週刊READING LIFE vol.207

「転職6回!悲惨経験ほど実は楽しい」《週刊READING LIFE Vol.207 仕事って、楽しい!》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/6/公開
記事:たかむろシゲユキ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私には6回の転職経験がある。
20代に5回、40代に1回だ。昭和30年代生まれの就職は「一生一職業」が金科玉条。女性なら寿退社とか出産転職、夫の転勤引越し転職があるから、退社・転職話題は「あるある話」だ。ところがオトコ界は違う。就職したら「石の上にも三年」が鉄則。転職1回でもしようものなら「腰が軽い」と評価は下がった。私のように会うたびにやっている仕事が違うと「お前は何がやりたいんだ?」と大学の友人から、これみよがしに講釈されることも度々だった。もちろん、酒が進むと大ゲンカになるのだが。やがて仕事話題では意図的に輪からはずされている空気を感じたものだ。
それほどに40年前は、転職オトコは忌み嫌われた。
 
私たちの昭和30年世代は「なぜ働くのか?」の問いには「社会人の役割、自分の夢」なんて教科書的回答をしたものだ。30代になると結婚するのが当たり前だったので「家族のため」が増え、「会社のため」と堂々と言い放つ会社命の輩(社畜族)も出現し始める。
 
時代は昭和から平成、そして令和。同い年たちは定年となり、「給料が3割だ」とグチりながら継続雇用にしがみついている連中と「新しい職をそろそろ探している」とハローワークに通いはじめた連中と親の介護でそんな時間も余裕もない連中に分かれる。
どの連中からも受ける印象は「仕事は楽しい」ではなく「仕事はつまらない。でもがんばるものだ」という精神性だ。その奥底には「カラダもココロもつらい」が、「苦しさを乗り越えてがんばるのが仕事だ」がジワジワと喉元にまでせりあがきているように見える。悲しいのは本音に「こんなはずじゃなかった。俺の人生、あの仕事でよかったのか?」という過ぎ去った人生へのうっすらとした後悔が私には見え隠れする。
 
それは再就職活動でうまくいかない時のリアクションにあらわれる。「採用してもらう」「働かせてもらう」という他力発想が染みついているから、年齢枠外や採用不可と言われると腹が立つし苦しいらしい。でもそれで採用されても顔色ばっかりうかがっていては楽しくないよ。シニア起業したら、とアドバイスするのだが、途端にさっきまでの勢いがなくなる。私の真意は思うように伝わらない。
 
話は2003年12月のこと。書名は「13歳からのハローワーク」(幻冬舎)。村上龍氏が指南する仕事入門マニュアルで514種の職業を百科全書的に紹介した。これはなかなかに衝撃的だった。その理由は「将来は何になりたい、何をしたいか」というぼんやりとした子どもたちに「職業選択」を迫ったからだ。
コンセプトは「好きを仕事にしよう」だった。たしかに「嫌いを仕事にする」ことはかなり抵抗がある。また「嫌いな仕事をせざるを得ない現実」はたくさんあるからこそ、「好きを仕事に」は受け入れられた。子どもたちに?いやいや、当時の13歳に2,860円の本代は負担だ。もちろん、親世代にだ。
「自分の子どもには好きな仕事を就いてもらいたい」
という切なる願いの反映なのだろう。しかしそこが罠であり毒だったのではないか。「仕事になると好きだけでは続かない」現実がある。仕事になるとオーダーするクライアントやお客のニーズを無視できない。それが自分の好きといつもシンクロするわけではない。好きな仕事というファンシーな自分オンリーな仕事観と相手との間でクラッシュ・挫折して辞めてしまうか、仕方なく嫌いな仕事に就いてしまうこともあるだろう。しかしそのことで自己否定してしまう子どもたちをいくぶんか作ってしまったのなら、それはとても残念なことだと思う。転職経験6回の私は。
 
さて、そこで転職経験6回の私なりに「仕事をどう楽しむか」の前に、「果たして仕事は楽しいものなのか」ということを考えたい。そもそも楽しいものなんかじゃねェ、という御仁はいるはず。楽しむためにやってんじゃねェ、食うためよ、という人は多くいる。とくに地元経済が地盤沈下しているような惨状では「仕事を選べるほど仕事の種類がない」「仕事先がない」という状況なら鼻で笑われてしまう。これは正確に言うなら仕事がないのではなく、就職先がない、その仕事に報酬(給与)が伴っていない、ということなのだけど、つい「仕事がない」という言い方で済ます点が現実をいまも見誤せている。手入れの行き届いていない杉林の伐採作業、落下寸前の道路の補修、崩落寸前の空き家や廃屋となった老舗温泉旅館の解体作業などなど、どれも喫緊の仕事だ。ただ売り物にならない、公的予算がつかないから行政や企業がやらないから。もっとわかりやすくいうなら「業務(タスク)」はあるけど、それに見合う「予算(バジェット)」がないだけ。
だから仕事はあるわけだ。
 
