週刊READING LIFE vol.197

バツイチの私が新たな一歩を踏み出す気持ちになった理由《週刊READING LIFE Vol.197 この「音」が好き!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/12/12/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
つい最近、私には彼ができた。
若い人ならば、ごく自然なことだろう。でも、私は48歳……いい歳のバツイチで、一人息子のいる母親だ。恋愛対象としては、かなり条件が悪い。もっと言えば、恋愛ができる年齢ではないのかもしれない。
この4月に息子が高校生になると、息子の世界から追い出され始めた現実に気づく。寂しさを感じ、心の中にポッカリと空いた穴が妙に痛い。何かを変えたい。日々遠ざかる息子の背中を見ながら、恋活を始めたといったところだろうか。
 
彼は、書くことを仕事にしている。アプリで出会った彼からの「いいね」で存在を知り、プロフィールに書かれた職業「新聞記者」を見て、話がしたいと思った。書くことを学ぶ私にとって、それを仕事にしている人は、リスペクトに値するからだ。丁寧に綴られた彼からのメッセージは、かなりの長文だった。一般的に、長文のメッセージは嫌われる傾向にあることを、私自身も経験している。だが、長く書く行為は、丁寧に自分の心を説明したいと思う、相手を思う時間を意味する気がするのだ。書くことが好きな私達は、長文のメッセージを送り合い、お互いのことを話し始めた。
メッセージを交わすうちに、彼の趣味は、自然の中にいることだと分かった。私も自然が好きで、キャンプを始めたばかりだったから、「自然」というキーワードで、会話が深まっていった。彼は、自然の中でも、「音」が好きだという。波の音、風の音、川の音……自然が奏でる音色には癒しがあるからだそうだ。
 
ランチを一緒にしたある日、カフェを後にしながら、彼は私に言った。
「まだ時間ある?」
大丈夫だと私が答えると、彼はある提案をした。
「時間があるならば、僕の好きな場所に案内してもいい? 本当は、新緑の頃がオススメなんだけど、せっかくだから今から行ってみようか?」
彼はそのまま車を走らせた。
山に向かって車を走らせているようだ。どんどん田舎道になるにつれ山の紅葉に心が癒される。赤や黄色に染まる葉の色を楽しみながら、車は森の中の細い道に入っていった。対向車が来たらすれ違えないくらいの細い山道だ。しばらく、曲がりくねった道を上へ上へとドライブしていくと、道の脇にあるスペースに彼は車を停めた。
「このあたりでいいかな……ちょっと降りて、歩いてみようか」
そう言われ、車を降りて歩き始めると、木々で囲まれた森の中に、川が流れている。深さはそれほどないが、水面から川の底が見えるほど透明に澄んでいるのが見える。さらさらと流れる水音を聞きながら、しばらく坂道を二人で歩いた。澄んだ空気を吸いながら、立ち止まって話しを始めた。
「いい場所ですね。水の流れる音がすごくいい。癒されますね。この場所には、よく来るのですか?」
私が尋ねると、彼は語り始めた。
「たまにね。川のせせらぎを聞きたいときに来るんだ。この川はね、皇都川っていうんだよ。昔、孝謙天皇が弓削道鏡と恋に落ちて、この土地で密会していたという話があるんだ。奈良時代、僧侶の道鏡が、天皇を連れ出したと捉える人たちは、道鏡を日本三悪人の一人と呼んでいるそうだよ。でも、ここに住む人たちは、道鏡を悪くは思ってはいないようだな。むしろ、お互いを思い合った恋の場所と考えているのではないかな? だから、川に天皇の皇という字を入れたのだろうね」
実際にその空間にいると、誘惑したような空気は感じない。どちらかと言うと、穏やかに相手を思うことに相応しい、清々しい空気が漂っている。
「意外と近い場所に、こんな素敵な場所があるのですね……いつも、休みの日には遠くに行くことばかり考えていたけれど、地元の良さを分かっていないかもしれない」
私がそう語ると、彼は話を続ける。
「まぁ、これも取材なんだよ。僕が自分で見つけたわけではなくて、取材して分かったことなんだけどね。取材した時に気に入って、時々来るようになったんだ。初夏になると、家族連れが増えて、子供たちが遊ぶ姿も見られるよ。地元の穴場ってところかな」
 
