週刊READING LIFE vol.183

収集家の作法《週刊READING LIFE Vol.183 マイ・コレクション》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/29/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私には収集癖がある。
気に入ったものは全種コンプリートしたくなる。
 
「ねこあつめ」というアプリでレアねこさんも含めて全種のねこを集める、とか、トミカのミニカーを集めるとか、ジブリのぬいぐるみを集めるとか、ゲームをすればすべてのサブクエストまで全部コンプリートしないとストーリーを進めたくないとか、子どもの時から色々集めてきたような気がするが、やはり意図せず一番集めることになっていたのは本だろう。
 
子どもの頃は買い与えられる本が主だった。だが、中学生の頃にはハマっていたアガサ・クリスティーの本を全巻そろえて赤い背表紙が本棚に並んだら、それはそれは楽しいだろう、と想像しては悦に入っていたことがある。アガサ・クリスティーの本は長編だけでも60冊以上、それに短編集や戯曲集など著作が多岐に及ぶため、当時出版されていたハヤカワミステリー文庫でも全部そろえるなんてことは中学生のお小遣いではとうてい無理な話ではあった。
 
今はいわゆる「大人買い」で買うこともできるのだけど、アガサ・クリスティーの本は現在クリスティー文庫というラインナップで発刊されており、昔から持っていたハヤカワミステリーとは見た目が違う。おまけに本の高さも微妙に数ミリほど違う。これでは集める気がすっかり失せてしまう。今まで集めたものが無駄になって全部買い直し、というのでは自分的に「美しくない」気がする。
 
そもそも本を読むにあたって、好みは断然シリーズものだ。そのシリーズものを1から順に集めて読んでいくのが一番しっくり来る。今私の本棚に並んでいるものは、ほとんどがシリーズものになる。結婚して新居を建てたときに前から目を付けていた引出式の書庫を壁一面に並べ、そこにお気に入りの作家のシリーズを並べている。一巻だけ文庫本サイズで、など、お気に入りすぎるのにサイズがそろわないものは買い直すなどしているので、本棚を眺めるだけでニンマリと笑みが出る。そういう本棚が欲しかったのでその点では夢が叶った状態だ。
 
と、ここまで話してきた本は主に物語、つまり小説が主となる。
時代小説、現代ミステリー、本格ミステリーにファンタジーなどのお気に入りの作家のシリーズの話だ。それに加えてだんだんいわゆる「実用書」の範疇に入るものも増えている。こちらはシリーズで集める、という感じではない。古いものは大学時代の一般教養の授業で使われたものや高校時代の英語の参考書なども残っている。山川の歴史の教科書まで残っていたりもするが、さすがにこの辺はもう処分してもいいかもしれない。
 
この実用書カテゴリーでかなりのウェイトを占めているのが、食と健康に関する本だ。このジャンルの本は書庫の一角を使って保管されて。レシピ本などは一時期相当熱を入れて買い集めていたことがあり、あまりにも多くて使用頻度の低いものは必要な部分だけあれば残し、他はかなりの数を処分した。今ではキッチンの本棚に十分収まる数になっている。
 
健康に関する本は他のビジネス書と同じように知識を求めてのものなので、読んで共感すれば保管、特に興味なければ処分するようになった。以前、マクロビオティック(一般的には玄米菜食、その実は哲学的思考にもつながる)など食事法、食養生の勉強をしたことがあるので、その時に買った資料がかなり多い。今では絶版のものなどもあるので、ある程度は手元に置いた方がいいと思ってそのままにしている。
 
そして、今買う本はビジネス書、自己啓発本などのジャンルに入るような実用書が多い。講談社新書、文春新書など新書サイズのもの、A5版サイズのビジネス書など色々興味あるものを買い集めるので、収集がつかない状態だった。「瞬読」という速読法の一種に出会い、そこのコミュニティで紹介される本を買う本も増えた。天狼院書店の読書術の講座を受けて、本を買うことに対するハードルが無きに等しいレベルまで落ちて、さらに本を買う頻度が高くなった。こうなるとただの積読どころではない。収集癖にもほどがあるわけで、ふと我に返って何故こんなに本を買うのか、自分に問うてみた。
 
なぜ本を買うのか?
 
買いたいから?
それはもちろんそうだろう。
例えば、気に入った装丁の本を集めたい、のは所有欲を満たそうとしている。アガサ・クリスティーの本を集めたかったのはこの理由だ。物語のシリーズ全巻をそろえたいのも、読みたい気持ちがあるにしてもそのまま手元に置いてニヤつくのは同じく、所有欲を満たす目的と思われる。
 
しかし、普通のシリーズでもない実用書の場合は、特に所有欲は満たされない。そりゃ、本棚にたくさん本が並んでいれば楽しいけど、その場合、コレクションしたい対象は本、という物質ではない。集めたいものは、ずばり「情報」だろう。本から得られる情報をとにかくかき集めたい、ということではないだろうか。集めたいものの対象が、目に見える物質からいつの間にか目に見えない情報、というものに移行していたようだ。
 
これは旅行に行く前の下調べに似ている。
学生の頃から社会人に成り立てのころ、よく海外に個人旅行に行った。その頃はまだネットで得られる情報が限定的だったこともあって、情報の頼りは『地球の歩き方』などのガイドブックだった。団体ツアーのようにぎっしりと予定を組むようなことはしないが、大枠でどこに行くか決めるために、現地の情報を集める。その集めた情報を元に宿をどこにするか、どのルートで生きたいところを回るか、など決めていく。
 
