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週刊READING LIFE vol.191

直球に巡ってゆく血《週刊READING LIFE Vol.191 比喩》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/31/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「どうやったら、打てるようになりますか」
会社の野球部に所属している。野球部と言っても、先日あったドラフト会議に名前が上がるような、本格的な社会人野球ではない。おじさんたちがグラウンドを借りて、日頃の運動不足解消のために、体を動かす。その程度のサークル活動のような草野球だ。
しかし、サークル活動とはいえ、本気である。
もちろん会社の野球部なので、メンバーの野球経験には差が出る。甲子園を目指して、高校時代は野球に打ち込んできた人間もいれば、完全未経験だけどなんか楽しそうだからと言う理由で参加してくる人間もいる。いろんな経験値レベルの人間が集うのが、草野球の醍醐味と言えるかもしれない。
僕は、中学生の時に野球部に所属していた。経験値としては、チーム内ではちょうど中間くらい。多くも少なくもない。しかし、中学時代の指導者の方がとても厳しく、理論的に叩き込まれたため、未経験のメンバーに相談されることも多かった。
 
ある日の試合後のことである。
完全に野球は未経験のT君が、僕に話しかけてきた。その日の試合は惜しくも一点差で負け。皆、悔しさを滲ませつつ、ノロノロと片づけに入っていた。
「どうやったら、打てるようになりますか?」
その日、確か2本以上ヒットを打ったのは僕だけだった。相手ピッチャーのレベルが高く、皆打ちあぐねていたが、僕はたまたま複数安打を放っていた。完全初心者のT君は、その日は試合の後半に代打で出場するも、三振していた。
おそらくは経験豊富な“野球ガチ勢”のメンバーより、僕くらいがちょうど良く話しかけやすかったのだろう。バッティングについての質問をいくつかぶつけてきたのだ。
一口に野球のバッティングといえど、気を付けるポイントは様々に存在する。僕の考え方は、完全に中学時代の監督の受け売りなので、指導する言葉も当然同じような言い回しだ。
「ここの踏み出す足は、氷を踏むようにそっと出すんだよ」
 
というような具合に、単純に足の出し方、タイミングの取り方。バットの構え方、体重移動。野球はサッカーやラグビーといった、フィジカルが重要視されるスポーツよりも、技術的な要素が大きい。
その細かい技術一つを伝えるのに、野球の指導経験のあまりない僕は、しどろもどろしながら教えることになる。ここはこう言った方が伝わるかな、こういう伝え方をした方が感覚的に理解してくれるかな、と。
ひとつひとつをどう伝えようか思案するたびに、当時の野球部の監督の顔が脳裏に浮かんできた。比喩、プロ野球選手のエピソード、自分の選手としての体験談。いかに様々な工夫をして必死に僕らに“伝える”努力をしてくれていたかが、身に染みてわかってきた。
 
何かを伝えたい時に、率直に伝えない方が伝わる場合がある。そういう時に用いられるのが、比喩表現だ。つまり何かに“例えて、伝える”ということである。
例えばボールを投げるとき、腕と手首のスナップを使うが、その感覚がボールを投げたことのない初心者には伝わりにくい。
そういう時に、「手がハエ叩きになったつもりで」というと、途端に腕がしなりボールが投げられるようになったりする。もちろん何かを伝えるときに、伝える側は受け手側がその表現を理解しているか、注意していないといけないので、比喩の使い方は注意が必要だ。
だけど単純に「腕と手首をしならせて」と言うよりも、「ハエ叩きのように」と言った方が伝わりやすい場合が多い。特にスポーツの場合は、受け手側がきちんと理解できているのなら、比喩によるイメージの共有は“伝わるスピード”が段違いに高まるものだ。

 

 

 

