週刊READING LIFE vol.183

まだ加賀棒茶を知らない人に伝えたいこと《週刊READING LIFE Vol.183 マイ・コレクション》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/29/公開
記事:飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
搭乗開始を告げるアナウンスが流れ、待合スペースの椅子から立ち上がってゲートに向かう時だった。搭乗ゲートの近くにある売店でふと目に止まったものがあった。金沢で週末を過ごし、あとは帰るだけだ。軽そうだから自分用にちょっと買ってみよう、そう思って手にしたものがあった。
加賀棒茶のティーバッグだった。
金沢にいる間、そういえばカフェのメニューやお土産もののお菓子で「加賀棒茶なんとか」を見かけることがあった。加賀ってついているから金沢の特産品なんだろうな、棒茶って確か茶色い色のほうじ茶だったよな、くらいのぼんやりとしたことしか知らなかった。
 
翌朝、そうだアレを飲んでみるかと加賀棒茶を取り出した。金沢の帰りに搭乗ゲートでふと思いつきで買ったものだ。
封を切った瞬間、ほうじ茶特有の香ばしい香りが広がった。私の周り全体が香りに包まれたようで驚いた。
三角の大振りなティーバッグから伸びる紐を親指と人差し指でつまんで持ち上げる。じっと中身を見ると、焙煎された茶色い茎が沢山折り重なるように入っているのが見えた。数字の1だけを何十本もそこに閉じ込めたようだった。
 
おいしく淹れるには熱湯で、と加賀棒茶の袋に書いてあった。お湯が沸いたらそのまま注げば良い。
普段飲んでいた緑茶は、おいしく淹れるにはお湯を冷ましてから茶葉にそそぐのが重要と教わった。緑茶を熱湯で淹れると渋みが強く出すぎて旨味が出ない。旨味を引き出すためには、使うお湯の温度を下げるのがポイントなのだ。だが、実はこの一手間がちょっと面倒くさいと思っていた。その点、加賀棒茶は熱湯OKで気楽でいいなと思った。
 
加賀棒茶のティーバッグめがけて沸かしたてのお湯を注ぐ。その瞬間、袋を開けた瞬間とはまた違う、焙煎の香ばしさの中にお花のようなみずみずしい甘さを含んだ香りが広がった。だんだんとお湯の茶色が深くなっていく間、何度も何度も香りを胸いっぱいに吸い込んだ。すごいな加賀棒茶、そう思った。
 
香ばしい香りの加賀棒茶を飲むと、不思議とすごくリラックスした気分になれた。外は寒いのに、日当たりの良い窓のそばでお日さまに当たってぽかぽかで幸せ。子供の頃のお正月、おばあちゃんの家で過ごした時のぬくぬくした気分をふと思い出すような味だった。
6個入りだったティーバッグは、気に入って立て続けに飲んだせいで、あっという間に在庫切れとなってしまった。次に金沢に行ったら、他のお店の加賀棒茶も買ってみようと楽しみになった。
 
夫が金沢で単身赴任をしていたため、私は月に1度のペースで金沢に行っていた。
加賀棒茶はどこで買えるかな。あれこれ検索していて、スクロールする指が止まった。全国のほうじ茶のルーツは金沢の加賀棒茶にあると知った。金沢の人が初めてお茶を炒り、香ばしいほうじ茶を生み出したのだ。やるなあ金沢、そんな気持ちでグーグルマップにいくつもの茶葉販売店にピンを立てた。
 
江戸時代に加賀藩は茶の栽培を奨励し、この地方は全国有数のお茶の産地になった。明治時代になるとお茶は主要な輸出品となり、ほとんどが海外に輸出されたため庶民には高くて手が出ないものになってしまった。
輸出していたのはお茶の木の「葉の部分」だった。摘み取って葉を取ったら、茎の部分は残ってしまう。この、いわば残り物を有効活用しようと、当時の金沢の茶商が残った茎の部分を焙煎することを考えついた。原材料は残り物だっただけに、お値段もお手頃だ。こうして生まれた加賀棒茶は金沢の人々の間で大ヒットした。棒みたいな茎のお茶だから棒茶だ。言ってみれば廃物利用で大逆転。すごいひらめきだと感心した。ティーバッグの中身が棒みたいな茎ばかりで葉が入って無かったのは、もともと残った茎を使ったという歴史があったからだった。
 