この例をあえて示したのは、どれも「楽しそうにない業務」だからだ。
でも少し視点を変えてみるとどうだろう。数十年手つかずの植林された杉林伐採イベントと銘打ったみたらどうだろう。集まってくる変わり者たちはいるのではないか? 篭絡寸前の空き家ぶっ壊しツアー、老舗温泉旅館の廃屋お化け屋敷イベントでもいいだろう。「手間」を集めるのにお金(日給)が必要とはいえ、むしろ「参加費」を出してでも体験したい人たちはいる。そしてやっているのは林業会社や解体屋がやっていることとほぼ同じ。でも素人仕事だから大したことができることがないって ?いえいえ、始まる前の指導や全体の監督はプロにやってもらえばいいじゃないですかね。そこで戦前の林業の歴史と針葉樹林植林の国策の失敗と広葉樹林再生の必要性や日本家屋の躯体構造と安全な解体手順のイロハなんちゃって講座があれば、それで立派なSDGs教養講座や日本家屋講座&事故防止講座に様変わりすることになる。
 
まあ、つまんないおもしろくもない仕事も「おもしろがれる人」を集めるか、「おもしろがれるように工夫(粉飾)する」ことでけっこう楽しめる仕事に変えることはできるものである。
 
では仕事の楽しさを奪うのは何か、という私なりの転職経験6回をベースにした研究成果をご紹介したい。仕事で楽しさを「奪うシーン」はだいたい5つに整理ができる。
その第1がワンパターン(単調)で業務に飽きてきた、やっていて退屈だ、という状態だ。これって超がつくほど忙しくてもやっている作業が単調だと脳内では刺激のない退屈現象が始まっているという。第2が多忙になり過ぎているいる時も要注意だ。つまり休みなしだと脳だけでなく体が疲れ切っているから楽しいわけがない。
 
さて、ここから本質的になる。
第3が成果・成長が見えない時だ。生産量や販売量がアップした、○○に改善が見えた、○○ができるようになった(能力の向上、スキルアップ)ならば、本人の達成欲や成長欲が満たされ、さらに上司や周囲から認められる言葉(すごいね、やったね、さすが! )を脳は「言語報酬」として認識し、承認欲求が満たされることになる。アップしてたら心でガッツ! だが、降下傾向だと自己評価はダダ下がりになって、相当にキツイ。これでは楽しいはずがない。本人の心は不全感・未達成感で再生不可能なくらいどんよりすることに。
第4が義務感や強制でやらなくちゃならないときだ。つまり本人的にはやりたくない、やっても意味ないと思っていても、社命や上司命令だと「やらざるを得ない」のが日本の社会。さらに「担当だから責任は君ね」と阿吽の呼吸で忖度を求めれられた仕事ほどやる気になれない。そこにあるのは恐怖・脅迫だし、失敗した時の惨状を想像すると楽しいはずがない。仕事だと希望の部署でないところに配属になることがこれにあたるだろう。クリエイティブ部門志望なのに営業部になった、総務部になったなど「不得意な作業」を強制されても、会社組織(仕事組織)では拒否は許されない。嫌なら辞めればいい(逃げる)。しかしそうはできなようにできているのが「ザ・ニッポン企業」の掟なのだ。
第5が疑心暗鬼が楽しさを限界までに下げる。何をやっても突っ込まれる、怒鳴られる、失敗しても無視される、となれば人間不信ここに極まれりだ。その刃がやがては自分に向かうことに。自信喪失程度ならまだいい。人格否定の言葉を日々投げつけられると「人格崩壊」という取り返しのつかない事態だってゼロじゃない。
こんなこと、中学・高校の授業では絶対に教えない。教えられない。もちろん大学でも.....。
 
その理由は「学校の先生は新卒ばかりで他業種で汗を流したことがない」という厳然たる事実(リアル感を持って語れない)とともに、とにかく就職率アップというノルマ(学校評価)が目前にいつも垂れ下がていることは無視できない。とにかくどこかの会社に入れちゃえばいいのだ。続くかどうかまでは面倒見ない。個人責任、自力責任だ、がスタンスなのだ。
 
ここまで読んだ方にはおぼろげながら「楽しくする」ためには、何を工夫すればよいか、どういう心がけをすればよいか、がおぼろげながらの輪郭が見えてきたのではないだろうか。
つまり「逆を行けばいい」。それがベター&ベストなのだ。
 
