結婚生活を終わらせて思うこと《週刊READING LIFE Vol.202 結婚》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/1/30/公開
記事:ぴよのすけ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部NEO)
なんで結婚したんだろうと当時のことを思い出しているが、昔の記憶をいくら探っても、これだという決定的な理由が見当たらない。
多分、そのときに付き合っている人がいて、遠距離恋愛をしていて、遠距離そろそろしんどいなーと思っていて、お互い仕事を変えるタイミングがきていて、年齢が適齢期に達していて、まだ恋愛脳が続いていて、別れる理由がなくて、そしてこれが最後のダメ押しになったと思うが「これくらいの年になったら結婚ってするもんだよね、フツーは」という今から考えればアホみたいな一般常識に何にも考えずに乗っかっていたからだ。
こんなふうに言うと身もふたもないが、実際のところかなりいい線ついていると思う。
私も彼も、この人と結婚しなきゃ死んじゃうとかこの人を誰にも渡したくないとか、自分にはこの人しかいないといった情熱的かつ切羽詰まった感情はなくて、結局のところ、こうしたちっちゃな理由が少しずつ増えていって、最終的にパズルのピースが全部埋まったというか、コップの水があふれてしまったというか、そんな感じで「じゃあ、結婚しましょうか、お互いそんな年齢ですしね」みたいになったのだ。
いったん話が決まったら、意外なほどスムーズにとんとん拍子に話が進んだ。
多分こういうのを、「ご縁」と言うのだろう。
ご縁には良縁と悪縁があると言う。
一度結ばれたらどちらかが他界するまで仲睦まじく生涯を共にするのを良縁と呼ぶことに異論はないが、悪縁なんてものは本当はないんじゃないだろうか。
必要なときに、必要な学びをするために出会う人との縁がすべて、自分にとって好ましい形でやって来るとは限らないからだ。
ガツンと頭を殴られるような衝撃を受けなければ、分からないこともある。
そういう意味では、私の結婚もまた「良縁」だったと言えるだろう。
最後は離婚という形で終わってしまったけれども。
「意外なほどスムーズに話が決まった」と言ったが、実は私の側ではちょっとだけ、両親から心配された。
反対まではしなかったが「あなたがいいと言うならそれでいいんだけど、本当に大丈夫なのか。もう少し後でもいいんじゃないか」と難色を示したのだ。
だがそのことがかえって結婚に向けて私を奮起させたのは否めない。
親に不安な顔をされると、いえ大丈夫なんで私できますんで、ホント心配無用なんでとことさらに、差し出された手を払いのけたくなってしまうような性が私にはある。
ちゃんとした、しっかりとした娘でなくちゃいけない、という意識がいつもどこかにあった。
二つ下の弟の方がどうせかわいいんでしょ、何でいまさら私のことを心配するのよ、というひねくれたところもあった。
本当はそんなこと、全然なかったのに。
両親が案じたのは、結婚後すぐに彼がある資格を取るために学校に入学することになっていたことだった。
彼には前職時代に貯めた貯蓄がそれなりにあったけど、親からしたら無職の男に娘を嫁がせるなんて躊躇しないほうがおかしい。
だから「彼がその学校を卒業してからでも遅くはないだろう」というのが両親の言い分だった。
そんな両親に私は、
「夫婦の役割分担は常時イーブンでなくてもいいと思う。どちらかが多く手助けを必要としているなら、そのときに助けられる方が助ければいい」
と言って説き伏せた。
結婚した私たちはある地方都市に引っ越して、つつましく新婚生活を始めた。
彼に学業に専念してもらうため、毎日早起きして朝食を整え、お弁当を作って彼を送り出し、洗濯物を干してあわただしく出勤した。
何度も面接で落とされて、ようやく見つけたパートの仕事は土日祝も出勤のサービス業だった。
正社員の仕事が欲しかったが、面接の席で結婚していると伝えると、どの会社からも「既婚者はいつ妊娠するか分からないのでうちではいりません」と言われ、雇ってくれるところがなかったのだ。
毎日4時に仕事を終えるとスーパーで買い物し、帰宅したら洗濯物を取り入れて夕食を作り、出来上がったころに彼が帰宅する。
これが毎日のルーティンだった。
基本的に土日祝は出勤だったから、学生の彼とは休みも全然かみ合わなかった。
だけど土日に彼が家事をすることもなく、私も私でそれらを彼がやるべきこととも、やってほしいとも思わなかった。
家事は女の仕事だなんて古臭い固定概念を持っていたわけじゃない。
むしろ、家事の一つもできないような男はダメだと思っていた。
彼の方は家事を自分の仕事とは思っていなかったし、私一人がしていることに何の疑問も持っていないようだったけど、頼めば土日の家事くらいやっていただろう。
つまり私は全部、自分でそうしたくてやっていたのだ。
誰かに強制されたわけじゃない。
私が作る料理を食べて、「おいしいね」と笑う彼の顔が見たかったし、「今日のお弁当、うまかったー!」と言う彼の感想を聞くのが嬉しかったし、何より彼が私を必要としてくれていることが私の喜びになっていた。
それは私が彼に恋をしていたからかと問われると、そうとも言えるがそれだけじゃなかったと今は分かる。
私は彼の生活のすべてを支えることで、誰かに必要とされる人間になりたかった。
そうすることで、自分自身の存在意義を感じていたかった。
彼をとことん支えて、彼にとっての一番の存在、唯一無二の存在になれば、誰かから愛されたいという欲求が満たされると思っていた。
逆に言えば、自分の持っているものをすべて捧げて尽くさなければ愛されない、愛される価値がないと思っていた。
でも、「彼に」愛されたいのではなかった。
私だけを見て、私だけを愛してくれる人なら彼でなくてもよかった。
たまたま手近にいたのが彼だった。
なぜって?