金沢出身の人は、お茶というと緑ではなく茶色をイメージすると話していた。それくらい、棒茶や番茶と呼ばれるほうじ茶は、金沢のあらゆる所で日常的に飲まれている。確かに、金沢の飲食店で出てきたお茶はほぼ全て茶色いほうじ茶だった。そういえば緑茶を見たのはお寿司屋さんだけだった。
家庭で飲むのも普段はほうじ茶で、緑茶を出すのはお客様が来た時くらい、と聞いた。圧倒的にほうじ茶を飲む機会のほうが多そうだ。
夏は麦茶の代わりにほうじ茶を飲む。やかんで煮出し、やかんごと水に入れて冷やす。子供の頃暑い日に外で遊んで家に帰り、やかんのほうじ茶を飲む。やかんからコップにお茶を注ぐと棒茶の茎も入ってきて、と懐かしい夏休みの思い出を語ってくれた人もいた。今でも金沢の家々の夏の冷蔵庫に入っているのは、高い確率でほうじ茶なのだろう。
 
金沢のどの茶葉販売店に行っても、ほうじ茶である加賀棒茶は不動のセンターポジションに鎮座している。金沢以外では見られない配置だ。それだけ金沢の人々の暮らしに無くてはならないものなのだろう。ほうじ茶だけで何種類もあったりして、お店の人に相談しながら選んで買った。
ほうじ茶をお店の奥で焙煎している所もある。お店が近づくにつれて、前の通りに漂うほうじ茶の香ばしい香りがだんだんと強くなっていくのが分かる。そんなお店の前を通るたびに、深呼吸して幸せな気分になった。
 
色々な茶葉販売店の加賀棒茶を買っては飲んでみた。さまざまなタイプがあることが分かった。いわゆる深煎り(ふかいり)と浅煎りでも味わいが違う。金沢で初めて知った浅煎りタイプのものは、お湯を注ぐとこれまでに描いていたほうじ茶のイメージを覆す淡い茶色のお茶になった。香ばしい中にフルーティーな香りがあったり、緑だったころの面影を残すような緑茶の持つすっきりした味わいもあったりする。「いい人そうないい人」だと思っていた男性に、意外な一面を発見してちょっとドキッとしちゃった。そんな感じの、緑茶とほうじ茶のいいとこ取りをしたようなお茶だった。
コーヒーにも深煎り浅煎りがあるように、金沢のほうじ茶にも奥深い世界が広がっていた。
 
人気の観光地、東山茶屋街に数種類のほうじ茶の飲み比べができる茶房があり、こんなにも味が違うものかと驚いた。ちょっと遠い所にあるのですが、とお店のお姉さんが自社の焙煎工場のことを教えてくれた。ほうじ茶のことをもっと知りたくなり、翌日早速見学に出かけた。大人の自由研究だ。「ちょっと遠い所」は金沢駅から電車で1時間近くかかる所だったが、そんなのへっちゃらだった。
工場の看板が見えてくると、ほうじ茶を焙煎する香ばしい香りが漂ってきた。近づくにつれ、だんだん香りは強くなっていく。良い香りに吸い寄せられるように足早に焙煎工場に向かった。
工場と店舗を仕切る、大きな窓から見学した。焙煎する機械やベルトコンベアが見える。
焙煎する温度は200℃近くになることもある。窓を通して熱気が伝わってくる。焙煎する前の原料茶の倉庫は室温6℃、一方で焙煎室は40℃まで温度が上がる。極端な寒さと暑さを行き来する仕事に、おいしいお茶の裏に秘められた苦労を知った。知ることで、ますます加賀棒茶が好きになった。
 
すっかり加賀棒茶にハマってしまった私は、東京にいる時も加賀棒茶を飲み続けた。
寒い冬の朝、沸かしたてのお湯をポットの中の棒茶に注ぐ。湯気とともに、香ばしい香りがふわあっと広がる。蓋をする前に思い切り顔を近づけて、良い香りを嗅ぐ。もう1回。ああ、なんか安らぐなあ。リラックスした幸せな気持ちになれた。
リラックスできる花のような香りの成分も、焙煎の香ばしい香りの成分も、葉よりも茎のほうじ茶に多く含まれていることを知った。加賀棒茶は茎ばかりだ。だから毎回深呼吸するくらい良い香りなのね、となんだか得した気分になった。
 
夫の単身赴任期間が終わりを迎える頃、その後の東京暮らしでも加賀棒茶を楽しみたいと思った。残念なことに、東京で買える加賀棒茶は金沢で売られているもののほんの一部だった。
ほうじ茶は緑茶に比べてお手頃価格だ。緑茶の半分くらいの値段、1袋500円から1000円程度で買えるだろう。東京でお取り寄せをしたら、下手したら送料のほうが高くつくかもしれない。ならば、この機会に買い集めよう。
こうして私の金沢で過ごす最後の数日に「金沢じゅうの茶葉販売店を回って加賀棒茶を買い集める」という大きなミッションが加わった。壮大な加賀棒茶コレクションになりそうだ。思い描いてワクワクした。
 
