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週刊READING LIFE vol.205

「誕生日だから」をすべての言い訳にして《週刊READING LIFE Vol.205》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/20/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
誕生日を迎えた。31歳になった。
やっとか、とも思わないし、ついに! とも思わない。
私は早生まれだから「何歳?」と聞かれた時の、「30歳です」「え、今年で30歳なの?」「あ、いや、違います。今年で31歳なんですけど、誕生日まだなので今は30歳なんです」というこのやり取りが心底面倒くさくて、いつも年度が変わると自動的にその年になる年齢を答えるようにしている。だから、昔のように誕生日がきても感情が大きく揺さぶられることは、今はない。ただ、ちょっといつもより、なんだかワクワクはする。
 
友人たちも誕生日だからと言って、大学生の頃のように0時ピッタリに連絡をくれるわけではない。翌日通勤で電車に乗っているであろう時間に、まるでついでかのように送ってきてくれる。これは嫌味でもなんでもなく、家族以外で私の誕生日を覚えていてくれることは本当に嬉しい。友達を振るいにかけるつもりはないのだが、「誕生日おめでとう」の連絡をくれた友人に関してはこの1年死ぬほど大事にしようと思うし、その友人たちの誕生日も死ぬ気で忘れないようにしなければと心に決める。決心せずとも誕生日は覚えていたいものなのだが、日々の激務に追われてすぎているとそんな大切なことさえも記憶から零れ落ちてしまうことが多々あるのだ。だから私は毎年この日、友人を大切にすることをまず決心する。
 
前日の夜は寝るのが遅かったのに、なんだか目覚めがスッキリしていた。誕生日だからだろうか。2月なので寒いが、天気も悪くない。誕生日のスタートとしては良い感じである。
 
スマホを確認すると、妹たちと従姉弟からLINEがきていた。いつも私の扱いが雑な彼女たちだが、やはり誕生日はちゃんと祝ってくれるみたいだ。祝われて悪い気分にはならない。良い気分だ。このまま二度寝したいところだが、今日は平日で仕事に行かなければいけない。私はモソモソとベッドから起き上がった。
 
朝ごはんの準備をしながら顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えた。朝ごはんを食べながら、私をこの世に産み落とした母へ電話をかけた。いつだったか、私がまだ実家に住んでいた頃、私の誕生日なのに、一向に母が「おめでとう」と言わないことを指摘すると「私が産んだのに、なんでおめでとうって言わないといけないんだ。そっちがありがとうっていうべきだろ」と謎の逆ギレをくらってしまって以降、実家を離れた今もこうして母に直接「産んでいただきありがとうございます」と伝えるようにしている。1年に1回くらい、母に「自分を産んでくれてありがとう」と、ちゃんとお礼を言う日があっても良いと思うのだ。誕生日だし。
 
そのあと10分ほど朝ごはんを食べながら母と電話をし、仕事へ向かった。
通勤中の電車内は、いつも読書時間だ。今読んでいるのは、テレビ朝日の弘中綾香アナのエッセイ『アンクールな人生』だ。ある日ふらっと立ち寄った書店で打ち出してあり、同世代ということもあり、気になって少し立ち読みしたところ非常に面白かったので購入した。好きな本を朝から読めている。良い誕生日の朝だ。
 
仕事は最近本当に楽しくない。頑張ろうと思っても、思わぬ横やりが入ったり、外的要因でやる気が削がれてしまったり。でも今日は誕生日だから! 無理に頑張ろうとせず、怒ることなくイライラすることもなく平和な状態で仕事を終えられれば良い。ここのところ残業ばかりしているから、サクッと定時で退社したい。誕生日くらい、そんなに頑張って働かなくていいじゃないか。
 
いつもはイライラしている自分を落ち着けたいから、もっぱら1人ランチが多いのだが、今日は仲の良い同僚をランチに誘った。夜は特に予定もないし、ランチくらい誰かと過ごしたいじゃないか。だって誕生日だから。同僚のお陰で楽しいランチタイムを過ごせた。ここまでは非常に良い誕生日を過ごせている。
 
ランチタイムが終わり、再び仕事に取り掛かる。忙しい。非常に忙しい。忙しいけれど、ここ最近で一番の集中力を発揮して、仕事をひとつひとつ片づけていった。それもこれも、定時退社のため。素晴らしくなくとも、キラキラはしていなくとも、今日という日が終わった時に「今日は良い誕生日だったな」と思って眠りにつきたいではないか。それくらいいいじゃないか。
 