僕が通っていた中学は、何の変哲もない普通の公立中学校だった。生徒数は多く、学年に6クラスはある大所帯の学校で、生徒が多いので部活動も盛んに行われている。
野球部はその中でも花形の部活だった。
中学校の部活動は、顧問の先生の本気度で、その活気は変わってくると思う。我らが野球部の顧問の先生は、もともとかなりレベルの高い選手で、あと一歩でプロ野球のトライアウト試験を逃した方だった。体格も筋肉質でがっちりしているし、体育系の大学できちんと指導者としての勉強を積んだ、体育の主任教師だった。たかだか13、4歳の僕ら中学生にとっては、その存在感はまるで大きな壁や山のような、そんな威圧感をいつも放っていた。
 
そしてその先生の指導がとにかく厳しい。
「野球部は全生徒の手本でなければならない」と言われ、廊下で教員の先生に会ったら立ち止まって挨拶をしたし、テストの成績が落ちれば部活禁止で勉強させられた。
掃除や行事の手伝いなどに駆り出されたりもして、文武両道だけでなく、日頃の学生生活から“きちんとすること”を求められていた。当時の僕は、他の多くの友人たちと同じく、その環境を微塵も疑うことなく、必死に順応しようとしていた。
もちろん、野球そのものの指導は、言わずもがなである。
 
入部と同時に分厚い冊子を渡された。“野球部・虎の巻”と大きく描かれた冊子には、何ページにもわたって細かい試合でのルールや規則、守備位置や配球の考え方やメンタルトレーニングの方法まで、多種多様な要素が詰め込まれていた。野球というスポーツは一球一球で状況が変わり、攻め方も守り方も変化する。今思えば、非常にありがた指導書だ。
練習メニューも非常に考え抜かれていて、基礎からみっちり叩き込まれた。
公立の中学校の野球部というのは、選手個々のレベル差もバラバラだ。ほとんどのメンバーが小学生の時に地域の少年野球に所属していたが、もちろんそうでない人間もいる。少年野球では、多くのチームが“楽しむ”ことを目標に活動しているし、技術的にきちんとした指導というのも少ない。みんな各々の身体能力頼みで、基礎力を身につけていない状況なのである。
それが中学に進学し、その先生に見抜かれたのか、毎日毎日基礎的なトレーニングの繰り返しだった。最初の一ヶ月はボールにも触らせてもらえない日々だった。
 
それでも、練習試合や試合形式の練習になればその“基礎トレーニング”の大切さを実感したし、何より先生の指導で確実にレベルアップしている自分達を確信していた。厳しい先生だったが、みんな畏れつつも慕っていた。
 
 
中学2年の、夏の終わりだった。
ひとつ上の学年の先輩たちが中学3年生で出場した大会で負け、部活のメインは僕らの学年に移った。そうなると試合に出るメンバーは一度白紙に戻され、次の年の夏までにチームづくりをしていくことになる。レギュラーも一旦固定化されない状態になるため、それまではベンチ入りすらしていなかったメンバーもそれぞれにチャンス伺い、猛烈なレギュラー争いが繰り広げられる……。
と、いうふうに、まさに青春部活動モノのストーリーの王道のような展開があればいいのだが、厳しいとはいえ僕らも所詮は中学の部活動レベルである。
ひとつ上の先輩が引退しても、なかなか練習に身が入らない。
正確にいえば、先生に見つからないようにサボる術を使うようになっていた。辛い基礎トレーニングも、先生の見ていないところでは回数を少なくしたり力を抜いたりして、何とかやっている体裁だけは整えていた。
なにぶん、多感な中学生だ。友人たちとのおしゃべりも楽しいし、クラスに気になる女の子もいた。今当時にタイムスリップできるなら「野球に集中しろよ!」と言ってやりたいが、当時の僕らにそんなことを言っても無駄だろう。野球だけじゃなく、いろんな楽しいことで毎日が目まぐるしく忙しかった。
そして、当然といえば当然だが、そういった野球への態度は、先生へは丸見えだったのである。
 
