週刊READING LIFE vol.199

50歳・未経験で起業して「不動産、兼、相続お悩み解決屋さん」になるまでの25年間《週刊READING LIFE Vol.199 あなたの話を聞かせて》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/12/26/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「娘さん2人、両方から、涙ながらにお礼を言われてねぇ」
そう、楽しそうに話すのは、不動産業を営むAさんだ。御年76歳。25年間、町の不動産屋を続けてきた。
涙の理由を聞いたところ、不動産を持っていたお父さんが亡くなり、相続人は娘さん2人。ところがこの姉妹、ソリが合わず、話し合いもままならない状態だったらしい。Aさんが間に入り媒介となることで、めでたく、不動産も固定資産税も等分にわけられ、不動産登記も完了。両方の娘さんから嬉し涙とともに感謝されたとのことだ。
「ちょいちょい、あるんよ、相続の相談。困っとるし、できれば助けてあげんとね」
そもそも相続は、弁護士や税理士の領域だ。不動産屋が担うのは、土地評価額の算出程度である。一介の町の不動産屋が、役割を越境して「相続お悩み解決屋さん」を担うほどになるまでには、どのような道のりがあったのか。
50歳で大企業を退職し、未経験で不動産業に飛び込んだAさんの25年間を伺った。
 
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-50歳で会社を辞めるのは、相当、勇気が要りますね。
60歳まであと10年働く、と考えたら、何か新しいことをやりたくてね。建築をやってみたかったし、家を建ててみたかった。それで不動産屋にしようと。
家というのは「最も大きい買い物」で、経済の始まりだからね。家を作ろうとすると、工務店や建材屋が動く。電気、配管の設備屋が動いて、ガラスや建具、内装が動く。システムキッチンなど住宅機器や、風呂トイレの水回りが動く。そして、家を買ったら、大概の人が、家電や、家具、カーテンとか買うでしょ。家は、あらゆる消費の始まりなんよ。そこから経済に繋がるからね。そういうことをやってみたかった。
 
-とはいえ、未経験でいきなり不動産業は難しいと思いますが、何から始めたのでしょう?
家を建てるにはまず、不動産業そのものを知らねばならない。何人かの知人に話を聞いたりしたけど、土地のことや建築のこと、いかんせん素人だからね。当時、「I ホーム」という地元の不動産屋が、毎月、新聞のチラシ広告を出しててね。電話して、「家を建てる仕事をしたいと思っていて、しばらく勉強させてもらいたいんだが」と聞いてみたんよ。
 
– え!! いきなり電話したんですか?!
そうそう。そしたら、そこの社長さんが、まあ、来てみなさいと。Iホームは10人くらいの会社でね。1年ほど勉強させてもらいたい、と言ったら、歩合制で働かせてもらえることになったんよ。
 
-よく、雇ってくれましたね。
当時、と言っても、あと数年で2000年になる頃だからそう大昔でもないけど、その頃、不動産屋の営業マンは、元XX業で働いてました、みたいな人がいっぱいいてね。上手く仲介したら仲介手数料の40%が給料になる。固定給がない、そういう時代だった。今はもう少し違うと思うけどね。
 
-修行先にIホームを選んだのには、理由があったのでしょうか?
Iホームは仲介不動産だったからね。不動産屋には大きく3つあって、「売買」と「賃貸」と「建売(たてうり)」とあるんよ。物件を売りたい人と買いたい人を仲介して、手数料で儲けるのが「売買」。売り買いではなく貸し借りの仲介手数料で儲けるのが「賃貸」。「建売」は、土地を仕入れて家を建てて、商品にして売る人。売買と賃貸は両方とも仲介業だけど、建売は製造業に近いね。
で、Iホームは売買も賃貸もやっている、仲介不動産屋だった。
 
-Aさんのやりたかった「家を建てる」だと「建売」が近そうですが……?
建売をするには、まず土地を仕入れないといけない。そして、作った家を誰かに売ってもらわなければならない。それはどっちも、仲介不動産が絡むんよ。仲介不動産屋から、売地の情報をもらう。出来上がった家は、仲介不動産に売ってもらう。建売をするには、何はともあれ土地を仕入れる必要があるから、まず土地のことを知らないといけない。仲介不動産屋は、土地も扱えば、作る方から買うし、売り先とも接点がある。家を建てたいと思ったら、まず仲介業を経験して、仕入れ側と売り側を知ることが必要だと思ったんよ。
 
