週刊READING LIFE vol.191

小野小町と男の心変わり《週刊READING LIFE Vol.191 比喩》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/10/31/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

まだ13歳ぐらいの頃、小野小町への想いが半端ない先生に出会った。

「小野小町のうんこはいい匂いだから!」

そんなわけあるかい!

授業の雑談のなかで、先生が言い放った言葉に、心の中で激しくツッコミをいれていた。
まったくもって意味がわからない。
うんこっていえば子どもが喜ぶと思ってないか?
何の授業だったかは忘れたが、とにかく国語の授業でなかったことは確かだ。
個人的に、ただ単に小野小町が好きという先生だった。

小野小町は平安時代の女流歌人で、才能はもちろん、美貌についても超がつくほどの伝説の人物だ。
先生が言いたかったのは、あのうんこですらいい匂いがするほど小野小町は絶世の美女だった……ということだ。
まるで、小野小町をみたことがあるかのように先生が熱く語っているのを、呆れながら聞いていたことをおぼえている。

小学校低学年ぐらいであれば、「へぇぇ、そうなんだ!」となるかもしれないが、さすがに中学生でそれはない。
美人すぎて普通の人間とは違うということを言いたいにしても、もうちょっと他のたとえがあるだろう……。
騒がしい教室の中で、先生が言い放った違和感のあるフレーズだけが、私の耳に届いた。

お正月になると百人一首を幼なじみとやるのが恒例行事だったので、百人一首の中に小野小町の歌があるのは知っていた。
百人一首の絵札の中では十二単を着ているので、綺麗なお姫様とは思っていたが、先生が熱く語りたくなるほどの絶世の美女であるということは知らなかった。
あまりぴんとこない先生のたとえだったが、「小野小町イコールめっちゃ美人」という図式が、こうして子どもの私に強烈にインプットされたのだった。

小野小町は『シーザーとクレオパトラ』で有名なエジプト王朝最後の女王として知られるクレオパトラと、中国の唐の時代、玄宗皇帝が寵愛しすぎて乱を引き起こすきっかけとなった皇帝の寵姫である楊貴妃に並んで、世界三大美女の一人とされている。
私としては世界三大美女に匹敵する歴史上の人物の世界三大美男も教えてほしいところだが……。
小野小町の容姿についての描写はないのだが、彼女の詠んだ歌から、「小野小町きっと美人説」が広まったと推測される。

花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに

小野小町が詠んだ有名な歌だ。
小倉百人一首の9番の歌なので、どこかで触れたことがある人も多いのではないだろうか。
この歌の「たとえ」がすごいのだ。

「桜の花の色は、むなしく色褪せてしまった。春の長雨が降っている間に」

というのが、直接的な意味だ。
「はな」と書かれていればそれは「桜」を指す。
この歌はそれだけでなく、自分自身を色褪せた桜に重ね合わせた二重の意味があるとされる。そうすると、少し違う意味になる。

「美しく咲き誇っていた桜の花びらが春の長雨が降り続いて色褪せてしまったように、私の若さと容姿もむなしく衰えてしまった。日々の暮らしの中で物思いにふけっているうちに……」

絶世の美女とよばれた小野小町が、自分自身の容姿が衰えていくさまを「花の色」に重ねて、時の流れのむなしさを詠んでいるという解釈が有名だ。
そう、ポイントは「花の色」だ。

中学生の頃の私も、小野小町が絶世の美人という情報から、この歌は自分自身の容姿の衰えを嘆いた恋多き女性の歌だと思っていた。
そう、時の流れの無常観。

そうだよね、蝶よ花よとちやほやされる時間って短いもんね……。

世間一般的にはその解釈が有名だ。
でも、「花の色」は本当にそれだけなのだろうか。
小野小町は自分自身の容姿の衰えのことを詠んだのだろうか。

私は18歳になり、古今和歌集の講義を受けていた。
講義を右から左へと流して聞いていたかもしれない。
講義の途中、「花の色は」から始まる小野小町の歌について、先生が興味深いことを言っていたので、ハッとした。
先生が言うのは、「花の色」には容姿だけでなく、移ろいやすい人の心のことも詠んでいるという。
移ろいやすい人の心……要は、心変わりをする男性の心のことだ。
自分の心が変わるさまではなく、愛する男性の心が自分から他へと移っていくさま……。
うわっ、むなしい。
しかし、あるあるだ。

