週刊READING LIFE vol.189

書くことはブランコをこぐことだった《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/10/公開
記事:飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
面倒なことは一切やらなくて済む時代は、すぐそこまで来ている気がする。
便利になると歓迎する気持ちもある。でも、果たしてそれでいいのか? とも思う。
 
旅が好きなので、ホテルや旅館のホームページを見ることが多い。そういったホームページで最近よく目にするのが、問い合わせに答えてくれるAIコンシェルジュのサービスだ。ホームページは隅々まで見た。「よくある質問」のページも一通り読んだ。でも聞きたいことは書かれていなかった。だから問い合わせをしたい。かといってわざわざ電話をするのはちょっと面倒なのよね、という些細なことも、ホームページ上で質問を入力して送信ボタンを押すだけで瞬時に回答が表示される。24時間、知りたいと思った時に気軽に問い合わせができて、すぐに回答がもらえるのは便利でありがたい。
ホテルや旅館にとっても、問い合わせの対応は時間も手間も取られるだろう。真夜中に問い合わせの電話をされたりしても困るだけだ。私の場合、急に思い立って明日から1泊温泉行っちゃうもんね(ぐふふ)のような急展開な計画もある。遠足の前の日みたいに気分が盛り上がって、前日の夜はあれこれ調べたくなる。勢い余って真夜中に問い合わせの電話をしそうな私を思い留まらせるのが、ホームページで「お会いする」AIのコンシェルジュや女将なのだ。
ホームページの右下にいることが多いAIコンシェルジュに聞く。というか質問を入力するスペースに打ち込む。ワイングラスを貸してもらえますか? すぐに回答が表示される。
「はい。ワイングラスのご用意がございます。お部屋にはご用意がありませんので、必要な場合は部屋係またはフロント(内線8番)までご連絡くださいませ」
そうですか、これはご親切にどうも。思わず画面に頭を下げたくなった。嬉しかったのでフロントは内線8番なことも何だか覚えてしまった。
 
自動販売機のビールはいくらですか? と続けてホームページのAIコンシェルジュに質問した。ものすごく高かったら、抜かり無く途中でコンビニでも見つけて買っていこうと思っていた。
「はい、ソフトドリンクの自動販売機のご用意がございます。設置場所は大浴場の入り口です」と回答をもらった。違うのよ。そうじゃないのよ私の知りたいことは。
自信が無くて小声でおずおずと言い出すような、AIからの低姿勢な質問が続いていた。「回答内容は十分ですか? 情報不足はないですか? 改善のために教えてください」とあった。その下に、回答に満足できたかを聞くアンケートがある。十分と不十分のどちらかを選べるようになっていた。不十分を選んだら、AIコンシェルジュが泣いちゃうんじゃないの? と心配になった。しかし、ごめん、と思いながら不十分を押す。即座に次のコメントが現れた。「お役に立てず申し訳ありません。よろしければ、回答内容を不十分だと感じた理由を教えください」すすり泣きが聞こえてきそうだ。
あ、もういいんです、質問した私が悪かったです。となぜか謝りたくなる。AIコンシェルジュがやさぐれてヤケ酒飲んだりしないといいけど、となぜか気を使う。値段を知りたかったです、と手短に書いて、なんだか気の毒なことをした思いがして急いでAIコンシェルジュを閉じた。当初知りたかったビールの値段は分からないままなのだが、なんかもう知らないままでいいや、という「ま、いっか」な気持ちになった。その後、電話をして確認することもしなかった。先生に質問しようとして挙げた手をAIに下げられた形になったのだが、それでも休み時間に職員室まで聞きに行くかと言われればノーだった。結果として質問は特にありません、ということになった。
AIコンシェルジュは、客側が電話して問い合わせること、ホテルや旅館側が問い合わせに答えること、どちらの立場の面倒なことも解決する存在だった。AIが人間の代わりに頑張ってくれることで、ホテルや旅館の人手不足の解消にも一役買っているはずだ。
 