だって「これくらいの年になったら、フツー結婚するもの」だと思っていたから。
彼は彼で、私でなくてもよかった理由があった。
夫婦関係が最初に悪化したころ、彼が私に「お前はオレがこんなに頑張っているのにオレのことを全然褒めてくれない」と不満をぶちまけたことがあった。
三人目の子どもが生まれた直後で、家事に育児に仕事にと、私も彼も奮闘していたころだった。
確かに相手が何かしてくれたことに対し、感謝を表すのは家族であっても大切なことだろう。
だが「褒めてくれない」の言葉にひっかかった。
あなたは私を「褒めて」くれたことはあったかしら。
いや、それよりなにより、「感謝」ではなくなぜ「褒める」なの?
私たちは家族というチームを組んで、対等な関係で子供を育てるというミッションを遂行しているのではないの?
あなたは私のために子育てしているの?
子育ても仕事も、私があなたにお願いしてやってもらっていることなの?
子どもを産んだことも仕事をするのも、二人の合意の上でのことではないの?
それなのになぜ、私があなたを褒めなければならないの?
あなたは私に褒められるために私と結婚し、子育てをしているの?
そこで彼に尋ねてみた。
ずっと前から薄々感じていて、でもずっと聞けなかったことだ。
「あなた、私のことを恨んでいるでしょう。今のこの生活が嫌で、それは私のせいだと思っているでしょう。本当はこんなところに住みたくなかったけど、私がここがいいと言ったから住んでいるだけだ、全部お前のせいだって思っているんでしょう」
すると彼は、驚いた顔をしてこう言った。
「うん。そう思ってる。何で分かったの」
「分かるよ、見てれば。私と結婚したのも、お父さんとのことが関係してるんじゃないの? なんでわざわざ私を選んだの?」
以前から、彼と彼の父親との間には何かわだかまりのようなものがあると感じていた。
すると彼はしばらくの沈黙のあと、こんな風に口を開いた。
「多分……君はオヤジがオレの結婚相手として一番嫌がりそうな相手だったから、オレは君と結婚したんだと思う。当時はそんなこと意識していたわけじゃないけど、今から考えればそう思う。無意識で、オヤジが一番嫌いそうな相手を選んだんだと思う」
なんてこった。
私も彼も、根っこの部分は同じだったのだ。
誰かに愛されたい、親に愛されたいという欲求がそこにはあった。
彼の父、つまり私の義父は家柄もよく、大企業にお勤めのエリートサラリーマンだった。子どもたちの結婚相手にもいい家柄のお嬢さんをお迎えしたいと思っていたとしても不思議じゃないし、実際彼も父親のことをそう思っていたのだそうだ。
だから彼はどこの馬の骨とも分からないような学歴もない女を結婚相手に連れてきて、父親を困らせたかった、言い換えれば父親を困らせることで、自分のことを見て欲しかったというわけだ。
ところが予想に反して、父親はこの結婚に反対もせず、嫁、つまり私のこともすんなりと受け入れた。
これは彼にとっては予想外の肩透かしだった。
私との結婚の目的が、親を困らせることだったのだとしたら、その目的が果たせない以上、結婚生活に喜びが見出せなくて当然だろう。
これもまた、「私を見て! 私を愛して!」の別の形だ。
私が新婚時代に、彼に対してやっていたのと同じだ。
私は尽くすことで、相手に必要とされる存在になれると勘違いし、彼に依存していた。
彼は彼で、自分のケアを私が全面的にしてくれることで、自分が愛されているという実感を得ていた。
でも子育てが始まると、私たちは夫婦でもあるけど親になる。
今まではお互いがお互いを見つめ、お互いに依存しあっていてもやっていけたが、それからはお互いが子供を見つめていかなければならなくなるのだ。
母親になった私は、困難は多々あったけれども新たに愛を注ぐ対象ができたし、何しろ子育ては待ったなしだ。
乳飲み子を放置したら死んでしまうのだから、一人で何でもできる大人には、自分のことは自分でやってもらうしかないし、一人では子育てできないから、彼にもその役目を求めるようになる。
だが彼の方は父親にはなったけれども、育児を自分が主体となってするものとは思えなかったし、私に見捨てられたような気にもなった。だからこそ「褒めてくれない」なんて言葉が出たのだろう。
お互いの問題点が分かったことで私たちはいったんは関係修復を試みることにしのだが、やっぱりうまくいかなくなって、最終的には結婚生活に終止符を打つことになった。
「今まで続けてきたから今後も続けましょう」というただそれだけの理由で、残りの人生を続けていくのは私には無理だった。
私たち二人ともが同じものを求めていたのに、最後は分かれてしまうなんて皮肉なことだ。
だが、そのことが分かっただけでも結婚していた意味はあった。
そうでなければ、本当の望みすら知らないまま、お互いに不満を抱えながら生きていくことになっただろう。
そしてもう一つ、子どもたちに「すでに終わった関係だけれども惰性で夫婦を続けている」両親の姿を見せ続けなくてよくなったこと、この一点においてだけでも、私は結婚を終わらせて、よかったと思っている。
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ぴよのすけ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部NEO)
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