私の経験を少し話そう。
私は大学を卒業して3年間、劇団に所属していた。そこはアルバイト禁止が前提だった。「寝る・食う・風呂」と「若干の飲み代」の面倒をみてくれる奇特な劇団だった。そこに3年いたんだが、若気のいたりでいろいろと居づらくなる事件や分裂騒ぎ(これは私の責任ではありません、念のため)に巻き込まれ、それに授かり婚が舞い降りて、ニッチもサッチも行かなくなり、ひとまずシャバの世界に生きることになった。
そこで私は早速、食うに困った。つまり収入がゼロという緊急事態になった。困ったときの貧乏救済スキルについては演劇仲間には知恵モノがいるものだ。早速、バイト先を紹介してくれた。
それがチリ紙交換だった。当時は新聞紙の交換率は高く、「一日がんばれば2万円にはなる」と酔い言に無論のこと、早速、飛びついた。
 
チリ紙交換の会社は中野坂上駅から徒歩20分程度のところにあった。
駐車場にはボロッちい軽トラが20台ほど止まっていた。集合時間といえば朝の8時。朝が弱い私にはちょっと辛かった。プレハブの社屋の2階に上がっていく。そこにはどうしようもない空気感をまとった中高年のオトコたちの群れがあった。
集まってきた順番に、回収する担当地域の地図と軽トラのキーを女性事務員から渡される。だれもが「人生いろいろ」のオトコたちだ。伏し目がちで会話も笑い声もほとんどない。髪もパサパサしている。今でこそワークマンがありオシャレ作業着があるが、40年前は普段着でも汚れてもいい風の恰好だから、とにかくヨレヨレ系の出で立ちのオトコたちだ。
 
25歳の私は勝手に「落ちるとこまで落ちたか」と意気消沈しながら、杉並区の環状7号と8号の街中をユルユルと回った。軽トラのスピーカーからは音の割れた「♪毎度~おなじみ~チリ紙~」が流れる。複雑な狭い道路が微妙に右に左に折れ曲がる。なに、これ? と妙に思いながら玄関から手をあげる人がいないかな、と視線はキョロキョロしている。
こんな姿、親が見たら泣くだろうな、と何度思ったことだろう。なにせ勘当されているから余計だ。
 
そんな、私も3日目になるとガゼンとおもしろい気分になっている自分がいた。当時は新聞の購読率は高く、どの家も読み終わり新聞の処理に困っていた。とくに高齢者宅はそうだ。一見すると、その厚さで「これは○○円」だな、と予測がつくようになった。いろんなタイプの家にも入っていけたのもおもしろかった。一人暮らしや整理整頓の苦労なんかを話題にしてやりとりをするのもおもしろくなった。演劇をやっていたので「人生の背景」を知るようなひと言なんかに触れると「ああ、そういう人なんだ」と感動したりすることもしばしば。
こうなるとすっかり「楽しんでいる自分」がいた。
その流れで思わぬ雑学に触れることに。環状線7号と8号は道路が複雑に6角形か行き止まりに設計されているというのだ。江戸城の外堀りの役割を担っていたらしい。敵陣がこの6角形道路を攻めていくと自然に「外側に出る」ように設計されているという。いやはや、なるほどね。
 
嫌な情けないこともたくさんあった。上から目線で話され惨めな思いもした。交換用のトイレットペーパーが強風にあおられタコ糸のように幹線道路上で舞ってしまい大渋滞になってしまったこと、など。しかしなんか「まぁ、いろいろ、こんな経験もなんか役に立つやろう」と思いながら車に向かった自分がわりとめげてないのにも驚いた。
 
仕事をおもしろくできるか、できないかはなにがポイントか? 。
もちろん仕事(業務)の種類もあるし、会社での部署や空気感、それに将来性とか人間関係もかなり影響するとは思うけど、なにより自分なりに「向き合えているか」どうか、これが占める割合って思いのほか重いと思う。
自分なりに工夫している(ここがポイント。命令や指示でなくてね)なら「単調」にはならないし、たとえ義務や命令でも前向きに取り組めるはず。仕事の生産性アップだって、なぜオイラは低いんだろ? と分析するのもおもしろいもんだしね。
そして「失敗も経験」と思うこと。大失敗すれば、次はその経験はけっこう生きてくる。すぐでなければ、いずれ。それが10年後ということもある。
私はいまも30年前の失敗を思い出しては、いい感じでたまに背筋を凍らしている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
たかむろしげゆき(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

京都市生まれ 劇団に通算5年間在籍、劇作家・映画監督に師事する。現在はコンサルタントとして業界雑誌・紙、サイトに寄稿&講師を行う。

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2023-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.207

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