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週刊READING LIFE vol.205

我が子を心配することが、間違いだったことに気づいた瞬間《週刊READING LIFE Vol.205》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/20/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
息子は、本気で東大を目指している。
真面目で成績優秀な子なのだろう……と思われるかもしれない。力もないのに、目標が高すぎる子なのではないか? と思われるだろうか。
息子は、優等生でも、大きすぎる目標を掲げているわけでもない。田舎に住み、父親のいない家庭で育っている息子に、合格ができるかどうかは分からない。開成高校が不合格だった息子が、合格した生徒達を見返してやりたいとやけになっているようにも見える。
なぜそんなにムキになって東大を目指すのだろう? 開成高校が不合格だったからだろうか? 私には理解できずにいる。
 
息子は、高校に入学する前に、3年間本気で受験勉強をすることを決めた。開成高校受験の時は、1年程度の受験勉強だったからだ。追い込み期間が足りなかったという反省がある。
今の息子は、いつも自分を追い込んでいる。この1年の目標は、3年分の数学を学ぶことのようだ。塾が部活動であるかのように、毎日、私が働く塾の高等部にやって来る。塾は息子にとって「第二の我が家」でもあるからだ。5時間くらいは塾で勉強しているだろう。家に帰れば、さらに勉強をしている。クタクタになりながら、毎日、睡眠時間を削って勉強している。
週末は模試も多く、東大模試の初めての数学は、0点だった。さすがに落ち込んではいたが、1年が終わろうとしている今、数学は3年生の内容を学び終えようとしている。
「なぜ、東大に行きたいの? 性格的に合わないような気がするけど……大学名だけを追い求めてもあまり意味がないと思うよ……」
息子に話をする。
「東大は、入ってから学部を決められるんだ。僕は、物理に興味がある。でも、本当は国語も好きだし、哲学にも興味がある。だから、入学前に学部を決めたくないんだよ」
 
シングルマザーの私に、高い塾代をかけていることを、息子は心のどこかで気にしているのだろう。隣のコンビニに夕飯を買いに行くのがルーティンだが、夜8時になるとお弁当が半額で売られていることがあるらしい。息子なりの優しさで、私に負担がかからないよう、夜8時を待ってお弁当を買いに行っているようだ。
学校のテストがあると、通常の受験勉強だけに専念するわけにはいかなくなる。息子には体だけでなく、心にも負担がかかっていく。いつしか夢遊病のような症状が出るようになった。ベッドで寝ていたはずなのに、朝になるとリビングのソファの上で寝ていたりする。全く意識もなく、気づいたら移動しているらしい。睡眠不足とストレスで症状が出るのかもしれない。心配で、心療内科の予約を取ろうとしたこともある。「今は、新しい患者さんは受け付けていないのです……」そう言われ、今は心を病むことも難しいことに気づいた。
 
息子は、IQが高い。勉強しすぎて害はないと思ってはいたが、脳には害があるのではないか? と心配なことも多い。生きたパソコンのように、情報が細かく入り切った息子を見るたびに、私とは違うものを感じる。寝ず、食べず、痩せ細り、青白い顔をしている。その息子を見て、私は何ができるのだろう? いつも考える。ただ息子がしたいと思うことを見ていることが最善なのだろうか?
 
高校生の息子の生活は、テストが多い。
テスト前のある日、息子はいつものようにイライラしていた。思うように勉強が進まないことと日々のストレスからだろう。朝、睡眠不足で不機嫌な息子と、些細なことから親子喧嘩になった。
「自分ばかり楽しみやがって……」
息子が私に言い放つ。私は、私なりに息子を思っている。息子のために、仕事も頑張っている。でも、きっと息子には、私が最近お付き合いを始めた彼の存在は嫌なのだろう。休みに私が彼と会うことも嫌なのかもしれない。心にグサリと刃物を刺されたかのように、息子の言葉が痛い。忘れようとしても、モヤモヤする。
息子が私の職場の塾に戻ってきた時、もう一度話をしようとした。だが、話をすればするほど、伝えようとすればするほど、お互いが水と油のように反発してしまう。息子とはさらに関係がギクシャクしてしまった。
 