そんな私のTODOリストの中に「社長に今月のチームの着地見込みと予算との差異を提出」があった。正直、私の今のTODOリストの中で一番重い案件だ。なぜなら売上が悪いからだ。それでも行かなければならない。怒られるよな。だってめちゃくちゃ成績悪いもんな。でも今日は誕生日だし、ひたすら社長のサンドバッグになって、謝り倒して、ひとまず今日だけは定時で退社させていただこう。だって誕生日なんだもの。今日くらい良いじゃないか。
その時の時間は18時40分。私の定時は19時。うん、これを提出したら今日は帰ろう。
 
やっぱり社長は甘くなかった。想定していた30倍くらい怒られた。嗚呼、今日1日作り上げてきた「イライラせず怒らず、平和に過ごせた誕生日」がここにきて潰れてしまった……。サンドバッグになろうと努めたが、生身の人間のままでフルボッコにされた気分になってしまった。泣きはしなかったものの、私は席に戻り、「誕生日……」とだけ呟いた。さようなら、私の平和な31回目の誕生日……。
 
会社を出ることができたのは、20時頃だった。予定を1時間もオーバーしてしまった。
しかし、私はこの31歳で初めて挑戦しようと思っていたことがあった。それは、1人飲みだ。お洒落な大人たちは、1人でバーや立ち飲み居酒屋に行くイメージがある。私は1人でお酒を飲まないので今までやってみようと思ったことがないのだが、最近仕事でイライラすることが多いせいか、無性にお酒が飲みたくなっていた。これは逆に好機と捉え、31歳の誕生日に1人で飲みに行こう、と考えていたのだ。さっきちょうど社長にボコボコにされたところだし、ストレス発散にもちょうど良い。
 
そう思いながら会社の最寄り駅に着くと、電車が遅れていた。自宅の最寄り駅に着いたのは、21時すぎだった。目的のお店は21時半ラストオーダー、22時閉店だった。誕生日なのに、途中まで良い誕生日だったはずなのに……。
 
気を取り直して、駅改札内にある居酒屋のカウンターに座った。頼んだのは生中と大好きなポテトフライと、餃子26個だ。誰に遠慮することなく、1人で全部平らげられる。嗚呼、良い誕生日だ……と思ったのも束の間、店内が少し狭かったので、私の後ろを通る店員さんが、私の背中に毎回ガンガンぶつかる。カウンターも、椅子との高さがあまり合っていないので、私もこれ以上詰めることができない。非常に居心地が悪かった。まだ空いていないお皿を下げていいかとも聞かれ、嗚呼……誕生日……とまた少し悲しくなった。
 
早く退店したい思いから、残りの餃子を生ビールで胃に押し込んだ。まだ食べたりなかったのでコンビニでカップ麺とおにぎりを1個買った。いつもは体型を気にしてサラダやスープしか買わないが、今日はいいのだ。なぜなら誕生日だから。あとスタバでケーキも買った。いつもは1個だが、今日は2個買った。家には誰も待っていないから、両方自分で食べるのだ。だって、誕生日だから。
 
帰宅して手洗いうがいをし、胸の下まで覆っていた着圧タイツを脱ぐ。これでカップ麺も、おにぎりも、ケーキもまだ胃に入る。部屋着に着替え、私は食べ物たちと向き合った。そして感じたのは、やはり家が一番落ち着くということだ。来年の誕生日はコンビニで爆買いして家で食べようかなぁ。「来年は彼氏に祝ってもらおう」とかいう発想に至らないところが、私に彼氏がいない原因の1つにもなっているのかもしれない、と今この文章を書きながら思った。でもいいのだ、誕生日だから。
 
さすがに全部食べるとお腹いっぱいになり、お風呂に入らないといけないことはわかっているが少しベッドに横たわった。そして今日1日を思い返した。
 
出だしは良かったはずなのだ。社長にフルボッコにされるまでは、結構良い感じだったはずなんだけどなぁ。やっぱ、誕生日は半ば無理やりにでも休暇を取って、自分のために過ごした方がいいかもしれないなぁ。だって、自分という存在が誕生した、特別な日なんだから。「誕生日」は誰にとっても等しく、間違いなく、大切な日なのだから。昔のようなワクワクがなくても、家族でホールケーキを囲んでバースデーソングを歌ってもらうことがなくても、自分で自分を大切にしても良い日なのだ。だって、誕生日ってそういう日でしょ?
 
32歳の誕生日は、金曜日だ。休暇を取れば3連休になる。コンビニで爆買い1人パーティーも楽しそうだが、どこか旅行に行くこともできるな……。
早くも、来年の誕生日が待ち遠しい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。コロナ禍で当時付き合っていた彼氏に振られ、見返すために自分磨きを開始し、その一環で2021年10月開講の天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、振られた頃には想像もしていなかった方向に進もうとしている。

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2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

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