しばらく黙ったまま、川のせせらぎを聞いていた。
静寂に包まれた中で、私は彼にあることを尋ねようと思い始めた。
なかなかスマホのメッセージの中で、聞き出せなかったからだ。
一般的には、お付き合いをしようとしている男性に、過去の話を聞くのは良くないのかもしれない。マナー違反ともいえる。だが、40代、50代になれば、誰だって、一つや二つの失敗や苦労があるのが当たり前だ。離婚も失恋も、全てがその人の「今」を作り上げている事実だとすれば、隠す必要なんてない気がする。若い男女とは違う、ある程度年を重ねた人たちの出会いは、どんな失敗や傷が心にあるかを話せる関係であっていいように思えるからだ。だから、私も包み隠さず離婚のことを話すし、彼がどんな道に苦しみ、生き抜いてきたかを聞いてみたい。
「結婚したいと思った人は、今までいなかったのですか?」
「いたよ」
意外にも彼は、あっさりと話し始めた。
「それって、いつ頃ですか?」
「10年くらい前だったかな。プロポーズしたけど、うまくいかなくなってしまったんだ。なぜダメになってしまったのだろう? その時、理由を聞かないでしまったなぁ。聞いてみればよかったけど……」
職業柄、何でも真実を突き詰めようと思うのかもしれないが、その時ばかりは仕事を忘れて一人の男性として傷ついたのだろう。
「離婚歴のある女性だったんだよ。なぜうまくいかなかったのだろう……きっと子供たちだって、僕がいなくなって寂しかったと思うけど……」
「お子さんは、何人いたのですか?」
「二人だよ。男の子と女の子がいたんだ」
「おいくつくらい?」
「当時、二人とも小学生だったから、今はもう成人しているくらい大きいよ」
 
川のせせらぎを聞きながら、彼が子供たちのことを話した時、その光景が見えるような気がした。二人の子供たちと、彼が仲良く外で遊び合うような姿が頭に浮かんできたのだ。女性のことよりも真っ先に、「子供たちが寂しかったと思う」と話す、その言葉の先に、二人を我が子として大切に思っている日々が見える気がしたのだ。どんなにその別れが寂しかっただろう? きっと、彼自身も子供たちと別れたことが、寂しかったのではないだろうか。女性一人との別れも寂しいはずだが、一度に大切な人を三人失ったのだから、私が思う以上の喪失感だったのではないか……
その話を聞いているうちに、「そんなにうまくいっていたのに、残念でしたね……」と思わず私はつぶやいてしまった。矛盾しているが、その時幸せになって欲しかった気がするほど、彼の言葉が心に刺さったからだ。
人の心は、何気ない会話の先に、ふと出るものだ。可愛がっていた、大切にしていた、そんな言葉で表現しなくても心は見えるものだ。
「まぁ、いいんだよ。もう昔の話だからね」
彼が話を終えたので、私はさらに芸能ニュースのレポーターのように質問をした。
「この10年の間には、他には出会いはなかったのですか?」
すると、彼は、さらに話を続けた。
「いたよ。何人かお付き合いをしたけれど、ピンと来なかったんだよね」
「それは、結局は完全に立ち直るのに10年かかったってことですか?」
私が尋ねると、彼はポツリと言った。
「そうだね……そうかもしれない。10年経ってやっと前を向く気持ちになったのかもしれないね。今、前を向かなかったら、もうこの後に出会いはなくなるのでは? そう思い始めたといったところかな?」
すると、彼はさらに付け加えた。
「実はさ、アプリの解約時期を忘れてしまって、やめるつもりでいたのに、更新されてしまったんだよ。退会が3ヶ月延びて、仕方ないからと惰性でアプリを見ていたら、たまたま出会えたんだよね」
彼が忘れずに解約していたら、私とは出会えなかったことになる。私は、その時アプリを始めていなかったからだ。
 
彼には、立ち直りの10年間が必要だった。そして、私には、離婚を決意するまでに10年以上が必要だったことになる。お互いがそれぞれの苦しさを味わい、それを克服するために少なくとも10年の歳月が必要だった。
 
人生は、いつでも、いくつからでもやり直せる気がする。
歳を重ねれば重ねるほど、失うことが怖いし、やり直すことも怖い。失敗したことがあるということは、心に深い傷があるということでもある。そのトラウマと向き合いながら、今、私たちは自分たちの人生をやり直そうと一歩前に進み始めたところだ。
 
私には、夫の浮気に苦しんだ過去がある。その時、息子を育てるために経済的にも精神的にも夫が必要だった。だから、自分の心に蓋をして、見ないようにして生きてきた。息子の笑顔を見て、息子に集中することで、自分の傷を放っておいたのだ。すると、時間が経つほどにその傷はなくなるどころか、心の中に深く染み込んでいく。傷は時間とともに癒えるどころか、心の底に擦り込まれていくかのようだ。だから、いざ誰かと向き合おうとすると、相手を信じられなくなる。瞬間的に、また裏切られるのではないか? と思ってしまうのだ。無意識に「自分には価値がない」と思い込んでいる自分にも気づく。
 
うまくいくか分からない。また傷つくかもしれない。だがその気持ちは、きっと彼も同じだろう。それでも、「人はいつからでも、いくつからでも人生をやり直せる」と信じてみたい。
 
皇都川を、愛の場所とするか、悪人の住む場所とするか、見る人によって異なるように、人生にもさまざまな捉え方がある。それならば、年齢にこだわることなく、私は自由な発想で、自分らしく人生をもう一度やり直してみたい。
かつて、二人が身分をこえて結ばれた皇都川の前で、川の音に耳を澄ます。せせらぎは、今まで傷ついた心を洗い流してくれるかのようだ。
どんな人生が待っているのだろう。
新しい一歩を、思い切って踏み出してみたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、25年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEOを受講。

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2022-12-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.197

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