その日、彼からLINEが来た。
息子の様子を伝える。すると、受験うつかな? と彼が心配をしてくれる。だが、私は素直に彼に心を開くことができなかった。いつでも、息子のことで辛い時は一人で考えてきたからだ。一人で答えを出し、乗り越えようと心に壁を作ってしまう。だから、私は「違います」と冷たく言い放つしかなかった。
いつもとは違う短い言葉に、彼は何かを感じたのだろう。話を聞きたいと、夜中に電話で話すことになった。
彼と話をしていて見えたことがある。私は、ネガティブ発言を息子にしているということだ。
「そんなに無理をしなくたって、大学なんてどこでもいいじゃない?」
「もしダメだったら、ダメだった自分を今度こそ受け入れられる?」
「そんなに勉強ばかりして、心まで壊れたらどうするの?」
よかれと思って、息子に言葉をかけていた。合格しなくたって、息子は息子のままでいい。余計なプレッシャーをかけて、息子を潰したくなかった。だから、受からなくてもいい、好きなことをしていればいい、息子を肯定していたつもりだった。
だがその言葉が、きっとネガティブに響いたのだろう。彼の言葉を聞きながら、私自身を別な角度で捉えることができた。息子は、私にただ肯定して欲しかったのだ。きっとシンプルに「頑張れ」と応援してほしかったのだろう。
子供が何かを頑張ろうとしている時、親はつい心配をしてしまう。だが、前を向いている子供が一番必要としているものは、周りからの心配ではなく、背中を押す声援なのだろう。
 
「教育の仕事をしているのに、私は、息子のことさえ見えていなかったのかもしれないですね。専門家ぶって、我が子さえ励ませていなかった気がします」
彼に話をする。
「息子君には相談相手が必要なのではないかな……信頼関係があって、一定の距離がある大人の存在が必要な気がしますよ。自分の悩み、お母さんとのことを話せるような人がいたら、息抜きになるかもしれないですね……」
彼の言葉を聞いて、中学生の時は、何でも話ができる部活動の先生が息子のそばにいたことを思い出した。父親のような存在だったのだ。親以外の相談相手がいない今、息子は心の息抜きさえできていなかったのかもしれない。
いつも息子から生意気な言葉を聞くたびに、怒りが込み上げていた。勉強していることだけで満足し、人間性が劣るのは間違っている。だから、しっかり育てねばいけない。そう思う度に息子と口喧嘩をしてしまっていたが、息子の心に寄り添えてはいなかったのかもしれない。
「子育ての中で、親離れ、子離れは必要な成長過程だけど……息子君が、親離れをする前に、お母さんが子離れを始めてしまっている。そんな気持ちに今なっているのかもしれないですね。あくまで、僕の想像だけど……」
 
電話を切り、息子にすぐに話をした。
「ごめんね……もっと、応援してあげるべきだったね」
険しい目つきをしていた息子の目が、少しずつ穏やかになる。子育ては、どんな時でも、意外とシンプルなものなのかもしれない。ただ応援し、寄り添いさえすればいいものなのだろうか。
「悩んでも答えが見つからない時もあります。答えがない時もあります。僕はそんな時、一度考えるのをやめてみます。答えを見つけられるのは、今ではないのだと思うわけです。考え方をあえて緩くしてみます。それで結果的に失敗することもありますが、それでもいいのです。つまづいても、そういう自分も認めてあげるのです。いい自分も、ダメな自分もありのままに受け入れてあげましょう。甘やかしではなく頑張らない自分も受け入れてあげればいいのではないでしょうか」
彼からの言葉に、心が緩んだ。心が緩んだことで、自分が自分を保とうと周りに心を閉ざしていたことに気づかされる。普段仕事で、「何でもご相談下さい」なんて、偉そうに保護者に言っていたくせに、人に頼れていない自分自身に気づく。
 
「ありのままの自分を愛する勇気を育てましょう。僕には、嫌なことがあった時に自分に言い聞かせる言葉があります。『そういうこともあるよね』と自分に言うんです。それは、自分自身を好きでいられるように呟く、いわば自分を守るためのセーフティネットのようなものです。ぜひ奈穂さんにも、息子君にも、自分を守るためのセーフティネットを心の中に張ってもらいたいです」
 
親ができないことを、口先だけで我が子に伝えることはできない。
私がダメな自分を受け入れられる心を持たなければ、きっと息子にはその価値観を伝えられないだろう。私には、ダメな自分を受け入れるしなやかさがない。息子に伝えるためにも、心を柔軟にする努力が必要なようだ。
 
「頑張っているけど、辛くてたまらない。受かる、受からないではなく、やり切りたい」
親子喧嘩が落ち着いた後、息子がそう話してくれた。
今、息子が掲げた目標が息子の人生にどんな影響があるのか、目標設定が合っているのか答えが出ない。それでも、息子が決めたことを、心配ではなく、精一杯応援する言葉に変え息子を見ていてあげたい。
 
人は、人に支えられて生きていくもの。
人の存在は、自分自身が生きていくために必要なものだ。人の言葉を聞き、自らを振り返る。そしてダメだった自分に気づいても、ありのままの自分を愛し受け入れる。私にできていないことではあるが、それができない「ダメな自分」をまずは受け入れてみたい。
息子に伝えられるよう、私も一歩前に進んでみよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、25年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEO、10月開講のライターズ倶楽部を受講。

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2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

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