週刊READING LIFE vol.190

中国ホテル隔離10日間の過ごし方《週刊READING LIFE Vol.190 自分だけの本の読み方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/24/公開
記事:John Ishii(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「中国って、まだ入国時に隔離があるの?」
 
東京本社の同僚が、不思議そうに私に聞いた。先々週、1年半ぶりに上海から日本へ帰国したとき本社に打ち合わせで行ったときだ。日本はすでに外国からの入国規制の多くを撤廃したので、同僚にとって中国の入国時隔離は奇異に感じたのだろう。
 
私は50代の普通のサラリーマンだ。現在は上海に駐在して4年が過ぎた。学生時代に中国語を専攻し、社会人になってからも中国には何度も駐在した。この入国時の隔離を経験するのは、今回が2回目だ。現在も上海の指定ホテルに隔離中で、10日間の隔離のうちようやく8日目を迎えたところでこの筆をとっている。
 
上海は今年4,5月の丸2か月間が完全にロックダウンとなり、2,500万人の市民が自宅から一歩も外に出ることができなくなった。いわゆる「ゼロ・コロナ」政策を中国各都市が採用しているためだ。ゼロ・コロナ政策に賛否はある。ただ中国の実情として、老人の多くがコロナ用ワクチンを接種していないという事実があり、中国政府や各都市政府は老人の健康を守る意味でも、ゼロ・コロナ政策を堅持している。
 
このホテル隔離の10日間は、なめてかかるととんでもないことになる。実は、弊社の別の社員が、2年前に入国時のホテル隔離時に、どうもいろいろストレスなどが蓄積したらしく、隔離完了後抑うつ症状になった。その後2か月様子も見ても改善の兆しがなく、最終的には日本に帰任となった。これは一つの例だが、隔離について自分は大丈夫と思っていても意外と耐性がない可能性があるのだ。
 
私は今回が2度目の入国時ホテル隔離で、慣れているとはいえやはり不安な気持ちでいっぱいだった。自分がもしかしたら耐性に欠けているかも知れないという気持ちは、隔離準備から隔離中も頭から離れることはない。
 
そこで私が考えたのは、ホテル隔離の10日間をミニテーマパークで遊ぶように楽しもうということだった。事前にできる限りの準備をして、一歩も部屋から出られない時間を自分なりにエンジョイすることで、思わぬ事故や疾患から自分を守りたい。
 
受け入れるホテル側も、スタッフが部屋に入ることを禁じられている。部屋内で病気やケガがあっても、特別な許可を得ないと部屋に入ることができない。そういう意味で、隔離者が健康で安全に過ごしてくれることはホテル側にとってもスムーズに仕事を進めることができる。
 
隔離ホテルへの流れはこうだ。我々が中国に入国すると外界とは隔絶され、住所のある区が指定する隔離ホテルに専用バスで送り込まれる。今回の私の場合、私は静安区に住所があるので、空港到着後静安区のホテルへ向かう待合場所で2-3時間待った。いくつかのフライトの到着を待って、約20名が一団となって専用バスに乗り込みホテルへ到着した。
 
到着した隔離ホテルは、市の中心近くにある上海駅北側のホテルだった。ホテルは一泊・3食の弁当代込みで500元、約1万円だ。10日間なので計10万円、前払いで支払った。
 
チェックイン時に、中国で誰もが利用しているSNSサービスのWechatで、今日チェックインした全員と、ホテル側の運営担当、及び医療担当でグループチャットを組成させられた。今後10日間は主にこのグループチャットで必要な連絡を取り合うことになる。このチャットでは私は名前ではなく部屋番号の915と呼ばれる。新鮮な感覚だ。
 
私の部屋は南向きで、上海駅を発着する高速鉄道(新幹線)や地上を走る地下鉄のすぐ近くだ。窓は二重窓になっていて、列車の騒音を少し低減してくれている。
 
部屋は大体40㎡はある。このホテルの部屋は約2年以上入国時の隔離ホテルとして使われている。入国者は10日間滞在するのでその間は誰も掃除のためには入室できない。部屋は清潔には保たれている。ただ、白い壁のあちこちがはがれていたり、消毒剤を撒いた白い痕跡が残っていたりなど、2年以上の期間で十分には手入れできなかったものが積み重なって、少しすえたような、もの悲しい雰囲気を部屋全体から感じた。
 