加賀棒茶を求めて12か所ものお店を巡るうちに、金沢のことがますます好きになった。創業が江戸時代で、160年近くも続く古い茶葉販売店がいくつかあった。昔使っていた大きな茶壺の古びた味わいに思わず写真を撮らせてもらう。いわゆる町家と呼ばれる伝統的な木造のお店もあり、のれんをくぐってガタガタいう引き戸を開けてお店に入った。お店の中を見渡し、時が止まったような感覚に浸るのも興味深かった。
焙煎したばかりの加賀棒茶をその場でざくざくと袋詰めしてくれたお店があった。焙煎の香ばしい香りで満ちた店内で、お店のご主人は「うちは毎日炒ってます」と誇らしげに答えてくれた。
金沢じゅうのお店を回って加賀棒茶を買い集めていると話すと、どのお店の人も興味津々だった。「それなら是非、ウチのこれ、試してみてください」と自慢の商品を選んで勧めてくれた。どのお店の人も加賀棒茶のおいしさに誇りを持っていて、心から好きなのが伝わってきた。
 
お店の人におすすめを聞いたりしながら、ちょっとした世間話をするのも楽しかった。金沢の街は世間話をしたくなるような、ゆったりした時間が流れているように思えて好きだった。何か聞くと、どのお店の人も丁寧に教えてくれた。
あるお茶屋さんで、次はあのお店に行くといい、95歳のご主人が店番をしていることがあるからと聞いた。95歳で現役ってすごい。次の加賀棒茶を買いに向かった。
 
店先に植木鉢が並べられている、昔ながらのお店だ。ガラガラと木枠のガラス戸をスライドさせてお店に入る。あれ、誰もいない。
すみませーん! とお店の奥に向かって叫ぶ。
しばらくすると、奥からどっこいしょという声が聞こえた。ゆっくりと立ち上がって歩き出す様子が分かった。噂に聞いたあのお方が現れて胸が高鳴った。
若々しくてとても95歳には見えなかった。お茶のことよりも、ご主人のことが気になって話しかけてしまう。95歳とお伺いしました。
「96になりました」とニッコリ笑ってご主人は答えた。すごい! と興奮気味で早口に質問を続ける私に何でも答えてくれた。耳が遠くて聞き返されるなんてことは、全く無かった。驚異の眼差しで聞いてみると「お客さんの言うことが聞き取れないと商売できませんからね」と笑っていた。お店に立つことが若さの秘訣なんだろうな。
終戦の時はどこそこにいました、と私はご主人の人生のダイジェスト版を聞いていた。戦争の時は辛いご苦労もされたに違いない。それなのに「今となってはみな、良い経験です」とスーパーポジティブなのだ。いい人生です、皆に感謝です、とゆったりと満足そうに語る姿は後光がさしているようだった。ポジティブ思考、これも若くて長生きのヒントだな、と心の中にメモした。
しばらく話し込んでしまった。96年の人生経験から紡ぎ出される言葉は、どれも重みがあった。最後は、一緒に写真撮りませんか? とご主人と自撮りまでしてしまった位、心を打たれた。こんなふうに元気に歳を取りたいと憧れる、よき人生の先輩に出会えた。
ご主人は加賀棒茶の代金のお釣りを暗算で計算し、私は最後まで驚きっぱなしだった。
また来てね、と店先の植木鉢の所まで出て来て見送ってくれた。ウルッと来た。加賀棒茶を買いに来ただけだったのに。
 
金沢じゅうのお茶屋さんを巡って買い集めた私の加賀棒茶コレクションは、抱えきれないほどの量になった。金沢での生活を終える夫の引越荷物と一緒に東京に送り出した。
金沢を離れた今も、加賀棒茶を飲んで香りや味、ほっと安らぐリラックス感といった魅力を日々感じている。買い集めるためにあちこちお店を回る中で、歴史や伝統、人のあたたかさといった沢山の金沢の魅力をも感じ取ることができた。加賀棒茶にお湯をそそぐと、たちのぼる香ばしい香りにふと金沢のことが頭に浮かぶことがある。
コレクションした加賀棒茶を全部飲んだら、また金沢に行こう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京在住。立教大学文学部卒業。
ライティング・ゼミ2022年2月コース受講。課題提出16回中13回がメディアグランプリ掲載、うち3回が編集部セレクトに選出される。2022年7月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
国内外を問わず、大の旅好き。海外旅行123回、42か国の記録を人生でどこまで伸ばせるかに挑戦中。旅の大目的は大抵おいしいもの探訪という食いしん坊。

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2022-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.183

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