことになった父親の関係とはどんなものなんだろうか。
巷では、別れた夫に子どもを会わせたくないと母親が言ったり、そもそも親権をどちらが持つかで争ったりすることがあるとよく聞く。
ところが、親権問題も、娘との面会に関しても、私たちは難なくスムーズに解決していた。
親権は私が持つことにしたが、娘にとって父親という存在がなくなることもない。
そして、夫に原因があって離婚したけれども、それと娘と父親との関係は、私が関与することではないと思っている。
 
「あんなひどい夫」とは思うけれど、「あんなひどいお父さん」ではないと思っている。
なので、この10年間、毎月のように父娘二人で食事や買い物に行ったり、父親は自分の仕事先である中国へ娘を呼んだりもしている。
 
そう、私と夫との関係は終わってしまったけれど、父と娘の関係というのは、きっと永遠に続くのだろう。
私があんなにも心配していた「お父さんを娘から取り上げる」という考えは、幻だったようだ。
父と娘のつながりは、法律や紙切れ上の手続きで、崩れるようなものではないということを痛感した。
 
だったら、夫婦の関係に問題を抱え、身体にまで支障が出てしまうようなかつての私のような状況にあるならば、子どものことよりも、まずは自分自身の思いを確認することが大事だと思う。
かつてのような、法律上の家族というカタチはなくなってしまったけれども、血縁のある父娘の絆というのは、そんなにヤワで脆いモノではないんだな、とつくづく思うのだ。
 
「家族」というカタチは、それぞれが自分で納得するものでいいんだよね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2022-08-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.182

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