部屋にはツインベッド、事務用デスク+椅子と、大きめのソファが一つずつ置いてある。バスルームには洗面台と便器、そしてシャワー室だ。残念ながら今回はバスタブの無いホテルだ。前回の隔離ホテルはバスタブがあったので、持参したバスクリンを入れて入浴を楽しめたが、今回は持参したバスクリンは使えないことが判明した。
 
窓は小さくしか開かない。事故防止が目的なのだろう。カーテンは遮光ができるものがついていて、南向きの部屋でも朝まで快適に寝られそうだ。
 
タオルはバスタオルとフェイスタオルが2枚ずつ。ただ、10日間の隔離中はタオル交換もシーツ交換もない。後でも書くが、タオルは大切に使いたい。簡単な歯ブラシなどのアメニティもあるが、これらは持参しているもののほうが使いやすい。シーツは、ベッドが二つあるので毎日違うベッドで寝れば気にならないだろう。
 
あと、洗面所には据え付けのドライヤーがある。またデスクには湯沸かしポットと陶製マグ、そして二足の室内用スリッパが置いてある。設備としてはWi-Fiとエアコン。Wi-Fiはあまり早くはないけど何とかつながっている。エアコンは暖房がなく、冷房は可能だ。今は10月なのでエアコンが不要な季節だが、冬場はかなり寒いのではと感じた。次回、冬に上海で入国することがあれば、温かい服を持参しよう。
 
以上が部屋にあるものだ。このため事前に部屋に無いもの、あったほうがいいものを想像し、入室前に準備しておく必要がある。私がおすすめする、持ってくるべきものを紹介しよう。
 
まずは、掃除用のコロコロだ。隔離ホテルには誰も掃除しに来てくれない。10日もいて掃除しなければかなりのホコリや汚れがたまる。コロコロがあればベッドやデスク、ソファ、洗面所の髪の毛やほこりをきれいに掃除できる。毎日掃除すると気持ちがいいし、掃除中は集中するので大きな気分転換になる。
 
今回も私は有名フリーズドライ会社が販売しているさまざまな食品を持参した。フリーズドライの味噌汁、カレー、親子丼のもと、牛丼のもとなど、最近のフリーズドライの味は格段に進化している。これをおいしくいただくには、やはり大きめの茶碗を持参するのがいい。できれば陶器、ない場合はプラスチックでもいい。
 
また、私はインスタントラーメン用の小さな電気鍋を持参した。袋麺を簡単に加熱するためだ。これを食べるためにも上記の大きめの茶碗がとても役に立つ。カップ麺はかさばるので袋面と電気鍋にした。
 
ちなみに、ホテルが提供する毎日3食の弁当はまあまあ美味しい。朝は卵2つにマントウ(具のない肉まん)、蒸し野菜、牛乳、おかゆだ。昼と夜はほぼ同じで、白米に炒めた野菜が二種類、中華風の肉か魚の炒め物が1-2品に果物。量は50代の私には多すぎるくらいだ。運動不足なのでいつも2/3くらい食べて残している。
 
ただ、何日かすると同じような中華風弁当には飽きてくる。このため、上記のラーメンやフリーズドライが断然に価値を持ってくる。また、白米は昼夜あるので、お茶漬けの素やふりかけも持参していて、白米に飽きるとこれらを使って食べる。
 
水は500mlのボトルが24本支給されている。足りない場合はフロントに連絡すると追加料金で届けてくれる。私は今のところ追加していない。
 
続いて、持ってきたほうがいいものはフォークと小さなセラミックナイフだ。食事の際には毎回使い捨ての竹の割りばしと小さなプラスチックのスプーンがついてくるが、フォークもナイフも部屋にはない。おそらくこれも事故防止の観点だろう。特に果物で、この季節は梨やリンゴが出るので、フォークとナイフがあるとおいしく食べられる。
 
スリッパは気に入ったものがあれば持参したほうがいい。備え付けのスリッパはペラペラで、あまり快適ではない。私はあまり気にしないので備え付けのものを利用している。
 
洗濯用のロープもあったほうがいいだろう。10日間の滞在なので、どうしても衣類を手洗いで洗濯する必要がでてくる。タオルも早く乾かしたい。ソファやテーブルの上では洗濯物を乾かしたくないので、洗濯用ロープがあれば清潔に乾かすことができる。
 
