週刊READING LIFE vol.194

商学部経営学科卒が越えられなかった壁《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/21/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
私はその一言に、何の反論も出てこなかった。正確には、対抗する言葉を習っていなかった。
もっと正直には、何かを言い出す気力を失っていた。
 
 
特に志望した訳では無かったが、私は大学の商学部に進んだ。学科は、経営学科だ。
私が大学に進学した45年前、大卒証書は単に就職へのパスポートに過ぎなかった。事実、周りの仲間達は、“何を学ぼう”ではなく“何処へ行ける(就職出来る)”かで、進学先を選んだものだ。
私は高校時代、特に勉学に励んだ訳では無かった。なので、より就職に有利な法学部や経済学部へ進むことが出来なかった。商学部は、私でも行くことが出来る学部に過ぎなかった。
又、経営学科を選んだのも、特に理由は無かった。実家が自営業者だったので選んだのだろうと思われがちだが、全く違っていた。何故なら、私には元々、家業に就く気は更々無かったからだ。

しかし、現実は思い通りには行かなかった。
大学を卒業し、院に通いながら職に就いていた私に、降って湧いた様な話が持ち込まれた。それは或る土曜日のこと。外資系の為当時から完全週休二日制で働いていた私は、前日残していた仕事を終え14時過ぎに帰宅した。
家業と兼用の自宅に戻ると、そこには黒塗りの乗用車が止まっていた。しかも運転席には、運転手さんらしき男性が座って居た。彼は、思わず視線が合ったスーツ姿の私に会釈してきた。
「誰が来ているのだろう?」
私に好奇心は、知らず知らずの内に脚を事務所に向けさせていた。
これは、私を壁に衝突させる巧みなトラップだったのかも知れない。
 
「ただいま」
私はそう言葉を掛けながら、事務所のドアを開けた。
事務所には、家業の社長である父と、向かい合って座る同年配(50代)が何やら談笑しているところだった。
父は、私に挨拶もせず(いつものこと)、
「あぁ、こいつが長男です」
と、どこか他人行儀に向かいの男性に告げた。男性は振り返ると、慌てたように上着のポケットを探り、名刺入れから一枚取り出すと、
「○○銀行△△支店に赴任してきました支店長の◇◇です」
と、妙に仰々しく若造の私に御辞儀して来た。
道理で、玄関先に黒塗りの運転手付き自動車が止まっている筈だ。当時の銀行は未だ、土曜日は半日営業していた時代だ。
ビジネスに慣れ始めていた私は、同じ様に名刺入れを取り出し勤め先の名刺で交換した。
「ま、少し御掛け頂けませんか」
と、支店長は事務所に在る応接用の椅子に向かって私を促した。続けて、
「実は私、今週赴任して来たばかりで地元を挨拶で回って居ります。御尊父(当人の前なのに、確かにそう言った)の御話では、こちら(家業のこと)ではなく他所に御勤めとのことで」
と、問わず語りで話した。
私は、
「えぇ、進学が条件で入社して2年目に為ります」
と、答えた。
すかさず支店長は、
「では、後数年でこちら(家業)に戻られるのですか」
と、尋ねて来た。
「いえ、その気は……」
と、私が言い掛けると、銀行の支店長は私の話を遮って、
「実はですね、今ここで連帯保証の御約束をして頂ければ、月曜日には私が責任を持って運転資金として3千万御用意させて頂きます。御約束だけで結構ですから」
と、一方的に捲くし立てて来た。
私の、
「一応、財務を確認しないと」
とか、
「卒業する迄は義理を果たせない」
といった言い分は、一切通用しない迫力だった。
私は半ば諦めて、同意するしかなかった。
支店長は、得意満面の笑顔を見せ、
「では、明後日の月曜日、審査を通過いたしましたら、書類を持参致します。御都合が良い時に、署名捺印して下さい」
と言って、帰って行った。
 
翌日の日曜日、私は父に許しを得、家業の帳簿と決算書を詳細に調べた。商学部経営学科を出た者からすると、訳の無いことだった。
詳細に調べると、家業は完全に資金ショートして居り、追加融資が無ければ一年後どう為っても不思議はなかった。
「ま、これを立て直すのも人生か」
と、私は自分自身に言い聞かせてみた。
大学で得た専門知識をもってすれば、立て直しは簡単に思えたからだ。
 
こんな壁等、乗り越えるのは簡単と思ってみたが、現実はそれほど甘いものではなかった。
学問等、中小零細企業の現実からすると机上の推論でしかなかった。
 
私は後に、家業の財務問題を遥かに超える高い壁を目の当たりにするのだった。
 
 
本格的に家業である麺類製造業に従事し始めた私は、製造ノウハウを会得する傍ら、早々に営業活動を始めた。私が動けば、簡単に業績を回復出来ると思っていたからだ。
ところがだ、これが私にとって更なる難題だった。

家業の営業先は、街の飲食店が中心だ。他所(よそ)のことを言えた義理は無いが、街の飲食店の殆どは個人経営だ。私と同じ様に、余分な資金はない。
私は、大学の生産管理論や経営学の講義で会得した、『より良いものを適正価格で販売すれば業績は上がる』を信じ切っていた。
実際、同業他社に負けない技術で、より良い製品を試作した。得意の厳密なコスト計算で、他社に引けを取らない価格をはじき出した。
サンプル品と見積書を持って営業活動してみると、思ったよりも好反応が帰って来た。
「弊社のサンプルは如何ですか」
私の問いに、営業先の店主(父と同世代)は、
「うん、とても美味しかったよ」
と、答えた。
私は、
「有難う御座います。見積りは如何でしょうか」
と、続けた。
「それも、現行より安いね」
と、帰って来た。
私は勝ったと思い、
「では、来月から納入で宜しいでしょうか」
と、尋ねた。私にしてみれば、より良い製品がより安く手に入るのだから、断る理由等、無いと思えたからだ。

ところがだ。
営業先の店主からは、信じ難い返答が帰って来た。それは、
 
「長い付き合いですからね」
 
と、いうものだった。
私は、論理的な理論を越えるその『長い付き合い』とやらの存在を初めて知った。
それはその後、私の前に高くそびえる壁と為って立ちはだかった。
 
 
私は今でも、個人的な関係なら兎も角、事業体における理論を越えた『長い付き合い』というものを信じていない。
その証拠に、若い時の私に『長い付き合い』で壁を作った街場の飲食店は、その殆どが事業継承も出来ずに消え去った。
 
しかし、当時『長い付き合い』等いう不思議なロジックで、若い私に壁を築いていた店主達の年齢を超えた私は、その壁が決して間違いではないことに気付いた。
 
現在街には、個人経営の飲食店よりもチェーン店系の系列店が目立つ様に為って来た。
没個性的で、どこか面白くない。
しかしこれは、理論を系統立てたチェーン店に原因が在ることは明白だ。

こうなると、若い頃の私が、肩で風を切る様に振り翳していた、商学部経営学科で会得した経営“理論”こそが、現代を没個性化した原因に他ならないのだ。
 
 
改めて私は、若い頃の考えを恥じてみた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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