ある、雨の日だった。
雨の日はグラウンドが使えないので、室内でのトレーニングをするか、ミーティングなどをするのが恒例だった。少し秋になり始め、雨もだんだんと冷たくなってきていた。
ミーティングをすると言うので、指示された教室にダラダラと集合すると、先生はすでにそこにいた。
 
厳しい先生だったから、滅多に僕らに笑顔や柔らかい表情を向けることはなかったが、今日は、いつもと違う。座って腕組みをしている筋肉質の先生の方から、まるで湯気のようなオーラのようなものが噴き出ているような気がしてならない。
先生、キレている。
やばいやばいやばい。それが頭ではなく、身体中が感覚で理解してしまうくらいに教室には緊張感が張り詰めていた。
しばらく無言の時間が続いたあと、キャプテンが先生に声をかける。
「先生、揃いました。……今日はどうしましょうか?」
いつもは堂々としている僕らのキャプテンも、小動物なら逃げ出しすような空気を感じているのか、必死に平静を保とうとしているのがわかる。無理もない。先生は話しかけられても、微動だにせず、目を瞑ったまま腕組みしている。
 
気まずい沈黙が流れたあと、先生はゆっくりと立ち上がり、赤いチョークを取り出すと黒板になりやら大きく字を書き始めた。
 
心 血
 
ゆったりと大きく字を書いた次の瞬間、先生は思い切り黒板を叩いた。その音と衝撃で、メンバー全員がビクっとなる。
「お前らは、野球に“心の血”を注いでいるのか」
先生自身は、小さい頃から野球ばかりやってきたし野球が今でも大好きで、僕らへの厳しい指導もその“野球愛”ゆえである。野球だけではないだろうが、やはりスポーツは勝てた方が楽しいし、大会がある以上、僕らに勝つ喜びを感じさせてやりたい。だから俺は指導に「心血」を注いでいる、そういうつもりで取り組んでいる、と。
お前らはどうなんだ? 野球に心血を注いでいるのか? 俺にはそうは見えていない。そういう趣旨の話だった。
 
僕らは、所詮、公立中学校の野球部である。本当に本気でプロを目指していたりするヤツは、もっと本格的に野球をする環境を求めて、学校の部活ではなくよりレベルの高いところに通っている人間もいる。
しかし、プロになるとかならないとかそういうことではなく、その時の僕らはやっぱり野球に本気だった。正確にいえば、先生が手を真っ赤に腫らしながら「心血」の話をしてくれたことで、本気だったことを思い出した。
今思えば、“心の血”と言う表現は、なんとシンプルで力強い比喩なんだろう。当然先生は何かにかける思いの強さとか、労力とか集中力の例えとしてこの言葉を使った。単純ゆえにストレートに、その言葉は僕らに響いたのだ。
 
比喩は何かを伝える時に使う“たとえ表現”だ。変に凝りたくなってしまうこともある。自分が大人になり、変に言葉を覚えるとなおさらかもしれない。しかし、比喩の中でも変化球でなく直球だったからこそ、中学生だった僕らにも、その迫力ごと伝わったのだろう。
 
だからこそ、僕も何かを人に言葉で伝える時には、気をつけなければならない。決して、オリジナルな表現をしてやろうとして、よくわからないたとえ話なんかしてはいけない。伝わらなければ意味がないし、そのための比喩表現だからだ。
 
 
草野球の試合後、T君に簡単にだがバッティングのアドバイスをした。
先生がしてくれたように、相手に伝わっているかどうかを考えながら、いろんな表現で伝えていく。きちんと“心血”を注いでいく。もちろんすぐには出来るようになんかならない。練習が必要である。
でも僕が伝えた表現の中で、何か一つでも。T君からまた誰かにその表現が伝われば、僕の“心血”が循環していくのではないかな。
誰かに何かを指導したり、教えたりするときこの“血”のことを思い出すのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。
劇団 綿座代表。天狼院書店「名作演劇ゼミ」講師。

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2022-10-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.191

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