タオルについて、前述の通りホテルのタオルの交換はない。私は今回速乾性のフェイスタオルを2枚持参した。シャワー上がりにこの持参した速乾性のフェイスタオルで水分を取り、そのあとホテルのバスタオルで軽く体を拭く。速乾性フェイスタオルはすぐにざっと水洗いしてすぐ乾かしておく。そうするとホテルのバスタオルをあまり使わなくてすむ。
 
シェーバーも持参すべきだろう。事故防止の観点もあり、室内にはシェーバーを置いていない。
 
さて、隔離には隔離の掟がある。毎日の検温、2日に一回のPCR検査だ。だいたい朝7時半くらいにドアがノックされる。スタッフは全身防護服とゴーグル、医療用マスクを身に着けている。全身真っ白なので、中国では医療スタッフを「大白・Dabai」と呼んでいる。前回の隔離時、検温は体温計を渡されて自分で測定し報告していたが、今回は2-3メートル離れていても検温できる手持ちの検温器で測定されている。
 
もう一つの掟が、消毒だ。毎日トイレで大きい用を足す前に、10錠の消毒剤を先に便器に投入する。そのあと用をたして、すぐには流さず、約1時間放置したあと水洗するのだ。我々入国者が万一感染している場合を考え、排泄物も消毒するという徹底ぶりだ。
 
ただ、この消毒剤がなかなか強力で、まるで私が小中学校の時にプールに入れていた塩素系消毒剤と同じ匂いがする。先に消毒剤を投入するので、用をたしているときに下から強烈な塩素の匂いがしてきて、目がしばしばする。この匂いで、「あ、また隔離ホテルに戻ってきた」と実感できた。
 
隔離期間中は部屋に一人だけ、かつ外にも出られないので、自分でいつ何をするかの時間管理が大切になる。私は業務があるので基本的に規則正しい生活をしている。朝6時半には起きてストレッチする。運動不足解消は隔離の重要なテーマだ。一日3回ほど、ストレッチやスクワットを行っている。
 
10日間、部屋から出られないのはそれなりの精神的なストレスだ。加えて、誰とも会わないので身の回りの手入れは自然とおろそかになる。Tシャツと短パンで一日を過ごすこともよくある。髪もぼさぼさ、ひげも沿っていない。ところがこのまま数日たつと自分のやさぐれ感がハンパなくひどくなる。
 
隔離期間中はある意味、自身のやさぐれ感との戦いといっても過言ではない。そういう意味で隔離とは修行なのだ。規則正しい生活をすることでリズムを生み、身だしなみを通常出勤しているときのように整えるといい。髭をそり、整髪剤で髪を整え、靴を履きジャケットを羽織ってみる。やはり気持ちもびしっと気合が入る。急なビデオ会議も、身だしなみを常に整えておけば対応可能だ。
 
このように毎日一つ一つの生活行動を、ミニテーマパークを楽しむようにマネジメントし、心身ともに良い状態をキープしている。自分のことをいい感じと思っている。だが、あと2日すればシャバに出られるという安心感からか、やらかした。
 
弁当は部屋の外側に小さなテーブルが置いてあり、その上に配膳される。部屋のドアを開けてその弁当を取り、すぐ部屋に戻る。今日の朝食を取りにいったとき、弁当の中身をそのテーブルの上で確認しようとしたら、バタンと部屋のドアが閉まった。
 
え、これ、ロックアウトじゃん。弁当の中身なんか廊下で確認しなけりゃよかった、と後悔しても後の祭り。
 
隔離では弁当を取るときも医療用マスクの着用が義務付けられている。私は起き抜けのボサボサ頭、医療用マスク、Tシャツ、短パンにホテルのペラペラスリッパという格好だ。体一つでホテルの廊下に取り残された。
 
あわてて人を呼ぼうとしても電話は近くにない。これはホテルロビーまで下りるしかないと思いエレベータホールに行くと、あった、ホテルの内線電話。フロントに電話して部屋を開けてくれるよう要請した。
 