-入口と出口をおさえるところから入ったということですね。
そうそう。おかげさまで、家のことがよくわかったよ。
ある日、Iホームの社長さんと一緒に、中古の一戸建てを調べに行ってね。書類に、排水溝について記載する必要があるんだけど、どの蛇口がどの排水口に繋がっとるのか、わからんのよ。古い家は大概、住民が勝手に変えとるしね。
そしたら社長さんに「Aさん、ちょっとコンビニで牛乳買って来て下さい」言われてね。台所の流しから、牛乳を流すんよ。で、3つある排水口の出口で待ち構えてね。1つから牛乳が流れてきて、ここだ、ここだ、と。
こういうの、実際、現場をやってないと知らんしねぇ。他にも色々、随分と勉強になった。
ちょうど1年くらい、Iホームで働かせてもらって、その間に宅建の勉強をして、1年後に、XX駅前に、賃貸の不動産屋を開いたんよ。
 
-ここでは「賃貸」なんですね。
売買は1件決まれば何十万何百万と儲けが出るけど、圧倒的に頻度が低いからね。家は一生に1回しか買わないけど、賃貸は人生で何回か借りるでしょ。
賃貸は、物件の管理会社に許可をもらいさえすれば物件を扱わせてもらえるし、うまく借り手を見つけられれば3%の仲介手数料が入る。1回の実入りは少ないけど、日銭が稼げる。物件を集めてお店さえ開けば、ある程度のお客は来てくれるからね。売買は客がつく絶対数が少ないから、駆け出しで商売始めるにはハードルが高いからねぇ。
 
-まずは安定した賃貸から商売を始めたんですね。
そうそう。そして、賃貸をやりながらリフォームをやり始めた。「開店セール」で近所にチラシを配ってね。売買と同じく、数はこなせないけど、賃貸をやりながらなら出来る。リフォームをやると、大工や左官屋、建材やクロスなどの仕入れ先と繋がりができる。リフォームは家の一部分だけを建てるようなものだから、新築になっても同じなんだよ。規模が違うだけ。
だからじきに、中古住宅を買ってリフォームして売る、をやるようになった。
 
-「家を建てる」に大分、近づいてきましたね!
リフォームで実績を積んで、遂に建売をすることにしてね。
最初は、土地を買って、家は工務店に建ててもらって、できたものを売る、から初めた。工務店が設計書どおりに建ててくれるのを横で見ながら、建材とか、断熱材の種類とか、色々覚えてね。
そのうち、工務店ではなく、自分で建てるようになった。設計士に設計してもらい、基礎工事を発注して、外壁、屋根、内装、それぞれ大工や左官屋に発注してね。建材屋から床材やドアを仕入れて、給湯器とかシステムキッチンとかの住宅機器をメーカーの販売店から仕入れて。
それに慣れてきたら、ようやく、自分がこうしたい、と思う家が作れるようになった。
 
-Aさんが作りたかった家は、どんな家なんでしょう。
やっぱり省エネな家を作りたかったからね。随分、早くから着手したんだよ。10年くらい前は「脱炭素」の言葉もなかったからね。まだそういった機器や材料も普及していなかった。
断熱材をしっかり入れて、アルゴンガスいりのペアガラスを使い、太陽光パネルを設置できるような傾斜の屋根にしたりしてね。でも、販売仲介会社の営業マンに「Aさん、普通の家を建てましょう!」と言われたのが3、4年前。「やっぱ建売は、立地と安さですよ」と。注文住宅ならともかく、建売住宅を購入するお客さんはどうしても、価格が優先されてしまう。でも、少しずつ変わって来てるね。購入するお客さんは若いから、お客さんの方がそのあたり敏感だね。むしろ、営業マンのレベルの方が、時代に追いついていないのかもしれない。
こないだ初めて、「外壁の断熱で、UA値0.5を切るってすごいですね」と言ってくれた営業マンがいて、時代が変わってきたのを感じるよ。(注:UA値=断熱性能を表す。東京では0.6で高性能とされる)
時代が追いついて、これが当たり前の世界になると、うちの家が差別化できなくなっちゃうけどね。次の売りを考えないと……(笑)
 