この旅行の下調べのようなことを人生で本に求めているのではないか、私はそう気が付いた。
 
世の中には旅行に行くにしても特に何も予定を立てず、行き当たりばったりが楽しい、それこそ旅行の醍醐味だ、という人もいる。それも確かに真理だろうし、そういう旅行を楽しめる人も多い。しかし、私の場合は、情報を事前に知らないことによって逃してしまうことが惜しくて惜しくてたまらないのだ。ドイツのミュンヘンに行ったら、断然食べるべきソーセージはヴァイスビュルスト(白ソーセージ)だ、とか、その時期ならベルギーのイーペルでは猫祭りが行われる、とか、できる限りの情報を事前に得ておいて旅行で最大限の効果を享受したい。そう思う私は相当な欲張りかもしれない。
 
元々の収集癖の上にさらに情報、という目に見えないものまでコレクションすることに喜びを感じる、というのは、もう病膏肓に入るとしか言いようがない。バカにつける薬はないとはよく言ったものだ。自覚もじゅうぶんにあるので、かなりの重症だ。
 
ここまで情報収集に血道を上げるようになったのは、明らかに社会人になってからだ。私は英語の同時通訳者として長年仕事をしている。通訳というのは、これまた因果な商売で通訳する時間はごく短時間なのにその時間で最高のパフォーマンスを上げるには普段の勉強が大きくものを言うことになる。国際会議でも社内会議でも挨拶原稿などが決まっている場合を除いて誰が何を話すか、事前に100%分かることはほとんどない。たとえ事前原稿があったとしても、アドリブでスピーカーが何を言うかはまったくもって予測が付かない。ビジネスの通訳で、もし前日に株価が大幅に落ちた、ということが起きたなら、株式市場についての持論を挨拶がわりに話すかもしれない。これならまだ予測が付くからいい。外国から来た賓客が昨晩食べたすき焼きの味が最高だった、と言うかもしれない。その場合、母音が大きく混じる日本語は外国人には発音しにくいから、「スキヤキ」ではなく他の言葉に聞こえてパニックに陥るかもしれない。そんなこんなでとにかく何でもいいから何か情報があれば集めとけ、と無意識に自分に言い聞かせているのだ、きっと。
 
先日、大学生のサークルが地元の古美術商を招いて日本の美術工芸について話をしてもらう、というセミナーを通訳する機会があった。もらった資料を見てみれば、セミナーの半分はいかに刀剣の用語が日本語と日本文化に根付いているか、というものだった。
 
さてこの場合、どうするか。
まずは刀剣について、何か知っている情報の中で何かなかったかどうか、自分の頭の中にあるインデックス(目次)を検索していく。時間があれば大型書店や図書館で資料を探したかもしれないが、このときは時間に余裕がない。そこで思い付いたのが、以前読んだ『KATANA』というマンガだった。主人公は刀剣鍛冶の家に生まれた研ぎ師でシリーズの最初の方に確か作者が調べた刀の部位や刀剣用語に関する説明があったはず、と探してみると確かに詳しい説明ページが見つかり、しかもマンガなので図解が分かりやすかった、ということがあった。情報を集めておくことは明らかに自分にとって利がある、それは間違いないところと言える。
 
ところが、最近ではこの情報の収集の仕方が変わってきているように思う。
 
つい最近まで、情報は目に見える形で残すのが普通だった。
紙の書類だったり、本だったり、冊子だったり、家に保管されている情報だったように思う。ところが、インターネットの普及に伴い、情報の収集方法も変わり、さらに情報の保存方法にも変化が出ている。そもそも、情報は検索すればすぐ分かるものだから、イチイチ文書として保存する必要はなく、手元には目次、つまりインデックスがあるだけでよいのだ。情報を記憶するのではなく、情報のありかだけ把握していれば十分だ、ということになる。
 
インターネットの通信速度も大幅に向上したため、手元のパソコンにさえ情報が保存されておらず、そのインデックスさえもクラウド上に保存されているかもしれない。常時接続が完全に定常運転になったが故の進歩だろう。
 
それでも。
それでもやはり、手元にそろうものはそろえたくなってしまうのは、私に収集癖があるからだろう。私の父はとにかくなんでもポンポン捨ててしまう人で、本も読んだら捨てる、時には必要な書類さえ捨ててしまったりする。私の子ども時代のアルバムさえ、油断したら処分されてしまった。自分が興味のないことはまったく覚えようとせず、いくら説明してもすぐに忘れてしまうような性格の持ち主だ。
 
それに対して私はやはり、手元にものを置いておきたい、と思う。検索すれば分かると言ってもたくさんのことを知りたいし、覚えたい。知識欲旺盛といえば聞こえはいいが、悪く言えば欲張りか。ややもすれば情報を集めることに終始した、ただの博覧強記になりかねないので、そこは十分に注意をする必要がある、と自分でも思っている。集めに集めた情報はいかに使うか、が重要になる。クリスティーの本なら赤い背表紙をニヤニヤと眺めているだけでよいが、集めた情報は使ってなんぼ、のものだからだ。
 
知りたい、という気持ちを考えるときにいつも思い出すことがある。『結界師』というマンガの1シーンだ。奥久尼というこの世の知識を蓄えに蓄えた人物が一度死んだ後に霊体として復活し、主人公の兄と一緒に問題解決に奔走していのだが、事態が収まった後には「この世のすべてをどうせ知ることはできない」という感じのセリフを残して成仏してしまうのだ。
 
いくらたくさんの情報を集めることに終始しても、けっしてこの世のすべてを知ることはできやしない。そんなことは分かっているよ、と言い返しはするけど、やはり知りたい、情報を集めたい、という収集欲は死ぬまで消えないのだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.183

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