週刊READING LIFE vol.205

闘う友へ《週刊READING LIFE Vol.205 私だけのカリスマ》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/20/公開
記事:fraco(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
体調はいかがですか。痛みは出ていませんか。今年の冬は長く、寒い日が続きますね。実は今日、ご自宅に伺いましたが、呼び鈴に出ていらっしゃいませんでしたね。午後の3時を過ぎていたので、来るのが遅すぎました。玄関は鍵がかけられていて(以前のように開けっ放しになっていなくて、安心しました)、Renkoさんの靴が置いてあったので、ご自宅にはいたのでしょう。1階のリビングからバイオリンの音が聞こえてこないし、カーテン越しに姿が見えなかったので、きっと2階のこたつで横になっていたのかな。こたつでうとうとしているところを起こされるのは私も大嫌いなので、2回目の呼び鈴を鳴らすのをやめて帰りました。
 
「私だけのカリスマ」という課題が出て、私はすぐさまあなたの顔が思い浮かびました。この課題のおかげでこの1週間は、Renkoさんのことや、Renkoさんと過ごした日々のことを考えてきました。そしていつの間にか課題提出〆切4時間前になってしまいました。最近、土曜日はいつも課題に追われ、パソコンの前で自分自身がフリーズしてしまうのですが、今夜は書きたいことが頭の中でしっかり出来上がっていて、指が勝手にタイピングしてくれています。書く力がまだまだ足りないので課題合格には程遠い出来上がりだと思うけれど、今、私が感じていることを残しておこうと思います。
 
Renkoさんと出会ったのはもう10年前になりますね。その頃はまだRenkoさんのお父様もいらっしゃって、Renkoさんと一緒に笑顔でご自宅に迎えてくれたことを覚えています。その頃の私から見たRenkoさんは知的で、笑顔や身のこなしが上品で、社会に出たばかりの私なんかがあなたのお家に来て、大した話もできずに申し訳ないと恐縮してしまいました。でも、お互いにフランスが好きで、フランス語を勉強しているところでつながりができて、時々お宅へお邪魔したり、おいしいご飯を食べに行ったりと、いつでもオープンに会ってくれましたね。Renkoさんが現役時代、結婚を選ばなかったこと、仕事に100%精を出していたこと、男性社会で戦ってきたこと、働きながらもフランス語を学び続けていたこと、働きながらもしっかり長期の休みを取って定期的にフランスへ行っていたことなど、あなたの考え方や様々な体験談は、よい意味で日本の常識を外れていて、私は少なからず影響を受けました。今よりももっと女性が活躍する場が制限されていて、働きにくかったであろう昭和の時代、自分の意志を貫いたRenkoさんの存在に、当時の私はどれだけ支えられたでしょう。
 
5年ほど前のことでしょうか。定年後もなお、お勤めされていたお仕事を完全に引退し、今度はフランスに渡って大学に留学されると伺った時も、あなたの行動力にただただ驚きました。パリでの学生生活のこと、近所の人たちとのほっこりするような日常のやり取り、蚤の市で見つけた古い詩集のこと。また、パリの街かどで数十ものパリジャン・パリジェンヌにインタビューをした話、授業のスピードが速すぎてついていけず、毎晩帰宅後5時間以上自宅で勉強をされた話、パリに住む日本人に意地悪をされた話。とても懐かしいですね。楽しかったことも、辛かったことも、Renkoさんはまるで心地の良いリズムを紡ぐようにお話しされるので、もともと憧れのあったフランスが、私の頭の中でますます大きなものになっていきました。Renkoさんのお話は私にとっては新鮮で、伺った話はほとんどすべて、当時の日記帳に残っているんですよ。帰宅後すぐ、慣れないフランス語で殴り書きしていたものなので、解読にかなりの時間がかかるのですが‥‥‥。
 
