週刊READING LIFE vol.194

本当にやるべき仕事は失敗が教えてくれた《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/21/公開
記事:飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「いらっしゃいませー。こんにちはー」
一歩入ると、どこにいても聞こえるような大きな明るい声が飛んでくる。
コンビニはいつでもテンションが高い。
 
たいてい入り口を入ったところにレジがあるから、お客が来たのはすぐにわかるし、たとえレジにいなくても、入り口を人が通過すると、音がしたりと、お客の存在がわかりやすい構造になっている。
なんだか懐かしいな。そう思いながら新商品の棚をぶらぶらと眺める。
商品がきっちりと前に詰まって並んでいる。欠品もない。
よく整えられているなと一人心の中でつぶやく。
 
 
私がコンビニで働きたいと、近くのお店の店長に会いに行ったのはもう、ずいぶん前の話だ。
その頃、子供の手が離れて少し時間に余裕ができた私は、子供が学校に行っている間の時間に働ける仕事を探していた。
 
たまたま出会った友達に近くのコンビニで、従業員を募集していると聞き行ってみたのだった。
そこの店長は友達と子供さんが同学年といういわゆるママ友で、私がその名前を出すと、「あー、○○さんのお友達ですか」と納得したようだった。
けれど、仕事をしたいという申し出に対して、最初彼女は少し躊躇していた。
 
そこで働くアルバイトの子たちはみな若く、学生が多かった。
40も後半に差し掛かった私がきちんと仕事をできるのか訝しんでいるようだった。
それというのも、コンビニの仕事は、早さと正確さと、多様さが求められる。
 
小さな店舗に詰まった商品の種類は、食品だけでなく、日用品から書籍と大きなスーパーのいいとこ取りともいえる品ぞろえだ。
そんな仕事を、サービス業などしたこともない私に務まるのかという不安を店長は抱いたに違いない。
しかし、私はシフトで、時間を選択できるこの仕事を手に入れたかった。それに、普段はたから見ている限り、レジがメインだと思っていたから、余裕でできると、たかをくくっていたのである。
 
結局私はそこで雇ってもらえることになり、朝の8時からお昼までの時間に入ることになった。
 
初日、学生ではなかったけれど、店長がたいていのことを任せている優秀なスタッフの女性に仕事を教えてもらいながら実際に働き始めたのだった。
 
仕事の量が半端なく多いことに、私は最初から、少し焦りを感じていた。
コンビニにくるお客は、急いでいる人が多い。特に朝は、そこから仕事に出かけたり学校に行ったりと時間に制限のある人が多いからだ。
レジに行列ができ、一人の会計にさける時間はほんの数分だ。
 
まだ普通の商品はよかった。バーコードをスキャンすればいい。
難関はタバコだった。
レジの後ろにある棚には、いったい何種類あるのかというくらいたくさんのタバコが並んでいる。それもとてもよく似た種類があり、購入する人は、知っているのが当たり前という感じで、銘柄を指定する。
 
研修中の名札に守られながら、もたもたと対応する私に怒るお客はいなかった。
けれど、明らかにイラついている心のうちは見て取れた。
朝の戦争のような忙しさが落ち着くと、お昼前には並べなければいけない商品が入ってくる。
おにぎりやパンなどお昼に多く出る商品である。お客がいない合間を縫って、品出し、商品の補充、そして掃除までもこなす。
 
私に指導してくれていた女性は、私の3倍くらいの仕事を、同じ時間にこなしていた。
驚くべき能力である。
その上、どんなに忙しくても、お客に笑顔を絶やさない。来店したお客は笑顔で帰っていく。
これは、この店の店長が目指しているコンビニの在り方によるものだとしばらくして私は気づいた。
 
三ツ星ホテルのような最高級のサービスの精神を、コンビニで提供しようとしていたのである。
実際、この店は、各地のコンビニの中でも売り上げやサービスなどの評価が高く、いつも上位に入っていた。
 
そういう店舗での仕事は、慣れない私にとっては、余計に大変だった。
仕事を覚えるのも大変だったが、一緒に入るバイトの子たちの足を引っ張っているようで、申し訳なかった。
働き始めて1か月ほど経ったころだっただろうか? あまりにも自分の仕事が遅いことに私は行くたびに落ち込んでいた。
店長に、一緒に入る人に迷惑がかかるから続けられるかわからないと少し愚痴交じりにつぶやいたことがあった。
その時店長が私に言った言葉は、予想していたのとは少し違っていた。
 
「飯髙さんと働くのが嫌だというスタッフは一人もいませんよ」
 
心がずきんと痛んだ。
 
仕事が大変で、できないことばかりに気持ちが向いていた私は、それが辛いと思い込んでいた。
 
けれど、本当はそうではなかったのだ。
 
コンビニの仕事くらいできるとたかをくくっていた私が、実際は思うようにできなくて、小さなプライドはとうに崩れ落ちていた。
それよりも、周りに迷惑をかけているという罪悪感で自分がここにいることが辛くて仕方がないというのが私の中でくすぶっていた本当の辛さだった。
 
できないことに目を向けて落ち込んでいた見当違いな自分にやっと気が付いたのだった。
ここで私がやるべきことは何か? お客への可能な限りのサービスだった。
 
相手が望んでいるものは何か。もちろん買い物に来ていることは間違いない。
でも、そこには、その時に期待しているお店のサービスというプライスレスな価値が含まれている。
 
私は仕事の早さよりも質を上げることに力を入れようと思った。
確かに早くたくさんの仕事をこなすことはとても重要だった。でもそれ以上に、お客が満足して帰ることは価値があることだと、いう気がしたからだった。
 