AIは文章を書くという分野でも、人間の代わりに頑張り始めた。
いくつかのキーワードを入力すると、ほんの数秒でAIが文章を作成してくれるサイトを試してみた。作ってもらう文の種類はメールの文章を選んだ。仕事上のメールに使ったら便利なのでは? と思ったからだ。試しに、リモートワークの日の最後に上司に送る、今日の業務を終了します、の内容を書いてもらった。数秒後に表示された、AIが作った文を見て驚く。すごいな、普段の私のわずか2行で終わる味気ない終了報告と大違いだ。AIが気を利かせて内容を盛ってくれているかのようだった。明日も頑張ります、なんてキラキラした決意表明もあった。「普段の2行のやつ」にはそんなのは無い。おおぉ、と拍手した。しかし、上司にはいつものそっけない終了報告メールを送った。AIに作ってもらった文には私の伝えたいことは完璧に網羅されていたけれど、その文章の中にいる自分はなんだか私じゃない気がしたからだった。
AIは、私にはなれない。そう思った。
 
文章といえば、数か月前に久々に読書を再開した。気づけばスマホに向かうばかりの生活で、一体いつから本を読んでいないのだろうと自分でも分からない位だった。本のてっぺんから垂れる平らなしおり紐を久しぶりに触り、同窓会で懐かしい友達に再会した思いだった。スマホを眺めるのは1回数分といったところだが、本は読み終わるまでに何時間もかかる。それだけの時間を割くことに、知らず知らずのうちに思い切りが持てなくなっていつの間にか本から遠ざかっていた。
でも、待って。1回数分とはいえ1日に何度も何度もスマホを開いてるよね、と考えた。ちりも積もれば理論でいくと、結構な時間をスマホの画面に向かって費やしている気がした。ならば、と本を手に取った。「本屋大賞」の歴代の大賞受賞作を手当たり次第読んでみることを思いついた。この賞は、書店で働く人が過去1年の間に自分で読んで、面白かった、お客様にも薦めたい、自分の店で売りたい、と思った本の投票によって決められる。その道のプロが薦めるなら、どの本もきっと面白く、飽きずに読めるんじゃないかと思った。
 
読み始めると、飽きないどころでは無かった。夢中になって読んだ。読書から遠ざかっていた自分を悔やんだ。降りる駅に着いたからと本を閉じても、早く続きを読みたいと思った。少しでも早く物語の中の世界に戻りたいと思うほどの、強い磁石で引き寄せられるような引力の強さだった。1冊読み終わると次、終わるとまた次、と次々に読み進めている。
感動してゾワッと鳥肌が立つ、という体験を久しぶりにした。文章を読んで思わず涙するということも、スマホを眺めていた時には無かった久しぶりに味わう感覚だった。本を読んで自分の心が大きく揺さぶられることに自分で戸惑う位だった。読書から離れていた頃よりも心は大きく動かされるようになり、感動のメーターの針の振り幅は格段に大きくなったように思う。
ブランコに椅子代わりに座るだけだったのが、今は大きくこいで前に行ったり後ろに行ったり、高くなったり低くなったりを楽しく繰り返している。スマホばかり見ていた頃と本を読むようになってからの心の動きは、これぐらい差があった。文章が心を動かす力の大きさに驚いた。
 
文章は、読むだけでなく、書くことでも心が動かされるということをライティングの勉強を始めて文章を書く中で感じた。
悩み事を他人に話したら、気持ちの整理がついたという経験は無いだろうか。伝えるためには、曖昧で言葉にならなかった思いも言葉にしなきゃいけない。言葉にすることで、もやのかかっていた自分の心の中の様子がくっきりと見え始めるだろう。頭の中でこんがらがっていた考えも、なーんだ意外と単純なことだったのねと整理される。霧が晴れて、歩いて行く道が見えてくる。最後は、話したらすっきりしたよ、聞いてくれてありがとう、となる。思いや考えが整理されて進む方向が分かってきた、これも心が動いたと言えるのではないだろうか。
 