人の心ほど移ろいやすいものはない。
自分の心すらままならないのに、相手の心なんてなおさらだ。
そんな変わりやすい人の心を「花の色」にたとえているほうが、表現として、とても美しいと私は感じる。
そして勝手に脳内で映像にして想像してみる。

春の長雨に、自分の若さと容姿が衰えてしまったことを嘆いて物思いにふけっているかつて美しかった女性の姿。

春の長雨に、離れてしまった相手の心を思って物思いにふける美しい女性の姿。

どちらも人間らしいのだが、やはり私は後者のほうが好みだ。
この歌から、頬杖をつきながら、降り続く雨を窓から眺めて、物思いにふける姿を想像する。
平安時代だったら、窓ではなく、御簾越しに眺めていたかもしれない。

日本の作品ではないが、心を何かにたとえているものが世界にもある。
「花の色」も綺麗だが、「月」も心変わりを表すには綺麗だ。
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフの中に、移ろいやすい心を「月」にたとえているシーンがある。
それはロミオがジュリエットと一生生きていくことを、「月にかけて誓う」と言った後のジュリエットのセリフだ。

「ああ、月にかけて誓うのはやめて。
移り気な月はひと月ごとに満ち欠けを繰り返す。
あなたの恋もあんなふうに変わりやすいといけないから」

ロミオが心を月にたとえるのをジュリエットは嫌がっている。
確かに、「俺、浮気する可能性があるよ」が微妙に含まれている気もする。
なんだかロミオが女性をたぶらかす詐欺師のように思えてきた。
月なんてロマンチックでうっとりするところだが、ジュリエットの瞬時の判断力が素晴らしい。
一見、月に心を重ねるのは綺麗に感じるが、言われる立場になると確かにちょっと怪しく感じるかもしれない。

心はいろいろなものにたとえられる。
メンタルが壊れやすい現代では、何が起きても動じない心を「鋼のメンタル」と言ったり、「鉄の心」と言ったりする。
逆に、感じやすい繊細な心の場合はガラスにたとえたりする。
最近ではネガティブ思考な人を「お豆腐メンタル」なんて言ったりするらしい。
お豆腐メンタル……私はきっとそれに該当すると思うが、なんか嫌だ。
その言葉を考えたのはきっと強い心の持ち主な気がする。
小野小町が「花の色」を心の移ろいとして詠んだかどうかは定かではないが、「お豆腐メンタル」にかわる情緒のある言葉をつけてほしい。

小野小町の晩年だが、小野小町は80歳まで生きたという。
宮廷で華やかな生活を送っていたけれど、宮廷を去り、諸国放浪の旅に出て亡くなったときく。
最期はあばら骨が出て容姿が衰え、悲惨な最期を遂げたとされるものが多い。
80歳まで生きたらそりゃ、あばら骨は出るでしょう。
実際のところは謎が多く、不明なままだが、美しかったがゆえなのか、晩年は一転して不遇なエピソードが多い。

才能に満ち溢れ、恋多き女性だった小野小町の詠んだ「花の色」は、容姿の衰えを詠んだという解釈が大半だが、花の色が色褪せるさまを男性の心の移ろいに重ねているほうが、私はしっくりくる。

相手の心が移ろわないようにするためには努力が必要だ。
とはいえ、移ろいやすい心も、衰えていく容姿も、それは時の流れの中では仕方のないことかもしれない。
絶世の美女である小野小町でさえ、花の色が色褪せていくのをとめられなかったのに、果たして私にとめられるのだろうか。
どうか私を好きな人が、いつまでも私を好きでいてくれますように。
そして、いつまでも好きでいてもらえる自分であり続けたい。

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2022-10-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.191

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