 
そういう気持ちで、取り組むと、今までのような自分本位な辛さはだいぶ薄れて逆にお客のことをよく見るようになったのだ。
いつもくるお客が買うタバコを覚えて、レジで差し出すと、「覚えててくれたんだ」と笑顔が返ってきた。
奇麗に商品が並んだ棚はいつでも買うことができる安心感を与えてくれる。
朝やお昼におにぎりや、パンがずらりと並んでいるのは、買う側にしたら選択の余地があってほっとする。
 
自分が買う立場だったら、どう感じるか、そんなことを考えて動くようになった。
3か月もすると、一緒に入るスタッフにそれほど迷惑をかけなくても何とか仕事をこなせるようになったし、私自身最初の頃の辛い気持ちは無くなっていた。
 
ある時、店長が最高のサービスを感じてほしいと、スタッフを連れてリッツカールトンホテルのランチに行ったことがあった。
 
平日のランチでも、レストランは込み合っていて、ほぼ満席の状態なのは、さすが高級ホテルだなと感心したものだった。
 
 
私が一番驚いたのは、席について、コースの料理を待っているときだった。
広い店内で、それぞれのお客が違うメニュー、違うペースで、食べている。
いくらホテルと言っても、それぞれのお客一人一人にホテルのスタッフが対応しているわけではない。
 
それなのに、ちょうど一つの料理を食べ終わるころ、絶妙なタイミングで、食器を下げるべく次の料理を携えてスタッフが現れるのである。
 
それほどテーブルの近くにスタッフがいるわけではない。
 
なるほどと思った。
お客に余計な動作を発生させない、至れり尽くせりのサービスなのだ。
こういうサービスを、コンビニでするのは、まあ、無理だろうとは思う。
 
しかし、私の働いていた店の店長は、こういうサービスの精神を、自分の店で提供したいと考えていたのだろうなという気がした。
それは、おそらく、どこのコンビニでもやっていることではないだろうし、簡単ではないだろうと思う。でも、利用するお客にとってとても気持ちのいいお店であることは間違いない。
 
コンビニは新商品が毎週入ってくる。
スーパーよりも早く、全国の店舗に新しい商品が並ぶのである。
その代わり、それほど売れ行きが良くない商品は棚から消えていくことも多い。
小さな店内における商品の種類は限られる。
だからこそ、その時々のお客が求める商品を厳選して棚に陳列するのである。
私は、そんな新商品が入ってくるのが楽しみだった。
コンビニで働くまでは、たまにしか行かなかったから、そういう事情は知らなかったし、情報にも疎かった。
でも、実際自分で、商品を発注したりするようになると、何が良く売れてどんな時によく売れるのかということがだんだんわかってきた。
 
天候や、近くの学校の行事、イベント、さまざまな要素が影響する。
コンビニでは、売れ残りを見越した数の発注をするということを初めて知ったのも新しい発見だった。
普通に考えれば、売れ残らず、完売したほうが、無駄がないような気がする。
しかし、お弁当類やパンに関しては、そうではなかった。
手軽に買って食べられる利便性を求めてくるお客にとって、食べたいときに買う商品がないのは、失望以外の何物でもない。楽しみにしていた運動会が雨で中止になったときの小学生の気分に似ている。
 
私が働いていた店の店長は、「おにぎりが売り切れて何もないなんて、コンビニでは犯罪にも等しいですよ」と言っていたくらいである。
だから発注は結構難しく、店長かベテランのスタッフしか発注はできなかった。
 
数年が過ぎ、店長にもいろいろなことを任されるようになって仕事が楽しくなってきた頃だった。
私は腰を痛め、仕事を続けることができなくなった。
コンビニの仕事は意外に重労働だ。重いものを持ったりもするし立ちっぱなしで、座ることもない。
そのせいで具合が悪くなったわけではないが、普通に仕事をすることは到底不可能だった。
店長は、お店に出ない仕事を続けることも考えてくれていたようだったが、それでは、コンビニのスタッフとしての役割は果たせないし、それで、お給料をもらうことはできないと私はやめることを決意した。
 
体調を崩してやめるまで、コンビニでする仕事のほとんどを経験したことは、私にとって大きな財産になったと今も思っている。
 
どんな仕事でも、それを何のためにやるのか、どうしてそうするのか、それがわかってやるのと、理解せずにやるのでは大きな違いがある。
自分が提供する物で何ができるのか、誰がどんなメリットを受け取るのか、それをはっきりとさせることが自分にとっても、それを受け取る人にとっても大切なことだなと思う。
 
学生から社会人になって、働いていた頃には、直接自分が関わっている仕事に対して、それほど辛いと思ったことはなかった。
会社の中で歯車の一つとして、あまり、自分に返ってくる成果が実感できなかったからだ。
それに、できないという挫折感もあまり感じることがなかったのだから、いったいどんな仕事をしていたのだろうと、今になってあの頃の自分に聞いてみたいくらいだ。
 
仕事をすることは自分の生活のためであることが多いけれど、その仕事にきちんと向き合うことは、自分自身に向き合うことと同じなのかもしれないと、最近よく思う。
 
気になっていた新商品の代金をレジで支払い、店を出る直前に
「ありがとうございましたー。またお越しくださいませ」
 
と明るい声が私の背中を温かく押してくれたように感じた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

ライティングゼミを経て、ライターズ倶楽部を継続中。
心と食の関係に興味があり、心理学検定1級を取得し、更年期世代の体に優しいスイーツのレシピを模索中。

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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