-念願の「家を建てる」が実現したわけですが、それも含めて、不動産業の醍醐味って何でしょう?
やっぱり、不動産が動く時って、人生が動く時だからね。その人、その家族の、生活、生き様、人生がわかるんだよ。人が亡くなったり、それをきっかけに都会の息子さんと一緒に暮らすことになったとか、逆に遠くで暮らしていた息子さんが戻って来るとか、家族が増えたり、減ったり、代替わりしたり。その中で、一つの家が役割を終えて、新しい家になったりね。
不動産が動く時にはその数だけ、人生のストーリーがあるんだよ。そして、その変化に沿って、家や土地を良い状態にするのが不動産屋の役割だね。
 
-大家さんをはじめ、地元の人との繋がりもありますしね。
大家さんとは付き合いも長くなるしね。
最近、相談されたのは、旦那さんを亡くしたおばあちゃんで、今おばあちゃんが住んでいる家は、生前におばあちゃんの名義に変えていたんだけど、近くにもう1軒持っていた家が、旦那さんの名義のままでね。
ところが、旦那さんには、おばあちゃんと結婚する前に別の女性と結婚していた時期があって、その前の奥さんにも子供が3人いたんよ。おばあちゃんとの間にも子供が2人。つまり、旦那さん名義の家は、おばあちゃんと、5人の子供とで相続しないといけなくなったわけ。
遺産って、相続人全員が揃わないと動かせないからね。おばあちゃんに、前の奥さんとの子供3人を探して欲しい、と頼まれたんよ。
普通に探すだけなら、前の奥さんの戸籍謄本を取って連絡すれば良いんだけど、ややこしいのが、前の奥さんは離婚した時に、長男は一緒だったんだけど、次男と長女の2人を養子に出していて、今はどこでどうしているか、誰も知らなくてね。
前の奥さんの戸籍謄本から、次男と長女が除籍されてどこに行ったかを確認して、そこの市町村に手紙を出してね。そこでまた戸籍謄本を取る、を3回くらい繰り返して、ようやく長女は鹿児島、次男は長崎にいるらしいことがわかって、そこの住所に手紙を出したんよ。うちの電話番号を書いてね。
そしたら電話をくれてね。長女さんは結婚するときに自分が養女だというのを初めて知ったらしいよ。次男さんとも連絡がついた。自分が、おじいちゃんの遺産の家の資産価値を算出して、遺産分割協議書を作成して、おばあちゃんと子供5人がハンコを押してね。おばあちゃんが評価額の金額を3人に支払って、丸くおさまったんよ。
そしたら、前の奥さんの長男さんが、その後、連絡をくれてね。弟と妹と連絡を取り合って、50年ぶりに3人で会うことにしたと。3人で食事をして、前の家の近所にある先祖のお墓参りに行ったら、近所の人が3人のことを覚えててね。まあ、立派になったねぇ、と声をかけてくれたらしくて。
おじいちゃんが遺した家の資産価値は700万くらいだったから、うちの収入になる手数料はこの3%プラス消費税で、30万弱くらい。随分、手間がかかった割には、儲けとしては少ない仕事だったけど、面白かった。3人が、50年ぶりに出会えた。
 
-本来は、税理士とか弁護士とか、そのあたりの仕事ですよね。
そうそう。大手の不動産屋なら、税理士や弁護士を紹介して終わり、だと思うけど、まあ、自分は面白がってやる方だからね。人と人との、切れていたつながりを、つないであげた。こういうのが不動産の相続の面白いところ。
本来は不動産屋の仕事じゃないけど、町の不動産屋だから、できるのかもね。
 
-もしかして、これが、省エネの次に来る、Aさんの店の「売り」じゃないですか……!
そうかもね(笑)。
大手だとここまでやるのは難しいだろうから。自分は町の不動産屋だから、困っていたらできるだけ、助けてあげたいね。
 
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そういって笑うAさんは、実に楽しそうだった。
昔は、70歳で引退する、といっていたらしいが、77歳が間近に迫った現在でも、まだまだ現役である。
不動産が動く時は、人生が動く時。
50歳で未経験の業界に飛び込んで25年、たくさんの人の人生に関わり、時には不動産屋の役割を越境して、なお楽しそうなAさんの姿は、我々に元気を与えてくれる。
我々はいつからでもチャレンジできるし、いつからでも誰かの役に立てるのだ。
そう考えさせてくれる25年間であった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-12-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.199

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