ところが、だ。5分待っても10分待ってもスタッフが来ない。待っている時間が永遠のように感じる。時間が立つのはこんなに長いものなのか?まるでサッカー日本代表がワールドカップ出場を決める試合で、リードしながら試合終了を待つ気分だ。時計が進まないのだ。
 
どれだけ待っただろう?私は永遠に感じたが、一般的には20分くらいだろうか。スタッフの大白がエレベータから降りてきた。私が先に一言、「すみません!」と声をかけた。
 
すると大白は、「私から5メートル離れなさい!」と大きな声で私に注意した。
 
私は驚いて0.1秒で廊下を数メートル飛んで下がった。手数をかけて申し訳ないなという気持ちと、潜在的な感染者扱いされるのは仕方ないなという思いが入り混じった。しかし、5メールかよ。まあ、とにかく来てくれて助かった。
 
大白はすぐに私の部屋の鍵を開け、それ以上の言葉を発することなく、悠々とエレベータホールへと消えていった。大白からすれば、急に呼び出され、来てみればみっともない格好のオッサンがマスクして突っ立っているだけの話だろう。
 
部屋に戻ると、そこは私の日常だ。つけっぱなしの明かり、画面がスリープになったPC、朝開けたばかりの南向きの窓、外には地上を走る地下鉄の音、流しているエド・シーランの音楽はずっと鳴っているし、まだメイキングもしていないベッド。私の日常であり、ある意味私がいま手にしているすべてがそこにあった。
 
ミニテーマパークを遊ぶように細かいところまで気を使ってきたが、それはそれで私の精神を落ち着かせるのに重要だ。ただ、こうしてロックアウトからようやく部屋に帰ってきてみると、私が考え実行した細かいこともいいのだが、この部屋にいることそのものが重要なのだと感じた。
 
言い換えると、私はマイナス面を解消するという積み上げ方式の考え方だ。それだけではなく、この部屋自体がすでに十分なものであり、それを前提にもっと楽しむという考え方もあると思った。
 
10日間を安全で快適に過ごすという目的は、このありのままの部屋で十分に達成されているのだ。必要なものは元からそこにあった。細かいことはいろいろあるけれど、無いものを探すよりは、有るものを十分に生かしていけばいい。
 
ホテルにチェックインしたとき、入室した全員とスタッフでグループチャットを作ったことを先に述べた。今回は全部で45人のグループチャットだ。おそらく15人くらいは私のような日本人渡航者だろう。日本人渡航者はグループチャットに発言することはまずない。規定を順守し、他人に迷惑をかけないよう自律的にやっている。
 
ところが、グループチャット内の中国人渡航者はいろいろ発言する。主には隔離完了後のさまざまな手続についての質問が多い。ただ、そういう情報は検索すればすぐ入手できるものだ。しかし彼らはあえてグループチャットに質問を投げかける。そして質問に回答するのは、スタッフより同じ隔離者のほうが圧倒的に多いのだ。知っていることをシェアして助け合っている。隔離で限られた情報しなかいので、合理的なコミュニケーションだ。
 
また、チャット上の他愛のない会話も多い。「私は牛肉が大好き」、「今日は私の誕生日、祝福のメッセージをお願い」とか、赤の他人だし公共のチャットなのにとは思うのだが、自由に発言している。私はもちろんチャットに発言しない。
 
このグループチャットを見ていて、中国人は検索して答えを知っていても念のため情報を再確認しているのだと感じる。ダブルチェックなのだ。そして見知らぬ人とのチャットの会話を心から楽しんでいるのが分かる。袖触れ合うも他生の縁をチャットで実践している。
 
それに比べると、日本人の私はチャットに発言するわけではなく、寡黙に規則を守って細かいことを気にしている。隔離におけるマイナス要素を排除するため、ミニテーマパークのように楽しむのは私の過ごし方。それはそれで私の個性なのだが、ここは異国。
 
与えられた環境や人との出会いを楽しんでいる中国人の姿を見て、プラス要素に焦点を当てコミュニケーションを通じて自らをエンジョイし、それで精神を落ち着かせる方法もあると思った。次回の入国隔離では、グループチャットに積極的に話しかけてみようと思う。
 
 
 
 

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2022-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.190

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