書くことでも同じことが起きる。文章にすることで、自分の心や頭の中にぼんやりと存在していたことは色の鮮やかさを増し、はっきりした形や手触りを持つようになった。書くことは、頭という散らかった部屋の整理整頓だった。掴みどころの無かったモヤモヤした自分の考えや思いを文章にしようとすると、頭の中は「それって要は、こういうことよね」と整理されていった。部屋の片付けの最中には、思いがけず探しものが出てくることもある。書くために考えると、私は実はこう考えていたんだ、こう感じていたんだ、という「探しもの」を見つけたりする。書くことは、今まで分からなかった自分の本心をくっきりと浮かび上がらせることでもあった。
話したらすっきりしたよ、聞いてくれてありがとうを「書く」ことでやっていたことになる。書くことでも、文章が心を動かす力に驚くことになった。
 
緊張したエピソードを書いている時は、思い出すだけで心臓がバクバクした。心を揺さぶられた体験を書く時は、書いていて涙が流れた。書くことで、当時のことを改めて体験しているように再び心を動かされる。思い出し笑いだったり思い出し泣きだったり思い出しドキドキだったりで、心が動くことが増えた。書き続けることで、心が動かされる振り幅は大きくなっていった。文章を書かなかった頃、心というブランコは動くことなく椅子のように使われていた。それが文章を書くようになって、ブランコは大きな振り幅で行ったり来たりしている。乗っている人の歓声も聞こえてくる。文章は、読むだけでなく書くことでも感動できるのだと知った。
 
10年後、AI技術が発達し、自動で正しく、読みやすい文章が作成できる時代になってしまったら私はどうするだろうか? その時代は確実にやって来る気がする。それでもなお、私は書き続けるのだろうか? なかなか書き進められなくて、書くことにものすごい時間もエネルギーも費やしているのに? 面倒だったらAIが代わりに書いてあげましょうと言っているのに?
私の答えは「書き続けたい」だった。
書くことは自分の心を動かすことでもあることを知った。AIに代わりに書いてもらうのでは、「自分の」心を動かすことはできない。
心が動かされないまま日々が過ぎていくのと、心動かされる日々を過ごすのではどちらを選びたいだろうか。私は心が動かされるほうを選びたい。心のブランコの振り幅を大きくしていれば、感受性が高まって目に映るものはもっと色鮮やかに、ドラマチックに見えてくる気がする。
 
人間が書く文章は、山に降った雨が地中に染み込み、時間をかけて地表に出てきた湧き水に似ている。湧き水の水質が山によってそれぞれ違うように、同じキーワードをテーマに100人が書いたら100通りの全く違った文章ができあがる。
同じ人が書いても、積み重ねた経験によって文章は変化する。例えば中学生の時に書いた読書感想文と、同じ人が40歳になって同じ本を再び読んだ時の感想文はかなり違ったものになるのではないだろうか。
その人が経験してきたことや感動してきたことは必ず文章に表れる。AIでなく人間が書く文章の良さは、こんなところにあるのではないかと思う。
 
AIのおかげで便利になるところはお世話になりながらも、やっぱり人間だから書けるよねという文章を探り、私は書き続けたい。
 
書くことは、感動することだった。
これからも、自分が書くことで心を動かすブランコをこいで、歓声をあげたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京在住。立教大学文学部卒業。
ライティング・ゼミ2022年2月コース受講。課題提出16回中13回がメディアグランプリ掲載、うち3回が編集部セレクトに選出される。2022年7月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
国内外を問わず、大の旅好き。海外旅行123回、42か国の記録を人生でどこまで伸ばせるかに挑戦中。旅の大目的は大抵おいしいもの探訪という食いしん坊。

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2022-10-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.189

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