そして今、Renkoさんは一生懸命ご自身の病と向き合っていますね。たったおひとりで、死を迎える準備をされています。「死ぬにも知性がいるなんて、やんなっちゃうわね」と、私に笑っておっしゃっていましたね。人生のちょっとした出来事で、大好きな人が憎しみの対象になること。Renkoさんのお話は正直、私の想像の範囲を大いに超えていて理解が及ばないことが多々あります。10年以上も付き合ってきたにもかかわらず、あなたの笑顔の絶えない、筋の通った輝かしい人生の裏に真っ暗な部分があったことを全く知らず、Renkoさんの目の前でのんきに笑っていた自分の浅はかさに嫌気がさします。いつもまともな返事ができず、ごめんなさい。でも、話してくれて、ありがとう。時に2人で涙を流しましたね。裁判所や弁護士さんたちとのやりとりにはひと段落がつき、Renkoさんが安心して、私もひと安心です。来るあなたのお葬式の日、5人も満たない招待客に私を含めてくれて、ありがとう。迷惑かけることになってごめんだなんて、とんでもないです。今私にできることが日常のお手伝い程度だと思っても、私には全然甘えてくれませんね。私はただただ遊びに行って、時間を共に過ごすことしかできません。いつだって結局何の手伝いもせず、結局お茶やらお菓子やらを準備させてごちそうになって帰るだけですね。最近は痛みが強くなってきて、在宅ケアのお医者様が来てくれる回数が増えているとのことですが、何もできない自分が情けないです。インターネットであなたの症状を調べると、悲しくなることしか書かれていません。そんなあなたとどう向き合えばよいか判断がつかず、正直、戸惑うばかりです。
 
そしてそんな状態でも、いつも私のことを気にかけてくれて、ありがとう。私の方はこの10年来、「やるやる詐欺師」の肩書が外れません。今が一番若い自分の人生を浪費していることを、自分でも分かっています。それなのにこの前だって、フランスで何かしたいと、ちょっと現実からかけ離れた夢物語を語るばかりです。でもRenkoさんと話をしていると、自分が本当にやりたいことが、不思議と明確になってきています。Renkoさんはいつだって応援してくれて、私はあなたのその言葉だけでも、とても心強く感じています。でも、今ばかりは、すぐに行動に移せません。Renkoさんと一緒に過ごす時間は、私にとって大事なものだから。
 
いつか私も死にます。明日かもしれないし、そのうち長寿の薬が開発され、100年後になるかもしれません。交通事故で即死かもしれないし‥‥‥。Renkoさんがおっしゃることが本当なら、Renkoさんと同じように、私もフランス暮らしを選び、苦労をして、そのストレスが原因となって病を患うことになるかもしれません。でも、Renkoさんには何回も言っているけれど、今の私にはまだ、死という概念を想像すらできません。やりたいことがあるのに行動せず、もやもやしている方が辛いです。もしかしたら私の言動や態度がRenkoさんを傷つけているかもしれません。Renkoさんはいつも笑っているから分からないけれど。
 
先日、ぼんやりとフランスのラジオ番組を聞いていたら、「乳がんと労働」について取り上げられていました。2月4日は「世界対ガンデー」のようですね。フランスでも、がんを患う人が増えているようです。特に若い人が病を患うと、社会復帰が難しくなると。この前Renkoさんが緩和ケアの病棟で出会った38歳の女性と看病する彼女のお母さまのことを思い出しました。その番組のパーソナリティーが、最後に力を入れてこんなことを言っていました。
「病は恥ずべきことではない。病は人生のうちのアクシデントにすぎない。今という時間を心地よく過ごそう、それだけで充分」と。
実際に病を患っている人がどう感じるかはわからないけれど、私は彼の考えが素晴らしいと思いました。どうもフランス人の考え方をひいき目に見てしまうのかもしれません。彼らは、自分にはない発想を持っているから。きっとフランス好きなRenkoさんもきっとそうじゃないかな? Renkoさんだって、実際はフランス暮らしを選んだあなたの決意を後悔していないでしょう? 浅はかでしょうか、違ったらごめんなさい。
 
さて、明日も日曜で休みなので、また顔を出しに伺います。できれば午前中に行きたいのだけど、お稽古事にも顔を出さないと。Renkoさんのおっしゃるとおり、私の人生を優先します。電話だけくれれば十分とおっしゃっていますが、それが本音なのか、それとも私を気遣ってくださっているのかわかりません。でも、お会いして元気と勇気、希望をもらっているのは私の方です。自分の人生を生き抜く強いあなたは、全然弱くありません。私のカリスマです。Renkoさんはきっと私の心の中で、これからもずっとずっと、寄り添ってくれると信じています。
 
明日はできるだけ早めに向かいますが、もし痛みが辛かったり、起きるのが面倒でしたら無理せず、寝たふりをしてください。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
fraco

高校時代に観たフランス映画にどはまりし、以降自他ともに認めるフランスかぶれ。
もっとどっぷりフランスとかかわるべく、移住をもくろみ続けている。
勤め人の傍らフランス語を学び続け、2018年頃から翻訳を、2020年からライティングをこそこそはじめる。

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2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

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