私だけの美しい朝の風景《週刊READING LIFE Vol.208 美しい朝の風景》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/3/13/公開
記事:青梅博子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私の美しい朝の風景は、土鍋から立ち上る炊き立ての米の甘い匂いから始まる。
朝起きて、三キロほど走ってシャワーを浴びた後、ぺこぺこのおなかを抱えて、おもむろに朝ごはんをつくりはじめる。
白い朝の光の中、立ち上る湯気、味噌の香り、魚の焼ける香ばしい香り。
それらに包まれ、美味しさにうっとりしながら、朝ごはんをかみしめる幸せ。
この美しい風景が、いっとき失われたことがあった。
ちょうど昨年の8月、コロナにかかって10日間ほど寝着いた。
一日中、夜も日もなく、ひたすら丸くなって水だけを飲み、40度にもなった熱が下がるまで、じっと、体内の自分の細胞の力を信じて、静かに戦ったのだ。
無事に勝利を収めたが、引き換えに、それまで培ってきた朝起きの習慣が見事に失われてしまっていた。
以来、昼夜の区別が上手く着かなくなり、ずるずると夜起きをして昼過ぎに目が覚める日が続いた。
悪いことに、自分で時間管理をするフリーランスだったので、そんな生活でも、なんとか仕事ができてしまっていた。
コロナは後遺症が怖いという。
私の場合身体疾患は全く残らなかった代わりに、生活がだだだだだと音を立てて崩れ落ちるという、ものすごく恐ろしい後遺症に見舞われてしまっていた。
コロナのせいばかりにするのも良く無いとは思うのだが、精神状態が病気のせいで不安定になっていなければ、ここまで酷いことにはならなかったのではないかと、振り返って思うほどに、そこからの崩れ方は悲惨なものだった。
コロナの後遺症で「無気力」になるというものがあるらしいと、なにかの記事で読んだが、私がまさにそうで、だんだんと部屋が散らかり、気が付くと汚部屋と呼ばれるような酷い状態になり、しかして片づける気力もわかず、次第に仕事や約束事もじわりじわりとルーズになりはじめた。
やがて、夜は4時まで起きて、朝は11時までぐずくずと布団になつき、食事も面倒で朝は抜くのがあたりまえで一日に一食、食べたり、食べなかったりしはじめ、しまいには作るのも面倒で、加工せずに口に入れれば済む「お菓子」をかじって、空腹をごまかし始めた。
運動もせず、食事のバランスも悪くなり、生活のリズムもおかしくなると、どうなるか。
身体にあからさまな不具合があらわれはじめたのだ。
まず肌が荒れ、ウエストまわりがぶよぶよになり、さらに気持ちがあがらなくなる。身体が重くなるのと比例して、何をしてもかったるくなり、だんだん布団から出なくなる。ちょうど天狼院の提出物をばたりとだせなくなったのがこのころだ。
何か調べ物をしようとしても、紙モノが床に積載して、どこを掘ったら目的のものがみつかるかわからず、一瞬だけあったやる気が、資料のみつからないことによって萎え、また布団に戻って、ぽんやりする
このままずるずると暗黒面に落ちてしまいそうになっていたが、落ちるところまで落ち切ったところで、金銭面で生活がヤバくなってきて、なんとか立ち直らないとまずすぎると、ぼんやりしながら考えた。
よし、まずこの部屋から出よう。
ちょうど、仙台のワーケーションイベントに誘われていたので、がんばって、それに乗っかることにして、汚部屋を捨てて旅立った。
環境を変えたことは、私の心境に劇的な変化を及ぼした。
この閉塞した汚い場所から、外に出て人と会うためには、なんだか、ぬめっとした汚い生き物になっている自分を、人と会えるだけの最低の身なりを整えた、人間っぽい体裁に引き上げなければいけない。
私は、あわてて身ぎれいにするために美容院に行き、店の鏡に映った面変わりした自分をみて、やっと本格的に目が覚めた。体形がだらしなくなって、ズボンのボタンも止められなくなっているし、目がうつろで、20くらい老けて見えてやばいことになっている。
なにより、毎日がしんどかった。
前は、朝目が覚めたら、朝ごはんに何をつくろうか、うきうきして布団から身を起こしていたのに、今は布団と一体化して、出ようとも思わず、ずっともぞもぞとしているだけだ。まるで毛虫かミノムシのようだ。
ならば、羽化しなければ。
次のステージに飛び立つために。
やっと、我に返った私は、とりあえずとりつくろった姿で仙台で人と会うことで、徐々に気持ちのリハビリを果たし、割と爽やかな気持ちで、素晴らしく綺麗だったシェアハウスから自宅に帰ってきた。
そして、すさまじく汚い部屋をみて、決意した。
捨てよう。
決意はしたが、まだ、気持ちのエンジンが完全に温まっておらず、わりとゆっくりと断捨離がはじまり、じわじわとモノを捨てはじめ、いまのところ20袋ほどゴミを出した。
なんとか運動を強制するために、沖縄のマラソン大会にエントリーもした。
現地で恥をかきたくない一心で走り始めた。
最低限の家具と布団だけになって、すっきりした部屋で、アップルウォッチと体重計を買って、朝起きることを再開した。
再開したあたりで、朝4時30分に起きて出勤する必要がある、週一の仕事が舞い込んできたので飛びついた。
朝を取り戻そうとし始めてから、周りの友達も環境も後押しをするように、手を貸してくれるようなり、たちまち生活が整い始めてきた。
私は、私の朝を取り戻した。
6時。
目覚ましなしに爽やかに目が覚めた私は、ランニングウェアに身をつつみ、誰もいない静かな町を睥睨する。
明け方の冴え冴えとした白い光のなか、大きく深呼吸をする。
一度なくしたからこそ、久しぶりに拝む朝日はまぶしく美しい。
久しぶりに森林公園を走ると、前に走っていた時に挨拶してくれていた、ランニング仲間があたたかく迎えてくれた。
あの、悪夢のような半年のおかげで、スペシャルなミニマム生活とワンランク上の自覚的な朝起きの習慣を手に入れた。
あの日々がなければ、朝起きの大切さへの気づきや、スペシャル断捨離も行わず、なんとなく生活していたはずなので、今となっては感謝すらしている。
美しい朝の風景は、なくして再び得ることで気づけた貴重なものだった。
今日も私は朝を生きる。
□ライターズプロフィール
青梅博子(READING LUFE編集部ライターズ倶楽部)
大手家電メーカーでプロダクトデザイナーとして12年勤務
後、都内会席料理の店で10年和食調理修業
現在 フリーランスデザイナーとしてWEBデザインやイラスト作成業務に従事。
時々料理バイト。
趣味 読書
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